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「クラウスは元気にしている?」


 クラウスの屋敷に行くと心配そうなパールがすぐに問いかけてきた。

 パールには見えないクラウスの姿を探して視線を彷徨わせている。


「おば様、クラウスは私の右横に立っているわよ。凄く元気で、私を怒ってばかりいるわ。毎日うるさいったらありゃしない。掃除だってされるのよ」


「そう?元気そうで良かったわ。二人は付き合っているんですってね」


『阿呆!元気なものか!俺は死にそうなんだ!付き合っているのは設定だ!』


 母親に向かって阿呆というクラウスを眺めてアメリアは冷めた目をしながらクラウスを指さした。


「おば様、クラウスが凄く怒っているわよ」


「何を怒っているか分かるわ。息子だもの……。でも、アメリアちゃんとクラウスが結婚したらおばさんうれしいなって思うのよ。クラウスは口が悪いじゃない?こうやって本心を出せる相手と末永く暮らしていってほしいわ」


 薄っすらと涙を浮かべながら言うパールの横でクラウスは血管が切れてしまうのではないかというぐらい激高をしている。


『末永い未来の話より今を考えろ!俺は死にそうで、霊体なんだよ!』


 怒鳴り散らしているクラウスを冷たい目で眺めているアメリアにパールは軽く手を上げた。


「いいのよ。息子が何を言っているか分かるから。さぁ、生身のクラウスの様子を見てあげて」


 そっと涙を拭ってパールはアメリアをクラウスの部屋へと案内する。

 お屋敷の廊下を抜けて真っ白な扉を開けてくれる。

 クラウスの部屋は相変わらず何もなく、ベッドとクローゼットのみ。

 まるで病室のような白い部屋を見回す。


「病院より清潔そうね」


『物があると掃除ができないからな。寝るだけの部屋に物はいらない』


 大きな真っ白なベッドに寝かされているクラウスに近づく。

 死んでいるのではないかというほど真っ白な顔に息をしているのが心配になるぐらい動きが無い。


 クラウスの顔に耳をそっと近づけると息をしている音が聞こえてアメリアはホッと息を吐いた。


「息はしているわよ」

『勝手に殺すな』


 アメリアはベッドの横に置いてある椅子に腰かけてじっと生身のクラウスを眺めた。

 霊体よりも生身のクラウスの方がはるかに美しく見える。

 形のいい唇は薄く開かれていて静かに息をしている。


(あの唇に触れてみたい。髪の毛もサラサラね)


 自分より綺麗な肌に触れたい、黒い髪の毛を撫でまわしたい。

 ウズウズする右手を抑え込んでアメリアはじっと生身のクラウスを眺める。


『俺の顔を見てそんなに楽しいか?』


 微塵たりとも動かないアメリアの横に立ってクラウスは自分の体を眺めて呟いた。


「あれね、クラウスは実物の方がいいわね。霊体だと目が怖いわ。薄暗いっていうか生気が無い黒い目でちょっと危ういのよ」


『そりゃ、俺は幽霊だからな!霊体の自分を見た事が無いがそうか、ちょっと怖いのか』


「でも、不思議よね。寝ているクラウスは白い寝間着で霊体のクラウスは騎士服なんだもの。よっぽど仕事が好きなのね」


『仕事は俺の天職だと思っているな。ムカついた相手は稽古だと言ってブチのめせるし』


 ニヤリと笑うクラウスにアメリアは首を振った。


「そういうところ、良くないわよ。レスティノさんの妹もクラウスの本心を知ったらがっかりするわね」


 アメリアの言葉を聞いてお茶を持ってきたパールがニッコリと笑った。


「レスティノさんって言った?さっきまでいらしたのよ。クラウスの事が心配でお見舞いに来てくださったのよ」


 机の上に3人分のお茶を用意したパールにクラウスは睨みつける。


『俺は飲めないんだが!』


「クラウスはいらないって。お腹も空かないし、眠くならないようよ。毎日の様に私が寝た後この部屋に来ているみたい」


『いらないんじゃない。飲めないんだ!』


「一応、クラウスが飲めなくても可愛そうじゃない。雰囲気だけでも。ほら、クラウスの好きな紅茶よ」


 パールはクラウスが居ると思う方向を向いて言うがそこに霊体のクラウスは居ない。

 何もない所に話しかけているパールを見てクラウスが握りこぶしを作った。


『どこ見ているんだ!お袋!死んだ人に話かけるような雰囲気作りは止めろ!』


「クラウスがお袋って呼んでいるわよ。お母さまって昔は呼んでいたじゃない」


 パールが淹れてくれた紅茶を飲みつつ密かに驚くアメリアにクラウスはイライラしながら振り返った。


『母を何て呼ぼうが勝手だろう』


「まぁ、そうなんだけれど。クラウスの顔でお袋はイメージくすれるわぁ」


 パールお手製のクッキーを頬張りながらアメリアがガッカリしているとクラウスはますます怒りが増したようだ。


『お前のイメージなんて聞いていないんだよ!それからお袋に伝えてくれ、俺の顔を見ながら小説を書くな!』


 部屋の隅に用意されている原稿用紙を指さして言うクラウスにアメリアは驚いて駆け寄った。

 あの騎士と姫の続きが書かれているのかもしれないと必死に原稿を眺めるが、書かれているのはクラウスの顔の特徴だ。


「クラウスの顔を見ていると妄想が働くのよ。息子の顔をじっと見ることなんてできないからいい機会よ。文句も悪口も言わない美しい男性の顔は眺めているだけで素敵よね」


 優雅にお茶を飲み座りながら優雅に言うパールにクラウスがありえないと首を振っている。


『息子が死にそうだというのに、小説書くとか頭おかしいだろうが』


 呆れているクラウスを放って置いて、アメリアはパールの前に立って両手を合わせた。


「おば様、私も売れる小説を書きたいの!どうしたらいいかしら」


「私も、どうしたら売れるかは分からないけれど……妄想よ!こういう恋愛を息子にしてほしい!私と夫とは大恋愛だったのよ。恋愛部分は私たち夫婦を参考にしているの。だからアメリアちゃんも素敵な恋愛をすればいい小説が書けるわよ」


「いい恋愛なんて、難しいわね」


『いい加減なことをいうな!大恋愛って俺が見る限りお袋が一方的に愛を語っていたようだけどな。息子としては引くから止めてくれよ。母親が恋愛小説を書いているなんて想像するだけで虫唾が走る』


「クラウスが何か言っているわ」


 アメリアが不満を言っているクラウスを指さすがパールは聞きたくないと手を振っている。


「いいのよ。息子は私の趣味を受け入れてくれないの。きっと、それは息子が大恋愛をしていないからよ」


 クラウスの立っている場所とは見当違いな方向を見て言うパールにクラウスは声を荒げた。


『お袋だって大恋愛していないじゃないか!俺が大恋愛しようがどうしようが関係ないだろう!っていうか、くだらない話をしている場合じゃない。お前、ドレスを作るんだろう?』


 息を荒げながら言うクラウスにアメリアは頷いた。


「幽霊のくせに怒って息を切らしているクラウスが、ドレスを作るんだろって心配しているの。おば様、私素敵なドレスを持っていないから相談したくて」


 あらかじめ手紙で知らせを送っていたためにパールは頷いた。


「大丈夫よ。私、小説を書くために登場人物の洋服を作って置いてあるのよ。物語に出てくる姫様のドレス沢山あるから選んで頂戴」


「凄い。ありがとうございます」

 

 売れる小説を書くためにそこまでしないといけないのかとアメリアは関心しながら頷くと怒りつかれたクラウスがまだ首を振って否定している。


『阿呆。そんな売れている小説の中に出てくるドレスなんぞ着て見ろ。ヤバいやつだと思われるぞ。物語が大好きなのか、自分を物語の人物と思って過ごしている頭の可笑しい人だと思われるし俺がそんな女に思いを寄せていたと思われるから止めてくれ。頼むから止めてくれ』


 クラウスが珍しく懇願するため仕方なくアメリアは頷いた。


「確かにそう言われると頭おかしい人に見られるかもしれないわねぇ。おば様、せっかくだけれどそのドレスは着られないわ。クラウスが嫌だって」


「クラウスも神経質だから……。誰に似たのかしら」


『似るとか以前に普通の感覚だよ。俺が可笑しいみたいに言うな』


 幽霊のくせにすっかり疲れ切ったクラウスは器用に椅子に座って長いため息をついた。


「あら、クラウス椅子に座れたのね」


 いつも突っ立っているか壁に寄りかかっている姿しか見ていないアメリアが驚くとクラウスも頷く。

 

『本当だな。全て通り抜けるかと思っていたが、やろうと思えばできるんだな』


「その勢いで、自分の体に戻って見たら?」


『もう何度もやっているよ』


 期待を込めて見つめてくるアメリアにクラウスは疲れた表情を浮かべて首を振った。


「物語のために作ったドレスが無理だとなると、私が懇意にしている仕立て屋さんに今度行きましょう」


 パールに提案されてアメリアは頷いた。

 クラウスもその提案には納得したらしく、椅子に座ったまま頷いていた。




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