5 玻璃の相手
玻璃に関する噂が流れているのを知った。
噂の内容を聞いてみると、何股もしているだの素行の悪い先輩と繁華街を歩いていただの……といったものが多いようだった。気分が悪くなってくる。
けれど、それらの噂はデマだと分かっている。玻璃は逆ハーレムを作ろうとしているから「何股もしている」と他人から思われる事があったとしても。「素行の悪い先輩と繁華街を歩いていた」とされる日時に、彼女はオレといたのだ。
噂の出所に心当たりがある。以前、玻璃を屋上へ呼び出していた「拓馬」の台詞が、脳裏に甦る。
『オレの言う通りにしないと、悪い噂をばら撒く事になる』
玻璃が拓馬の告白らしき誘いを断ったから、逆恨みされていると思った。
最近……玻璃は四人のクラスメイトと仲がいい。
自分の席から右斜め前……教室前方の出入口近くで喋っている玻璃を見ている。件の四人のクラスメイトたちが、彼女の周囲を陣取っている。
やや灰色がかった髪色の、背の高いイケメンは仁だ。普段は無口な奴で、他人にあまり興味がない様子だったが。玻璃には心を開いている印象を感じる。いつもヘッドホンをしていて、授業中も耳には当てていないが、首には掛けている。ないと落ち着かないらしい。
その隣にいるのが三弥。小柄な体格で目が大きく、女子の間で美少年と謳われている。祖母の影響で和菓子が大好物と言っていた。最中やあんみつなどを学校へ持ち込んでは、昼飯の後で女子らとティータイムしている。好きな食べ物は干し柿。
椅子じゃなくて机に座っているのは恭四だ。あの四人の中で一番、背が高い。肩下まである黒髪を後ろで一つに結んでいる。恭四は喧嘩っ早い。とにかく、口より手が出る。但し女子には頗る弱い。複雑な家庭環境で育ったようだ。明るくカラッとした、裏表のなさそうな性格だが……時々、陰のある表情をするのが気になる。
黒板前の自分の席に座して、本のページをめくりながら会話に参加しているのは賢吾だ。眼鏡を掛けていて、茶色っぽい髪はスッキリと整えられている。秀才な見た目を裏切らない、真面目な奴だと思う。父親がゲーム会社に勤めていた経歴があり、玻璃の好きなゲームの製作にも関わったとか……噂話で聞いた事がある。
オレは焦っていた。
四人には、オレと玻璃が付き合っている事を告げ……釘を刺したけど。効き目あるのか?
次の日の放課後、玻璃を家に誘った。
自室に入り荷物を置く。彼女の方へ向き直り、口にする。
「もう誰か……オレのほかに、お前の逆ハーにメンバーはいるのかよ」
「えっ? いないけど。…………当てはある」
玻璃の返答に一拍、息を呑む。
「誰だよ」
自制する選択肢も、かなぐり捨てて問い詰めてしまう。
何か……言いにくそうな間の後で、打ち明けられる。
「お兄ちゃん」
玻璃から、その人物を挙げられるとは予想していなかったので動揺する。言わなくていい事を口走ってしまう。
「兄妹で?」
玻璃が反論してくる。
「血は繋がってないよ」
――知ってるよ。だから心配なんだよ。
「…………はーー……」
胸の中にある、淀んだ黒いものを吐き出したかった。長い溜め息をついて、自分を落ち着けようとした。
玻璃が、澄んだ明るい目をして言ってくる。
「がむしゃらに、やれる事はやる。そう決めたの」
「ダメだ」
食い気味に断じる。
我慢するのも限界に近付いている。
はっきりと伝える。
「どこにも行かせない」
そろそろ分かってほしい。
玻璃が、オレから離れようとする如く後退する。だから部屋の端に追い詰めて、ドアに壁ドンした。相手は、オレから顔を逸らす。
「今日、お兄ちゃんに色々教えてもらう約束してるし、もう帰らないと」
彼女の言い分を聞いてますます、このまま帰す訳にはいかなくなった。
「煽ってんの?」
本人に、そのつもりがなくても。オレは十二分に煽られている。
尋ねてすぐ……返事を待たずに目の前の頬へ口付ける。
玻璃が、こっちを見る。
「オレと、すればいいじゃん。練習」
玻璃が必要だと言うなら。全部、オレとすればいい。ほかの奴に触らせたくない。
抱きしめて、心の内に願う。
「だって、心の準備がまだ……」
呟きが聞こえ身を離す。彼女の頬が薄ら赤い。
緊張しているのは自分だけではないように感じて、少し安堵する。
先程キスした頬に触る。
歪んで見える、潤んだ双眸に見つめられる。
「タイチ君。私の名前、本当は『玻璃』じゃないの」
思い掛けない件を告げられる。一瞬、ポカンとしてしまった。
「え……?」
彼女は詳細を説明してくれた。
「この世界に転生したらしくて。本当の名前を共有する事で、色々あるらしいの。この世界は、前世でプレイしていたゲームの要素も入っていて…………えっと。もしかして私、今めちゃくちゃ中二病な事を言ってる?」
ぎこちなく微笑む玻璃を見据える。続きを聞く。
「本当の名前を共有した人のルートに入るって言われた。説明してくれた人がいてね。声だけしか聞こえなかったんだけど。……こんな事を言ってるの、自分でもどうかしてるって思うけど…………信じてくれる?」
「信じるよ」
すぐさま答えた。
本当は、どうだっていい。この世界の事情なんて構わないんだ。
……玻璃の心を奪えるなら。
相手の目から涙が零れ、胸を締め付けられる思いがする。
「名前を教えたら、元の世界での記憶を呼び起こすらしいの。前の世界で、タイチ君は多分……私の事が嫌いだった。記憶を思い出しても……」
言われて気持ちが重くなる。薄ら……心当たりがある。思い出してはいないが、今までの話から想像していた。
前世の未来でオレは、玻璃を邪険に扱っていた?
玻璃がいるのに、ハーレムなんか作って……玻璃を蔑ろにしていたのではないか?
背筋が寒くなる。
玻璃が自らの胸元を押さえ、覚悟を決めたような眼差しを向けてくる。はっきりした声で言われる。
「本当の名前を、聞いてほしい」
言葉を詰まらせつつ……精一杯、向き合おうとしてくれている。
「私のっ……! 本当の名前はっ……!」
彼女の本当の名は……――。
頭の中で反芻した直後、目まぐるしく記憶が流れ込んで来た。記憶を隠していた帳が取り払われたと表現した方がいいのだろうか。とにかく。この時は、それどころではなかった。
一瞬の内に、多くを知る。
「タイチ君?」
声を掛けられてハッとする。目を押さえて立ち竦んでいたので、心配させてしまったかもしれない。
安心させたくて「大丈夫。少し目眩がしただけだ」と、言おうとした。だが、できなかった。前世のオレが経験した内容に、吐き気がして口を覆う。苦いものが喉元に……せり上がってくる。
慌ててドアを開け、廊下へ出る。トイレへ駆け込む。
吐いている途中、後方に「彼女」が来ていた。凄く格好悪いところを見られた。情けないからなのか吐いた為なのか、涙が滲む。
「ご……めん。今日はもう帰って」
彼女の方へ顔を向ける事もできないまま伝えた。
「……うん」
了承が聞こえる。何かの感情を抑えたような、静かな声だった。
見す見す……玻璃を家に帰らせた。
彼女と、お兄さんの仲が進展してしまうかもしれない。
しかし、この時はどうする事もできなかった。
追記2025.8.2
「気がする」を削除しました。
「言った」を「伝えた」に修正しました。




