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クラウスに体を乗っ取られたせいかアメリアは体が重くなり、夕食も取らずにすぐにベッドへ横になった。
何も考える間もなく眠りにつき泥のように眠っていると耳元でクラウスが大きな声をだしている。
『おい!朝だぞ!起きろ』
「うるさいなぁー。まだ眠いのよ」
耳を押さえながら布団を頭からかぶるがクラウスは構わず耳元で大声を出してくる。
『お前のそのたるんでいる根性がだらしのない部屋を作り出しているんだ!さっさと起きろ!』
何度無視してもクラウスは耳元で大声を出すのでアメリアは耐えかねてのろのろと起き上がった。
仁王立ちしたクラウスが偉そうに見下ろしている。
呆れた顔をして見下ろしているクラウスは完璧な美形なだけに恐ろしい。
「まだ、朝7時じゃない」
目を擦りながら時計を見て言うアメリアにクラウスは舌打ちをした。
『まだ7時だぁ?もう7時の間違いだろう!6時に起きて朝飯の用意でもしろ!』
「冗談じゃないわよ。朝ごはんはお手伝いのマーサーとお母さまがやってくれるから大丈夫よ」
もう一度寝ようとするアメリアの耳元でクラウスは大声を出す。
『阿呆!さっさと起きろ!』
大きな声を出せてこれはたまらんとアメリアは仕方なく起き上がった。
「うるさくて、寝ていられないわ。起きればいいんでしょ」
欠伸をしてベッドから降りたアメリアにクラウスは再度怒鳴りつける。
『ベッドをちゃんとしろ!もう一度お前の体に入ってやってやってもいいんだぞ』
他人に体を操られる嫌な感覚を思い出してアメリアは顔を顰めた。
しかも顔だけは美形の男が自分の体に入るなど二度と嫌だと、仕方なく布団を綺麗にする。
「着替えるから出て行って」
『寝間着はクローゼットの中だぞ。入れなければ見張っているが……』
口煩いクラウスにうんざりしながらアメリアは仕方なく頷いた。
「解ったわよ。ちゃんとするから出て行って」
ドアの出入りは開けなくても出来るようでクラウスはすっと廊下に消えていく。
人の気配がしなくなりアメリアは大きく息を吐いた。
「四六時中見張られているみたいで気が抜けないわね。口煩いったらありゃしない」
アメリアの声が聞こえたのかクラウスが廊下から怒鳴り返してきた。
『よく言う!お前俺が部屋に居るのに寝ながらイビキはかくわ、涎は凄いし少しは綺麗に寝ろ』
意識が無い時の事を言われても困る。
アメリアはムッとしながら言い返す。
「信じられない、寝ている時も部屋に居るなんて!」
赤いワンピースに着替えながら言うとクラウスがまた廊下から大きな声を出す。
『暇なんだよ。眠くならない、不思議なことに腹も空かない』
「そうなの?霊体も大変ね」
いつも昼まで寝ているアメリアは着替え終わり廊下を出ながら言うとクラウスは腕を組んでドアの前に立っていた。
確かに誰にも見えず話すこともできない環境に置かれたら寂しいのかもしれない。
暇だと言いつつクラウスの声に少し寂しさを感じてアメリアは同情しながら頷いた。
『……お前顔を洗っていないのか?』
部屋から出てきたアメリアの顔をじっと見てクラウスはあり得ないという顔をして呟く。
アメリアも首を傾げながら頷いた。
「ご飯を食べたら洗うわよ」
『信じられない!普通は起きたら身支度を整えてから朝食を食べるもんだ!さっさと洗って髪の毛をちゃんとして来い!ボサボサだぞ』
「えー、めんどくさいわねぇ」
また体を乗っ取られたらたまらないので、仕方なくアメリアは洗面所へ向かう。
見張るようにクラウスが後ろに立っているために、いつもより念入りに顔を洗って綺麗に髪の毛を整えた。
鏡を見ながら髪の毛を整えているとクラウスが映っていないことに気づいて後ろを振り返った。
アメリアの後ろにクラウスは黒い騎士服の状態で立っている。
もう一度鏡を見るとやはり映っていない。
何回か鏡とクラウスを見比べていると見張るように腕を組んでいるクラウスと目が合った。
「クラウス、鏡に映っていないわよ」
後ろに立つクラウスと鏡を見比べるがやはりクラウスは映っていない。
『霊体だからだろ。洗面台もちゃんと綺麗にしろ』
「不思議ね」
口煩いやつだと思いつつアメリアはクラウスに言われた通り洗面台に飛び散った水滴を綺麗にふき取った。
身支度を終えたアメリアを満足げに見てクラウスは頷く。
『お前もちゃんとして居れば可愛いんだから。ちゃんとしろ』
「可愛い?」
クラウスに褒められて一瞬思考が停止する。
けなされることはあっても褒められたのは初めてだ。
クラウスに可愛いと言われると不思議と胸がときめく。
じっとクラウスの顔を見つめているアメリアに居心地が悪くなったのか視線を逸らした。
「私、可愛いって誰かに褒められたの初めてよ」
『黙っていれば可愛い方だと思うぞ』
異性に褒められたことが嬉しくて、思わず言うアメリアにクラウスは目を逸らしたままぶっきらぼうに言った。
”騎士と姫”の登場人物にそっくりな人に言われると嬉しくなりアメリアは鏡を見ながらもう一度身なりを整える。
「クラウスにそうやって言われると嬉しいものね」
口煩くて嫌な奴だと思っていたが、褒められると嬉しい。
機嫌よく鏡を見ているアエリアを見ながらクラウスは軽く息を吐いた。
『生活態度もちゃんとしないと、良い事もないからな』
何となくクラウスに言われるとそんな気がしてくるが、アメリアは振り返った。
「でも、クラウスはちゃんとした生活ってやつをしていたのに誰かに刺されたじゃない」
アメリアに指摘されたクラウスはまた視線を逸らした。