13
「よかったですわね。ビオナ姫」
姫様付の侍女ケイトがニコニコしながら冷えたお茶を入れ替えながら言った。
「良かったわ。信用が置けるものは私の護衛騎士以外居ないし。みんなに断れてしまって困っていたのよ」
ビオナ姫はゆっくりとレースの付いたハンカチで目元を拭ってほほ笑んだ。
まだ、瞳は潤んでいるが、大きな瞳で見つめられると同性のアメリアでさえドキドキする。
「あの、手紙を届けるなんてたいそうな役目はできませんから。ただ協力できることはさせて頂きます」
クラウスの呆れ具合からして相当大変な事を引き受けてしまったのだとアメリアが後悔しながら言う。
ビオナ姫は小さく首を振ってアメリアの手を再度取った。
「ありがとう。こうして誰かと恋の話が出来るだけでうれしいわ。クラウスとはどこで出会ったの?どこが好き?彼は凄く人気だから、アメリアさんも辛いでしょう」
少女のようにワクワクして聞いてくるビオナ姫を見てアメリアは口ごもった。
(ビオナ姫も私と同じ23歳だったかしら。初めてできた恋を語れる同性の目で見られても期待に応えられないわ)
クラウスのどこが好きかと言われても、実際好きではないのだから困る。
助けを求め入口に待機している兄を見る。
迷惑そうに自分で何とかしろという視線を向けられてアメリアは困りながらクラウスのいい所を探そうと横をちらりと見た。
他の人には見えないがアメリアにだけ見えるクラウス。
黒い騎士服を着ている姿はアメリアの大好きな”騎士と姫”に出てくる人物そっくりでそこは好感が持てる。
それ以外は、煩く掃除をしろとねっちこく言ってくる嫌な奴だ。
それに加えて口も悪い。
好きな所が一行に浮かんでこないとアメリアはクラウスのいい所を探そうとじっと見つめてみた。
アメリアの視線を受けてクラウスは不満そうに自分を指さした。
『俺のいい所など山ほどあるだろう!顔がいい!性格もいい!剣も強い!次期隊長を狙っているからな!』
自分をほめろというクラウスから視線を外しアメリアは重い口を開いた。
「クラウスとは私たちの母同士仲が良く、気づけば幼少期一緒に遊んでいたので……。最近まであっていませんでしたし、どこが好きと言われましても」
「素敵!幼馴染ならばすぐに恋に落ちるのもわかるわ!責任感の強いクラウスのことだから私の事も心配してくれて、アメリアさんも優しいし。二人はお似合いよ」
「あははっ、ありがとうございます」
すべて違いますというわけにもいかず、困り果てながらアメリアは乾いた笑いを浮かべる。
「私も、アリッサム王子とは一目会った時からお互い恋に落ちたの。私たちの立場もあって公にできないからほとんど会う事も出来なくて。でも、クラウスが凄く協力してくれて助かっていたわ」
「そうなんですね」
「もしかして、クラウスと私が付き合っているとか噂が立っていたかもしれないけれど事実無根だから気にしないでね」
ビオナ姫は気遣いながら言ってくるが、クラウスの事などこれっぽっちも好きでなかったのだから何とも思っていない。
「気にしていないです」
「心が広いのね。私はアリッサム王子が今何をしているのか、他の女性と会っていないか心配で夜も眠れない時があるわ。アメリアさんはそんな心配したことないのかしら?クラウスはとても女性にモテるから心配でしょう?」
「いえ、全く。気にしたこともありません」
思わず本心を言ってしまいアメリアは慌てて口を噤んだ。
ビオナ姫は気にした様子も無く美しく微笑んでいる。
「まぁ。心が広いのね。私は無理よ。今何をしているのかずっと考えてしまうわ」
「恋煩いってやつですね」
気軽に言ってしまいまたアメリアは口を噤んだがビオナ姫は気にすることなく頷いた。
「そうね。きっと、これが恋煩いってことなのね」
「アリッサム王子はどんな方なのですか?」
アメリアが聞くとビオナ姫は嬉しそうに頬を赤くする。
「肌は褐色で、黒い髪の毛、瞳は緑色でとても素敵なの。いつも微笑んでいて、私を気遣ってくれて優しいのよ」
「素晴らしい方ですね!」
クラウスは口は悪いし、阿呆とよくバカにされている。
効けば聞くほどアリッサム王子はクラウスとは正反対の性格のようだ。
アメリアが褒めるとビオナ姫は嬉しそうだ。
「クラウスだって優しいでしょう?」
「いえ、クラウスは口が悪いし、口煩いですよ」
思わず思っていたことを言ってしまい横に居たクラウスがプルプルと怒りで震えている。
『阿呆。お前がだらしないからだろう!俺だって言いたくて言っているわけじゃないぞ』
アーサーの後ろに居た騎士がアメリアの言葉を聞いて静かにうなずいていたのを見て自分だけではないと確信をもってアメリアも頷いた。
「そうなの?クラウスが口煩いなんて信じられないわ。でも、きっとクラウスはアメリアさんには本心を出しているのかもしれないわね」
「隠す理由も無いですし」
「羨ましいわ。私とアリッサム王子もそういう仲になりたいわ」
(私は優しいアリッサム王子と恋人同士になっている方が羨ましいけれどなぁ)
アリッサム王子がどれだけ好きかという話を聞きながらアメリアは思う。
王子と姫のカップルは理想的でお互い美男美女だ。
(もしかして、これは小説のネタになるんじゃない?)
アメリアはハッとして目を見開いた。
嫌だと思っていたが、これはチャンスかもしれない。
(こうなったら城の中の様子とか、姫様の恋愛を調べて売れる小説を書いてやるんだから)
ビオナ姫の話が尽きたころ、ドアがノックされ顔を出したのはバスティア第一王子。
第一王子が部屋を訪れてくるとは思わず硬直しているアメリアにクラウスが声を荒げた。
『さっさと立って頭を下げろ』
クラウスに注意され、アメリアは慌てて立ち上がって軽く膝を折って頭を下げた。
バスティアはビオナ姫の部屋に入ってくると、アメリアをちらりと見る。
「ビオナの客か?珍しいなお前に友人などいないだろう」
美しいビオナ姫と同じ金色の短い髪の毛と青く鋭い瞳。
そして背の高い大きな体から感じる重いオーラに圧倒されつつアメリアは頭を下げ続けた。
注意深くアメリアを観察しているバスティアにビオナは優雅に頷いた。
「お友達になったのよ。お兄様。アメリアさんはアーサー隊長の妹で、クラウスの恋人なのですって」
「アーサーの妹?似ていないな」
入口に立っているゴリラ男に目を向けてバスティアは驚いている。
「よく言われます」
アメリアが言うとバスティアは肩をすくめた。
「そうだろうな。兄に似ないでよかったな。アーサーの妹なら問題ないだろう」
「お兄様ってば、私の友人関係に口出しなさらないでください」
可愛らしく怒るビオナ姫にバスティアは表情をやわらげる。
「仕方ない今微妙な時期だ。クエール王国との式典が近いからな。身の回りには気を付けろ」
式典とはなんだろうかとアメリアは空気になっているクラウスに視線を向ける。
『アリッサム王子が居るところだな。クエール王国と我が国は和解を正式なものとするためにお互い調印をする。そのために式典をする予定だ。今まで以上お互い歩み寄り協力しましょうってな』
バカな子に教えるように言うクラウスに腹が立ったが難しい事を言われてもアメリアが理解できないと思ったのだろう。
アメリアが微かにうなずいたのを見てクラウスは話を続ける。
『まぁ、阿呆なアメリアも知っていると思うがそれを反対している奴らが居る。100年前の戦争を未だに根に持ってクエール王国を許すなってな。その一派が邪魔しに来るかもしれないから姫様の身の回りは今まで以上に警戒をしている最中だ』
そこまでクラウスの話を聞いていたアメリアはハッとしてクラウスを見た。
(クラウスが刺されたのはその反勢力なのじゃないの?)
『その線は考えていなかったな』
アメリアの思考が解るのか、クラウスは頷いて呆気にとられながら口元を片手で覆った。
クラウスの声は誰にも届いていない。
バスティアはビオナに気を付けるように言うと部屋を出て行った。
突然の第一王子と出会うことになりアメリアは緊張を逃すように息を吐いた。
「ごめんなさい。突然お兄様が来てしまって」
「いえ。緊張しました」
『ビオナ姫が女と会っていると聞いて来たんだろうな。害がある人物かどうか。俺が刺されたおかげか緊張状態がピークって感じだな』
クラウスの言葉を聞いてアメリアは早く家に帰りたいと切に願った。