18 朝の空色
兄の秘密を教えてもらった次の日。
朝の陽が差し始める頃、兄に散歩に行こうと誘われた。夜遅くに寝たのでまだ眠たいけど、言われるまま準備して散歩に出掛けた。
兄は白いTシャツと濃い緑色のジーパン、サンダル姿で……私は白のTシャツの上から濃い緑色で丈の長いジャンパースカートを着用している。兄の着ている物と私の着ている物の色が、たまたま被った。お揃いみたい。ちょっと照れるなぁ。
街中を通り過ぎ進む。大きな道路を渡って、ショッピングセンターのある方面へ向かっていた。
お兄ちゃんはあのショッピングセンターへ行きたいのかな? でもまだ開店前だよね?
前方にある大きな建物を見て首を傾げた。
兄に続いて歩く。ショッピングセンターの駐車場を横切り、海沿いの歩道に出た。
水面に陽が射し、キラキラと光輝いている。
魚が跳ねたのを見た。
兄を追い越して海を眺める。辺りは大分、明るくなっていた。
あれ? このシチュエーション……既視感がある。
……あっ! そうか。逃避行ルートの最後の舞台に似ているんだ。最後は……。
思いを馳せていた。
「オレ、『魔術師』なんだ。この世界でのジョブ」
話し掛けられ、振り向く。
兄を瞳に映した。
数メートル離れた位置に立つ彼は、笑っている。
何だ……冗談かぁ。
昨日の話も信じがたいものだったけど。『魔術師』かぁ。いくらここがヘンテコな世界であっても、さすがに魔法とかそういうのは……使えない筈……だよね?
しかし思い至る。
殺人鬼役の人が「かまいたち」のような……多分あれは「ブレイク」っていう魔法なんだけど……あれを使えるって事は、もしかして私も使えるのかな? 玻璃ちゃんが使っていた魔法を。
試してみたくなる。でも魔法を使うには呪文を唱えないといけなくて。魔法を使えるかどうか試す……イコール中二病全開な姿を晒すって事だから、絶対に一人の時にしかできない。
お兄ちゃんは……『魔法』を使えるのかな?
たとえここが魔法を使える世界だったとしても。兄は使わない気がする。呪文を暗記するの苦手そうだから。
「『魔術師』なら、願いを叶えてくれる?」
半分、茶化した体で聞いた。
兄が目を細める。どこか陰のある眼差しを向けられた。
「我が妹は、このオレに何を望む?」
兄も私のおふざけに乗ってくれた。だけど私は少し寂しくなって、笑って誤魔化す事にした。
「フフフ……」
願い事は、ずっと前に散っている。
小さい頃の私は、結婚なんてしないつもりだった。兄と離れて暮らすなんて想像もできなかった。
兄と結婚できれば言う事なかったのにな。血も繋がっていないし。
私はもうタイチ君と結婚したし。もしも再び元の世界に戻ったとしても、タイチ君と暮らす。お兄ちゃんには迷惑を掛けない。
雨上がりの世界と同じくらい、朝の空の色が好きだった。私の好きな色を背景に兄が笑っている。
この旅行がきっと最後になる。もし明日以降も生きていられるなら、今日の思い出を一生の宝物にするから。
遠くの方で……さっき私たちが通って来た駐車場の方でうろうろしている人がいる。
灰色のパーカーを着た人物だ。フードを目深に被っている。「長袖とフードが暑そう」と目に留まった。
……まさか。殺人鬼役の人?
唾を呑み込む。
眺めていると違う方向から声を掛けられた。
「捜したよ」
パーカーの人物ではない。左側に目を向ける。ショッピングセンターのある方からこちらへ、誰かが駆けて来る。
目を瞠った。
水色の半袖シャツと黒いズボンという出で立ちのジン君は、息を切らした様相で汗を拭った。
「スマホの電源を切ってるよね? 全然連絡がつかなくて、皆も心配してたよ」
ジン君に指摘されて「あっ!」と気付く。昨日、兄に言われて切っていたんだった。
「ゴメン……。お兄ちゃんに言われて……」
ゴニョゴニョと言い訳した。
それにしても……ジン君は何故ここに? まさか殺人鬼役は……。
疑いの目で見た。
彼はキョロキョロと周辺を見回している。
「ねえ、タイチ……まだ来てない? 先にこっちへ来てる筈なんだけど」
聞かれて驚いた。
「え? タイチ君? 来てな……」
「紫織っ!」
答えている途中、唐突に呼ばれた。
ハッと顔を上げる。
私の、本当の名前……!
兄に腕を掴まれ、引き寄せられる。抱きしめられた。
多くの出来事が一瞬の内に起きた。
さっき眺めていたパーカーの人物が、私たちの間近にいるのを見た。その人の被っていたフードが風でめくれる。知っている人だったので一拍、息が乱れた。
聞こえる。
「ブレイク」
何もできなかった。
兄の体が重くもたれ掛かってくる。
思わず閉じてしまった目を開くのが怖い。
私を庇って、兄は……。




