9
「どうしたの?早起きして!」
身なりをすっかり整えたアメリアを見たエマは驚いてお茶を溢しながら大きな声を出した。
手に持ったポットからお茶が机に零れ落ちるのもお構いなしにアメリアを驚きの目で見つめたままエマは動かない。
「お母さま、お茶がこぼれているわよ!」
「だって、アメリアが早起きして、身なりもちゃんと整えて、顔まで洗って……。戦争でも起きるの?それとも私実は病気で生い先が短いのかしら」
不安になって無表情に座って黙々と朝食を食べているアーサーにエマは問いかけた。
「クラウスが生死を彷徨っている状況を見て色々考えが変わったんじゃないのか」
無表情に言うアーサーにエマは信じられないというように首を横に振った。
「それだけでこの子が変わる?もしかして、クラウス君に惚れていたとか?」
「そんなわけないでしょ!たまには私だってちゃんとするわよ」
すぐ後ろに口煩いクラウスが見張っているからちゃんとしているとは言えずアメリアは机を拭きながら言った。
22年もの間ちゃんとした生活をしたことが無いアメリアをよく知っている母親エマは首を振りながら青ざめる。
「そうなの。クラウス君の事がよっぽどショックだったのね。でもね、クラウス君はアメリアを好きになることは無いと思うわよ。残念だけれど……ね」
「なにが、”残念だけれどね”よ!クラウスの事は好きじゃないってば!」
可愛いと言われてドキドキしてしまったが、恋はしていない。
”騎士と姫”の騎士そのままだったら好きになっていたが性格が全く違うので惚れていることは無い。
否定をしているのにエマは朗らかな笑みを浮かべてアメリアを見つめた。
「私は娘の見方だから正直に言って。でも、娘から言うけれどクラウス君は望みが薄いから振られても落ち込まないでね。綺麗好きのクラウス君があなたを好きになることは一ミリも無いから」
「違うってば!」
イラっとして否定をするも、恥ずかしいから怒っていると思っているらしくエマは微笑んだまま朝食を用意していく。
黙って朝食を食べていたアーサーがポツリと呟いた。
「その手は使えるな」
「はぁ?」
エマが娘の初恋に微笑みながら去っていくのを見て、アーサーはアメリアに視線を向ける。
「クラウスがなぜアメリアにビオナ姫の秘密を打ち明けたかだ。理由まで言っていないからな」
「そんなの言わなくていいじゃない。私関係ないもの」
パンにかぶりつきながら言うアメリアに、アーサーは首を振った。
「そうはいかない。我々はビオナ姫の護衛騎士だ。機密情報は墓場まで持って行かないといけない。情報が漏れたことも直ちに報告する必要がある」
「本当に仕事バカね。だから筋肉ゴリラ男って言われるのよ。何でもかんでも正直に言う必要ないじゃない」
デカい体を見つめながらアメリアが呆れて言った。
真面目で融通が利かないアーサーはビオナ姫に報告しないという選択は無かったのだろうか。
『それならついでに俺が霊体になっていることも報告してほしい。馬鹿正直なゴリラのくせに俺の事を言わないのは頭おかしいのか?』
クラウスの言葉をアメリアが訳すが、アーサーは渋い顔をした。
「非現実的なことを報告したらアメリアはどうでもいいとして俺まで頭が可笑しくなったのかと思われるだろう。仕事を失ったらどうするんだ」
「確かに兄妹で頭が可笑しくなったかと思われるわね」
将来小説家を目指している身としてはそれは避けたいとアメリアは頷いた。
頭が可笑しくなった人の小説など売れるはずがない。
アーサーはそうだろうと頷いて話を続けた。
「アメリアは本を読んで憧れていた登場人物とクラウスが似ていることに気づき、久々に連絡を取った。そこでクラウスもアメリアが気になっていたという設定にしよう」
アーサーの提案にアメリアとクラウスは大きく手を振った。
「ありえないわ!」
『なぜ、会ってすぐにコイツの事が気になるんだ!』
「それが一番いい方法だと思うんだがな。お互い想いが通じ合いそうになった時クラウスが刺され、意識を失う瞬間姫の秘密を打ち明けたって言う設定はどうだ」
「そんな設定はあり得ないわよ。死ぬ瞬間にビオナ姫の秘密を打ち明けるバカがどこにいるのよ」
アメリアが抗議するとクラウスも頷く。
『阿保らしい。小説でもそんな設定ないだろ』
「クラウスの気が動転したという事にするしかないな。よし、それで報告してくる」
一人で納得してアーサーは席を立った。
「そんなバカなことを本当に言うつもりなの!?止めてよお兄様!」
こうと決めたら意志を曲げることをしないアーサーをアメリアは止めようと巨大な腕を引っ張った。
歩みを止めようとアメリアがぶら下がってもアーサーの歩みは止まらずズルズルと引きずられていく。
「クラウス!お兄様にとり憑いて!」
アメリアが叫ぶと同時にクラウスは何度もアーサーの体の中に入ろうとするがすり抜けてしまう。
それを見てアメリアは首を振った。
「どうして入れないのよ!」
『わからん!何度やっても体を突き抜けてしまう』
アーサーは引っ付いてくる妹を引きはがすとさっさと屋敷を出て行ってしまった。
力では筋肉バカの兄に叶うはずも無くアメリアは廊下に座り込んで首を振った。
「このままだと、クラウスと私は恋人同士ってことになるわよ」
『最悪だ……。恋人同士よりも俺は死ぬ寸前に姫の秘密を打ち明ける可笑しな人間になってしまうぞ』
落胆していたクラウスはハッとして顔を上げた。
『いや、その方が好都合だな』
「なにが?」
座りながら聞いてくるアメリアにクラウスは口の端を上げて微笑んだ。
『俺の事を想ってって言う理由で犯人探しが出来るだろう』
「はぁ?それじゃまるで私がクラウスの事が大好きみたいじゃない」
乗り気ではないアメリアに向かってクラウスはニッコリと微笑んだ。
『お前小説書きたいんだろ。いいネタになるんじゃないのか?下手したら俺の事が心配でって言えば城に入れるかもしれないし、ビオナ姫と懇意にできるチャンスかもしれないぞ』
クラウスに言われてアメリアはしばらく考えてゆっくりと頷く。
確かに小説を書こうにも城の中がどうなっているのか、姫様がどうやって生活しているのか想像もできず筆が進まなかったのだ。
「城には居ることが出来たらありがたいわね。ビオナ姫が普段どんな感じか見てみたいし、おやつは何を食べているのか見て見たいわ。美味しいのかしら……」
『一緒にお茶まで飲むつもりなのか……』
犯人探しをする気になったアメリアにホッとしながらもクラウスは呆れながら頷いた。




