トリートアンドトリート
こうして近くで見ると、カボチャに顔が描かれた絵面というのは結構不気味だ。
「オイ、オキテルノカ」
そして、そこから発せられる声も不気味だ。とにかく声が高い。裏声じゃないかってくらい声が高い。
「お、起きてます」
聞き取りづらいながらも、なんとか聞き取って、それだけ返す。
あの白い空間から一転、今俺がいるのはどこかの砂浜のようだった。時折聞こえる波の音がなんだか心地良い。
果たしてここはあのサンタもどきが言っていたパラレルワールドとやらなのか、それとも、またまた世界の狭間とやらなのか、
そんなことを考えながら、俺は寝ていた状態から体を起こし、膝を抱えて座る、体操座りのようなスタイルへと移行した。
すると、カボチャ、いや、カボチャを頭に被った人(?)も同じ格好で俺の隣に座り込む。
カボチャの下の体は、20代くらいの男性のそれに見える。服装は黒のパーカーに、黒のズボンだ。
いわば、ハロウィンの仮装を何にしようか迷った挙句、何を血迷ったのか、カボチャをそのまま頭から被った人、なのである。
「デ」
「で?」
しばらくの沈黙の後、突然発されたその電子音みたいな声に思わずオウム返しをしてしまった。
「オマエダレダ?」
脳内で「お前誰だ?」と変換する。
「三重玲って言います。あなたは?」
「オレハイェレミエルダ」
「......いぇれみえる、さんですか」
「アア」
「......独特な名前ですね」
ジャックオーランタンだ、と答えられなかったことに安堵し、この人(?)もあのサンタもどきと同じパラレルワールドの住民ではないかと推測する。
「ソレデ、オマエハドコカラキタンダ?」
どこから来たのか? その問いは、もしここがパラレルワールド、いわば、異世界であった場合、答えるのがかなり難しい問いだ。
正直に、こことは違う世界だ、と答えた場合。
信じてもらえる可能性は薄い。信じてもらえないだけならまだいいかもしれない、もしかしたら、何か隠してると思われ、拷問的な目に遭わされるかもしれない。
じゃあ適当に、東の方から来ました、と答えた場合。
ここが最東端の地だったら終わる。
「日本です」
異世界では通じるはずのない国名を言った場合。
「へエ」
意外とすんなり受け入れられる。......あれ?
「......日本っていう国、ご存知なんですか?」
「イヤ、シラネエケド?」
知らないんかい。
「......その割には、すんなり受け入れられてましたけど」
「ソラ、ココトハ違う世界ナンダカラ知らない国ガアッテ当然ダロ」
だんだんすんなり聞こえるようになってきた。慣れって怖い。......じゃなくて、え。
「え、俺が異世界人だって分かってたんですか!?」
「まあな。お前をここに連れてきた奴とちょっとした知り合いなんだよ」
「え、あのサンタもどきと?」
なんと、目の前のカボチャさん、じゃなくて、イェレミエルさんは、あの頭のおかしいジジイと知り合いのようだ。
そして、ここがあのジジイが言っていたパラレルワールドでほぼ間違いないようだ。
「サンタモドキ? あいつそんな変な名前名乗ったのか?」
「......正確にはサンタクロースです」
「充分変な名前だろ」
「俺の世界では子供たちのヒーローの名前なんですよ」
「ヒーロー?」
あ、この言葉通じないのか。というか、普通に言葉通じてるけど、イェレミエルさんのおかげなのか、あのサンタのおかげなのか。後者は、なんか嫌だ。
「......英雄、だったら分かります?」
「ああ、分かる。なるほど、確かにあいつならそういう名前は好きそうだな」
「イェレミエルさんの認識でもそういう人なんですね、あの人」
「ああ、変人だ」
カボチャ顔の表情は変わらないけれど、声から予測するに少し笑っているのだろう。
「変人ですね」
その様子に思わず俺も少し笑って、そう返した。
「......」
「......」
そこで、プツリと会話が途切れてしまった。聞こえてくるのは不定期に響く波の音。
海に向かって座っている俺たちの目の前には綺麗な水平線が引かれていた。
「......この世界では、そういう英雄、的な人はいないんですか?」
しばらく沈黙が続いた後、少し気になったことを聞いてみた。
「英雄、ね。......強いて言うなら、聖女じゃねえか?」
「聖女」
さすが異世界。そう言うファンタジックな存在がいるらしい。
「......あいつは元々泣き虫な奴だったけど、今じゃすっかり王国の神様だ」
どこか懐かしそうな表情をしている(気がする)イェレミエルさん。サンタもどきの話をした時と似た感じがする。
「......イェレミエルさん、聖女さんと知り合いなんですか?」
俺のその言葉にイェレミエルさんは少し言葉を詰まらせた。
「......いや、全然」
「今ので知らないって言い張るのキツくないですか?」
「......ところで、サタンコロースからこの世界のこと、どれくらい聞いた?」
「サンタクロースですね。物騒な名前やめてください」
あからさまに話を変えられてしまった。まあ言いたくないことをわざわざ聞きたいとは思わないが。
「実は全然聞いてないんですよね。そういうの聞く前になんか怒らせちゃったみたいで」
「は? あいつ何やってんだ?」
イェレミエルさんは心底呆れた様子だ。
「そうだ、せっかくなんでイェレミエルさんが教えてくださいよ。この世界について、詳しく」
「なんで俺が」
「お願いします!! 俺の死活問題なんです!!」
懇願するように俺はイェレミエルさんの腕にしがみつく。
「......何が知りたい」
観念したようにイェレミエルさんはそう呟いた。
「ありがとうございます!!」
どうやらこの人、押しに弱いタイプのようだ。
「では、まず一つ。この世界に迫ってる危機に何か心当たりはありますか?」
「お前」
イェレミエルさんは俺を指差した。
「なるほど、何もないんですね」
やはり、世界の危機が迫っているというのは、あのジジイの出任せだったのかもしれない。
「では、二つ目。この世界に"魔法"とか"超能力"とかって存在しますか?」
「......魔法は存在する」
おお、さすが異世界。
「魔法について詳しく聞いてもいいですか?」
「逆にお前はどれくらい知ってる? お前の知ってる"魔法"との違いを確認した方が早いだろ?」
「......俺の世界に魔法がある訳じゃないんですよね。ただ空想の物語のようなものとして知ってるだけで」
「空想の物語、ね。じゃあ、その空想の物語の"魔法"ってのはどんなのだ?」
「簡単に言うと、普通じゃない力、ですかね」
「曖昧だな」
「曖昧ですね」
「......属性ってのは分かるか?」
「火属性とか水属性とかであってます?」
「ああ。この世界の魔法の属性は数えればキリがないんだが、だが、代表的な属性は挙げられる。
それが、火、水、土、風、種、雷、創造、だ」
「種と創造が聞き慣れないですね」
「種は、野菜とか果物のいわば食べ物の卵だ。卵は分かるか?」
「......種って言葉は分かるんですけど、魔法の属性としては聞いたことないな、と。創造も同じです」
「......種属性も創造属性もそのままの意味だ。種を生み出すことができるものと何かを創造することができるもの」
「創造すごすぎません?」
「別になんでも創造できるわけじゃない。人によって創造できるものは様々だ」
「そうなんですね。まあ確かになんでも創造できちゃったらチートですもんね」
「これらの属性魔法のどれか一つ、稀に二つ以上の適性をこの世界の人は持っている。何も適性がない奴はいない。もしいるとしたら、そいつはまだ誰も見たことのない属性魔法の適性がある、そうこの世界では考えられている」
「ポジティブシンキングですね。あ、前向きな思考って意味です」
「前向き、か。見つけられていないお前が悪い、と言っているようで残酷でもあるがな」
「......確かに」
「まあ、魔法についてはこんなところだ。他に聞きたいことは?」
「......この世界に存在する種族とか聞いてもいいですか?」
「人間、獣人、エルフ、ウンディーネ、ノーム、リザードマン。もっと具体的に挙げるとキリがない。あとは、お前の目で確認しろ」
ファンタジーな種族名がそれなりに出てきたが、どうやらもっといるらしい。
「分かりました」
俺は頷いた。
「聞きたいことは以上でいいな。後は俺じゃない誰かに聞け。王都にでも行けば何かしら教えてくれる奴がいるだろう。
......そうだな、騎士とかがおすすめだ。特に炎の騎士とか、な。あいつはお節介だから、多分なんでも教えてくれる」
王都、か。これまたファンタジーっぽい。
「......王都ってどうやって行けば?」
「ここからでも見えるだろ? あの無駄にでかい城が」
イェレミエルさんは海とは逆方向に顔を向ける。
同じ方向に俺も顔を向けると、確かに無駄にでかい城が見えた。城の近くには城ほどではないがそれなりに大きな建物が並んでいた。おそらくあそこが王都だろう。ここからそう遠くない位置にある。
「でも、ああいうところって誰かも分からない人を入れてくれるんですかね?」
こう言う場合王都の入り口に門番がいて、厳しい入都審査があるのが定石だ。
「うん? ......あー。じゃあ、これ持ってけ」
イェレミエルさんは、ズボンのポケットから何かを取り出して、投げてきた。
「おお、っと。......これは?」
俺の手の中に吸い込まれたのは、『入都許可証』と書かれた掌サイズの長方形の木の板だった。文字が読めることに驚きつつも、手の中のものについて、イェレミエルさんに問う。
「それを門番兵に見せれば、入れる。くれぐれも門以外から入ろうとするな。見つかったら捕まるぞ」
「き、気をつけます」
捕まる、という言葉に、今まで非現実だったものが現実に迫っているということを肌に感じる。
「それと、ホイ」
再びポケットから何かを取り出し、投げてくる。
「おお、っと、うおっ!?」
受け取った瞬間、さっきよりも重量があって驚く。何かが入った袋だ。ジャラッという音がしたのを見るに、これは。
「百ゴールドピッタリ入ってる」
「ひゃ、百ゴールド!? って、どれくらいですか?」
やっぱりお金だった。中身を見てみると金色の硬貨が敷き詰まっていた。
「そうだな。......リンゴってわかるか?」
「分かります」
この世界、リンゴがあるのか。食べてみたいな。
「......だいたい、リンゴ五百個じゃねえか?」
えっと、リンゴ一個が二百円だとすると......。
「じゅ、十万円!? いやこんなの貰えないですよ!!」
「じゃあ、お前これからどうやって生活するつもりだ? 世界が滅びるより先にお前が野垂れ死ぬ方が早いぞ?」
「う......。でも、これは流石に」
「元々俺の金でもねえから気にすんな」
「なおさら受け取れないんですが」
「あー、うだうだうるせえなあ。俺も暇じゃねえんだよ。黙って受け取れ。俺も、それ渡した奴も、別に返せとは言わねえよ」
「......分かりました、ありがたく受け取ります。でも、必ずお返しします。いつになるかは分かりませんけど」
「......好きにしろ。
それと、その喋り方やめた方がいいぞ。そういうのは王族とか貴族とかに使う奴だ。普段から使ってたら逆に不敬だとか難癖つけられることもある。気をつけろ。
あと、お前のその顔からそんな丁寧な言葉が出るのが個人的に嫌だ」
イェレミエルさん、いや、イェレミエルは立ち上がる。
「真面目なアドバイスかと思ったら最後悪口じゃないですか、じゃなくて、悪口じゃねえか」
俺もイェレミエルに倣って、立ち上がった。
「本当にありがとう、イェレミエル。まじで助かった。見た目の割にめちゃくちゃ良い人で驚いたよ」
イェレミエルに向き直って、改めて礼を言う。
「覚えてろ。見た目と中身ってのは案外逆なことが多いんだよ」
「それは、そういうケーキを見たことがあるからなんとなく分かる。食べれなかったけど」
「ケーキ?」
「甘い食べ物だよ。機会があったらご馳走する」
「期待せずに待っとく。ほら、さっさと行け」
「おう。それじゃあ、また会おう!!」
イェレミエルに背を向け、王都へ向かって歩き出す。
「次会う時は魔法の一つでも覚えとけ」
後ろからそんな声が聞こえた。
魔法、か。俺も使えるなら是非使ってみたいものだ。
ーーこうして、俺の異世界での果てしない旅が始まった。
「あ、そうだ!! サンタクロースが変な名前って馬鹿にしてたけど、イェレミエルも相当変な名前だと思うよ!!」
と、その前に言い残したことを振り返って叫んでおいた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「変な名前、ね」
王都へと旅立った、異世界から来た少年を見送り、カボチャ頭の男は、そう呟く。
その声は、さっきまでの裏声のような奇妙な声などではなかった。
「偽名なんだから、別に良いよな」
カボチャの仮面を外した男の表情は、どこか悲しげだった。




