18
『お前は洋服を一枚しか買わないという選択肢を無くした方がいい』
霊体クラウスに冷たい目を向けられてアメリアは閉口した。
ビオナ姫と面会は1回こっきりだと思っていたのだが、まさかの友人指定をされて今2回目のお茶会のお誘いに行く所だ。
作った訪問着用のドレスが一枚しかないアメリアは必然的に前回と同じものを着ている。
ファッションに無頓着なアメリアも、さすがに前回と同じドレスはいかがなものかと思うが今から買いに行く時間も無いので仕方ないと諦めて空を見上げた。
「いい天気ね!ほら、雲が風に流れていくわ」
強く冷たい風が吹いているために、アメリアの体は凍えるほど寒い。
震えながら言うアメリアに呆れつつクラウスは寒さも暑さも感じないために肩をすくめた。
『ごまかすなよ。防寒用のコートとマフラーぐらい普通の女性は持っているものだ』
マフラー1つ持っていないアメリアの首元は母親から借りたネックレスが輝いている。
「だって、寒い日は外に出ないし。ケープはクラウスに掛けてあげたから持っていないのよ。血で汚れてしまったんだもの」
『悪かったよ!体に戻ったらいくらでも服を買ってやるよ』
「えー別にいらないけれど……」
外に出ないから必要性を感じないとアメリアが断るとクラウスはイラッとした様子で睨みつけてきた。
『阿呆。今もこうして不便をしているだろうが!これから物入りになるだろうから、ドレスも宝石もコートも手袋も一式買ってやるから黙って受け取れ!』
気になる相手にそう言われると不思議と嬉しいものでアメリアは少し微笑んで偉そうにうなずいた。
「そうね。ありがとう」
『俺が元に戻ったらだからな!』
「解っているわよ」
なぜが照れたようにぶっきらぼうに言うクラウスにアメリアは頷いた。
冷たい風が吹く中城へたどり着き、門番にビオナ姫と面会の約束をしていることを伝える。
まもなくして無表情なアーサーが迎えに来た。
「お兄様、寒いから早く部屋に入れて」
コートすら羽織っていないアメリアを見てさすがのアーサーも顔を顰めた。
「お前コートはどうした。一枚だけ持っていただろう」
「クラウスの血がついてしまったので捨てたわ」
「……なるほど」
「でも、クラウスが元に戻ったら買ってくれるって」
嬉しそうに言うアメリアにアーサーは肩眉を上げた。
「それは良かった。一枚でなく沢山買ってもらえ。さすがにドレスやコートが一枚では無理があることに本人も気づいたな」
呟くように言うアーサーにクラウスは呆れて天井を見上げる。
『お前ら絶対可笑しい。妹の洋服ぐらいちゃんと面倒見ろ!』
「クラウスが何を言っているか想像はつくが、俺と母は何度も洋服を買えと言っていたが諦めた。コイツが一枚で十分だと言ってきかないからだ」
そう言うとさっさと廊下を歩き出した。
アーサーに置いて行かれまいと慌ててアメリアも速足で後をついて行く。
女が洋服一枚でいいなんて信じられないとぶつぶつ言いながらクラウスもアメリアの後ろを付いてくる。
「霊体ではなくて、実物のクラウスが騎士服姿で城に居る姿が見て見たいわね。きっとカッコいいわよ」
薄暗い目をした霊体ではなく、体に戻ったクラウスを見てみたいと何気なく言った言葉にクラウスはのけぞるぐらい驚いた。
『お前…… 俺をカッコいいって言ったか?』
「言ったけれど?だって、黙っていれば綺麗じゃない。小さい頃から綺麗な顔をしているなぁって思っていたもの。口を開かなければすっごく好みなのになぁ」
残念そうに言うアメリアにクラウスは冷たい目を向ける。
『一言余計だ。お前も男に夢を見すぎなんだ』
「解っているわよ。お兄様を見ていれば男に幻想なんていだいていないわよー。でも、レスティノさんだったら優しそうね。あんな人が物語に出てくるような男性っていうのよ」
いつもニコニコ微笑んでいるレスティノを思い出してあの人だったら物語に出てくるような優しい男性ではないかと期待ができる。
優しい空気をまとっているレスティノを主人公の相手役でもいいなと考えていると冷めた顔をしているクラウスと目が合った。
『レスティノは間違いなく一癖も二癖もあると俺は思う。ねちっこい妹がいるんだぞ。あの兄弟の血はヤバイ』
「血なんて関係ないわよ。私とお兄様なんて似ていないじゃない」
さらりと言うアメリアにクラウスは首を振った。
『お前らもたいがいヤバイ。他人の目を気にしない血が流れていると俺は思う』
「失礼ねー」
城の中ということもあり極力小声でクラウスと話しているつもりだが気づけば通りすがる騎士や侍女達がアメリアを見ている。
傍から見ればひとりごとを言っているように見えるアメリアの様子をコソコソと話しているようだ。
「私だって他人の目が気になるわよ。侍女さん達に変な目で見られているじゃない。これでは小説が売れないわ」
『その前に小説を完成させてから心配するんだな』
バカにするように言われてアメリアは口を噤んだ。
確かに今まで一度も小説を完成させたことも3ページ以上書いたことも無い。
「独り言よりも、薄い洋服で城に来たことが噂されていると思うが。 いや、前回と同じドレスを着ていれば噂の的だな」
アーサーは無表情に言うと金色の大きな扉の前で立ち止まった。
いつの間にかビオナ姫の部屋までたどり着いていたようだ。
アメリアは軽く服の皺を整えて背筋を伸ばした。
「隊長お疲れ様でーす。アメリアさん、こんにちは」
扉の前には前回と同じビオナ姫の護衛騎士が二人立っている。
天然パーマの可愛らしい顔をした青年が笑みを浮かべてアメリアに気さくに挨拶をした。
「こんにちは」
愛想よく挨拶をするアメリアに扉の前に立っている二人は同時に頭を下げてくれる。
「いやー助かりましたよ。アメリアさんが来てくれて」
天然パーマの騎士がニコニコして言ってくるのでアメリアは首を傾げる。
「何がですが?」
「アメリアさんが引き受けてくれたからですよ。渡す係。僕達は誰もやらないから……」
「渡す係ってもしかして」
嫌な予感をして呟くとクラウスが見た事かと偉そうに腕を組んでアメリアを見下ろす。
『だから言っただろう。少しでもいい表情をするとあの姫様は引き受けてくれたと思うんだ。人の悪意に気づけないんだから』
「そんなぁ……」
落ち込むアメリアに天然パーマの騎士は同情するように頷いた。
「仕方ないですよ。僕らだってやりたくないですから。アメリアさんが来てくれて本当に助かりました。これでクラウスも成仏できるでしょう」
『俺は死んでいないしいつからお前は俺を呼び捨てにするぐらい偉くなったんだ!後輩のくせに!覚えてろよ、カール!』
クラウスが霊体になって目の前に居るとも知らず天然パーマの少年カールはクラウスの悪口を言おうと口を開きかけたが背筋がゾクリとして周りを見回した。
「なんかクラウスさんの気配を感じます!」
「あまりクラウスの悪口を言わない方がいいぞ。死んでもあいつは自分を悪く言うやつに敏感だから」
無表情に言うアーサーにカールは青ざめて天井を見上げる。
「すいませんでしたぁ。先輩。成仏してください」
『だから俺は死んでいないと言っている』
カールの目の前で怒っているクラウスを無視してアメリアはアーサーに続いてビオナ姫の部屋へと入った。




