当然の帰結
「王都にはSランク冒険者が四人いる」
講習の群れに追いつくと、相変わらずおっさん冒険者の説明が続いていた。
何の反応もないのに、よく続けられるものだ。
「あ、それなら知ってるぜ!! "双剣"、"水泡の斧使い"、"鷹の目"、"雷炎の魔女"だよな!!」
と思ったら、元気の良い少年が初めておっさん冒険者に反応した。
魔女、と言われると、リンさんのお姉さんを思い浮かべるが、そんなわけないよな?
「その通りだ!! よく知ってるな坊主」
ようやく反応が返ってきて何だか嬉しそうなおっさん。
気分が乗ってきたのか、満面の笑顔で説明を再開する。
「ランクを上げる方法はいくつかあってだな。
一つが、コツコツとクエストをこなしていく方法。上のランクに上がるほど、こなさなきゃいけない数は増えるが、まあこれが堅実な方法だな。
それでもう一つが、昇級試験を受けることだ。これは、合格すればすぐに昇級可能だが、いかんせん難易度が高い。
そして、不合格になってしまうと、かなり高額な罰金を払わなければいけない」
「昇級試験って、何するんだ?」
先ほどの元気の良い少年が質問をする。
「上がりたいランクの冒険者を指名して戦うんだ。だから、上がりたいと思えば、「キャー!?」どうした!?」
突然、誰かの悲鳴がダンジョン内に響く。
「ご、ゴブリンだ!! き、気持ち悪い!!」
悲鳴が聞こえた方を向くと、尻餅をつく数名の冒険者の少し離れたところに、ボロ衣を着た全身緑色の子供がいた。子供というには可愛らしさは皆無であったが。
「落ち着け!! 全員剣を構えろ!!」
おっさんの指示に従って、講習に来ていた冒険者見習い達は腰に挿していた剣を構える。
この講習に参加する人たちは全員革の鎧と片手剣を配布されていた。
俺も少し遅れて、両手で剣の塚を握り、構える。
「いいか!! ゴブリンを倒す時は心臓を一突きか、首を一切りか、だ!!
よし、そこのお前!! 早速やってみろ!!」
「はい!!」
指名されたのは、ゴブリンに最も近い位置にいる少年。彼は、胸前に剣を構え、そのままゴブリンの心臓に向かって剣を突き刺した。
その剣は見事に心臓を貫き、ゴブリンは悲鳴をあげることなく、即死した。
いや、正確には、おそらくそうなっただろう、だ。
なぜなら、俺は少年が剣を構えた頃には、目を逸らしていたのだから。
気づいた頃には、初めて魔物を倒したことによる少年の歓喜の声とおっさんの「気を引き締めろ!! まだ来るぞ!!」という声が耳に届いていた。
ーーそして、俺たちの前には十を超えるゴブリンの群れが現れた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「やあ!!」
「はあ!!」
「ギャアアア!!」
「ギュエエエエエ!!」
冒険者見習い達やゴブリン達の叫び声が聞こえる中、俺は剣を構え、俯いたまま、立ち止まっていた。
ーー恐怖、恐怖、恐怖、恐怖、恐怖、恐怖、恐怖、恐怖。
分かっていたんだ。冒険者になるってことはいつか魔物を倒すってことは。
分かっていたんだ。魔物を倒すってことは、魔物を殺すってことだって。
分かっていなかったんだ。殺すことがこんなに怖いことだって。
ふいに、顔にどこからか水滴が飛んできた。それを手で拭い、その手を見ると、真っ赤に染まっていた。
ーー血だ。
「おいお前邪魔だ!!」
誰かが俺へとぶつかってきた。その衝撃で、俺の手から剣が落ちる。
落ちた剣を拾うべく、しゃがみ込む。
「おい!! お前何してんだ!!」
おっさんが何かを叫んでいた。
「しゃがみ込むな!! 前を見ろ!!」
その叫びが、俺にかけられていることに気づき、顔を上げたときには、手に持った石を振り上げたゴブリンの姿が視界に入った。
「うわああああ!!」
死の恐怖に襲われた俺は、わけもわからず、空中に拳を放った。その拳は、ゴブリンに届かず、俺は呆気なく、ゴブリンが持つ石に頭をかち割られるだけ、そのはずだった。
だが、その瞬間。
ーーゴブリンの体が弾け飛んだ。
視界が真っ赤に染まった直後、俺の意識は暗闇に呑まれた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「うわああああ!!......あ?」
気づけば、俺はベッドの上にいた。
「起きたかい?」
突然、ベッドの脇から声がした。
「......え、誰?」
そこには、ニンマリと笑顔を浮かべた黒髪の青年が腕を組んで立っていた。
「僕は、ソーダー。みんなからは"双剣"なんて呼ばれてる」
青年はなんだか大層な二つ名を名乗った。
「"双剣"って、なんかどっかで聞いた気が」
「お、知ってくれてるか。嬉しいね」
「......聞いたことある程度だけど」
「それでも嬉しいことには変わりないさ。
まあ、俺のことは今はどうでもよくてだな。今は、君のことだ」
ソーダーは勢いよく俺を指差す。
「俺のこと?」
「うん。ちなみに、どこまで覚えてる?」
覚えてる、とは、おそらく俺が気絶するまでの記憶のことだろう。
「......ゴブリンが破裂したところまでは」
あの地獄を思い出し、気持ち悪さが喉の奥から湧き出そうになる。
「うん。じゃあ、そっから起きたこと、軽く説明するね。ゴブリンをひと殴りで倒した後気絶してしまった君を」
そう、俺はゴブリンをひと殴りで、......は?
「ちょ、ちょっと待ってくれ、一殴りで倒した、って、俺が?」
「うん、君の放った拳が、ゴブリンの体を吹き飛ばしたように見えた、その場にいた人はみんなそう言ってる」
「......そ、そんなわけないだろ。俺にそんな力があるわけない」
「でも事実だ」
てっきりあれは、あのおっさん冒険者の魔法か何かだと思っていた。でも、もし本当にソーダーが言う通り、あれが俺の力なのだとしたら。
「......こんな危ないチートなんていらねえよ」
異世界転生のテンプレ、チート能力というやつが出てしまったのかもしれない。
「......話を続けるね。気を失った君を、ダオツがここまで連れて来てくれたんだ。後で礼を言っておきな」
「......ダオツさんっていうのは」
「うん? ああ、君が受けていた講習の先生だよ。いただろ? 坊主頭のおっさん」
おっさん、と聞いて思い浮かぶのは、当然講習の先生っぽい人である。
「ああ、確かにいた」
「ちなみに、ここは冒険者協会の一室だよ。怪我人とかを一時的に運んだりしてる部屋さ」
「療養部屋みたいな感じか」
「療養部屋、か。うん、いい名前だ。今後はそう呼ぶようにコンボに言っておこう。あ、コンボっていうのは、ここの会長のことね」
冒険者協会の会長、それってつまり。
「ギルドマスターってところか?」
「ギルドマスター、か。うん、いい名前だけど、早速本題に入ろうか」
「本題?」
「ああ。僕がここにいる理由さ」
"双剣"を名乗る青年が次に俺に告げた言葉は、至極当然であり、無慈悲な言葉でもあった。
「単刀直入に言うけど、君は冒険者には向いてないよ」




