7. 専属メイド
あっという間の一週間。
母が心配するとか果物屋の手伝いをしなくてはならないと理由を話してみても、客間から出ることは一切許されず毎日栄養満点の美味しい食事に王子との談笑。
そしてふかふかのベッドで眠るという行為を繰り返していた。
こんなことでいいのかとため息は出るものの王命に従うのは国民の義務だとハロルドに諭されたためこれ以上抵抗することができなかった。
今日から復帰だと久々に着たヴィクトリアンスタイルのメイド服に懐かしさを感じながらシニヨンに整えた髪を見て軽く頷き、借りていた客間の掃除を始める。
1時間ほどで全てを終え、厨房に戻るべく部屋の扉を開けたのと同時に見えた王子の姿に直ぐ様頭を下げればコツコツと靴音を鳴らしながら近付いてきた。
「おはよう、レノア。」
「殿下、おはようございます。」
「君は今日から僕専属のメイドになったんだから名前で呼んでね。部屋はこっちだよ。」
「専属メイド…?」
「うん。そんなに大変なことはないから心配しなくてもいいよ。それにハロルドもいるから。」
楽しげにしながらついてくるようにと促されるまま少し歩くと豪華な作りの扉が見え、ここが彼の部屋だという。
客室もそれはそれは豪華で立派だったが、ここもすごい。
こんなにも精巧な彫刻の施された扉は見たことがないと驚きながらも平常心を保つ。
王子の前で粗相をすれば自分だけではなく母に迷惑がかかるのだ。
ただでさえ今回の出来事で多大なる迷惑を掛けてしまったことは承知済み。
これ以上は絶対にダメだと緊張しながらも専属メイドとしての日々が始まった。
とはいえ今までのような肉体労働が主ではなく、出来上がった料理を届けたりティータイムの準備など拍子抜けな内容ばかりで、この程度であの給金を貰って良いのかと心配になってしまう。
殆どを部屋の中で過ごす王子は本を読んでいたり、窓の外を眺めていたりと静かに日常を送っているため、手持ち無沙汰の事が多い。
暇ほど過ぎる時間が遅いとはこのことだろう。
これが優雅な日常なのだろうが、会社員という忙しい毎日を送っていた私にとっては退屈でしょうがない。
つい欠伸が出そうになるのを抑えながら廊下を歩いていると扉に立つハロルドと綺麗な女性の姿が見えた。
「何故グラディオ様に会わせてくださらないの?わたくしは婚約者ですわよ。お加減もよくなられたのだから少しくらい…!」
「殿下より誰も通すなと仰せつかっておりますのでお引取り下さい。」
「このわたくしになんて口を…!貴方のような一介の騎士などすぐにでもクビに!」
ヒステリックを起こしている彼女にどうしたものかと視線を向けているとハロルドがこちらに気付いたようだ。
「レノアか。殿下がお待ちだ。早く中へ。」
「は、はい。」
「わたくしがダメであのみすぼらしいメイドが良いってどういうこと!?」
「彼女は専属メイドですから。」
「専属メイド…?いつの間に…。」
そんな声を聞きながら中へと入れば窓枠に座っていたグラディオがこちらへと近付いてくる。
机にティータイム用のアップルパイと紅茶を準備すればソファーに腰掛けたようだ。
「扉が騒がしかったみたいだけど、どうかした?」
「婚約者様がお見えになられたようです。お会いになりますか?」
「あぁ、オレリアね。会うつもりはないから放っておいていいよ。ハロルドが通さないだろうし。」
「そう、ですか。では私はこれで。」
「早いよ。ティータイムの話相手になってくれるかな。」
「それでしたら是非婚約者様に。」
「僕は君と話したいと言っているんだ。ほら、ここ。」
ぽんぽんと隣を叩いているが、専属メイドとはいえ立場は弁えていると少し離れた位置に立てば小さくため息を吐かれた。
「本当は隣に来てほしかったけど、まぁいいや。このアップルパイとても美味しいよ。君に来てもらってよかった。」
「光栄です。」
「イレーニアもね、果物を使った料理が得意だったんだ。僕が左眼を失ったばかりの頃、痛みが強くて何も食べられなくてさ。そんな時にあのジャムを作ってくれたんだよね。だから僕にとってあれは特別。」
「…そうだったんですか。」
「彼女が亡くなって、もう二度と食べることはできないと思っていたのにね。どうして林檎ジャムだったんだろうって今でも時々思うんだよ。」
「林檎にはいろんな作用がありますから。きっとイレーニアさんはグラディオ様の御身体を案じられたのでしょう。」
「っ。」
「私は彼女に比べればまだまだ半人前にも満たないですが、少しでもお気に召されるものを作れるように努力いたしますね。」
笑みを浮かべながらそう言うと何故か右手で顔を抑えながら俯いてしまう。
もしかしてまた痛みが出てきたのだろうか。
彼の専属メイドになってから知ったことなのだが、グラディオは月に何度か左眼が痛むようで1日寝込むを繰り返している。
それがまた起きたのかもしれないと焦りながら声を掛けると小さく違うからこっちに来ないでほしいと聞こえてきた。
「本当にどこも痛くないのですか?お医者様をお呼びしましょうか。」
「…いいって。こんなとこ見られたら…だけだから。」
「はい?」
「何でもないよ。君は本当に罪作りな人だ。」
よくわからないことを言われ頭にはてなマークを浮かべながら空になりつつあるティーカップへ新たな紅茶を注ぎ入れるのだった。




