15
アメリアがクラウスを意識しだして数日が経った。
着替えの時はクラウスには部屋を出て行ってもらうが、それ以外はずっとアメリアの傍に居る。
話せる人が居ないと寂しいのだとクラウスは言っているが、アメリアからしたら大迷惑だ。
クラウスの顔はアメリアの好みだが、意地の悪い性格は嫌いだ。
嫌いのはずなのになぜかクラウスを見ると胸がドキドキして異性として意識してしまう。
(物語の人物よりも美しい顔じゃないかしら)
クラウスの顔をじっと見つめていると黒い瞳と目が合う。
目が合うと気恥ずかしくてアメリアが目を逸らすとクラウスは不満げだ。
『なんだ。人の顔をじっと見て』
「いや、私の目には生身の人間に見えるのに霊体なのねぇと思って」
『またその話か。少しは俺の為に動いてほしいもんだな』
クラウスの言葉にアメリアは腕を組んで考える。
「そうねぇ。一度クラウスの家に行って体を見てこようかしらね」
『俺は毎晩行っているが、特に変化はないよ』
「私が行けば何か変わるかもしれないじゃない」
アメリアはそう言って立ち上がり、部屋を出ようとするとドアが開きアーサーが顔を出した。
「また独り言か」
「クラウスと話していたのよ」
無表情に言う兄は仕事の帰りだろう。
夜勤明けの為か少し疲れた顔をしている。
「解っているが、クラウスの姿が見えないからな。アメリアにビオナ姫から招待状だ」
無表情なアーサーはヒラリと一枚の封筒を取り出すとアメリアに差し出した。
「嫌な予感がするわ」
金の模様が入ったピンク色の封筒から微かにビオナ姫から漂っていた花の香りがする。
顔を顰めながら封筒を受け取ると、アメリアの嫌な予感の通り王家の紋章。蜜蝋で封がしてあった。
「友人としてビオナ姫から招待状だ。クエール王国との式典のパーティにぜひいらしてくださいと言っていた」
「友人としてなんて……。困ったわ」
アメリアは乱暴に封筒を切って中身を取り出し広げた。
それを見ていたクラウスが信じられないような顔をして首を振る。
『お前……王家から来た手紙を乱暴に扱うなんて、なてやつだ。すべてにおいてだらしがない。王家からの手紙ではなくてもすべての書類は丁寧に扱え』
呆れた目をしているクラウスにアメリアはそっと息を吐いた。
(これだけバカにされて見られているのにどうして好きになったのかしら)
四六時中共にいるから特別に意識することは無いが、呆れた目で見られると少しだけ気分が落ち込む。
だからと言ってクラウスに気に入られようと、掃除をしたりすることは無い。
クラウスの事は無視をしてアメリアは招待状を開いた。
ビオナ姫の直筆で式典後のパーティーに来てほしいと書いてある。
「ネタ集めの為に行きたいけれど、ビオナ姫の友人として参加ってどうすればいいのかしら」
『お前が姫の友人として出席か……図々しいほどにもほどがあるな。黙って立っていればいいんじゃないのか?』
呆れた様子で言うクラウスにアメリアはホッとして息を吐いた。
「とりあえず出席すればいいのよね」
「ビオナ姫は”緊張するから傍で見守っていてほしいの。お互い恋をする者同士助けてほしいわ”と言っていた。お前に助けを求めるほどビオナ姫は気を許せる友人が居ないという事だ」
無表情に言うアーサーはそう言うと興味が無いとさっさと自分の部屋へと入ってしまう。
アメリアは廊下に立ったままビオナ姫の手紙を眺めた。
「まぁ、恋する気持ちは分からないでもないけれど……」
恋しくて眠れないというビオナ姫ほどではないが、今なら何となく気になる人が居る気持ちは分かる。
何となくドキドキして、できれば優しくしてほしいと思う気持ちはアメリアにも存在し始めている。
『お前がビオナ姫の気持ちなど微塵たりもわかり合えるはずがないだろう。ビオナ姫は繊細なんだよ』
小さく呟いたアメリアにクラウスはますます呆れた様子だ。
『お前本の読みすぎだよ。ウチの母の糞みたいな恋愛小説よりも新聞を読め!』
「もークラウスはうるさいのよ!」
黙っていれば大好きな小説”騎士と姫”の騎士そっくりなのにと思いつつ、口煩いクラウスも彼らしくて悪くないと思い始めている。
『それより、ドレスはあるのか?ビオナ姫から招待状を貰ったとなったら今頃社交界では有名になっているぞ。ヨレヨレの服なんて着ていくなよ』
「パーティーなんて参加したことないから持っているはずないじゃない!どうしよう!」
アメリアはハッとして呟くと、アーサーの部屋のドアを力いっぱい叩いた。
「お兄様!私ドレスを持ってないのだけれどどうしたらいい?」
「好きなものを買えばいいだろう。俺に関わるな、仕事明けで眠いんだ」
ドアは閉ざされたまま、部屋の中から聞こえる兄のうんざりした声にアメリアは力いっぱいドアを叩いた。
「酷い!お兄様。私が変なドレスを着て行って社交界で笑いものになってもいいの?」
「安心しろ。お前は今でも笑いものだ」
「もっと酷い!クラウス~どうしたらいい?」
ムッとしつつ横に立っているクラウスを見上げると閉ざされたままのアーサーのドアとアメリアを交互に見つめている。
『この兄にしてこの妹ありって感じだな。お前ら二人して普通じゃないからな』
「そんなことはどうでもいいわよ~。ドレスどうしよう」
『おばさんにお願いするか、俺の母に頼んでみたらどうだ?母は小説を書いているだけあってドレスや洋服の流行に敏感だからな』
「なるほど!パールおば様に頼んでみるわ」