A班 外ファイル ― 死者の休日 ―
A班シリーズの外ファイルのはなし。 もとのシリーズより軽いものをときどき書きたくなる。。。
― Ⅰ ―
1.あずかる
こどもが嫌いだというのは、わかっている。
いや、それ以前に、こどものほうがこの男をうけいれるか、疑問だ。
「 ―― で? その、いっけんガキにみえるのは、なんだ?」
ひどくつまらなそうにきくのに、すぐにこたえをかえせない。
なぜかというと、この『いっけんガキにみえる』ものを、これからこの男の家につれてゆくつもりだからだ。
「『なんだ』というのは、ぼくも正直しらなくて・・・えっと・・・まあ、ぼくじゃなくて、ジョーが、この子を、レイのところにちょっと預かってもらう、だんどりをつけてて 、」
「ああ?おれはきいてねえ」
「だろうね」だって、きいてた話じゃ、この男はここにはいないはずだった。
―――――
自分の知り合いというか、身内というか、とにかくよく知ってるジョー・コーネルという男は、父親の持つ農場に住み込み、聖堂教という宗教の、正規ではない聖父という聖職(?)もこなしているのだが、その関係で『面倒をみることになったこども』を、なにを血迷ったのか、ウィルのところへつれてきたのだ。
もちろん、はっきりと断った。
ホテルの最上階にすむウィルのところに、早朝六時過ぎにいきなりこどもを抱えてあらわれたジョーの顔を確認して、すぐにドアをしめたのだ。
ところが、ドアをしめて再度寝室へゆこうとしたら、ながめのいいリビングに、こどもをかかえたジョーがいた。
金色の髪に青い目をして、バラ色の頬のこども。 ―― 背中には、黒いちいさな羽。
五歳くらいだろうか?いや、もうすこしちいさいのか?
女性の歳はだいたいあてられるが、こどもの年齢は、わからない。
こどもはぷっくりした頬をジョーの肩におしつけながら、ウィルをじっとみた。
「 《おい 聖父 このガキに おれの面倒をみさせようって気か?》 」
明確な発音でおしつぶしたような低い声が、その小さな口から、でたように聞こえた。
「 ―― 幻聴か、いやな予兆か・・・」
ウィルの渋面からでた言葉を無視し、こどもを片腕で抱えた男が、一歩まえにでる。
「なあウィル、じつは、こちらの、」
「きかないよ! それの正体が何かなんて知りたくもないし、ぼくには関係ない」
腕をふって、はらう。
「 《関係はある。 おれはてめえの先祖の ・・・あれ?あいつ名前なんだっけ?》 」
こどもがかわいく首をかしげるが、ウィルは寒気がした。
「 ―― でていけ。 そうしないと」
「 《そうしないと? この弾でおれを撃つってか?》 」
ちいさなかわいい手には、銀色の弾がにぎられている。
丸い手の中にあるそれは、なにかのおもちゃにしかみえない。
こどもは、ジョーが用意したものか、Tシャツにハーフパンツ姿で、そこからでている手足は、とてもこどもらしく、ふっくらしてる。小さなサイズの靴をはいた足をばたばたさせ、楽しそうにウィルを見た。
「 《ほかの弾の在庫も この聖父のポケットにうつしておいたからな》 」
だから引き出しにある骨董品の銃は、これでただの骨董品だ、と汚い鳥のなきごえのような笑い声をあげた。
「ジョー!いいかげんそいつをつれて出ていってくれ!」
耳をふさいで叫ぶと、眉をよせて抱えたこどもをみた聖父は、シっ、といって指をたててみせた。
するとこどもは、とたんにわらいをとめ、固まったようになる。
「念のため、こっちにくるにあたって、おれと『契約』を交わしてるから、おかしなことはできないし、いうことはきく」
そう言う聖父の片腕のなかで、ぶるりと身をふるわせたこどもが、オエっ、とえずくようにした。
「 《くっそ あんなくそったれな『契約』よく、おもいつくな》 」
「それぐらいしないと、おもてに出せない。 だいいち、おまえの『希望』をかなえようとするなら、我慢が必要だってことぐらいわかるだろう?」
ジョーは本当のこどもにいいきかせるようにこどもの小さな顔をのぞきこんでいる。
眉をよせたこどもの顔は、たしかにかわいい。 ―― だろう、たぶん。
「なあ、ウィル、こちらの、あー ・・・この、ジョー・ジュニアは、ここでおこなわれてる『死者の休日』祭りに、とても興味があって、 ―― 見学して、体験したいと、おもってる」
「・・・・・・見学して、体験?・・・」
こどもをだく聖父と、その腕におさまる『こども』が、同時にうなずいた。
「・・・・なにか、勘違いしてるんじゃないの?その、 ―― ジョー・ジュニアは・・・」
この国の夏の終わり近くにある『死者の休日』とよばれる祝日は、もとはこの大陸の先住民族たちが、なくなった人たちも墓の中ばかりではきゅうくつだから、休日をつくって墓のそとにだして(魂的な意味で)やろう、という気持ちでつくった日で、聖堂教にとってみれば、異教徒の祭りだった。
だがいまでは、その日はどこの墓地も盛大にかざりつけられ、子供たちは亡くなった身内の人の形見を身に着けたり、先住民の習慣にならって、死者の格好をしたりして、近所の家をたずね、『よい休日をおくってる?』と決まり文句をいって、お菓子をもらう。
そう。たしかに死者をおもいだし、懐かしむための日でもあるが、いまでは基本的に、こどもが楽しむためのお祭りになっているのだ。
「 《なんの問題がある? 見ろ かんぺきな かわいいこどもだろう》 」
ジョー・ジュニアはウィルにまるい顎をあげてみせた。
「だって、その声でしゃべったら終わるよ」
「 《ばかめ 声などどうにでも》 」
「変えないということで『契約』してる」
とうぜんだというようなジョーの声がわってはいる。
「 《なんだと!? おのれクソ聖父》 」
「この容姿で声もかわいくなったら、なにをするかわからないからな。『よい休日をおくってる?』だけ、こどもの声でしゃべれる『契約』にしている」
ジョーのそれに、まあいいとしよう、とジュニアが口をとがらせるのをながめながら、ウィルは、この場から自分が逃げるほうをえらんだ。
「 《まて サウス一族のガキ》 」
ジュニアの声をききながらドアに手をかけたのに、あかない。
「いや、ぼくは関係ないんだからここから出してくれ。おまえらがどこでなにをしようともぼくはとめないし、邪魔はしない。ただ、 ―― ぼくはそこにはいないからな」
「ああ、それはいいんだ。おまえに『こども』の面倒をみてもらおうとは、おもってない」
わかってるというようなジョーの言葉におもわずふりかえる。
「さきに、はなしはしてあるんだ。だが、おれはこれからすこし、仕事がある」
「 《つまり おまえはおれを そいつのところまで はこべばいいだけだ》 」
はこぶ?
ジョーとそのジュニアはそろって微笑みを浮かべている。
いやな予感。
「おれがそいつをつれてく?冗談だろ?」
「すまないが、そうしてくれ。 おまえじゃないと、こいつがこの街中で好き勝手にうごきまわってなにをするかわからない」
「そんなの、おまえがここに連れてくるからだろう?」
「たのむ、ウィル。 この『契約』は、もう成立してる」
「なんだよ、『契約』におれが運ぶっていうのでもはいってんの?」
冗談にしたくて確認したのに、ジョーは困ったような顔で返事をしない。
クソ、と毒づくとその《こども》が喜びそうな気がしたので、ぐっと我慢してのみこむ。
「・・・わかったよ」
あきらめて、ソファになげやりに身をなげだす。
「バギーに押し込んでけばいいわけ?」
「 《だっこ だ》 」
バラ色の頬をしたこどもが小さな歯をみせながら、ウィルにわらいかけた。
2.班長
そうして、ジョーからきいたこどもの『はこび先』は、自分が仕事で属する警備官A班の班長の家で、こどもの面倒をみるのは、そこに住む班長の婚約者である男のレイであるとつげられたときは、頭痛がはじまりそうだった。
「 ―― なんで、レイなんだよ?」
「 《おれの希望だ》 」
「・・・おまえ、レイに触られてへいきなのか?」
「 《おれを そのへんの下級な鬼といっしょにするな》 」
そういって、背中の小さな黒い羽をはばたかせた。
『死者の休日祭り』にむけてのこどもたちは、なぜか、角や尻尾をつけはじめる。きいたはなしでは、『死者の休日前祭り』という名目で、どこかの子供服ブランドが《墓守》である鬼の、角や尻尾、羽のついた服を売り始め、それが人気となっているらしい。
なにしろ、死者の休日祭り当日は、異教徒の死者の死に装束である、白い布を普段の服の上にだらりとまとうだけなのだ。なかには布を工夫をこらした白い服を着るこどももいるが、せっかくの『祭り』なのだから、楽しい恰好をしたいと思うのはしかたがない。
だが、ウィルがいま『だっこ』しているこどもの羽は、どうみても、背中からじかにはえている。
「 じゃあ・・・カラスの親戚か? 」
「 《魔法つかいの下僕など 親戚におらぬわ》 」
なかなか調子いい会話がはずみ、(ジョー・ジュニア希望により)利用した地下鉄の駅をあがったところで、抱いていたこどもがからだをこわばらせて、ちいさな顔をウィルの肩にくっつけた。
どうした、と聞くより前に、鬼より鬼っぽいと(班内での)評判がある、A班の班長が登場したのだった。
むこうから人波にのってこちらに歩いてきた男は、まるでこっちをみておらず、そのまま通り過ぎるかとおもったのに、おいウィル、とすんぜんで名をよび、街灯の足元によびよせた。
―――――
「 ―― で? もう一度きくが、その、いっけんガキにみえるそれを、なんでおれんとこに持ち込もうとしてる?」
「だからあ・・・・ジョーとレイの間でもうはなしはついてるんだって。だいたい、なんでバートがここにいるわけ?ジョーからは、いないって聞いてたけど」
「これからでる。 ―― つもりだったが・・・」
「行ってきなよ。父親の護衛なんて親孝行、めったにできないよ」
「護衛じゃねえ。行き先が、レイが行ってみたいって言ってる場所なんで、無料で、下見に行くだけだ」
「 わかった、理由はどうでもいいから、行ってきなって」
抱えたこどもは、ウィルのシャツをつかんで固まったままで、肩におしつけたおでこをちょっとだけあげて、バートを盗み見した。
「 おい、 てめえ、ふつうのガキじゃねえのはわかってんだ。 ―― なんだかしらねえが、おれがいない間に、おれの家にはいって、レイといっしょにいるってことは、それなりの覚悟で来てんだろうな?」
ジョー・ジュニアはあわてて顔をふせ、ウィルの首にしがみついた。
「・・・まあ、バート、ほら、いちおうみためはこどもだし、そのへんにしとかないと、泣き真似なんかされたら、通報されるかも」
「そうか、 ―― いま家にはケンもいるだろうから、あとは任せる」
「え?あんたとは別で、あの面倒なのが?・・・いるのか・・・」
うんざりしたこちらの肩をたたき、こどもの頭もたたくと、さっさと道路をつっきって、バートはむこうの通りへきえた。
3.ウィル
「 ―― おい、へいきか?」
バートに頭をたたかれたとき、ぎゃ、という小さな悲鳴をこどもはもらしていた。
ひたいをつけたまま顔をあげたジュニアは、青い目にいっぱいに涙をためている。
「 《あのクソヤローは いったいなんだ? おれの 頭をさわっていきやがった》 」
おれのあたま、はげてねえか?と金色の巻き毛の頭をこちらにむける。
「ちなみに、あのクソヤローより『強力』なのが待ってるけど、へいきか?」
ジョー・ジュニアは、あかい鼻と目をこすって口をひきむすんだ。
「 《ここは街中だからな『契約』でなにもできねえ だが おれのことを甘くみるなよ》 」
「はいはい。ほら、鼻かんで」
ハンカチで顔とたれた鼻水をふいてやりながら、こどもを抱えなおして歩き出す。
「 《いいか サウス一族のガキ つぎは バスってやつに乗るぞ》 」
「遠回りだし、面倒だからやだよ」
「 《いうことをきかねえと おれのあの声で なきさけぶぞ》 」
「・・・・・・おまえさ、ジョーとどういう『契約』してるわけ?」
「 《 『死者の休日祭り』限定体験ツアーパック っていうなまえの契約だ》 」
「・・・あんの・・・くそ聖父、おかしな商売はじめやがって・・・」
「 《うそに決まってるだろうが サウス一族のガキ》 」
「・・・・・・・・」
立ち止まり、こどもを両手でかかえあげ、顔を正面であわせる。
「 ―― いいか。つぎに おれのことを『サウス一族のガキ』ってよんだら、おまえのその小さな耳の穴にあの銀の弾をつめて、くさびをつかって銀のハンマーで脳にうちこんでやる。おれはおまえがどんな姿でも、『できる』からな。ああ、でもおまえに脳ってあるのかな?まあ、そうでなくても、きっと痛いとおもうよ。 ―― だからいいか?すこし、いいこのふりをして、おとなしくしとけ」
「 《 ・・・はい・・・ 》 」
「いい返事だね。 ―― よし、それじゃあ希望通り、バスに乗ってあげるとしよう」
それから乗った二階建てバスの風景は覚えていないと、のちにジョー・ジュニアは身内にだけ語った。
4.移動先
そうしてやっとついた おとどけ先の家、出てきたレイは歓声をあげてウィルとジョー・ジュニアをむかえいれ、こどもの顔をのぞきこむと、おいで、と両手をだした。
いや無理でしょ、とウィルがいいかけたとき、こどもはおそるおそる手をのばし、それをさらうようにレイがだきあげた。
「 好きな食べ物はなに?あ、その前になにか飲む?そとは暑かった?この背中の羽、すごくよくできてて、かわいいね」
それをながめていたウィルは、自分がむかし祖母にでむかえられた夏の場面を思い出した。
愛にあふれ、優しさのつたわる、あたたかい出迎え。
「 ―― じゃあ、ぼくはこれで帰るよ」デートにようやくいける、とドアにむかう男を、こどもをかかえたままレイが見送る。
ウィルをみるジュニアの目は、不安でいっぱい、という感じだった。
「あー・・・ちなみにそのこどもこと、レイはなんてきいてるの?」
「ジョーの知り合いのお子さんでしょ?でも、ジョー・ジュニアってよんでくれって」
「いや、えっと、どう扱ってほしいとか、いわれてる?」
ああ、とおもいだしたようにレイはうなずく。
「しゃべれないっていうのは聞いてるよ。で、ぼくのとこで、《死者の休日祭り》を、体験させてほしいって」こどもにとっては楽しいおまつりだもんね、とだきあげたこどもの顔をのぞき、その頬をつついた。
「だから、 みんなの家をまわってくるよ」
「・・・・・えっと、それ、A班のみんなの家・・・?」
「うん。あ、ウィルのとこは行かないよ。デート楽しんできて」
「 ―― そうするよ。うん。じゃあ ―― よい 休日を 」
最後を、ジョー・ジュニアにむけて贈る言葉とした。
バタン、とドアがしまったとたん、家の奥から楽し気な声が響いてきた。
「 そのガキが、ジョーがおくりこんできたやつか? 」
「あのね、ケン。この子は、ジョー・ジュニアだよ。いい?泣かせたりしたら、しばらくうちの出入り禁止だからね」
「ああ、わかってるって。 ―― なかよくしようぜ?ジュニア?」
レイの首にしがみつき、顔をふせて首をふるこどもの頭をなでてレイはわらう。
「ジョー・ジュニアはすごく恥ずかしがり屋さんなんだね。だいじょぶだよ。みんなすごくいい人たちだから、きっとお菓子をいっぱいくれるよ」
ジョー・ジュニアの『試練』という名の、『死者の休日祭り体験』が、ここからはじまった。
― Ⅱ ―
つぎの、『死者の休日祭り』当日は、レイ特製のふわふわパンケーキからだった。
これは、ジョー・ジュニアの《イカした朝食》という言葉に置き換えられて、のちに伝わることとなる。
―― 一軒目 ――
『 その家のドアをあけた女、はおれをみたとたん悲鳴をあげた 』と、ジョー・ジュニアは、仲間に吹聴した。
「きゃあああああ!おお、信じられない、なんてかわいいの!」
腕にいるこどもの顔をのぞきながら、レイの頬にキスをした女に招き入れられリビングにつくと、キッチンに立つ大柄な男が作業をやめて片手をあげた。
「なんだ?ウィルが五歳くらいだなんて言ってたが、まだ三歳くらいじゃないか」
愛嬌のある丸い目で、こどもをみると、いまジュースをつくってるからな、と止めていた手を動かしだす。
柑橘類が男の太い腕がうごくたびにつぶされ、搾り機で果汁をぬきとられてゆき、部屋にはいい香りがみちる。
女の方が、レイにもらったあの搾り機がとても役立っている、とわざと男のほうに大きな声で言い、得意げにうなずいた男は、しぼりあつめた果汁をかかげてみせた。
「ほら、ジュースをのむか?」
「ずるい、ニコル。ジュースでつるなんて。先にだっこしたしたいわ」
女が男の太い腕の前に、わりこみ、両手をひろげた。
ジュニアはレイのほうからその女の方へと身をのりだす。
「いいこね!まあ!なんて軽いのかしら!ニコルなら片手のひらで持てるわよ」
「わかったから、ターニャ、すこし落ち着け」
「ごめん。レイとこの子が目にはいったときから、なんか興奮しちゃって」
わらいながら男からうけとった小さなカップを、片腕で抱いたジュニアの顔の前にもってゆく。
ジュニアはレイの顔をみて、うなずかれるのを待ってから、小さな手をそれにのばす。
「どうだ?そんないそいで飲まなくてもまだあるから、ゆっくり飲めって」
いっきに飲んだジュニアの口元をナフキンでぬぐった男が、もういっぱい飲むか?ときくのに、もうだめだよ、とレイが断る。
「まだここが最初なんだから、おなかが破裂しちゃうよ」
わらってジュニアのやわらかい腹を指でおす。
そうだな、と同意した男が、じゃあ土産をもたせないと、と思い出したように部屋の奥にむかう。
そこで、ここに来た目的を思い出したジョー・ジュニアはいそいで言った。
「 《良い休日をおくってる?》 」
きゃあああああ!とまたターニャが悲鳴をあげ、駆け戻ったニコルが、もういっかいおれにも言ってくれと頼み、ふたりでジュニアの取り合いがはじまり、レイの仲裁(とりあえずいっしょに写真とろうよ)によって、ケンカにならずにすんだ。
視界がチカチカするほどフラッシュをたかれ写真をとられたジュニアは、ぱんぱんにふくらんだ紙袋をもたされそうになるが、ターニャとレイのチェックがはいり、半分ほどにへったそれを、このお祭り専用に売り出されているこどもサイズの袋にいれてニコルからうけとると、堂々と首へかけた。
「せっかくめいっぱいにつめた特製の『おやつセット』だったのに、半分になっちまってごめんな」
「ニコル、あんなにチョコやキャラメルばっかりじゃ、虫歯になっちゃうわよ」
ねえ?と同意をもとめられたジョー・ジュニアは、きれいなちいさい歯をみせてわらってみせた。
もちろん、のちのジョー・ジュニアは、仲間にこう話した。
『 その屈強な男は、おれにそのみつぎものをさしだしながら、ゆるしを乞いやがったのさ 』
―― 二軒目 ――
次についた家は、玄関のまわりの花がさき、庭もきれいに手入れされた家だった。
ドアをあけてでてきたのは、花柄のひじまである手袋をはめた、男だった。
「よお・・・、 ―― ついに産んだか?」
「だれが?もう、先に連絡したでしょ?ジョー・ジュニアだよ」
ああ、と手袋をとりながら中にまねく男は、だけどおまえに似てるからさ、といちどふりむいて、こどもにわらいかけた。
レイが困ったような怒ったような声で、ジュニアに失礼だよ、というのにわらって片手をあげた男は、座ってまっててくれ、と二階へきえた。
リビングにゆくと、テーブルの上にリボンをかけられた箱がある。
わあ、もしかしてジュニアへのプレゼントかな?とレイがいうと、子どもはなぜか、ぶるっとふるえた。
家の中はどこも、シンプルでととのっていて、なんの印象もない。
その空間に、ソファにおかれたクッションがまとうカバーの、花模様の刺繍の真ん中に、『愛をこめて』という文字の主張が強い。
「そのクッション気にいった?それはね、ジャンのママのマリアがつくったんだよ」
レイが、こどもがじっとみつめるクッションをもちあげた。
こどもの顔に不似合いなほどに、眉がしかめられているのには気づかないようだ。
なにか飲むか?と二階からもどった男は片手に小さなトートバッグを持っていた。
「ジュニアはニコル特製のジュースを飲んだよ」
「でも暑いから、なんか飲んだほうがいいだろ?」
冷蔵庫をのぞいた男がびんビールをとりだし、レイにものむかときく。断られると、炭酸のジュース缶をとりだし、氷をいれたふたつのコップに注いだ。
パチパチと音のするそれを、レイが飲むのをみとどけたこどもは、自分のぶんだとおもえるコップをゆびさした。
口元にだされたそれに、おそるおそる口をつけ、それからコップをもつレイの手ごとつかんでのみほすと、からだをふるわせて、げっぷをだした。
わらいながらも、背中にある羽を、じっくりながめた男は、「はじめて飲んだだろう?」とためすようにこどもにきいた。
「そっか、まだ飲んだことなかったんだね?びっくりした?」
レイはこどもの口をふきながら顔をのぞきこむ。
こどもがうなずくと、冷蔵庫わきにおかれたままだったトートバッグをもった男が、子どものよこにすわり、「いいか」と顔をのぞきこむ。
「 ―― これは、おれのおふくろが『死者の休日祭り』のたびに、『家に菓子をもらいにくる子どもたちに、いつ、おれのこどもが仲間に加わるのか』ってメッセージ付きでおくってくる死者の休日前祭り用の、こども服だ。ここにあるのはちょうど、二歳から三歳用の大きさで、おまえにぴったりなはずだ。 ―― ちょうど、シッポのついたアニマル柄シリーズっていうのがある」
にっ、とわらう男はレイに言った。
「このごろは、当日にも《墓守》の格好をするこどものほうが多いらしいし、《この羽》に、シッポ付きのパンツをはいたら、もっとかわいいだろ?」
「意外だよ。ジャンって、もっとこどもに対して冷静っていうか・・・」
「持つ予定もないこどものはなしを、ずっと母親にされつづける男としては、とうぜんの態度だろ? ―― さあ、ジュニア。おまえがこれを着たところを写真にとれば、おれの、おふくろに対する、《子どもに関する親孝行》を終わりにできるんだ。それと、ここにある服と、あのテーブルにある、おふくろの手作りクッキーはお持ち帰りだからな」
こどもはほんとうは首をふりたかったが、すぐとなりから顔をのぞきこんでくる男のその眼にとめられて、首どころか、どこも動かせなかった。
矢印みたいな尻尾がついたパンツに着替えさせられたこどもの写真を数枚とった男は、その出来にまんぞくしたように、こどもの頭をなでた。
「この、すごく嫌なのをがまんしてる、って顔がいいぞ。こんな顔のこどもをみたら、さすがに服を買うのはやめるだろ」
「でも、ぼくもいっしょに写ってていいの?ジュニアだけのほうがいいんじゃない?」
「レイといっしょでもこの顔、ってのが、説得力あるんだよ。 それに、単体でとったら、おれの子どもって嘘ついて、知り合いにみせる可能性もある。 ―― とにかく、・・・おまえ、ほんとに嫌そうな顔してるなあ」
ほめられたこどもが逃げるようにレイにかけよってだきつき、泣くのを我慢するように顔をすりつけた。
この子、すごくはずかしがりやなんだ、とその背中をレイがやさしくなでる。
そこを出るとき、一件目でもらった『おやつセット』を首からかけたこどもに、母親におくられた子供服と(箱から出した)クッキーをつめたトートバッグをこどもにもたせた男が、うけとったこどもの眉間にしわがよるのをみて、「重いだろ?」とため息のようにきいてきた。
こどもは、そこで、ようやく思い出す。
「 《 良い休日をおくってる?》 」
「・・・まあ、いまのところは、どうにか、だな。 でもまあ、 ―― 良い休日にしてくれる仲間がいて、しあわせだよ」
そういってレイの肩をつかんでひきよせた。
『 そのなんでも見通す眼の男は、おれの顔つきをひどくほめて、おれに挑むのをやめ、母親のために狩った得物の皮を、おれにさしだした。 ―― それが、あれらだ 』
いまでもジョー・ジュニアの家の応接間には、ジャンのママが買った、シッポや角がついた子供服が、額にいれられて飾られている。
―― 三軒目 ――
その区画にはいったとたん、こどもは異変に気付いていた。
グウアアアア
カラスが、急にあつまりだした。
「こわい?平気だよ。このへんのカラスは人は襲わないんだ」
レイがだっこしたこどもをかかえた腕に力をこめて抱きなおす。
すこし歩いたところで、古いアパートメントの前に立つ男がこちらに手をあげてみせた。
「なんだかもう荷物がおおいなあ」
のんびりした口調とどこかなまりを感じさせる発音で、こどもがさげた『おやつセット』と、てにしたトートバッグをみてわらう。
「階段が急だからおれがだっこするよ」
そういって、その男に渡されたこどもは、男のむこうの道路ぎわにあるフェンスの上に座る、タキシード姿の男に、眼がくぎづけになる。
にっとわらうタキシード男は、こどもに手をふってみせた。
「 《 ・・・ウソだろ・・・》 」
つい声がもれた口を、こどもはふっくりした両手でおさえこむ。
「なに?ルイ、なんかいった?」
「ん?ああ、ジョー・ジュニアが、むこうのカラスに威嚇したのかも」
「もお、こどもがそんなことするわけないでしょ?」
あきれたようにわらうレイに、こどもをだっこした男は、アパートの門の鍵をわたす。
「玄関も先にあけておいて、はいっててくれ。この子をかかえて通るにはちょっと邪魔なものがあるとおもうから、どかしておいてほしいな」
「また骨董品ふえたの?」
「ちょっとだけだよ」
こどもから『おやつセット』とトートバッグをとりあげたレイは、あとで返すからね、といいながら、軽やかにせまい階段をあがりだす。
「―― ジョーから連絡がきたときは心配したけど、どうやら、『いい子』にしてるみたいだじゃないか? 」
こどもを片腕にかかえなおした男はわらいかける。
こどもはむこうのフェンスにすわるタキシード男をゆびさした。
「 《 あれは 魔法使いの下僕か?》 」
「あれは、カラスだよ」
知ってるだろう?と手をふってきたタキシードに、男も手をふりかえす。
「 《そうか おまえが あの 魔法使いの血縁者か だからおれも しゃべれる》 」
「そうだねえ。その声じゃ、あんまりひとまえでしゃべらないほうがいいとおもうよ」
顔をのぞきこんできた男は、レイに抱っこされてもなんともないんだね、と感心したようなことを言う。
「 《とうぜんだ おれは悪鬼なんかとは格がちがうんだ》 」
「そうみたいだな。カラスがわざわざ見にくるくらいだ。ほら、あっちみて。あいつがカメラもってるだろ?おれとおまえがいっしょのところ写真に撮って、マスターにみせるんだってはりきって来たんだ。ほら、いい笑顔して」
頬をつつかれ、こどもはとびきりの笑顔をむけてやる。
何度かシャッターをきったタキシード男が、親指を立てて、フェンスの上に立ち上がると、白くて大きなカラスの姿となり、とんでいった。
「ふたりとも、まだ?どうしたの?」
上の部屋の窓からレイが顔をだした。
「ジュニアにカラスと交流させてたんだ」
「もう、ルイったらあぶないことさせないでよ?」
「してないよ~」
こどもの小さな手をとってふってみせると、レイが声をあげてわらった。
「 《あの男 なんであんなに 光をもってるんだ?》 」
カメラのフラッシュより目がやられたぜ、と小さな手で目をこするこどもに、おまえ今日だけでモデル気分満喫だな、と階段をあがりながら男がわらう。
はっとしたようにこどもは顔をあげた。
「 《そういえば 聖父との契約に 『他の特別体験あり』 ってあったな》 」
それが、その『モデル気分満喫』ってやつだな、とこどもはルイにきく
「・・・そう、・・・だと、楽しいねえ」
「 《そういや おまえにはまだ言ってなかったな 『 良い休日をおくってる? 』》 」
「そこだけかわいい声とか、ずるくていいね」
男の骨董品だらけの家の中で、ザックという男にレイが電話したが、こちらにはこられないということで、こどもはその器械にむかって『良い休日をおくってる?』という言葉をさけぶことになった。とたんにそれをみていた男たちと、機械のむこうの男も、大笑いした。
「ジュニア、その受話器は、話す方と聞く方にわかれてて、そっちは聞くほうなんだ」
レイにやさしく持ち直されたその器械に、二度めにさけんだ声は、小さくなってしまった。
信じられるか?とのちのジョー・ジュニアはなんども繰り返した。
『あの魔法使いが、このおれのことをおそれて、下僕であるカラスに偵察にこさせてたんだ。
だが、カラスはまったくおれに近づけず、声もだせずに戻っていったさ。そのあとおれに謁見を申し出た男は、おれの声だけきくと、顔もみせずに逃げちまった。 じつは、そんときに会った男ってのは、《この世界》じゃあちょいと有名なやつなんだが、そいつのことをはなすと《契約違反》でおれは裁判にかけられちまうんで、これいじょうははなせねえんだ》
だったら最初から話すなよ、というヤジがとんでも、ジョー・ジュニアは余裕で首をふってみせる。
『おまえらにはわからねえだろうが、そいつはそんとき、おれのことを、《ずるくて》最高だとほめそやした。あいつはわかってるヤツだった』
遠くをみるようにうなずくのを、毎度このはなしのシメとしている。
―― 四軒目 ――
「どうしなすった?レイさまだけですかい?ウィルぼっちゃまは?」
そのドアをあけたのは、年寄りの男だった。
レイの運転する車で街からはなれ、丘陵のつらなる農地のなかの牧場についたとき、ジョー・ジュニアはチャイルドシートにがっつりと守られて眠っていたのだが、起こされたとたん、身震いしてあたりをみまわした。
「きゅうに景色が変わって驚いちゃった?ここはね、ウィルのパパがもってる農場でね、そのなかのこの牧場でジョーはトムを手伝ってるんだ」ジュニアはまだ来たことがないって聞いたから、ぜったい連れてきたかったんだ、とレイはわらっていたが、だっこされたこどもは顔をあげずに首にしがみついていた。
丸太で建てられた二階建ての家にはいると、ひんやりと冷えていて、ぼっちゃまがつけてくださった、と音をたてて冷気を吐く機械を、年寄はしめした。
「『ぼくが泊まるのにエアコンがないなんて考えられない』って言いましたが、きっとわしら年寄を気遣ってくれたんでしょ」
「ウィルってほんと、照れ屋だからね」
レイがそう答えたとき、こどもが異議を唱えるかのように顔をしかめたのだが、二人とも気づかなかった。
ああ、そうだ、と年寄が手をうち、ちょっとまっててくだせえ、とキルティングカバーのかかった居間の長椅子にこどもをだっこしたレイを座らせると、二階へかけあがり、がたんがたんと音をさせて、ようやくおりてきたときには、子ども用の脚のながい椅子を手にしていた。
台所のテーブルには簡素な椅子が二つ、その間にその、子供用の椅子がおかれた。
「ウィルぼっちゃまがつかってたやつだが、ほうれ、ちょうどだ」
レイからうばわれるように抱き上げられると、ジョー・ジュニアはそこへすっぽりとおさめられた。
「うわ、かわいいなあ。これ、トムがつくったの?」
「わしがつくって、かみさんが色をぬって、絵をかきましたさ」
いいながら、年寄りは、テーブルから少し離れたところにおかれた椅子をみる。
それはテーブルにある椅子と同じもののようだが、そこには鮮やかな色の毛糸で編まれたひざ掛けがおかれている。
「レイさま、このチビに、うちの牛のミルクでつくったココアでも飲まそうかね?」
「わあ、おいしそうだね。あ、ぼくがやるよ」
年寄の男とレイは、楽しそうに台所へ行く。
こどもは、ひざかけのおかれた椅子をじっとみる。
台所から、ココアの甘い匂いがひろがり、レイが三つのカップをのせた木製のトレーをテーブルにおいた。
「チビにやる菓子なんて、なにかあったか・・・」
「いいんだよ、トム。この子、もう両手でもてないくらもらってるんだ」
いや、ここにたしか、と台所の棚をさぐっていた年寄は、あった、といってマシュマロのはいった袋をとりだした。
「このまえウィルぼっちゃまがきたとき、おいていきなさった」
いいながら、袋をあける。
「ほウれ、チビすけ、これをな、ここに入れてみろ」
年寄りは、とりだしたマシュマロを、こどもの小さな指にもたせると、カップをさす。
こどもはレイの顔をみてから、白くてやわらかいそれを、カップの中に落とす。
レイがスプーンでかきまわすと、ココアに浮いた白いマショマロが、ぐるぐるまわりながら、小さくなってゆく。
「どうだ?不思議だろう?デイジーもこうやって飲むのが好きで、いつもマシュマロの袋がカップのそばにあったもんだ」
妻の名前をだしながら、マシュマロのふくろをそっとなでる。
レイはスプーンですくいとったココアに息をかけて冷まし、こどものくちもとへはこんでやった。
こどもは、それにかわいい口をそっとつけて、ココアをのみこむと、すぐにおかわりをねだるように、カップをゆびさす。
トムがわらいながらこどもの分のカップをとりあげて、ふうふうとさますように息をふきかける。こどもはひっしに息をふく年寄をじっと見守る。
しばらくして、これでもうへいきだろう、と年寄はカップをこどもの前においた。
すると、 ―― こどもは、ちいさな手を、年寄のしわだらけの手にのばし、みじかくてやわらかいゆびさきで、そのかさついた皮膚を、ふくように、ゆっくりなでた。
「 ・・・・・ああ 、 」
空気がもれるように息をはいた年寄が、そのこどもの手をにぎり、そこにいるのか、と毛糸のひざ掛けのかかる椅子をみる。
「あいつが、・・・病気になってベッドで食事をとるときに、こうやって、スープなんかをさましてやると、かならずこうやって、 指先でね、わしの手をなでるんでさ。 ・・・レイさま、わしの妻のデイジーが、《死者の休日》ってやつで、かえってきたようで・・・」
年寄りは、こどもの小さな手をにぎり、潤んだ目でレイをみあげ、もう片方の手で、こどもの小さな頭を、なんどもなでた。
― Ⅲ ―
―― 五軒目 ――
それは、湿地の近くにある教会で、いつもはシスターがいて、おいしいパイを焼いてくれるのだが、いまはシスターは大事な用ででかけていて、留守を守るのは元聖父である男だった。
この国で大半の人間が信仰する聖堂教という宗教の、教えを守り人々を導く手伝いをする聖父。その役目を担っていたジョーこと、ジョゼフ・コーネルは、あるときから『魔女』や『鬼』がこの世界に実在するのを主張しはじめて、教会をおわれ、正式な聖父からおろされた。
いまでは、うらのほうで聖父をやっているのだが、それに関しては、どの裏なのか、とか、どこでやっているのか、などは、口に出していえない。
だが、この湿地の教会は、ジョーが仕事をする場所のひとつだということだけは確かだ。
元聖父は、シスターの部下であるネズミたちに頼んで、教会の地下への扉をあけてもらい、ながくてきゅうな階段を、闇のなかへとおりてゆく。
すると、しばらくして、若い男の声が暗いなかに朗朗と響いた。
『 なかなか、おもしろいツアーだった 』
ジョーはそこで足をとめ、暗く冷たく、どこまでも広いこの地下に立つ男をみる。
階段のつくられた壁に、ところどころ置かれたたよりないろうそくでみえたのは、浅黒い肌に黒い布をまとい、せなかには黒い羽がはえた男だった。
黒く縮れた髪と魅力的に整った顔の男は、その真っ黒な目をジョーにむけた。
目をふちどる濃く長いまつげが巨大な鳥の尾のようで、すぐそこでジョーをまるごと映す目玉は、どこまでも黒い。
男は、巨人だった。
階段のゆきつく場所はまだ見えないが、巨人の足はその最終地点にあるはずだ。
『 おまえの近くだからか、ちょっと人間らしくないヤツらが多かったが、まあ、満足したと言ってやろう 』
「それはなによりだったな。おれがきいたはなしじゃ、かなり収穫があったとおもうが」
『 うむ、まあ、報告書はじゅうぶんつくれる。なにしろ六百年ぶりほどになるからな 』
「まだ先住民たちが死者の休日を祝っていたときと比べるのか?あまり意味がないように思うが」
『 まあ、ここまで人間の暮らしが変わるとは、思ってみなかったからなあ。 だが、こんかいのおれの調査によって、確かなことがわかったぞ。 ―― 人間どもにはまだこの先も、死者の休日が必要だ。きゅうくつな墓の中から、死者が自由にでられる祭りだ。 古い習慣だからもういらないだろうなんて言ってるやつらは、このおれが黙らせる 』
「そうしてくれると、―― おれたちもたすかる。墓守のおまえからの意見ならば、ききいれられるだろう」
『 あ、思い出したぞ、いいか聖父、最後にレイのところにいた《番人》の男が、おれのこどもになった姿をゆびさしてわらいやがったんだが、あれはきっと尻についた矢印みたいなあのシッポのせいだろう?本物の墓守は、こんなに立派な尻尾だと、はっきり伝えておけ 』
男のあしもとの闇の中から、しなやかな動きであらわれた巨大な蛇が、ジョーに赤い口をあけてみせた。
「そういう仕事はうけていない」
『 なんだと? それではこのおれの威厳というものが、 あっ、わかった。 ―― ならば、来年まで首をあらってまっておけ、と伝えておけ 』
「だから、そういう・・・ ―― おまえ、また来るのか?」
死者たちが、年に一度だけ、《きゅうくつな墓》という《死者の国》から出て、すきなところへでかけることができる日がある。
それは、『死者の休日』とよばれる祝日であって祭りでもあり、死者たちが、死んでいるのを休むことができる、《良い休日》のことである。