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20. 移動

船で移動し始めてから一週間。

テオの体調は少し改善したようで、船内を動き回るレノアから片時も離れないようについて回るため、それを眺めている二人は椅子に腰掛けながら大きな溜め息を溢した。

何か行動を起こせば、幼馴染みとして別格視している彼女の機嫌を損ねてしまうため言葉にしていないのだ。


「テオ、まだ病み上がりなんだから無理したらダメだよ。」


「問題ねえって!それより今日は何作ってくれるんだ?この前のドーナツでも良いぞ。」


「今日はラズベリーケーキだよ。ハロルドさんのリクエストなんだ。」


「んで、あいつのリクエストなんか…。」


「そうか。今日は俺のリクエストの日だな。」


「どういうのが良いですか?スポンジにするか、ミルクレープ生地にしようか迷っているんです。」


「ミルクレープは魅力的だが、大変だろう。」


「大丈夫です。早速作ってきますね。」


「俺も手伝うぜ。」


「ありがとう。」


厨房に向かう二人に今まで炊事をやったことのない彼らは自分が行った所で邪魔になることを理解しているため互いに海を眺めながら無言の時間過ごしていた。

あれから、2時間ほどすると淹れたての紅茶と共に戻ってきた二人は切り分けたケーキの盛られた皿をグラディオとハロルドの前へと置くと、少し離れた位置に腰掛ける。


「結構綺麗にできたよね。」


「焦がしてたくせに。」


「それはテオでしょ。」


「俺のはわざと焼き目付けたんだ!」


「ミルクレープは焼き目要りませんー。」


ワイワイ楽しそうに話す二人に蚊帳の外状態で幼馴染みという立場はズルい。


「食べないんですか?」


「…。」


「グラディオ様?」


「…あ、うん。いただきます。」


ボーっとケーキを眺めていた彼は小さく笑みを浮かべ、一口目を頬張った。

甘酸っぱいラズベリージャムを生クリームが引き立てているためとても美味しい。

素直に感想を述べれば、嬉しそうに笑みを浮かべた。

あれから暫く海を眺めていたグラディオだったが、少し用があると自室に戻っていく。

何かに気付いたハロルドは小さく溜め息を溢してから同じように何処かへと向かっていった。


「テオ、ちょっと待っててくれる?」


「おう。」


レノアの言葉にケーキに夢中になっていたテオは片手を上げながら返事をする。

それを見届けてから彼女が向かった先はグラディオの自室である部屋で。

先程、戻ったはずなのにノックをしてみても反応はない。

無礼にあたると理解しながらもそっと扉を開けてみると広い室内の左端にキングサイズのベッドが見え、左眼を抑えたまま痛みに耐える姿が見えた。

顔色が悪い気がしていたのだが、やはりそうかとゆっくり近づいてみる。


「グラディオ様…っわ。」


いきなり伸びてきた腕に引き込まれ、胸の中へと閉じ込められた。

少し荒くなった吐息は痛みによるものだろう。

本来なら抵抗したいところだが、グラディオの痛みが少しでも改善されるのならと暫くされるがままにしていると首元に顔を埋めたまま小さな寝息が聞こえてくる。

散らばったサラサラの髪を撫でながらどうやってこの状況から抜け出そうかと視線を彷徨わせた。


「…レノア?よく気付いたな。」


「ハロルドさんもですよね。」


「俺と殿下は付き合いが長い。抜け出せそうか?」


「…自力では無理そうです。」


「だろうな。」


薬と水の置かれたトレーをサイドテーブルに置くと彼女の腕を掴み、自分の方へと引っ張り上げる。

失った温もりに不満そうな顔を見せているが、起きることはなかったようだ。


「ありがとうございます。」


「いや。俺にとってもこの状況はあまり好ましくないからな。」


そういった彼は掴んでいた手を離すと乱れていたレノアの髪を撫でる。

少し寂しそうに見え、思わず手を掴んでしまった。


「レノア?」


「あ、ごめんなさい。」


「どうした?」


「寂しそうに見えて…余計なお世話でした。」


「いや、レノアの言う通りだ。俺には殿下のように甘えることは出来ない。」


「本当に出来ないか試しに甘えてみます?」


彼女の言葉でハロルドの部屋に移動するとベットに腰掛け、自分の膝をポンポンと叩き彼を促してくる。

躊躇はしたものの頭を預けてみると髪を撫でられる感覚。

視線を上に向けると顔を綻ばせながら楽しげにしているレノアが見えた。

彼女を独占しているようでこれは悪くないと目を閉じれば眠気がやってくる。

どれくらい眠っていたのだろうか。

目を覚ますと枕に頭を預け、本格的に眠っていたようだ。

辺りを見渡してみてもレノアの姿はなく、当然かと少し落胆しながら身体を起こしてみると隣に違和感を感じブランケットを捲ってみる。


「っ。」


「…ハロルド…さん?…ふあああ。」


大きな欠伸をしながら起きあがった彼女に驚いて後退りをしてしまった。

公爵子息として、騎士として理性を持って行動することが当然になっていた彼にとってこの状況は初めてのことだった。

膝枕をしてもらった記憶はあるが、これはどういう状況だろうか。


「まさか、俺が無理矢理…?すまない。」


「いいえ?ハロルドさんをお布団に促してたら知らないうちに寝てました。」


「そ、そうか。」


「あ、テオに待って貰ってるんだった!ハロルドさん、私の膝枕くらいで良ければいつでも言ってくださいね。」


レノアはそう言うと寝癖もそのままに急いで部屋を出ていってしまった。

それと同時に顔に手を当て真っ赤に染まった頬に小さくため息を溢す。


「…可愛過ぎだろ。」


一人呟いた言葉は誰にも届くことなく消えていくのだった。

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