落花
近頃、この花の都「花紫院」では夜になると妖が頻繁に出没していた。
それもそのはず。雪が降る季節を超え、春を迎えようとしていた。冬眠から目覚めた妖たちは活動が盛んになるのだ。
今日は若草という地で妖が発生し討伐してこいとの命を受け、武人である桂月は出向いた。
若草に到着し妖を探していると突然、若い男の叫び声が聞こえた。
直ぐに振り返り右の路地に進むとそこには、闇夜のように黒く長い髪で、絹で作られた動きやすそうな袴を着ており、手には本を持つ男が妖と対峙していた。その男はあまりにも美しく女性のようにも見えてしまうほどだ。桂月は見とれた。
しかし、いまにも喉を引っ掻かれそうになっていたため、我に返り八咫烏を召喚させその妖を食い散らかせた。妖は塵となって消えたのを確認してからその男のもとに駆け寄った。
「大丈夫か!?怪我は!?こんな遅くに何をしている!?」
あまりにも桂月が一気に詰め寄ったため、
その男は「落ち着いてください!」と言って少し後ずさりをした。
男は一息ついてから、「私は怪我などはしていませんよ。ここで何をしているかというと歌の材料を探していました。」と落ち着いた声で説明をした。
桂月は「歌の材料?」と問うと、その男は丁寧に「私は吟遊詩人として各地を動き回っています。今日はこの若草で歌を歌って欲しいと依頼があったので来たのです。」と答えた。
桂月は生まれてから武道に進み、これっぽっちも文学に触れてこなかった。
だが、以前宮中で女たちが、鶯のように歌い、川が流れるように言葉を巧みに使う美人な吟遊詩人がいるのだと騒いでいたのは聞いたことがあり、かぶれたやつだ!と嫌悪感を抱いていたことがあったが、もしかしたらこの目の前の男はそいつかもしれないと思った。
「あの、助けていただいてありがとうございます。武人さんも気を付けて帰ってくださいね。」と言って桂月が答える間もなく吟遊詩人はあっという間に去ってしまった。
今日は、宮中で華の宴が行われる。梅の木の下で山菜や季節の魚などの食事を楽しみ、酒を酌み交わす。当然、神楽や蹴鞠大会なども開催され、宮中は大賑わいであった。
桂月は宴で騒ぐのがあまり得意ではなく、料理を黙々と食べていた。すると、誰かが「次は曲水の宴だぞ!あの有名な吟遊詩人も来てるらしい!」と知らせると、今まで男と戯れていた女たちは一斉に庭園に駆け寄った。桂月も流石に料理には飽きてきたためついていった。
曲水の宴とは、小川に流れる杯が自分の前を流れるまでに詩歌を詠み、その杯に入っている酒を飲み、別の場所でその詠んだ詩歌を披露するのだ。
桂月は興味本位で見に行っただけであった。
しかし、小川のほとりに座っていた髪を結んだ男に目を奪われた。その男はあまりにも先日自分が助けた男と似ていた。
桂月は近くにいた女に「あの髪を結っている男は誰だ。」と問うと、「あの方を知らないのですか!?最近有名な吟遊詩人さんですよ!ああ、本当に美しい、梅の木よりも美しいわ、、。」「名は何という?」「三光という名ですよ」桂月はほおと言ってその三光とやらに目を向けた。
宴はもう始まっているようで、三光は白い手で流れるような筆遣いで詩歌を書いていき、通り過ぎようとする杯に入った酒をぐいっと飲み干した。その一連の動きは他の詩人よりも格別に上品で風情があった。
それを見ている女たちは感嘆している溜息を出すばかりで、三光がこちらを向いたと思うと、なんと手をひらりひらりと振るではないか!一瞬にして女たちは膝から崩れ落ち泣いている者もいた。
桂月は周りを見て苦笑いをしていると、まだ三光はこちらを向いており電光が走るように目が合った。
その瞳は新緑に満ち、吸い込まれそうなほどだった。
桂月はなぜか咄嗟に目を逸らしてしまった。もう宴を見るのはやめようと自分の席に戻り酒を飲んだ。
何刻か経つと、笛や琴の音とともに出来上がった詩歌を詠み始める声がした。「あいつに声だ、」と聞き耳を立てていれば、透き通った声で読み上げた。
その歌は恋歌で、月の導きで彷徨っていたら目の前に美しい人がいた。という歌であった。桂月は、女に手を振るほどの男が書くだけあるなと、文学に精通しているわけでもないが勝手に評価していた。次々に詠みあげられたが、本当に言葉が巧みなことで酒を飲む手も止まり三光の声に夢中になってしまっていた。
曲水の宴が終わり月が出始めた頃、桂月も少し酔いが回ってきたのかふらふらと庭園を散歩していた。
梅のほのかな香りがまだ冷たい春の風に乗ってやってくる。
少し座ろうと石座に座っていると、静かな足音がこちらに近づいてきた。
「お久しぶりです。」桂月は振り返ると、三光が立っていた。
「先ほどの宴の時、手を振っていたの気付きましたか?ふふ」
まさかあれが自分宛だったとは思いもしなかった桂月は、「はあ!?」と顔をしかめた。
「覚えていませんか?私のこと。あの夜助けてもらった者です。また会えるなんて。あなたはここの人だったんですね。あ、お名前伺っても?」
食い気味に話されるので桂月は戸惑ったが、
「ああ、助けたことは覚えている。お前が“あの色恋で有名な”吟遊詩人だったとはな。俺の名前なんて知らなくてもいいだろ。」と皮肉を入れてここを去ってもらおうと思ったのだが、三光は笑って
「そんな風に見えていましたか。困っちゃうなあ。私はあなたの名前が知りたいのです。その理由だけで十分では?」
と言われたため、ぐうの音も出ず、「、、桂月だ。」とぼそっと言うと、
「桂月、素敵な名ですね。今晩の月のようだ。」とあまりにも褒めるので恥ずかしくなり、もういいだろと背中を向けた。
すると、三光はなぜか隣に座ってきた。彼からは、菊花の香の香りがし、ふわりと鼻を掠めた。
「三光、、お前何している。」と聞くと、自分が名前を言ってしまったことにはっとした。
思った通り三光は、「私の名前を知ってくれていたんですね。」と言う。
そして三光がじっとこちらを見てくる。
透き通るような白い肌、月光を通した長いまつ毛、月から来た人なのではないかと桂月は感じた。
すると、頬に三光手が伸び、さっと触った。冷たく手ひんやりしている。
桂月はばっと顔が赤くなった。夜の暗さでなんとかバレていないことを願い続けた。
三光は立ち上がると、「またね。桂月。」といって直ぐに立ち去った。
桂月はまるでなんのことだか分からないままで頬に触れた感覚がずっと残るばかりで、もうどうしたらいいかわからなくなり「酒だ!!!酒を飲もう!!」と立ち上がって記憶を消そうと宴会に戻るのであった。




