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「もう少しシャキッと歩けないのか?」
アーサーにエスコートされながら歩くアメリアの腰は曲がっていて情けない姿だ。
「だって、昨日クラウスが力いっぱい走るから……。酷い筋肉痛なのよ」
低いヒールを選んでいるにもかかわらずアメリアはアーサーの腕にぶら下がるようにゆっくりと歩く。
昨日、クラウスが暴漢から身を守るためにアメリアの体を駆使した反動が響いているのだ。
激痛に近い筋肉痛が全身を襲っているが特に太ももが痛く誰かの支えが無いと歩けない状態だ。
アメリアは出席していないが式典は無事に終わったようだ。
アリッサム王子がクエール王国を代表して調印をし、国同士の有効な交流をしていこうと言う言葉を頂いたという。
式典後、アリッサム王子やビオナ姫が出席するパーティーにお呼ばれていたアメリアは筋肉痛を押しながら城へとやって来た。
昨日、アリッサム王子から預かって小さな手紙はまだビオナ姫に渡すことが出来ていないためにポケットに忍ばせている。
ビオナ姫に隙をみて渡すことが出来たらと思っているが、そんなことが出来るだろうかとアメリアは考えるだけで気分が重くなる。
「クラウスの想い人でビオナ姫のお話相手に突如なったお前をみんなが見ているのだからもっとちゃんと歩け。俺の評価が下がる」
「お兄様もクラウスも自分の評価ばかり!私の心配をしてほしいわ」
「そのクラウスは今もお前の傍に居るのか?」
小さく聞いてくるアーサーにアメリアは不服そうに答えた。
「城に着いたらどっか行っちゃった」
パールと選んだパーティー用のドレスはクラウスの指示通りくるぶしまで隠れる長いスカートだ。
肩すら出ていない肌が隠れる多めの生地に手袋をしているため、赤く腫れている手は隠れている。
「襲ったやつでも探りに行ったか」
アーサーが呟くと同時にクラウスが前から歩いてくるのが見えた。
アメリアの目には騎士服姿で実在しているように見えるが、通り過ぎる人たちがクラウスの体を突き抜けていく。
「帰って来たみたい」
アーサーの腕にぶら下がりながらアメリアが言うとクラウスは片手を上げた。
『腰を痛めた病人みたいな恰好で歩いていると俺の評価が下がるから止めてくれ。さすがに城の中では辛くてもちゃんと歩けよ』
「クラウスまでお兄様と同じことを言って酷いわ」
ブスッとしているアメリアを見てアーサーは満足げにうなずいた。
「クラウスが何を言っているか想像がつくな。俺達に恥をかかすな。ちゃんと歩け」
二人して酷いことを言うとアメリアは唇を尖らせた。
不貞腐れているアメリアの唇を掴もうとしてクラウドの指が空を切る。
「残念でしたー」
危うく唇を掴まれるところだったと尖らせていた唇を引っ込めてアメリアは微笑む。
クラウスは舌打ちしてアメリアの横を歩き始めた。
会場までの長い廊下を歩く。
煌びやかなドレス姿の女性も多いが、騎士も多く配置されている。
「警備が凄いわね」
『そりゃ、アリッサム王子がいらしているから。何かあったら大変だろう』
仕事じゃなくて良かったとボヤキながら歩いているクラウスにアーサーは見ないが視線を向けた。
「それでクラウスは何と言ってる?」
アーサーが静かに言うと、クラウスは肩をすくめた。
『特に何もなかった。みんな普通に仕事をしていたよ。ただ、レスティノ達の隊が妙に人が集まっていて、かなり緊迫感があったな。アダン王子に何かあったのか?』
アメリアが伝えるとアーサーは密かに眉をひそめる。
「何も聞いていない。今日はどこの隊も全員出勤し警備に当たっているが……。第二王子の護衛騎士達は通常通りの警備のはずだぞ」
『そうだよなぁ。アダン王子の護衛騎士達は各班に分かれているようだった。変わっていたところはそこぐらいかな。サラっとしか見ていないけれど』
クラウスはそう言うとアーサーの目つきが鋭くなった。
目つきが悪い巨大な男は妹のアメリアから見ても恐ろしい。
「お兄様、目つきも悪いけれど気配だけで人を殺せそうだわ」
ゴリラ男と妹という声があちらこちらで聞こえてきてアメリアは兄の筋肉質な二の腕を叩いた。
アメリアが窘めたぐらいで落ち着くアーサーではなく目つきの悪いまま会場へとたどり着く。
広い会場の入り口でアメリアは感嘆の声をあげた。
「すっごく綺麗ね。夜だからかしら」
広い会場の中は着飾った人々が楽しそうに談笑している。
ホールではダンスを踊っている男女の姿が見えてアメリアは素敵と小さく呟いた。
恋愛小説の中で必ず出てくる城のパーティーを再現したような光景にアメリアは見ることに一生懸命で入口から動けないでいる。
アーサーはそんなアメリアを無理やり歩かせて会場の奥まで連れて行った。
腕にかかったままのアメリアの手を無理やり引き離すと険しい顔をしたままアメリアを見下ろした。
「俺は仕事中だからお前の面倒は見られない。大人しくしていろよ」
「解っているわ。大丈夫、適当にジュースでも飲んで観察しているから」
楽しそうに踊っている人たちから視線を外さずに言うアメリアにため息をついてアーサーは去って行った。
『昨日襲われたというのにゴリラ男は俺が居ると思って去って行ったな』
誰にも見えないことを良い事にクラウスは壁に寄りかかって腕を組んでいる。
「心配なんてしてないのよ」
『お前に呆れているからな。あと、俺が居るからかもしれないな……。ゴリラ男め』
実在しないくせにと心の中で思いながらアメリアはチラリとクラウスを見上げた。
整った顔立ちのクラウスは 会場のだれよりも美しい。
黒く濁った瞳のクラウスと目が合った。
『なんだよ』
「何でもないわよ」
眉をひそめながら言われてアメリアは慌てて顔を逸らし会場を見つめる。
壁の花となっているアメリアの耳にひそひそと話す人たちの噂話が耳に入ってきた。
「ほら、あの方がクラウス様の想い人らしいわよ。顔は、普通ね」
「ゴリラ男の妹にしては可愛い方だと思うわよ」
聞こえるように話す女性達に視線を向けると慌てて扇で顔を隠している。
強めに化粧をしている若い女性達はアメリアを見つめたままだ。
『お前言われているぞ』
クラウスが女性達を顎で指すとアメリアは肩をすくめた。
「クラウスの事が好きな女性達かしらね」
アメリアが揶揄うように言うとクラウスは嫌そうな顔をする。
『俺の好みじゃないな』
どんな人が好みなのか聞こうとアメリアが口を開いた時に背後から声を掛けらた。
「やぁ、アメリアちゃん」
振り返ると騎士服姿のレスティノが立っていた。
『アダン王子の護衛をしなくていいのか。こんなところで油を売っている場合じゃないだろう?』
クラウスは自分が見えないのをいいことにレスティノの顔面ギリギリまで近づいて睨みを利かせている。
クラウスに視線が行きそうになるがアメリアは何とか存在を無視してレスティノを見上げた。
優しい笑みを浮かべてアメリアを見下ろしている。
「レスティノさん。お仕事中ですか?」
「そう、仕事中だけれどね。妹をエスコートしてきたんだ」
レスティノは微笑みながら後ろに立っていた女性の背を押してアメリアの前に立たせる。
黒く長い髪の毛は腰まであり、目が覚めるほどの美女がアメリアに微笑んだ。




