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1年後のお話

「はぁ、やっぱり全く書けないわ」


 アメリアは机の上の真っ白な原稿用紙を見てため息をついた。

 クラウスと結婚して1年が経った。


 クラウスのお屋敷で暮らしているが、実家に居た頃とほとんど変わらず過ごすことが出来て居心地はアメリアが想像していたよりも良い。

 幽霊になったクラウスが毎日口煩く掃除をしろと言っていたことをもあり、同居することに恐怖を感じていたが実際暮らし始めたらさほど注意されることは無かった。

 事前に幽霊クラウスと暮らしていたおかげで、整理整頓を心掛けることが出来ていたおかげもあるだろう。


 義母となったパールも同居しているが、売れっ子小説家の先輩として学ぶことは多い。

 パールもいろいろ教えてくれるが、アメリアは全く生かすことが出来なかった。


 今も原稿用紙は真っ白だ。

 

「どうして書けないのかしら……」


 一年前様々な経験をしてネタは沢山あるはずなのに、いざ書こうと思うと筆が進まない。

 パールは”騎士と姫”を見事完結させ、今でも最終巻は手に入らないほど人気だ。

 結局、クラウスそっくりの物語の騎士は護衛していた姫と結ばれることはなく姫が遠くの国へ嫁に行くという結末になっている。

 ビオナ姫とクラウスと同じ展開に一般の少女たちは真実の物語だと信じているようだ。

 そんな物語の登場人物そっくりのクラウスが結婚をしたものだから巷の少女の中には寝込んだ人も出たらしい。


 パールから聞いた噂なのでどこまでが真実か不明だ。


 アメリアは真っ白な原稿用紙を手に取ってじっと眺めた。

 クラウスのお屋敷に住み始めてから、新しく自分用の書斎を用意してもらった。

 クラウスは大反対をしていたが、パールが一室使っていいと机と椅子を用意してくれたのだ。

 大小説家のパールが貯蔵している書庫も使いたい放題で小説を書く環境は完璧だ。


 ネタもあるし、小説を書く環境は完璧なのに一年経っても3ページ以上書くことが出来ずにいる。


 原稿用紙を眺めながら唸っているアメリアの背後から呆れたように大きなため息が聞こえてきた。


「まだ小説家を目指しているのか。いい加減才能が無い事に気づいたらどうなんだ」


 いつの間にかアメリアの背後にクラウスが立っていた。

 

 

「あれ、もう帰って来たの?」


 ビオナ姫が嫁入りをした後、護衛騎士達は一部の者はバスティア王子の護衛に就いた。

 アーサーは副隊長として毎日のようにベイツ隊長と言い合いをしているらしい。


 カールは残念ながら実力不足のため一般騎士からやり直しをさせられている。

 クラウスもバスティア王子の護衛騎士になったが、最近は日勤のみで日が暮れてから屋敷に帰ってくることが多かった。

 窓の外を見るとまだ日は暮れていない。

 夕暮れまで数時間はありそうだ。


「お前が心配だから、早く帰って来たんだよ!」


「心配?私を?」


 一体何をしただろうかと考えるがクラウスに心配されるようなことは何もしていない。

 首を傾げているアメリアにクラウスは大きなため息をついた。


「もう予定日だろう」


 そう言ってアメリアの大きなおなかを軽く摩る。


「あぁ!そうだったわね」


 他人事のように言うアメリアにクラウスは本格的にため息をついた。

 アメリアの出産予定日が近づいてくるとクラウスは夜勤を免除してもらい、予定日間近のために早退をしてきたようだ。

 意外と心配性なクラウスにアメリアは軽く笑った。


「大丈夫よ!まだ生まれる気配無いから。生まれたら忙しくなるから、その前に小説をかき上げたかったんだけれどなぁ」


「忙しくなくてもお前には一生小説を書き上げるという事が出来ないから心配するな。それと、ビオナ姫から手紙が来ていた」


 クラウスは懐からピンク色の封筒を取り出してアメリアに渡す。


「ありがとう」


 ビオナ姫との文通はすでに何回かやり取りをしている。

 毎回幸せに暮らしているという様子が書かれていて、アメリアはビオナ姫の手紙が楽しみで仕方がない。

 独りぼっちで国を出たビオナ姫を心配していたが、楽しく暮らしているようだ。


 乱暴に封筒を破り便箋を取り出す。

 封筒を乱暴に破るなと何度注意しても治らないアメリアにクラウスはもうあきらめているようだ。


 ふわりと懐かしいビオナ姫の匂いが漂いアメリアは大きく息を吸い込んだ。


 ゆっくりと便箋を広げて綺麗な文字を読み進めて、アメリアは大きな声を上げた。


「大変よ!ビオナ姫も赤ちゃんが出来たんですって!安定期に入ったから知らせてくれたみたい」


 自分の事のように喜んでいるアメリアにクラウスも微笑んだ。


「それは良かった」


「実は私も、前のお手紙で赤ちゃんが出来たことを知らせていたの。これで子供同士が同じ年になったら素敵ねですって。いつか、お互いの子供を連れて会いたいって書いてあるわ」


「そうなると、バスティア王子の戴冠式の出席は難しいかもしれないな」


 クラウスの言葉にアメリアは頷く。

 身重の身で、長距離の移動は体力的に厳しいものがあるだろう。

 せっかく一年ぶりに会えると思っていたのに残念だ。


 ガッカリしているアメリアにクラウスは元気づけるように背中を叩いた。


「お互い落ち着いたら会いに行けばいいさ。思ったほどクエール王国からの追求は厳しいものじゃなかったからいくらでも会えるだろう」


「そうね」


 いつかお互いの子供を合わせることが出来ればと思いながら大きなおなかを摩る。

 一年前は大嫌いなクラウスと結婚して子供までできると思わなかった。

 ましてや、ビオナ姫と友人の様な付き合いが出来るとは思わなかったとアメリアは微笑んだ。


「なんだ、急にニヤニヤ笑って。気持ち悪い」


 相変わらず口が悪いクラウスは、どこから見ても完璧なまでにカッコいい。

 それでも口の悪さが女性達にも露見し、しまいにはアメリアに幽霊になってまで取り憑いていたことが気持ち悪いと言われてすっかり人気が無くなってしまった。

 クラウス本人は、めんどくさい女が近づいてこなくて良かったと言っているが、アメリアからしたら自分の夫が気味が悪いと言われているのは少し残念な気分になる。

 付きまとい男などというあだ名がついているのも少し可哀想だが納得もできる。

 兄のアーサーは城の檻を素手で壊したことから怪力ゴリラと新たな仇名がつき、夫であるクラウスは付きまとい男というあだ名がついている。

 なんだか二人とも可哀想だが、自分は変な仇名が付かなくて良かったと心から安堵する。


 アメリアはニヤニヤ笑いながらビオナ姫の手紙をクラウスに見せた。


「ビオナ姫様、クラウスが幽霊になった私に取り憑いた話を今更聞いたらしいわ。今度詳しく話を聞かせてほしいって」


「今更?」


 嫌な顔をして聞いてくるクラウスにアメリアは頷く。


「あの時期は、ビオナ姫様も大変だったものね。今頃、クラウスが幽霊になった話を聞いたらしくてアリッサム王子も詳しく話を聞きたいって書いてあるわ」


「絶対に詳しく話すなよ!」


 思い出したくも無いとぶつぶつ言っているクラウスが面白く手てアメリアは声を出して笑った。

 

「あれ?」


 笑っていたアメリアはお腹に違和感を感じて顔を顰める。


「どうした?」


「なんか、お腹が……。生まれるかもしれない?」


「なんで疑問形なんだ!自分の体だろうが!と、とにかくお袋を呼んでくるからじっとして居ろよ」


 なぜかクラウスは焦りながらバタバタと部屋を出て行った。

 

「生むのはクラウスじゃないのに……」


 自分が生むかのような焦り方にアメリアは面白くて声を出して笑った。


 

「口は悪いけれど、意外と優しいのよね……」


 アメリアは呟いてそっとお腹を撫でる。

 いつか、ビオナ姫とお茶を飲みながらあの時は大変だったと語り合いたい。

 近い未来を想いながらアメリアは微笑んだ。




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