Sランク冒険者
"双剣"。
そうだ、思い出した。確か王都に四人しかいないSランク冒険者の一人にそんな名前があったはずだ。
「単刀直入に言うけど、君は冒険者には向いてないよ」
この世界においてトップクラスの冒険者は、はっきりと俺に向かってそう言った。
「......俺は、今日初めて本物の魔物というのを見たんだ。今までの人生で一番死に近づいた、そんな気がした」
ゲームの中じゃない、ここは現実。分かっていたようで分かってなかった。どこかでまだ、自分は夢の中にいるんだと錯覚していた。
「俺も、冒険者になれる気はしないよ。
自分はなんてことない普通の人間だ。そのことを改めて実感したよ」
そうだ、別に冒険者になんてなる必要はないんだ。イェレミエルからもらったお金だってあるんだから、当分生活には困らない。商人になって異世界の知識を活かして何か商売を始めてもいいかもしれない。
世界を救う? ゴブリン一匹倒すのにこの有様だぞ? できるわけがない。それに、世界の危機なんてどこに迫っているんだ。たとえ本当に迫ってるとしても、別に異世界人が俺だけとは限らない。他の奴らがやってくれる。別に俺が何かする必要なんてないんだ。
ーーだってほら、俺が何をしたところで、何も変わりはしないだろ?
「......結論を出すのは、まだ早いんじゃないかな」
「......どういう意味だ?」
俺の言葉を否定したのは、ついさっき、君は冒険者に向いてない、と俺に言った張本人だった。
「ただの人間が、たった一振り拳を振るっただけで、ゴブリンを木っ端微塵にできるとでも?」
「......それは」
「レイ、僕はね、君は冒険者に向いてない、とは言っても、冒険者になるのを諦めろ、とは言ってないんだよ」
「......結局意味は一緒だろ」
「違うね、全く違うよ」
ソーダーは大げさに首を振る。
「何が違うんだ?」
「世の中にはね、向いてないけど、その仕事をこなしている人間なんて山ほどいる。僕だってそうだ。
冒険者として成り上がるのに必須だと言われているものが何か、君にわかるかい?」
「......分からない」
「魔法の適性さ。冒険者だけじゃない。この世界において、魔法というのは、大きな価値を持つんだ。"ない"と"ある"じゃ大きく違う。でもね、僕には、炎も水も雷も風も土も、どの適性もないんだよ。
僕は、魔法が使えないんだ」
「魔法が使えないのに、Sランク冒険者なのか、ソーダーは」
凄い。素直にそう思う。俺はゴブリンを一撃で倒せる力を手に入れてもこのザマだ。
「そうだよ。だからこそ、魔法が使える君が冒険者になれない道理は無いんだ」
「でも、それは力の話だろ? 俺が向いてないってのは精神面の話のはずだ。魔物を目にすると、腰を抜かす。そんなやつが冒険者になれると、本気で思うか?」
「君はまだ慣れてないだけさ。続けていけば、嫌でも慣れる。僕としてはね、君という芽をここで摘んでしまうのは惜しいんだよ。僕は君の力に興味があるんだ」
「......こんなの慣れたくねえよ。俺は虫も殺せないような、無害な男なんだよ。あのゴブリンを殺したのだって不可抗力だ。俺にあんな力があったなんてことも知らない。それに」
今も俺に襲い掛かるゴブリンの光景が目に焼き付いて離れない。
今もあのゴブリンが死ぬ前にあげた悲鳴が耳にこびりついて離れない。
「......こんな思いを何度も味わうくらいなら、俺は冒険者になんてなりたくない」
「......じゃあ、なんでここに来たんだい?」
「何も分かってなかったからだ。魔物を殺すことだって難なくできると思ってた。死ぬことだって、全く怖くないはずだった。だって」
だって。
「だって、ここは俺の夢だ。こんな世界はありえない。ありえるはずがない。そう思ってた。そう思ってたんだ」
「......君は何を言ってるんだ?」
......俺は何を言ってるんだ?
「俺にだって分からねえよ!! だって信じられると思うか? クリスマスイブだからってケーキを買いにコンビニに行っただけだったのに、気付いたら目の前にサンタクロースがいて、なんてことないように君は死んだって言われて。それで、挙げ句の果てに世界救ってくれって異世界に放り込まれた。ありえないだろ!! こんなの夢だって、誰だって思うだろ!!
でも、頬にあたる風は冷たいし、ドアにぶつけた鼻は痛いし、顔にかかった血は生温かい。どれもこれも、俺に現実を突きつけてくる。俺はただの大学生だ。親の脛かじってバイトもしてなくて、何も目的なんて持ってなくて、ただ漫画読んだりゲームしたりして、いつの間にか1日が終わってる、そんなただの大学生なんだよ!!」
分かってるんだ。ここが現実だって。分かってて逃げてたんだ。本当は俺はただ眠ってるだけで、ここは俺の妄想の世界。そんな一抹の望みに縋りついて、目の前の辛いことから目を逸らしてたんだ。
「......頼むから返してくれよ。俺を、元の世界に返してくれ」
「......僕には君の言ってることが全く理解できない」
「......理解してくれなんて思ってねえよ」
「じゃあ何で僕に話したんだい?」
「お前がそこにいただけで、俺はお前に向かって話していたわけじゃない」
「屁理屈だね」
「屁理屈じゃない、筋の通った理屈だ」
「......分かった、こうしよう。僕と君とで模擬戦をするんだ」
「は?」
「君が勝てば、僕が君を冒険者に勧誘することは諦めよう。でも、僕が勝てば君は冒険者になる。どうだろうか?」
「却下だ。冒険者でもない俺がSランク冒険者に勝てるわけがないだろ。それに、俺になんのメリットもない」
「勝負は時の運。やってみないと分からないさ。それにメリットはある。君が勝ったら、冒険者以外の仕事を紹介してあげよう。僕は、Sランク冒険者だ。いくらでもアテはある。
それに、負けても君は冒険者になるだけだ」
「だから、それが嫌だと」
「別に魔物を倒せと言ってるんじゃない。冒険者として活動しろと言ってるだけだ。冒険者の仕事は何も魔物を倒すだけじゃない。街の清掃や薬草の採取だなんて仕事もある。まあ、冒険者になるようなやつが好き好んでするような任務じゃないけどね。でも、君にはぴったりの仕事なんじゃないかい?」
「それなら、俺が勝手に冒険者を続けて、そう言う任務を受ければいいだけだ。尚更、お前と戦う必要がない」
「言っただろう? 君の力に興味があるって。君が今日ここで戦うことをやめるというならせめて一度だけ君の力を見ておきたいんだ。単なる僕の願いさ。
......どうだろう? 戦ってはくれないだろうか」
顔を上げると、ソーダーの黒い瞳がじっと俺を見ていた。その瞳には計り知れない真剣味を感じた。
「......俺自身も今日使った力について何も分かってない」
この力のことを全く知らずに過ごすわけにもいかないだろう。
「問題ない。僕が引き出すだけさ」
「もしかしたら、大怪我を負わせてしまうかもしれない」
だから。
「あまり僕を舐めないでもらいたいね?」
「......それでもいいなら、受けて立つ」
あと一度だけ、地獄と向き合うことにした。
「よし、契約成立だ」
◇◆◇◆◇◆◇◆
ソーダーに連れられてやってきたのは、広いグラウンドみたいなところだった。
「ここは?」
「ここの冒険者協会が所持している訓練場さ。申請さえすれば、誰でも使える」
「訓練場、ね」
「改めて。ルール確認をしておくね。武器はお互いに木剣一本。魔法の使用は可能。命に危険があるような攻撃は禁止、だけど、まあそう簡単に死なないから気にせず向かってきていいよ。
勝敗の決定は、どちらかが動かなくなるか、敗北を認めるか、のどちらか。
こんな感じでいいかい?」
「......異議なし」
「よし、じゃあこの契約書にサインもらってもいいかい?」
「契約書?」
え、なんか悪い予感しかしないんですけど?
「そう、契約書。お互いに約束を破られたら困るでしょ。だから、この契約魔法とやらが込められた契約書を使います。
なんとこれがあれば、自分の意思に関係なく、契約を遵守しなければならなくなります!! 名付けて、絶対契約書!! いい名前だよね」
「......まんまだな」
まあでも、今回に関しては俺に対するデメリットはないはずなので、あまり気にしなくていいはずだ。勝っても負けても戦わない冒険者として危険のないクエストで生きていこう。
一応、契約内容をしっかりと確認してサインを書く。
「よし、じゃあ始めよう!!」
ソーダーが両腕を広げ、勝負のゴングが鳴った。
「僕の負けだ」
そして、一秒もたたず、決着がついた。
「......は?」
「いやー、君が放つ殺気にやられてしまって、戦意喪失さ。強いね、君」
「......どういうつもりだ?」
「うん? 何のことだい?
あ、そうだ。君は知ってるかな? ランクが違う冒険者同士が行う決闘の意味を」
「......何の話だ?」
「冒険者がランクを上げる方法、ダオツから聞いてないかな?
一つは、任務をコツコツとこなしていくこと。
そして、もう一つは」
ソーダーは、右手の人差し指を立て、俺に告げた。
「上がりたいランクの冒険者と戦って勝つこと」
「......まさか」
初めてこの男の顔を見た時の表情と同じく、ソーダーは、腕を組み、満面の笑顔で言う。
「おめでとう、レイ。君はたった今から王都で五人目のSランク冒険者だ」




