第34話 好き嫌い
突然現れたネムに驚く俺だったが、それ以上に驚いていたのがカイだった。話に割り込まれたと苛立っていた筈が、その相手を見るや否や体を震わせ始めた。
「……『双剣の黒猫』!?なんでネム・シローニアがここに!?」
何故ここにネムが現れたのか理解できない様子のカイ。だがそんな彼などどうでも良いといった様子で、ネムは俺の手を引っ張りながら話しを続けていく。
「ユウキ……もっと分かりやすいとこに貼って貰わなきゃ困る。お陰で凄く困った」
「いやいや!リビングのテーブルに貼っといただろうが!それ以上に見やすいところってどこだよ!」
「んー……ネムの部屋の扉とか?」
「なぁんでお前基準で貼らなきゃなんねぇんだ!俺の生活基準で考えろバカたれ!」
どうやらネムは俺の置手紙を見てここまでやってきたらしい。料理の作り置きをしてなかったとはいえ、まさかクアベーゼにまでやってくるとは思わなかった。
そんな俺達のやり取りを見て合点がいったのか、カイは更に驚いた様子で俺を指差してきた。
「ユウキ……お前の同居人って、あのネム・シローニアだったのか!?」
「あ、ああそうだけど。やっぱりネムって有名なんだなぁ」
カイのセリフに、改めてネムの知名度を再認識する。オルフェさんもネムのことをSランクに最も近い存在とか言ってたし、本当に凄い奴らしい。
俺がそんな風に呆けていると、カイが興奮した様子で声を上げた。
「有名なんてもんじゃない!女性のソロ冒険者で、唯一Aランクに上がった存在だぞ!戦闘力だけで言えば、Sランクに匹敵するって噂だ!」
「そうなのかー!やっぱ凄かったんだな、ネム!」
興奮気味の階に若干引きながらも、素直にネムを褒めてやる。しかしネムは興味が無いといった感じで、俺の腕を引っ張り続けていた。
「どうでもいい。早くおうちに帰ろ?」
そう言って俺を連れて帰ろうとするネム。俺は慌ててその手を引き離しカイの隣へ移動した。
「待て待て!まだ家には帰らないぞ!俺はカイと一緒にルウエンに行くことにしたんだ!だから悪いが先に帰っといてくれ!」
「一緒に来てくれるのか!?ありがとう、ユウキ!!」
俺が着いてくると知って、カイは喜びをあらわにする。そのやり取りを見ていたネムの眼が、カット見開いた。細く綺麗な毛並みだった尻尾も毛が逆立ち太くなって、明らかに機嫌が悪くなっている。
このままではまずいと、俺は一旦話題を逸らすことにした。
「あ、ああそう言えば紹介がまだだったな!コイツは最近一緒に狩りをしてたBランク冒険者のカイだ!結構出来る男だぞ!」
「よろし──」
カイが手を差し出した瞬間、その手をネムが思いっきり叩いた。パシーンと乾いた音が鳴り響く中、ネムの鋭い目がカイを睨みつける。
「こんな奴知らない。ユウキはネムと帰る。ルウエンには行かせない」
ネムはそう言うと、今度は俺の腕にしがみ付いて体ごと連れ出そうとし始めた。そうはさせまいと、カイが反対の手を掴み引っ張り始める。
「な!こちらもそれは譲れない!ユウキはやっと見つけた『探知』魔法の使い手なんだ!」
「知らない。こっちもユウキの作るご飯を我慢して生活してた。だから絶対一緒に帰る」
子供達が玩具の取り合いをするかのように、俺の取り合いを始めるネムとカイ。これが運命の奴隷ちゃん達だったらなぁと、瞳を閉じて妄想に浸る。
しかしこれ以上ギルドで騒ぎ続けるわけにもいかない。俺はネムの手を剥がすと、テーブルの上に置かれた山積みの金貨を指差してネムに話し始めた。
「いやぁ悪いなぁ、ネム。流石にこれだけの金渡されちゃ、行かないわけにはいかない!大金貨十枚だぞ!?俺の目標金額の十分の一だ!俺が二年かけて稼いだ額と同じ金を貰えるんだぞ!だから悪いけど、もうちょっと我慢しててくれ!」
俺はそう言ってネムに向かって手を合わせる。ここで白金貨一枚分稼げれば、俺の貯金は白金貨四枚近くに達する。目標金額の半分に到達するのだ。
だというのに、ネムは首を縦に振るどころか、頬を膨らませて不満げな表情で俺を見つめてきた。
「……やだ。ルウエンになって行ったら、いつ帰ってくるか分からない。ネムは早くハンバーグを食べたい」
「そう言われてもなぁ。自分で作れば良いだろ?レシピも紙に書いてキッチンに貼ってあるし、料理の練習だと思えばいいじゃねぇか」
ネムの不満に対し、正論で返す俺。以前作ってやったハンバーグが気に入っているようなのだが、ネムでも作れるようにレシピはキッチンに貼ってある。他にもネムが気に入った料理のレシピを貼っているのだが、ネムは一向に作ろうとしない。
これも良い機会だと提案すると、ネムは少し苛立ちめいた表情で口を開いた。
「分かった。キッチンを粉々にしても良いなら料理する」
「いやいや!それは止めてくれって言っただろうが!ったく、我儘な奴だなぁ!」
どうやらこのままでは俺の家が破壊されるか、金を諦めるかのどちらかしかないらしい。何とかネムが納得できる状況に持ち込まないと。
「なぁ、カイ。ルウエンでの用事はどのくらいで終わりそうなんだ?予定が分かってれば、ネムの奴も我慢できると思うんだが」
カイに尋ねながらネムの顔をチラリと見る。ネムも俺と目が合うと、渋々と言った様子で一度だけ頷いて見せた。
これならなんとかなりそうかと思いきや、カイの口から思いもよらない言葉が飛び出たのだ。
「すまない。実は俺も用事がある場所には初めていくんだ。だからどの程度時間がかかるか分からない。恐らく、早くても一ケ月はかかると思う」
「一ケ月!?めちゃくちゃ時間かかるな!まぁでも、砂漠の中を歩くって考えたらそのくらいかかるもんか……」
まさかの期間に、今度は俺が揺らぎだす。一ケ月で白金貨一枚ちょっと。しかもそれは早く用事を済ませられた場合だ。それ以上伸びた時のことを考えると、割に合わなくなる可能性が出てくる。
どうしたものかと悩み始める俺を見て、カイが少し不安そうな表情を浮かべる。それから暫く三人は沈黙していたが、ネムが突然大きなため息を吐いてその沈黙を破った。
「はぁ……仕方ない。ネムも一緒にルウエンに行く」
「「はぁ!?」」
突然のネムの心変わりに揃って声を上げる俺とカイ。なぜ急に意見が変わったのか、俺はネムに問いかけた。
「なんでお前まで一緒についてくるんだよ!必要なのは『探知』魔法が使える俺だけなんだぞ!?」
「関係ない。ユウキと一緒に行けば、ユウキはご飯を作ってくれる。だからついてく」
ネムの返答に、俺は確かにそうだと納得していた。俺が居ないから飯を食えないのであれば、俺が居る状況を作れば良いだけ。それは至極当然なのだが、カイには受け入れ辛い理由があった。
「ついてきてくれるのは有り難いが、ネムさんに払う金までは用意できないぞ?」
カイはそう言って困ったような顔を浮かべた。確かに、Aランク冒険者のネムを雇うには結構な額が必要になる。しかも一ケ月以上拘束するとなると、その費用はとんでもない額になるだろう。
そんなカイの心配をよそに、ネムは淡々とした様子で返事をした。
「別に要らない。それと、ネムは貴女と仲良くするつもりないから、話しかけてこなくていい」
カイと目を合わせることなくそう告げた後、ネムは席に着いて注文をし始めた。俺はそんなネムと少しショックを受けた様子のカイを見て、驚いていた。
まさかネムが誰かを嫌うような発言をするとは思わなかった。飼い主を取られたとでも思ったのかもしれない。こいつ猫だしな。それなら飼い主として、ちゃんとしつけてやらねばならない。
「おい、ネム!カイと仲良く出来ないんだったら連れてかないぞ?依頼してくれてるのはカイなんだからな!」
「……よろしく」
俺の言葉を聞いて、ネムは渋々挨拶をしていた。カイはその挨拶に乾いた笑みをかえす。これで何とか話はまとまったものの、三人の旅路がどうなる事やら、俺は不安のため息を零すのだった。




