ホワイトクリスマスイブ
『クリスマス限定!! 甘くないケーキ!!』
県外の大学に通うことをきっかけに、今年の春から俺は一人暮らしを始めた。
クリスマスイブの夜、せっかくだしケーキでも買いに行くか、とコンビニに行ったところ、パッケージに奇妙なPR文が書かれたショートケーキを見つけた。
甘くないものを果たしてケーキと言えるのか。
下らない疑問が浮かんだ。
その疑問を頭の中で反芻していった結果、そもそもケーキの定義とは、と言う考えに及ぶ。
気づけば、俺はコンビニの外にいた。
目線を下に下ろすと、『ケーキとは』と検索アプリに打ち込まれたスマホを持った手と別の手には『甘くないショートケーキ』が袋にも入っていない状態で握られているのが見えた。
レジ袋が有料になったというのをすっかり忘れていた。
検索結果を見ながら、俺は帰路へと着く。
『西洋風の生菓子。洋菓子』
検索結果は思ったよりも曖昧だった。しかも、二つ目の意味があった。
『塊となったもの』
こうなってしまうと、世の中にあるもの全て、ケーキと呼べるのではないだろうか。
......まあ、そんな訳はないが。
ーーそんな一人ツッコミをかました時だ。
前へと踏み出した右足がツルンと滑ったのは。
そのまま体は後ろへと倒れていき、俺の後頭部は地面にダイレクトアタックをかました。
ながらスマホをしていなければ、踏み出した先の地面が凍っていたことに気付いたかもしれない。
レジ袋を買ってさえいれば、両手が塞がっていると言う事態を防ぎ、咄嗟に地面に手をつくことができたかもしれない。
そもそもケーキを買わなければ、ながらスマホをすることも両手が塞がれることもなかったかもしれない。
そんな"もしも"の話は今となっては夢物語だ。
人の夢、と書いて、儚い、と読む。
俺の人生は儚いというより、あっけない、と言った方が正しかったかもしれない。
雪の降る12月24日。何年ぶりかのホワイトクリスマスイブ。
世の中のカップルたちが心踊らせた聖なる夜に、大学一年生、三重玲は、脳を震わせ、死んだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆
『なぁ玲』
俺と共にテレビにかじりつきながらゲームのリモコンをいじっていた友人が突然話しかけてきた。
『ん?』
顔はお互いテレビの方に向けたままだ。
『サンタクロースって何歳まで信じてた?』
『今も信じてるけど?』
そう俺が即答すると、友人は、クスリと笑い、こっちを向いた。
『真面目に答えろよ』
そう言って俺の頬を一発軽く叩いた。
「おい君、起きるんじゃ」
頬に思ったより強い痛みを感じ、友人の声がしわがれたお爺ちゃんの声になったところで、俺の目が覚めた。
ーー赤い帽子を被った白髪白髭のお爺さんが、寝ている俺の顔を覗き込んでいた。
「おはようございます」
脊髄反射でそう答えると、目の前のサンタもどきは、ニッコリと微笑み、
「おはようじゃ」
語尾に邪をつけて挨拶を返してきた。
「......え、誰?」
しばらくぼーっとして、ようやく頭がはっきりと目覚めてから出た言葉は当然の疑問だった。
「サンタクロースじゃ」
何てことないように目の前のお爺さんはそう答えた。
「変わった名前ですね。外国の方ですか?」
「え、もしかしてサンタクロース知らない?」
突然声が若返った。語尾も消えた。
「いや知ってますけど」
「あ、良かった。じゃなくて、良かったのじゃ」
誤魔化すように声と語尾を戻すサンタもどき。
「いやいや、誤魔化されませんけど? 今明らかに声変わりましたよね? そっちが地声ですよね?」
「チョットナニイッテルカワカラナイ。......のじゃ」
「いや、その語尾つけたらサンタクロースな訳はないんですよ。お願いだから普通に喋ってください。もうそれがキャラ付けしてるって知っちゃったら普通に会話できないんで。なんか虚しくなるんで」
俺が早口気味にそう言うと、サンタもどきはしばらく俯いていた、かと思えば。
「嫌じゃ!! 嫌じゃ!! わしはサンタクロースなんじゃ!!」
全力全身で、駄々を捏ね始めた。
「もう手遅れですってば!! お願いだから子供たちの夢を壊さないでください!!」
「嫌じゃー!!」
そんな押し問答は体感5分続いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「それじゃあ、本題に入ろうかのう。
ちゃぶ台越しに俺の目の前に座る赤服の爺さんは胸元まで伸びた顎髭を撫でながら、そう言った。
結局、サンタクロースキャラを排除することはできなかった。
落ち着いて周りを見回してみると、今俺がいる場所は、上にも下にも横にも限界がない真っ白な空間だった。
もしかすると、ここは死後の世界、いわば天国なのかもしれない。だが、俺とサンタもどき以外の人間は誰もいない。
俺たち以外にこの世界に存在するのは目の前のちゃぶ台だけ。いや、もう一つあった。
「本題に入る前に、一つ、いいですか?」
「なんじゃ?」
「机の上のそれ、俺のケーキの亡骸ですよね」
サンタもどきの目の前には、『甘くないケーキ!!』と書かれた見覚えのあるパッケージが置いてあった。ちなみに中身はない。
「甘くなかったけど、美味しかったぞよ」
「280円になります」
「そっちの世界の金なんて持っとる訳なかろう」
「そっちの世界?」
「そうじゃ、わしが住む世界はな。君が住む世界とは違った世界で」
そして、サンタクロースは、死んだはずの俺がここにいる理由を話し始め......。
「いやいやいや、なに本題とやらに入ろうとしてるんですか。その前にケーキの件解決しましょうよ」
「なんじゃ、卑しいやつじゃのう」
その言葉に、俺の中の何かがプツリと切れた。
「俺の寂しい懐をはたいて買った物なんですよ!! そう簡単に諦められる訳ないじゃないですか!!」
「でも、君死んどるじゃろ」
その言葉に、俺の中の何かにカチッと火がついた。
「なおさらですよ!! 自分が死ぬ最後の時に買ったケーキを易々と他人に食われて黙ってる俺じゃないですよ!!」
「でも、わしがおらんかったら、食うどころか亡骸を拝むことすらできんかったぞ」
その言葉に、俺の中の何か......。
「......で、ここ一体なんなんですか?」
「うむ、素直な奴は嫌いじゃないぞよ」
「自分で言うのもなんですけど、俺ほど素直からかけ離れた人間はいないと思いますよ」
「......それじゃあ本題に入ろうかのう」
「お願いします」
どうやら俺との会話に付き合っていたら一生話が進まないことに気づいたらしい。良かった。
「ここはいわば、君の世界とわしの世界の狭間じゃ」
サンタもどきは俺と自分を順番に指差し、そんなことを言った。
「世界の狭間?」
「うむ。君、パラレルワールドというのを知ってるかね?」
「"今"とは違う選択をした、自分がいる世界とは別の世界、ですよね?」
「うむ。例えばじゃ。
今、君は死んでしまったが、もし、君が死ななかったとしたら?
その世界ではおそらく君はわしにケーキを食べられることなく、ケーキを食べることができたじゃろうな。
そんな"もしも"の世界がパラレルワールドじゃ」
「......そのパラレルワールドからあなたは来たってことですか?」
「その通り、じゃ。じゃが、たった一人の、たった一度の選択の違いで生まれた世界などではなく、もっと大勢の"人と選択"によって分岐した、君の世界とは大きく離れた世界じゃ」
「そこまで行くともはやパラレルワールドと呼べるのかって感じじゃないですか?」
「そもそもパラレルワールドの定義というのが曖昧じゃ。どこかの選択で違う分岐を選んでいたら、人間どころか生物なんてものも存在しなかったかもしれんし、君の世界に"魔法"が存在していたかもしれん。
結局、よくある"異世界"が、"パラレルワールドではない"、という証明はできないわけじゃ」
「そうではないことの証明、つまり、悪魔の証明ってことですね」
「そう!! 悪魔の証明!!」
「うおっ」
突然サンタもどきがちゃぶ台に身を乗り出してきた。ビビった。そして素に戻っている。
「......ゴホン、失礼したのじゃ。とにかく、そのパラレルワールドからわしは来た訳じゃ」
「なるほど」
「それで、わしがここに来た、いや、正確には君に会いに来た理由じゃが、ずばり」
「ずばり?」
その口から衝撃の理由が......。
「わしの世界を救って欲しいんじゃ」
「え、なんですかそのテンプレ」
飛び出すことはなかった。いやまあ、衝撃っちゃ衝撃ではあるが。
「......テンプレで悪かったのう。じゃが、わしは真剣にお願いしとるんじゃ。
頼む、どうかわしの世界を救ってくれ」
そう言って、サンタもどきは頭を下げた。
「......真剣にお願いしている人がサンタクロースのコスプレをするとは思えないんですけど、何か深い理由が?」
そう聞くと、サンタもどきは頭を上げ、
「いやただの趣味じゃ」
なんてことないようにそう言った。
「はい却下」
「ええ!? なんで!?」
素に戻っているので、本気で驚いているようだ。
「いや当たり前でしょ。世界救ってくださいって頼むのに趣味でコスプレしてくる奴がいるか!!」
「ここにいる!!」
「お前だけだつってんだよ!!」
「クリスマスなんだから別にいいじゃん!! 君も嬉しいだろ? サンタクロースだよ? 子供たちの夢だよ?」
「今その夢を絶賛ぶっ壊し中のあなたが何言ってるんですかね!?」
「え、ひどくない!? 俺は君が喜ぶかと思ってこの格好してきたのに!!」
「誰が白髭ボーボーのおじいちゃん見て喜ぶんだよ!! サンタクロース騙るのなんて100万年早いんだよ!! 世界救うとか以前に、どこかで落としたお前の脳みそ拾ってこい!!」
「あ、それ、俺がキレるワード、トップ10に入ってますぅ。はい、もう、俺キレました。ていうか、最初から君に拒否権ないからぁ。こっちが下手に出てたらいい気になりやがってさぁ。はい、もう、強制送還します。さようならぁ。何も分からないまま、世界の命運握らされてくださあい!!」
「あ、もうその時点で、あなたが世界を救う気が一ミクロンもないことが分かりました。ていうか、あなた、あれでしょ? 俺に世界救えとかたぶらかして、逆に世界滅ぼさせちゃう系の悪魔かなんかでしょ? さっき、悪魔の証明に過剰反応してたのもそういうことだろ!?」
「あ、悪魔ちゃうわ!! ていうか、俺の世界救わないと、君の世界も滅びるんで、気を付けてくださいねえ!! はい、さよなら!!」
「は? ちょっと待」
その瞬間、俺の意識は途絶えた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「オ、ヨウヤクメガサメタカ」
気づけば、目の前には目と口の部分が切り抜かれたカボチャがあった。
「......え、誰?」
クリスマスイブだと思ったら、どうやら今日はハロウィンだったらしい。
トリックオアトリート!!




