逃げるが勝ち
俺は今、冒険者協会に来ていた。
「ねえ」
「何ですか?」
俺の隣からジト目を向けてくるのは、"炎の騎士"であるミルさん。
「......何してるの?」
「......心の準備?」
俺は今、冒険者協会の扉の前にいた。
「さっさと入りなさいよ」
「もちろん入りますよ? 入りますけどね? でもほら、プールに入る前にも準備運動って必要じゃないですか?」
「びびってるだけでしょ? あと、プールって何?」
「プールっていうのはですね」
「やっぱりいい」
「はい」
お、俺は別にびびってるわけじゃ無いんだ。ぼ、冒険者ってやっぱり怖いのかなあ、とかは決して思ってないんだ。だってほら、さっきの双子冒険者も見た目はアレだったけど、中身はすごくいい人達だったからね? うん、別に怖くなんてないんだよ。
「よし!! じゃあ開けますよ!? 開けますからね!?」
「それ何回目よ。いいからさっさと開けなさい」
「十二回目ですかね? はい、それじゃあ、開けます!!」
その瞬間、勢いよく扉は開かれた。
......あれ? 俺まだ力入れてないんだけど?
ちなみに、扉は外側に開くように作られている。つまり、開かれた扉は自動的に俺へと向かってくる、ということだ。
「ん? なんか今日は扉重いな。
......おお!? "炎の騎士"、いいところに!! ちょうど聖女様にご相談があったんだ」
「......」
「? どうしたんだ、そんな神妙な顔して」
「いえ、何でもないわ。自業自得だから気にしないで。それよりも、聖女様の件、承知したわ。先に行ってて。後で私も向かうわ」
「助かる!! じゃあ先に失礼する!!」
そう言って、冒険者協会から出てきたガタイの良い長身の男は王城の方へと消えていった。
「......だから、さっさと入れって言ったのよ」
「いだい」
鼻が、鼻が、ないなった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「......すみません」
「はい!! こちらでは、冒険者や戦闘職の登録と更新の申請を受け付けております!!」
冒険者協会内。『冒険者の登録はこちら』と書かれた看板に導かれやって来た受付。そこには、桃色の髪の笑顔が可愛らしい女の子がいた。俺と同世代か年下くらいの女の子だ。
ミルさんは、さっきの男性の後を追って、教会とやらにいってしまった。ここも協会なんだから一緒にいてくれたってよかったじゃないか。一人じゃ心細いよ。
「ぼ、冒険者の登録を、お願いします」
「はい!! 冒険者の登録ですね!! ......それでは、こちらの用紙に記入をお願いします!!」
「ありがとうございます」
元気よく手渡された紙に記入を開始する。
内容は、名前、住所、年齢、経歴など見慣れた事項の他に、希望戦闘職、所持武器など、異世界っぽい記入事項もあった。
とりあえず、名前は、レイ、と。そして、次は。と、そこで気になる点があったので聞いてみる。
「......あの」
「はい!!」
すごくいい返事だ。
「住所が無い場合はどうすればいいですか?」
「はい!! ......えっと、今泊まってる宿泊所か、知人の住所を書いてください!!」
なるほど。
「......それすら無い場合はどうすれば?」
「......ふぇ?」
「笛?」
突然泣きそうな表情を見せる受付の女の子。え、どうしよう、泣かないで。
「だったら、未定って書いときなさい。決まり次第、また来ればいいわ」
困り果てていたその時、後ろから助け舟がやって来た。だが、その声に心当たりはなく、正体を確かめるべく振り向くと。
「お姉ちゃん!?」
桃色の髪を腰の辺りまで伸ばし、頭の上には尖った帽子を被り、やけに露出の多い格好をした、まるで"魔女"なお姉さんがいた。
どうやら、受付の女の子のお姉さんらしい。
「まったく、しっかりしなさいリン。せっかく夢だった受付嬢になれたんだから」
「ご、ごめんなさい」
お姉さんは、受付の女の子、リンさんに近づき、受付のカウンター越しにリンさんの頭を撫でる。その顔はとても優しげだ。
リンさんは謝りながらも、どこかリラックスした様子。
とりあえず泣かないで済んでよかった。ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間。
「あなたも、可愛いからってあまり私の妹をいじめないでもらえるかしら?」
お姉さんに、絶対零度の目を向けられ、体が一気に凍りついた。
「......別にいじめたつもりはなくて」
「あなたにその気がなくても側からそう見えていたら同じことなのよ。
それに、その鞄に美味しそうなものいっぱい詰めて、宿を借りるお金がないなんて言わないわよね?」
鞄に入っているもの、おそらく百ゴールドのことを言っているのだろう。どういうわけか、中身が知られているらしい。美味しそうなもの、というのもわざとぼかして言ったのだろう。
「いや、これは決して食べ物などではなくて」
「そんなことは分かってるのよ」
「はい」
......ほらね?
多分この辺りの気温が五度くらい下がったと思う。
「......まあいいわ。今日はこの辺で許してあげる。でも」
スッと、顔を俺の耳元へ寄せてくる。そして、さっきよりも何倍も冷たい声で、
「次会ったときは、五体満足でいられないと思いなさい」
そう言い放った。
「ひいっ」
颯爽と、お姉さんは協会を出て行った。
もうやだ、おうち帰りたい。あ、帰るおうちがない。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「いいかよく聞け。冒険者にとって最も大事なことを教えてやる」
薄暗い洞窟。その中をランプの灯りを頼りに進む十数人の団体がいた。その先頭を歩く30代後半くらいの男が、後ろを歩く若者達に冒険者の心得を説いていた。
その団体の最後尾に、俺はいた。
「世の中には、逃げるが勝ちっていう言葉があってだな。勝てないと分かっているならば、敢えて戦わず、逃げてその場をやり過ごす。これは、冒険者の心得を最も反映した言葉だと言える。
冒険者が最もやってはいけないことはな、任務の失敗でも、敵前逃亡でもない。ずばり、死ぬことだ。例え敵に背中を見せても、例え身ぐるみ全部剥がされても、死んじゃいけない。
逆に言うと、死ななきゃいいんだよ。だから、勝てないと思ったらすぐ逃げろ。いいな?」
逃げるが勝ち。逃げることすらできない場合はどうしたらいいですか?
死ななきゃいい。もう死んでいる場合はどうしたらいいですか?
そんな自問自答をしながら、なぜ俺が今こんなところにいるのかを思い返す。
ここは、王国の地下迷宮。数多くの冒険者が一攫千金を夢見て、挑み続ける場所。そこには、伝説級の宝がいくつも眠ると言われ、そこには、災害級の魔物が潜むと言われる。
そんなことをリンさんから説明された。
無事(?)冒険者登録を終えた俺だったが、どうやら何の経歴もない人間がすぐ冒険者活動をできるかといえばそうではないらしく、ダンジョンで行われる冒険者講習とやらを受けないといけないらしかった。
そして、ちょうど今日行われる冒険者講習に急遽参加となったわけだ。
「冒険者には、ランクというものが存在してだな」
講習の先生の話を聞き流しながら、あたりを見渡す。壁も床も岩がはみ出したりして、ゴツゴツしている。こけたら危なそうだ。こけて死んだやつが言うと謎の説得力がある気がする。
自分の中の注意力を五段階くらい上げておこう。
「最初はFランクから始まり、最も高いのがSランクだ」
ふと、背後に何かの気配を感じた。俺の脳内で警報がけたたましく鳴っている。決して戦ってはいけない。そう言っている気がした。
「だが、今までたった一人だけその上に達した人がいる。その人の名はーー」
いつの間にか足が止まっていた。ただでさえ集団から遅れていたのに、さらに集団との差が広がった。
講義の先生の声ももう聞こえない。
背後に迫る危機感はまだ消えない。振り向くべきか。その判断ですらまともに下せない気がする。
だが、怖いもの見たさというべきか。つい俺は背後に顔を向けてしまった。
ーーそこにいたのは、透明な水の塊、スライムだった。
「......」
スライムは、ウネウネと動いたかと思えば、素早い動きで、どこかへと消えてしまった。
いつの間にか、脳内の警報は止まっていた。
俺の脳内警報は役立たずだったようだ。いや、スライムに警報を鳴らすほど、俺が弱いと捉えるべきか。
まあ、とにかく。
「置いてかないでー!!」
今はみんなを追いかけよう。




