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「はぁ、緊張するわ」
アメリアは何度か深呼吸をしていると横に立っているクラウスが呆れたような顔をしてきた。
医者の診察により自宅療養の許可が降りた。
城で過ごす最終日にビオナ姫と面会が設けられた。
殴られた顔も腫れが引いて口元に青い痣が多少残っている程度になった。
手足もアメリアが思うより軽い怪我だったようで、痛みはもう無い。
正常通り機能しているように見える城の中もどこか緊張感を感じ、アメリアは背を正して廊下を歩く。
ジロジロと遠慮なく侍女達や騎士に見られている状況に表情には出さないがクラウスをさりげなく見上げた。
「ねぇ、凄い注目されているじゃない」
「そりゃ、そうだろ。俺達は注目の的だ。下手したらビオナ姫とアリッサム王子より注目されている」
「嘘でしょ」
あの後、ビオナ姫の恋は公然のものとなりアリッサム王子も純粋な気持ちで姫に好意を寄せていることを発表した。
その話を聞いた時アメリアは心から安堵をして喜んだ。
ビオナ姫の恋が真実で、お互い両思いなのは間違いない。
国同士の問題もあり、本格的にお付き合いが出来るかどうかは分からないが大変うれしい事だ。
未だアリッサム王子は城に滞在しているが、どうやって過ごしているかはアメリアは知らない。
王子と姫よりも、自分たちが注目されているなんぞありえないとアメリアはクラウスを睨みつける。
「絶対に良い噂じゃないでしょう」
兄の事をゴリラ男と噂されていることを思うと自分はなんて言われているのだろうかと不安になる。
「お前より俺だよ……。言われているのは」
クラウスは嫌そうな顔をしている。
「……なんて言われているの?」
「…………付きまとい男」
「えっ?」
クラウスが付きまとい男と呼ばれているのかと驚いてアメリアは聞き返した。
少し前まで憧れの騎士様で、女性達から黄色い声を浴びていたではないか。
「幽霊になってまで女に付きまとうなんてありえないらしい。しかも、なぜかお前の体をのっとったことが女性達にとって気持ちが悪いと言われている……らしい」
不愉快そうに言うクラウスにアメリアは大きく頷いた。
「そうよ、気持ち悪いわよ。でも、私の体に入ったことも噂になっているなんて凄いわね」
噂の流れの速さに驚くアメリアにクラウスは握りこぶしを作ってニヤリと笑う。
「流したやつは大体把握しているから殴っておいた」
「……そう。相変わらずね」
やられたらやり返す精神は昔から変わっていないとアメリアは頷く。
クラウスはにやりと笑ったままだ。
「お前の分もやり返してやったからな」
「……誰に?」
嫌な予感がしつつアメリアは恐る恐る聞き返した。
「レスティノの野郎だ。あいつ、俺を刺し殺すように指示していたらしいしアメリアの顔も殴ったからな。でも一発しか殴れなかった」
不満そうに言うクラウスにアメリアはの心が温かくなる。
(私の分もやりかえしてくれたのね……)
クラウスの心の変化が嬉しくて思わずにやけていると顔を覗き込まれた。
「阿保みたいに笑っているともっと馬鹿にされるぞ」
「大丈夫よ。言われているのはクラウスでしょ」
アメリアが揶揄うように言うとクラウスは大きなため息をついた。
「ずっと寡黙な騎士で通していたのに残念だ」
「クラウスさんが寡黙な騎士なんてありえないんですけれど」
クラウスの嘆きにカールがボソリと呟く声が聞こえた。
いつの間にかビオナ姫の部屋の前まで来ていたようで、相変わらずドアの前で警備をしているカールが立っていた。
「カールさん。お元気そうで良かったです」
牢屋に入れられていたカールの悲壮な声を聞いていたアメリアは元気そうなカールを見てホッとする。
見たところ怪我をした様子も無く情けない顔をしているぐらいだ。
「アメリアさんこそ大変でしたね。もう少しで処刑されるところだったし、怪我もだいぶ良くなってよかったですね」
ニカッと笑うカールにアメリアも微笑んだ。
「ありがとうございます」
「カール、てめぇも俺の悪口を散々言っていたの知っているんだぞ」
クラウスが握りこぶしを作って言うとカールは身を守るようにして両手で顔を隠した。
「止めてくださいよ。暴力反対ですぅ」
情けない声を出すカールにクラウスはイライラしたように睨みつける。
「お前、それでも護衛騎士か!すべてにおいて情けない。あとでお前を鍛えてやるから覚えていろよ」
「覚えてられません。クラウスさんの稽古怖いんですよぉ。ボコボコに殴るじゃないですか……」
「殴られないように稽古をしろ」
クラウスはそう言うとドアを開けて室内へと入っていく。
アメリアもカールに頭を下げてビオナ姫の部屋に続いて入った。
長い通路を進み、一枚ドアの前にビオナ姫の侍女ケイトがアメリアの姿を見て安堵の表情をする。
「姫様共々大変心配しておりました。お元気になられたようでようございました」
「ゆっくり静養できたおかげだと思います」
かいがいしく世話を焼かれて、アーサーやクラウスが毎日様子を見に来てくれていた。
毎日医師の診察もあり手厚い看護のおかげで回復をすることが出来た。
笑みを浮かべて言うアメリアにケイトは軽く頭を下げる。
「姫様がご迷惑をおかけしました。姫様もかなり落ち込んでおられます」
「とんでもないです」
アメリアが手を左右に振るとケイトはホッとしたように頷く。
「そう言っていただけると姫様も少し気分が落ち着くでしょう。どうぞ、姫様がお待ちです」
「ありがとうございます」
アメリアはケイトに軽く頭を下げて室内へと入った。
部屋に入ると花のいい香りと共にビオナ姫が立って待っていた。
アメリアの姿を見ると深く頭を下げる。
「アメリアさん。今回は私の浅はかな考えで大変ご迷惑をおかけしました」
「……あの、頭を上げてください」
まさかビオナ姫が頭を下げてくるとは思わずアメリアは戸惑いながら声をかけた。
何時までも頭を上げようとしないビオナ姫にアメリアは困惑して隣に立っているクラウスを見上げる。
クラウスは軽く首を振って自分にはどうすることもできないと訴えてきた。
「ビオナ姫様が悪いわけではないですよ」
すべてが悪い方向に向かっただけでビオナ姫はただ隣国の王子に恋をしただけだ。
ビオナ姫が悪いわけではない。
アメリアの言葉を聞いてビオナ姫はやっと顔を上げたが、大きな瞳には涙が溜まっている。
「いいえ、全て私の愚かな行動のせいよ。アリッサム王子との仲を隠さず、お兄様達に伝えていればこんなことにはならなかったかもしれない」
ポロポロと涙を流すビオナ姫にアメリアは困りながらポケットからハンカチを取り出す。
シワシワになっているハンカチを差し出そうとするアメリアにクラウスが慌てて手を掴んでハンカチを回収して綺麗なハンカチを握らせた。
「阿呆。そんな汚いものを差し出すな」
小声で言うクラウスにアメリアは確かにと頷いて、皺ひとつないハンカチを差し出した。
「アメリアさんとクラウスは本当に仲がいいのね」
二人のやり取りを見てビオナ姫はこの日初めて微笑んだ。




