いぶき
幼なじみなんて、曖昧でいい加減な関係だって言った奴がどっかにいたけど、まったくそのとおりだ。
小さい頃に結婚の約束したって、それが10年後まで有効なはずもない。
隣に住んでるなんて地理的有利も、男と女って性別の前じゃさして役にも立たない。
俺に会うためにみのりが我が家に来たのは、いつが最後だったっけ?
同い年、物心つく前からの幼なじみ、親同士が友人、片方がひとり暮らし、なんてラブコメが裸足で逃げ出しそうな設定てんこ盛りだとしても、俺には何の助けにもなりゃしない。
疎遠になったってわけじゃない。
なんなら、一昨日もうちに来た。
ただ、来た理由が俺に会うためじゃないってだけだ。
みのりの親父さんは商社に勤めていて、今は東南アジアかどっかの現地法人に出向中らしい。
お袋さんもそれについてった。
高校のことがあって、みのりだけ日本に残ってる。
隣に我が家があるから、なんかあっても対応できそうってのも背中を押したらしい。
これが、赴任先がアメリカやヨーロッパなら、多分みのりもつれてったんだろうけど。
で、一応、みのりは1人で生活できてんだけど、やっぱ親としちゃ心配だってんで、時々うちで夕飯食いつつ近況報告聞いたりする。
ひかりがいるからハードルが低くなってっけど、越家の子供が俺1人だったら、それもなかったかもしれない。
ひかりってのは、俺の双子の片割れだ。
一応、戸籍上は姉ってことになってるし、公的には俺もそう扱ってるけど、心の中では目上と思ったことは一度もない。
別に仲が悪いわけじゃないし、嫌ってるってこともないけど、俺の中でひかりは対等な片割れだ。
双子だから、当然、ひかりもみのりと同い年だ。
幼稚園くらいの頃は、3人一緒に風呂入れられたり、ビニールプールで遊んだり、昼寝したりもした。
当時は、ひかりとみのりで俺の両手を引っ張って、どっちが俺と結婚するかって張り合ってたっけ。
双子なんだから、ひかりが俺と結婚できるわけないのにな。
結局みのりが勝って「みのりがいぶきちゃんのおよめさん!」とか宣言してたっけ。
考えてみりゃ、俺がもてたのって、後にも先にもあん時だけなんじゃねえか? …ヤバい、言ってて悲しくなってきた。
俺を取り合ってバトルを繰り広げた2人は、前より仲良くなったみたいで、その後、みのりがうちによく泊まりに来るようになった。
正直、俺としてもみのりのことは好きだったし、嬉しかった。
初恋だったと言っていいだろう。
小5くらいの頃から、うちに遊びに来てもひかりと遊んでばかりで、俺にはあまり話しかけてこなくなった。
なんか仲間はずれみたいでイヤだなとか思ってたけど、後で考えてみたら、みのりに邪険にされんのがイヤだったらしい。
今でもみのりは月イチくらいで泊まってくけど、当然、寝るのはひかりの部屋だし、俺との会話はほとんどない。
せいぜいレースゲームを3人でやるくらい。
そのゲームだって、みのりとひかりで協力プレイして俺をビリにしようとするし。
ビリになった俺を笑ってるみのりの顔が可愛いとか思っちまう俺は、たぶん色々と終わってると思う。
ビリになった俺は、罰ゲームってことで色々とパシらされる。
お茶持ってこいとかはまだいいけど、困るのが腕を揉めってやつだ。
「あ~、コントローラー握ってたら、腕疲れちゃったな~、だるいな~」とか言って、揉ませられる。
ひかりの腕なんか、触ってもなんとも思わないけど、みのりの二の腕とか触るのは、メチャクチャ照れる。
みのりの奴、ノースリーブとか着てるから、二の腕持ち上げると脇の下とかチラチラ見えて心臓に悪いんだよ。
なんかいい匂いとかするし、二の腕は柔らかいし。
「は~い、じゃあ、次は肩ね」
ひかりは調子に乗って肩まで揉ませてくるけど、みのりは肩揉みはさせない。
むしろ俺は、みのりの肩なら揉みたいんだけど。
肩揉みしたら、みのりの匂いとか感じられそうなんだけどな。
ひかりの後ろ頭なんて、見たくもない。
親指と人差し指の間のとこを揉む時なんて、両手で包み込むみたいな感じで、なんか自分が変態になったみたいで辛い。
目のやり場にも困るし。
ただなあ、揉んでる間、みのりは目を合わせてくんないんだよなあ。
なんかもう、わざとらしいくらい、ひかりと話してたりして。
俺とは目を合わせないどころか、会話にさえ入れてくんない。
罰ゲームだからってことなのかもしんねえけど、あからさまに無視されんのは地味に凹む。
「は~い、じゃあ、いぶきは部屋に籠もっててね~」
ひかりに部屋に追いやられる。
みのりが泊まってく日は、夕飯をひかりとみのりで作る。
ひかりが母ちゃんに料理を習うついでにみのりも習ってんだそうだ。
ひかりは料理が苦手だし、あんま好きでもないから、みのりが一緒じゃないと料理なんかしないってんで、みのりが呼ばれるらしい。
みのりが月イチで泊まりに来るのは、この料理のためと言ってもいいくらいだ。
だけど、作ってるとこは見せてくれない。
気が散るんだそうだ。双子だぞ? 今更何言ってんだ。
部屋にいても、みのりがキッチンで料理してると思うと、落ち着かなくて何も手に付かないんだよなあ。
「ご飯、食べに来て」
部屋で悶々としてたら、いつものようにみのりが廊下から声を掛けてきた。
これもいつものことだけど、みのりは俺の名前を呼ばない。
いつからそうだったかは思い出せないけど、中学入った頃には呼ばれなくなってたはずだ。
これも地味に凹むんだよな。
ひかりとは「ひかり」「みのり」って名前で呼び合ってるのに、俺だけ呼ばれないんだ。
もちろん父ちゃん母ちゃんは「おじさん」「おばさん」と呼ばれる。
俺だけ、「ねえ」とかしか言われない。
会話もできないまま2人でリビングに下りると、いつものとおりの席順だ。
と言っても、みのりが泊まる時限定だけど。
普段ならひかりがいる席にはみのりが座って、いつもの俺の席にひかりが座って、俺は逆お誕生席状態だ。
いや、みのりは一応お客だから、逆お誕生席に座らせなくてもいいだろうとは思うけど、だったらいつもの俺の席でよくないか?
そしたら俺の隣がみのりなのに、わざわざ俺から離れたところに座らせるとか、どういうことなんだよ!?
しかも、わざわざ母ちゃんがみのりの正面になるように移動して!
「このハンバーグはねぇ、みのりがこねてあたしが焼いたんだよ。
みのりっては手が温かいから、長くいじってると肉がダレちゃうの。
この前それで失敗したから、今日はメッチャ手早くやったんだぁ」
ひかりよ、自分の手柄みたいに言ってるけど、それ、みのりがやったことだからな?
大体、お前の料理の練習なのに、そこみのりに任せちゃダメなんじゃねえの?
ひかりがやったの、焼くとこだけじゃねえか。
とか思うけど、口には出さない。
母ちゃんもみのりの手際褒めてるし、褒められてみのりも嬉しそうに照れ照れしてるから。
「そんでね、今回の工夫は、お肉をあんまりこねこねしてないことなの!
あえて挽肉の粒感残すことで、お店のハンバーグみたいにふわっとした食感にしたんだ~♪」
「あらすごいわ、よく思いついたわね、おいしいわ」なんて母ちゃんが相づち打ってるけどさ、何度も言うけど、それやったのみのりだからな?
あ、いや、母ちゃん、ちゃんとみのりを褒めてんのか。
「うん、美味いよ、みのり」
尻馬に乗って俺もみのりに声掛けたけど、みのりは「うん」と一言だけで、会話は続かなかった。
風呂は、みのり、ひかり、俺の順に入る。
ひかりが入ってる間、みのりはリビングに俺といるけど、ま~会話が続かない。
「ハンバーグ、工夫したんだな。さっきも言ったけど、美味かったよ」
なんとか会話を、とか思って絞り出した言葉も、「あんまりこねると固くなるって、何かで読んだから。ダレるし」なんて一言で止まっちまった。
「どっちかっていうと、焼き方の方が工夫してるの。
強火で両面焼いた後、蓋しないで中火でゆっくり火を通した。
中ふんわりで、肉汁たっぷりにするの、難しい」
「…そっか、いや、確かに焼き方もよかったけど」
焼いたの、ひかりなんだろ?
ひかり褒めてるだけじゃんか。
俺は、みのりを褒めてんだけど。
ひかりが風呂上がると、みのりとの時間は終わりだ。
「じゃ、おやすみ~♪
さっさと寝なさいよ」
ひかりが嫌味を言いながら、みのりと部屋に向かう。
いつもどおり、朝まで2人は部屋を出てこない。せいぜいトイレくらいだ。
おまけに、俺の気持ちを知ってるひかりは、意味のない牽制をしてくる。
いくら好きだからって、夜中に女の子が寝てる部屋に忍び込むわけないだろ!
中途半端に漏れてくる2人の笑い声が、まるで拷問のようだ。
いや、わかってんだよ。
ダメ元でみのりに告っちまうのが一番いいんだ。
こんな生殺し──とか言うらしい──よりは、すっぱりフラれちまった方がいい。
どのみち、今のままじゃ、これ以上近付くことはできないんだから。
最悪、みのりがひかりも避けるようになっちまう可能性もあるし、先にひかりに謝っとこう。




