真実への冒険者
『冒険者募集中!』
レインが名前の次に覚えた文字は、『冒険者』。レインは町中に貼られたポスターを見て足を止めた。
「わぁ~」
冒険者組合のポスターは、読み書きができない人でも分かり易いように、簡単なイラストとその街の冒険者組合の地図が書かれている。イラストには目が三つあるウサギのようなものが冒険者らしきキャラクターと対峙している。
「三つ目ウサギだ」
「ボク、冒険者に興味あるの?」
レインが後ろを振り向くと、随分と背の高い女の人がこちらを見下ろしていた。
「うん!」
「孤児院の子かな」
レインに親はいない。両親は魔獣に殺されたらしく、気づいた時には孤児院にいた。冒険者組合直轄の孤児院で、両親が魔物に殺された子供たちに救いの手を差し伸べているそこは、冒険者たちの出資によって成り立っているという。
「うん。お姉ちゃんも冒険者?」
お姉ちゃん、というには随分低く、くたびれたような声だった。しかし、孤児院のママ達やたまにやってくる女冒険者を、おばさんなどとは口が裂けてもいってはいけないことをレインは知っているのだ。主にいたずら好きや、やんちゃな同年代の男子が鉄拳制裁を食らっているのを見て。
女はレインの持っているかごに視線を向けた。孤児院の冒険者らしい仕事と言えば、薬草摘みくらいで、レインは郊外に薬草を摘みに行った帰りだ。薬草を煎じて薬を作り、それを売る。孤児院の収益の一部になる。
「少し違う。そんなに残念そうな顔をしないでくれ、前は冒険者だった。年で元々ガタがきてたけど、怪我で引退したんだ。私はクジラって言うんだけど。……知らなくても無理はないよ、ここは海街じゃないし、見たことある奴の方が少ない」
女は冒険者だった。何か凄い冒険談でも話してくれるかもしれない。レインは尊敬と期待を込めたまなざしをクジラに向けた。
「孤児院で子供たちを世話したらどうかって言われてね。別に、金に困ってるわけじゃないから空いてるんなら他の奴にって言ったんだが、押し切られてしまった」
女はかったるそうに言った。レインに声をかけたのも、単に道に迷っていたからだ。
「じゃあ、お姉さんが新しいママってわけね!」
女はママ、と呼ばれて大げさに顔を顰めた。
「ママ、じゃなくてクジラだ。ボクは?」
「レイン!」
「どうせ、雨の日に産まれたからとか、そういう理由だろ? ママは安直だ」
クジラの無遠慮な感想に、レインは特に気にした様子はない。
「僕はいいけどさ、クジラさん他の子に名前がヘンだとか言わないでね。それが親から唯一貰ったもの、みたいな子もいるんだからさ」
クジラは少し黙って、謝った。
「それはすまなかった。孤児院に新生児が来ることなんか滅多にないって聞いたが、産まれたばかりで親と死別した子もいるのかな?」
「いや、そういうのじゃなくて、孤児院に置いていくんだよ。へそ付きのまんまでさ。ママ達がこの孤児院は冒険者のためにあるのにってグチってた」
孤児院では赤子に困った親が産まれたばかりの自分の子供を置いて行ったり、育てきれなくなって置いて行ったりすることがあった。孤児院の運営資金の大半は冒険者組合が冒険者から徴収したもので、孤児院は冒険者の子供のためにあるのだ。孤児院とあるが、親と死別して引き取り手のいない子だけではなく、託児院としても機能している。
「へぇ~、独身気取ってる冒険者が聞いたら怒り心頭じゃないの、ソレ」
「一応、そういう冒険者と関係ない子は自立したらお金を返すんだ」
道端で話し込んで、薬草がしおれている。レインはそれに気づくと慌ててクジラに言った。
「じゃ、じゃあ、そろそろ孤児院に行こうよ。話は歩きながらしよう!」
☆★
しおれた薬草は効能が薄い。ポスターに見惚れ、クジラと長話をしてしまったせいで、レインは薬作り係のセラティアに叱られた。
「私は完璧なものを作りたいって、いつも言ってるよね? とにかく、レインの取ってきたものは使わない。明日倍取ってくるのよ、いい?」
朝早く郊外の奥まで取ってきた苦労が水の泡になった。セラティアは大変ご立腹である。
「聞いてるの? 聞いてるなら返事しなさいよ」
火力を調節しながら、セラティアは一切レインの方を見ずに説教していた。セラティアはレインが物心ついた時からいた。いわば幼馴染だ。彼女は高名な創薬師になって、冒険者がどんな怪我をしても治せるようになりたいと公言している。
「はい、次から気を付けます……」
「あのねぇ、レイン。他の子にはこんなに言わないわ。あなたにだけ言ってるの。理由分かる?」
ちらりと鍋からレインに目を向けるセラティア。レインが何も言わずにいると、セラティアはため息を吐いていった。
「あなた、冒険者目指してるんでしょ? だから、孤児院の仕事の中で、冒険者の仕事に一番近い薬草取り係を他の子に頼み込んでまでしてるんでしょ?」
セラティアは鍋をかき混ぜ、緑色の液体を瓶に入れていく。
「私だって、創薬師になりたいから、薬作り係、他の子にお願いして代わってもらってる。そこまでしてるのに、責任とプライドもってやんないとダメよ」
「うん。明日、倍取ってくる。約束する」
レインの声は震えていた。セラティアは瓶を一つ取ってレインに渡した。
「傷薬。本当にかすり傷しか効かないから、草負けとか、かぶれたりだとかは別の薬あるから言ってね。郊外なら心配ないと思うけど、範囲外から出ちゃダメよ。明日、今日頼んだ薬草を倍取ってきて。でも無事に帰ってこないと今度はこのくらいじゃ済まないわよ」
レインは小さくうん、と返事してから小屋から出た。
孤児院内の薬小屋。セラティアが一日の三分の一を過ごすその場所は、多種多様な薬草のにおいが充満している。唯一の出入り口を開けると、クジラがニヤニヤ笑っていた。
「いい女じゃないか」
レインはクジラにからかわれて頬を赤く染めた。
「レイン、今のうちに唾つけとけよ。あの子、美人になるぜ」
クジラの根拠はセラティアの両親に心当たりがあるからだ。ちらりと見えた佇まいやセラティアという名前。ちょうど、親バカな冒険者が似顔絵を見せつけてきたことがあった。
「もー、ほっといてくださいよ」
「つれないな。明日の薬草取りは私も手伝うよ。どうも、君を止めたのがいけなかったみたいだし」
クジラは薬草取りなどしたことがないため、しおれた薬草が使い物にならないなど知らなかったのだ。採取案件よりも討伐案件の実績が高い。
「約束ですよ」
見栄張って一人でやって失敗するよりも、元冒険者の力を借りた方がいいとクジラは考えた。
読んでいただきありがとうございます。
なんで大抵中盤くらいまでストーリー考えて、ほっぽり出しちゃうんだろ。もうあらすじに書いたよストーリー。