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『お前には俺が見えているだろう?!』
混乱しているアメリアにクラウスは話しかける。
「ちょっと待って!ちゃんとクラウスの声が聞こえるし、普通に立っているわよ」
アメリアの前には騎士服を着たクラウスが少し困ったような顔をして立っている。
はっきり見えるのにこれが幻想なのだろうかとアメリアは震える手でクラウスに触れようと手を伸ばした。
アメリアの手はクラウスに触れることなく突き抜けていく。
「あれ?触れない……」
はっきり見えているのに触れることが出来ない。
クラウスの体に何度も振れようと試すが触れることが出来ず突き抜けていく。
「少し可笑しい子だとは思っていたが、とうとう幻想を見るようになったか……。クラウスの事で大変な時期に妹の頭が可笑しくなるなんて、いい加減にしてほしい」
頭を抱えそうな勢いで呟くアーサーにアメリアも自分が可笑しくなったのだとパニックになる。
「ねぇ、本当に見えないの?私、可笑しくなったの?」
『ちょっと待て、お前は可笑しくなっていない!俺はちゃんと存在している』
慌てたようにクラウスが必死に話してくるのをアメリアは首を振る。
「ものすごくリアルに話しているわ」
『よし、解った!俺がお前の作りだした幻想では無いことを証明しよう。お前が知らないことを教えてやるよ!ビオナ姫とアリッサム王子は恋仲だ。2年前、舞踏会で出会ってお互い一目で恋に落ちて今は秘密の逢瀬を重ねているとゴリラ男に言ってみろ!』
焦ったように言うクラウスにアメリアは目を丸くして声を上げた。
「えっ!ビオナ姫とアリッサム王子は恋人同士なの?クラウスとビオナ姫がデートしているって噂になっていたじゃない。アリッサム王子って隣国のクエール王国の第2王子よね!100年前の戦争で国同士まだ仲が悪いのに、それは問題じゃないの?」
『二人の恋は国同士の微妙ないがみ合いも関係なくお互いが一瞬で恋に落ちた。隠れて二人は会っている!』
「隠れて会っているの?どーやって?これって大変な話よね」
隣のアーサーを振り返ると、渋い顔をして眉間を揉み始めた。
「大変な話だ。クラウスがそう言っているのか?」
「そうよ。お兄様の事ゴリラ男と言っているわ」
「間違いなくクラウスだ。アリッサム王子の事はビオナ姫の護衛騎士しか知らない」
「えっ、これ私が知っても大丈夫だったの?」
ビオナ姫には二人の兄が居る。
そのどちらの王子も秘密にしているぐらいの情報を知ってしまったのかとアメリアはクラウスを見た。
『大丈夫ではないが。俺達しか知らない情報を言う事でしか存在を証明できないのだろう』
「なるほど」
アメリアが頷いているとパールが首を傾げている。
「とても信じられないわ。クラウスがここに居るなんて、私には何も見えないし聞こえないわ」
息子の存在を感じられないパールが言うとクラウスは嫌そうに舌打ちをした。
それを見たアメリアは幼少期を思い出す。
アメリアの部屋が汚いと言う前に大体いつもクラウスは舌打ちをしていた。
きっとイライラすると無意識に舌打ちをするのだろうが、クラウスが舌打ちをすると何を言われるのだろうかと身構えてしまうのだ。
(そーいう所よ。騎士と姫に出てくるクラウスそっくりな黒髪の美形騎士は舌打ちなんてしないし、嫌な顔すらしないわ)
アメリアが大好きな恋愛小説”騎士と姫”は表紙がボロボロになるほど読み込んでいる。
数年前にホワイティという作家が出した姫を守る騎士との恋愛小説は瞬く間に話題になり、今一番売れている小説だ。
読んでいた時は気付かなかったが、小説に出てくる騎士の容姿がクラウスそっくりだ。
何作が出ているが、騎士が姫を慕っていてくっつくどうかの所で本が終わっている。
続きが気になっているが、最新刊が出るのは何年先だろうか。
”騎士と姫”シリーズを楽しみに待っている身としては、騎士のイメージを壊したくないから極力クラウスに近づきたくなかった。
小説の登場人物と職業も見た目も同じならばクラウスに憧れる女子が出てもおかしくない。
(私もクラウスに近づかなかったのはガッカリしたくなかったからよ)
アメリアは不機嫌な顔をして立っているクラウスを眺めながら心の中で呟いた。
黙って立っていれば女性なら誰でも一目で恋に落ちてしまいそうなぐらい、美しい整った顔をしている。
霊体になっても美しさは損なわれないのかとアメリアはじっとクラウスの顔を観察した。
どこから見ても完璧な顔だが、黒い瞳がアメリアを見つめた。
『アメリア!母に伝えてくれ』
「何を伝えるの?」
『糞みたいな恋愛小説”騎士と姫”を書いているのは母だと』
クラウスの衝撃的な事実にアメリアは驚いてパールを見つめた。
不安そうにこちらを見ているクラウスと同じ黒い瞳と目が合う。
「パールおば様が”騎士と姫”の作者なの?」
かすれた声で言うアメリアにパールが狼狽しながらクラウスが居るであろう場所に視線を向けた。
それでも何も見えないのか視線を彷徨わせている。
「く、クラウスがそう言っているの?」
「言っていたわ。おば様が作家のホワイティならあの美形で寡黙な騎士はクラウスがモデルなの?ショックだわ!」
アメリアは再度クラウスを見つめた。
見た目は黒い髪の毛に美形の護衛騎士は確かに物語の登場人物と同じだ。
憧れていただけに、実際のモデルだと知ると落胆をしてしまう。
『あの糞小説のせいで迷惑をしているんだ。もう書くのは止めてほしいね』
吐き捨てるように言うクラウスの言葉をアメリアはパールに伝えた。
「だって、理想の息子を物語に書いてもいいじゃない。現実の息子は口が悪くて、辛いのよ」
「確かに!物語の騎士は優しくて、母親想いだったわ。糞なんて言葉を使ったことが無いわよね」
アメリアが手を叩きながら言うとパールは頷く。
「現実の息子は、口が悪くて私の書いた小説を糞っていうのよ」
「やっぱり酷いやつよね。クラウスは」
わかるわと、アメリアは頷きながらクラウスを横目で見た。
クラウスは不機嫌な顔をして腕を組んでアメリアを見下ろしている。
『俺に夢を持たれても困るんだ』
様子を見守っていたアーサーがアメリアたちを見つめて立ち上がった。
「思うんだが。仮に本当にアメリアの目にしか見えないということは幽霊ということだろう?クラウスは死んだのではないか?くだらない会話をしている場合ではないだろう」
「あっ!クラウス、死んじゃったの?幽霊ということはそう言う事よね!」
叫ぶアメリアの声を聞きながらパールも顔を青くして立ち上がった。
「お医者様は瀕死だって言っていたわ。いやぁぁ、クラウスが死んでしまったなんて……。口は悪くても可愛い息子なのよ……」
ポロポロと泣きながらクラウスが寝ている部屋に走り出したパールをアメリアたちも後を追う。
その後ろでクラウスが大きな声で叫んだ。
『俺は死んでいない!』