第十五話 正剛少将とのお出かけ1
日曜日の朝。いつも通りの時間に起きる。
眠い目をこすりながら、ダイニングへ行くともうすでに朝食が準備されていた。
「鞠、おはよう」
「おはよう」
体が成長した事で自分一人で座れるようになった椅子の上によじ登ると母がスプーンとフォークを出してくれた。母に礼を言いつつ、手を合わせて「いただきます」と言い、洋食の朝食を食べる。
スクランブルエッグとウインナー、パンとコーンスープだ。
朝食を食べると、歯を磨く。時間的にはまだ2時間ほどの余裕があるが、早めに済ませておいて損はない。
歯を磨き終えて洗面台から出ると、洗い物を済ませ片付けられたテーブルの上に、いくつもの服が並べられていた。
どれを見てもスカートにしか見えない服にうんざりとする。だけども今日、それが終わると考えればスキップでも出来そうな気分だ。
「今日は何の服にしましょうかしら」
なんて言っている母に言いたい事がある。僕の服は何十着も持っているのに、自分の服はそれほどない。もちろんだが、僕の服以上はある。でも、数ヶ月もすれば着られなくなる服を何十着も持っている方がおかしいのだ。
僕の服を買うぐらいなら、新しいネックレスでも買えばいいのにと思う。それだけの頑張りを母はしている。
あと、母がその手に持って楽しそうにアピールしてくる服を僕が着たくないという理由もある。というかそっちの方がデカい。
「これにしましょうか」
どうやら長い長考の後に僕の服が決まったらしい。
もう慣れ切った僕は手招きする母の元まで歩いて行くと、母の膝の上に座る。
ここからが長いのだ。髪を櫛で整える。色々な小物を服と合わせてバランスを見る。そんなことをしていたら1時間なんて一瞬で過ぎてしまう。その間僕は母のお人形になるのだ。
「よし!これでいいわね」
どうやら終わったらしい。もう諦め切っている僕は1時間テレビを見ていた。
自分の全体を見ると、何ともまあ、と言った感想だ。言わなくても察してくれ。
そろそろ、時間も迫り30分前になっていた。母も保護者として行くことになっており、今から準備を始める。
本当に思うのだが、なぜ僕の準備時間よりも、自分に掛ける準備時間の方が少ないのだろうか?謎である。
もうやる事のない僕は、引き続きテレビを見ていた。
ニュース番組から昼の番組に移り変わる頃、母の準備も終わったのか声が聞こえた。
「鞠、そろそろ行くわよ。準備しなさい」
背伸びしてテーブルからリモコンを取るとテレビを消した。
玄関に小走りで行くと、母が僕の頭に何かを被せてきた。
「今日は暑いし紫外線も強いから」
そう言って被せられた帽子は白い大きな帽子だった。もしこれがビーチで水着姿の女の子だったらめちゃくちゃ似合うだろう帽子だ。
…あれ?こんな帽子うちにあったっけ?
「ママ、この帽子どうしたの?」
「安かったのよ」
これが返答だ。…今の気持ち、誰かわかってくれるだろうか。…分かってくれないか。だって、今の気持ちを自分でも言語化できないから。
「さあ、こっち顔むけて」
プシューと言う音と共にスプレーが顔にかかる。これはスプレータイプの日焼け止めだ。こんな日用道具も進化がすごく、たったこれだけのスプレーで従来通りの効果を発揮する。
「さて、いきましょうか」
母が玄関のドアを開けると、その隙間から陽の光が降り注ぐ。別に眩しいと言う事はないのだが、皮膚から伝う暖かさに何だか和やかな気持ちになる。
僕は母の後を追って玄関から飛び出した。
〜〜〜
マンションから降りて自動ロックドアを抜けると、リムジンがドカドカと王様のようにあった。
出て目の前にこんな物があるのだ。びっくりしない訳がない。
「「…」」
まさか降りて直ぐにリムジンがあるとは思ってもいなかった僕たちは驚きすぎて声すら出ずにリムジンの前で立ち止まってしまった。
僕たちがリムジンの前で棒立ちになっていると車のドアが開いた。もちろんの事、そこからは正剛少将が出てきた。
「何をしておる。さっさと乗るのだ」
車から出てきた正剛少将は、趣味のいい杖を片手に持ちながら、私服なのか制服なのかは分からないが、凄くしっかりとした和服を着ている。
僕は正剛少将の見た目を見た時に思ったのだ。ヤバい、かっこよすぎる、と。
正剛少将の見た目を一言でいうならば和服の叔父様と言った感じだ。杖を右手に持ち、かっこいい和服を着こなし、その軍人故の鋭い眼光は男なら全員羨ましがることだろう。
「はっ!すみません。驚いてしまって。さあ、鞠乗りましょうか」
母が最初に再起動して僕を抱き上げると、僕たちは人生初めてのリムジンに乗った。
リムジンの中は前世で乗っていた車とは全く違う。と言うかすべてが違う。
まず、椅子だ。こんなにも長い車体なのに4人専用に作られている。人体工学に基づいた設計は、見るからに座り心地がいい。
僕は、身体上対象外なのだが。
次にすごいのは電子機器類だ。至る所に半透明のタッチパネルが置いてある。そこにはテレビからネットまで全てが見れる。
正直、こんなにも凄いならここで暮らせそうだ。
「まずは飲み物を出そう。何がいい?酒もあるぞ。どうだ小僧も飲むか?」
なんておちゃらけた事も言う。
その豪快に笑う姿にコチラの緊張も無くなる。
「私はお水を。鞠は?」
「んー、じゃあぶどうジュースをもらおうかな」
「そう言うと思って準備しておいたぞ。かなりいいジュースだから沢山飲めよ!」
おお、それはぜひご馳走になろう。
なんかワインでも入っていそうなビンを取り出すと、コルク栓を抜いてグラスに注いでくれた。完全に赤ワインの見た目になって犯罪臭がするのだが、中身はぶどうジュースだ。
僕はまず匂いを嗅いでみる。ぶどう本来の甘い香りと、少しの渋さが感じ取れる。下を湿らす感じで少し飲むと、ぶどうの甘さが口一杯に広がって、香りが鼻から抜ける。
もう市販のジュースとは一線を画するぶどうジュースに僕は感銘を受けてしまった。
前世でも一切飲んだことのないような味わいはまさに至高だ。ぐびぐびと飲み干しそうになるが、前世の貧乏性もあり、もったいなくて一気に飲めない。
「美味しいです!」
「そうかそうか!おかわりも沢山あるからいっぱい飲め!」
その豪胆な発言と行動がこの人のカリスマ性に繋がっているのだろう。
ネットで調べた時も豪胆な性格と強いカリスマ性を持っている、と言う記事が何個もあった。
それは半年前の出来事で分かってはいたが、再度それを実感する。
何回かおかわりを貰い、車を走らせること30分で目的地に着いた。
もともと、どこに行くかは聞いていなかった僕は、ふいに見た外の光景に驚いた。
その驚きが喉から出るよりも先に車が止まった。
「さて、着いたぞ」
窓から見える光景は高いビルが当たり前の様に立ち並び、歩く人々は高い服であることが一目でわかる服を着ている。
「あのぉここどこですか?」
僕が恐る恐るそう問うと、正剛少将はなんの躊躇いもなく答える。
「B12番区だ」
12番区。それは、A区を覗けば一般人が入れる2番目に高級な番区だ。半年前の高級ホテルがあった11番区は皇族も高頻度で使う様なホテル街だ。もちろんの事セキュリティーも高い。12番区は高級な物を多く取り扱っているショッピング街である。11番区の様なセキュリティーでは無いものの、そこらじゅうを警備員が見回っている。
そんな所に来たのだ。緊張しないわけが無い。
「何をしておる。さっさと行くぞ」
僕が呆然としていると、もうすでに正剛少将は車から降りていた。
あわてて、僕と母は車から降りる。
車を降りて直ぐに数回のフラッシュライトがきらめいた。
「正剛少将ですよね。すこしお話を聞かせてください」
僕が車を降りてそのフラッシュの元を見ると、そこには30代後半程の男がカメラを片手に迫ってきていた。
その男は正剛少将と同じ車から降りてきた僕たちの事を見ると、プロの技を感じさせるスピードでカメラを構えた。
これはめんどくさい感じになりそうだ。
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※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。