第十三話 ホテルの上でのお話2
「では、早速ですがお話を始めましょうか」
ひょろい男、山本が初めに話を切り出した。
「本日のお話し合いは雨宮さんの息子さんの件です。お分かりだと思いますが、超能力のお話です」
母は息を飲む。もちろんの事、母はこの話になる事は分かっていたが、相手の口から言われると緊張するものだ。
「単刀直入に言いましょう。我々防衛省は息子さんの雨宮鞠さんの保護を考えております」
「保護ですか?」
「はい、あくまで保護です。雨宮菊鞠さん、お子さんの超能力は何か分かりますか?」
「えっと?再生でしたよね」
「そうです。もちろんご存じかとは思いますが、再生系統の超能力者は数が少ないです。この都市では15人、他の大阪、京都、静岡、札幌、新潟、宮崎、広島、香川、福岡、沖縄。この旧日本都市を合わせても100人程度しか居ません。特に、天使の進行が一番激しい大和都市ではその重要性は他の都市とは一線を画します」
「…」
「そこで、我々大和政府、ひいては防衛相がお子さんの護衛をするというわけです」
なるほどね。確かにこの都市は天使の進行が一番激しい。それで再生能力保有者を護衛するのは分かる。でも、それならばもっと早く話が来ていていいはずだ。
僕が思った疑問は母が代わりに言ってくれた。
「その件については分かりました。ですが、その話が来るにしては遅くないですか?確か特別超能力育成機関?でしたっけ。そこは経った一日で私たちの元に来ました。そこから考えると遅いと思うのですが」
「その件については申し訳ございません。なにせ再生能力保有者は数が少ない上に、能力自体が非常に有益です。特に権力者にとっては喉から手が出るほどに欲しい人材なのですよ。この半年間は各省庁の奪い合いと言って良い状況でした。そもそも超能力者は防衛省が全権を握っています。それなのに横やりが多くてなかなか話の機会すら作れない状況でした」
「…それは何とも面白い話ですね。私の子供は人形でも、奴隷でも無いのですが」
おっと、重い一撃だ。ヘビー級ボクサーのボディーブロー並みの威力だ。
「それは耳が痛い話ですね」
「そもそも、超能力の前に人には基本的人権があったと思うのですが?」
「まったくもってその通りです。本当に申し訳ない。ですが、上の人間はその事を忘れがちなのです。実際人の上に立ってみると、ひしひしと分かりますよ。いろいろな人間に頭を下げられると、自分が天上人の様に感じてしまう。かくゆう私も時々そう感じてしまう。その感情を自制できる人間はごく少数。それはお子さんにも適用されます」
「…」
カウンターを放ってきた。確かに、再生の超能力でちやほやされれば調子に乗るのは火を見るよりも明らかだ。
いつかは宇宙服みたいなのを着て、「何とか、だえぇ」とか言ってそうだな。想像しただけで嫌になってきた。気を付けよう。
「もちろん行き過ぎれば官僚でも処罰されます。実際、今回で3人処分されました」
「そうですか」
すごいな。官僚が実際に処罰されるのか。前世では犯罪し放題で、国民と警察が頭を抱えていた。そう思えば、大和政府はかなり健全な運営をしているようだ。
「おっと大筋から逸れてしまいましたね。話を戻しましょう。お子さんの超能力の再生ですが、非常に希少なものです。一人欠けるだけで非常に大きな影響があります。逆に一人増えるだけで、大きな影響もあるのです。それ故になるべく危険のない日々を送っていただく為に護衛を付けようと思うのです」
「…護衛を付けてくださるのは素直に嬉しいです。ですが、あなた方はその見返りに何が欲しいのですか」
静かに発せられた声。しかし、そこに込められた思いは尋常じゃないものだった。
一瞬にして、鳥肌が立つ。いつもは優しい母から発せられる覇気に全身が恐れているのだ。
「いえいえ、我々は息子さんに何かを望むことはありません。っと言うか憲法上できません」
「そうですか。その言葉を聞けてほっとしました」
「ですが、と言ってはなんですが、依頼と言う形で協力していただく事はあるかもしれません」
「…どういうことですか?」
いきなりの手のひら返しに母の顔がこわばった。
「憲法上、我々は命令と言う形で市民に命令できません。しかし、依頼と言う形ならできるのです」
「それは、こちらに受けろ、そうおっしゃっているのですか?」
母の顔が怖い。どこかに居るなまはげの様な顔に見えるほど怖い。
「いえいえ、そういう事ではありませんよ。あくまで’’依頼’’ですので可否権はそちらにあります。我々はあなた方に強制的な命令はできません」
「そうですか」
「もちろん、依頼を受けてくださったなら報酬もお渡しします。もちろん依頼によっても変わりますが、一定以上はお約束します」
ちなみに一定以上っておいくらなのだろう?10万?20万?それとも30万ぐらい?
「一ついいでしょうか、一定以上とはどのぐらいでしょう?」
僕の疑問を母が言ってくれた。
「そうですね。一概には言えませんが防衛省からの依頼でしたら100万からだと思われます。もちろん内容によっても変わりますので参考程度と言う事で」
ひゃ、ひゃくまんえん。うそでしょ。一回の依頼でひゃくまんえん。しゅごい。
「そうですか」
あれ?母は驚いていないようだ。
なんて声の雰囲気で思ったが、しっかり手の方は震えていた。どうやら母も驚きの値段だったらしい。
「どうでしょうか。護衛の件は受け入れてもらえますか?」
「はい、護衛の方は分かりました」
「では、こちらの書類にサインをお願いします」
タブレットの契約内容を鬼の形相の様に見回した後、不備が無い事を確認した母は、すらすらとサインを書いていく。
ほんと、毎度思うのだが、この都市では紙と言う物をめったに見ない。それこそ博物館とかに行かないと見れないレベルで無い。本当に未来に住んでいる気分になる。
母がサインを書き終わると、山本さんはにこやかにタブレットをカバンの中にしまった。
「ありがとうございます。正剛さん、私の話は終わりました」
「うむ。あい分かった」
低く重々しい声で軍人がそう答えた。
ってこの正剛少将の事は忘れていたが、何のためにこの場に居るのだろう?山本さんとは別件ポイな。
「小僧、年はいくつだ?」
「2歳」
「そうか。我は回りくどい話は嫌いでな。だから単刀直入に言おう。鞠、おぬし三柱ノ渦巫女へ来ないか?」
「「え?」」
僕と母の声が重なった。だって、そうだろう。2歳半の子供に、軍に来ないか?と誘ってくるなんてどうかしている。
「ええっと、それはどういう事なのでしょうか?」
「ん?分かりやすかろう。我は軍にさそった。それだけだ」
それが、意味不明なのですよ。
「もう少し詳しく説明していただかねば私も息子も分かりません」
「ん?ああ、そうか。なら、分かりやすく言おう。私が指揮しているスサノオ部隊は再生能力者が不足している。この都市には15人の再生能力者が居る。しかし、そのうちの8人は民間の病院で勤めている。そして軍に所属している再生能力者は6人だ」
「ちなみにですが余りの1人は?」
「もう一人はニートだ。ちょくちょく依頼を受けては自分の趣味に生きている」
わーお。そりゃすごい。子供の僕にもこんな熱々なラブコールを送ってくる人が山の様にいる。それはもう1人も同じなはずだ。そのラブコールをすべて受け流して趣味に生きると言うのはすごい。ちょっと尊敬する。
「おっと、話がズレてしもうたな。さっき話した民間に所属する8人は仕方がない。安定して生きていける超能力が再生だ。わざわざ軍に入る方が変わっている。その6人の方もすべて私の部隊に引き抜ける訳じゃない。もちろんの事3つの部隊で分ける事になる」
「すると、各部隊2人ずつですか?」
「いや違う。もちろんだが、部隊によってけが人の多さが変わるのだ。もちろん配属される再生能力者も変わる。その配分なのだがアマテラスに2人、ツクヨミに1人、スサノオに3人となる」
「それの何が問題なのでしょうか?一番配分されているのに?」
母の疑問も納得だ。けれども、母は知らないのだろう。この三つの部隊の中でスサノオが天使の討伐を主としている部隊だと。
「我々スサノオは天使の討伐をしておる部隊だ。アマテラスは要人警護や施設警備などが中心の活動だ。ツクヨミは偵察や実験などの情報を主とした部隊だ。つまり、天使討伐をしているのは我々の部隊という事だ。それには多くの怪我人を出す。それは再生能力者がいても全く追いつかないほどに多い。ゆえに一人でも多く再生能力者を確保したいと思うのは当然であろう」
「それは理解できます。ですが未だ3歳にもなっていない子供を軍に誘うこと自体が非常識だと言っているのです」
「確かにそうかもな。ところで小僧よ、お主は特別超能力育成プログラムに参加するのか?」
この少将は突然何を言っているのだろうか?まあ、別に言っても問題ないし言うか。
「はい」
「そうか。なら一つ話しておこう。特別超能力育成とは防衛省に連なる部署だ。それは知っているだろう?」
「一応」
母が答えた。
「その卒業生の8割は軍に入っている。もちろん強制と言う訳では無いが、そこを卒業しただけで好待遇で迎えられるからな。わざわざ外の企業に就職する必要性がないのだ」
「…何が言いたいのですか?」
「簡単な話だ。我と懇意にしておいて損は無いと言う話だ」
なるほどね。確かにこのおっさんは少将と言う肩書を持っている。それに見合った人脈も持っているだろう。それだけで懇意にしておくだけのメリットがあるか。
「正剛しょうしょう、よろしく」
僕がそういうと、正剛少将は驚いたような顔をした。
そして大声で笑い声をあげると、かっぴらいた瞳で僕の事をまじまじと見た。
「はは!今の言葉は小僧に言った訳ではない。しかし、今の会話を理解していたのか!しかも、すぐに切り替えれる速さも良い!おい、小僧!名前は何という?」
いきなりの勢いに押されるがままに返事をする。
まさか、気まぐれで言った言葉がこんな反応として返ってくるとは思ってもみなかった。
「…鞠」
「そうか!鞠か!よし覚えておこう」
そう言いながら正剛は名刺を僕に渡してきた。
子供にこんなもの渡されても困るのだが。でも、将来的に役に立ちそうなので素直にもらっておく。
「気が向いたら連絡してこい。可愛がってやる」
正剛少将は笑いながらこの部屋を去っていった。
なんだか一つの台風が去ったような気持ちになりながら、そのゆっくりと閉まっていく扉を見ていたのだった。
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※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。