悪役令嬢ですが、皇太子からの熱いキスで死にました
「ふふふ……ふふふふふ……」
私の口から思わず笑いが漏れる。
見渡す限りの広い寝室。天蓋付きの巨大なベッドは、艶めかしく私と皇太子さまを待っている。
「なぁんだぁ……意外と簡単じゃない」
今頃あの天然ぶったぶりっ子令嬢さまはどんな顔してるかしら。悔しくて顔歪ませてる?それとも、まったく気づいてないかもね。まさか、あのド低能には私が殺しまでして皇太子さまに取り入ったとは考えられないでしょう。
「アンジェ、お待たせ」
ふと、横から皇太子さまの声。そこには、深い青色のネグリジェを纏った精悍な美青年の姿。さすが、世間で話題になってる美人ってところ。独特の風格を感じさせる。
「皇子さま、私、今か今かとお待ちしていたんですのよ?」
私は皇太子さまの首に腕を絡ませる。彼は優しい、けれど色気を放つ笑みを浮かべて、自然にベッドの方へと私をエスコートする。さすが。思わずため息が出そうになる。
私と彼は同時にベッドに倒れこんだ。
「ああ、皇子さま……」
私は自分でも吐き気がしそうなくらい甘ったるい声を出す。
「ああ、アンジェ」
皇太子さまは私の名をその麗しい声で呼ぶと、私の顎にそっと手を添えた。どんどん、私と彼の顔が近づいていく。これでもう、ほぼ成功だ。私は勝利を確信し、そっと瞼を閉じる──とその前の一瞬、皇太子さまの顔が急に真剣になったような気がした。私は次第に近づく甘い香りと体温だけを頼りに、皇太子さまの唇へ縋りつこうをする。そして、その柔らかい感触が私の唇に伝わる。
「ぐわぁあああああっっっっ!!??」
体の中にとんでもない熱さが伝わり、私は思わず白目をむいて叫んだ。飛び起きる。なんなの、この溶けた鉄を体内に流し込んだような凄まじい熱さ……。私はようやく目の焦点を合わせて皇太子さまを見た。にやりと品のない笑みを浮かべる彼の口の横に、赤く光る裂けたような模様が光り輝いていた。全身の力が抜けた気がした。
「そんな……うそ……はめられた、だなんて……」
焼け焦げた声帯から、ガラガラした声が出る。自分の声だとは信じられない。
「はめられた?しかるべき罰を受けたの間違いじゃないかい?」
皇太子は嘲るようにそう言う。彼は高笑いしながら、その細い上体を前に倒して私を見下ろした。
「僕の婚約者を殺した罪の、ね」
「くそっ……どうして知っていた」
猛烈に痛む喉から何とか声を絞り出す。腹の中と口がボロボロで、呼吸をするのもつらい。
「知っていた?逆に、僕が知らないとでも思っていたのかい?貴族院の偵察魔術を舐めない方がいいぜ、子猫ちゃん」
ああ。フラッシュバックする記憶。そうだ、私があの時、皇太子の婚約者を殺した時。ちょうど近くに鳥がいたっけ。ほかにも数匹いたから、気にしてなんてなかったけど。
「ま、殺されちゃった僕の婚約者は戻ってこないさ。でも、せめてもの腹いせに、僕は君を殺したっていいよね?」
皇太子は、色気も優雅さも微塵もない、狂気に塗れた声でそう楽しげに言った。
「僕の炎魔術はすごいぞ、なんてったって口から凄まじい温度の熱を吐くんだ。子供たちの前で火吹きショーなんかやったらすごい人気だったぞ。……僕としては、君がまだ生きているのが気に入らないところだけどね」
「おのれぇ……!貴様ァ!」
私は精一杯の力を出し切り、立ち上がった。そして、皇太子へ猛タックルをくらわす。
「死にかけの女の力で、何かが出来ると思ってるのか?」
皇太子は私の耳元で低くそう言うと、私の顔を乱暴につかんだ。
「い、いや……」
思わず悲痛な声が漏れる。皇太子の顔はだんだん近づいてくる。そして。
全身に伝わる痛み。もはや熱さなど感じる暇はなかった。
「ーーーーーーーー!!!!」
声にならない絶叫。私が最後に見たのは、満足げにほほ笑む皇太子の顔だった。
「例の奴は、処分できたのか」
「ええ勿論です──熱いキス、によってね」
「やはり、貴様は腕がいいな」
流浪の暗殺者は、一生暮らしていけそうなお金を手に入れて、王城を発った。




