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斥候の仕事

 斥候の仕事は文字通りの汚れ仕事。野生の凶暴なモンスターを討伐する冒険者であればそれはなおさら。今回の仕事は人里近くの森に潜伏した人喰いモンスターの調査及び可能なら討伐である。私は臭い香水を体中に塗りたくり、光源が一切ない地中の巣を進んでいる最中だ。


 ヴォーダンと呼ばれる毛深い狼に似た大型肉食モンスターは視覚・嗅覚が鋭敏であるが、聴覚は人間とさして変わらない。休眠している昼の時間帯であれば、このように工夫次第で巣に侵入することも可能である。私の住んでた田舎の村ならともかく、帝都の冒険者さんたちはこの手法を避けたがる。私は慣れちゃったけど、この香水――ヴォーダンの尿の臭いを模した香水ってほんとに臭くて、一日経たないと臭いが取れないからね。匂い消しなんてあるぐらいだし、帝都の人たちって田舎者と違ってお鼻が敏感なのかもしれない。


 慣れた足取りで巣の最奥まで到着する。私の仕事は巣のマッピングとヴォーダンの頭数の把握。真っ暗闇の中で眠りこけるヴォーダンを数えながら奥に進んでいく。光のない中でもはっきりと視界が確保できる私にしかできない仕事だ。最奥まで辿りつけたなら後は戻るだけ。最大限の配慮で最小限の物音に抑えながらも急いで巣の出入り口へと帰っていく。巣は森の中、離れた場所にはパーティの仲間が待機している。



「くせぇ! 近寄るな“ランタン”!!」



 リーダーのイラさんが開口一番に怒声を放つ。やっぱり今日も私の名前――ソーラとは呼んでくれない。いつも同じようなことで怒られているのにまたやってしまった。

 バツの悪い顔でイラさんから離れた場所へそろそろと戻っていく。離れた場所にある小さなテントでは同じパーティの仲間が調薬作業中だった。私達は四人のパーティで活動をしている冒険者だ。



「昨日ナンパした女に財布をスられたらしい。女相手に隙だらけなのはあいつの悪い癖だろうに八つ当たりとはいいご身分ダナ」



 呆れた様子でリョーが見遣る。大漢のリョーが周辺を警戒しながら得物の槍を磨いている。



「ソーラ、数はどれくらい?」

「12頭。やっぱり、ボスっぽい『ジ級』もいた。巣はこんな感じ」



 取り急ぎ、記憶した巣の内部とヴォーダンの様子を紙上に書き起こす。マッピングした紙を覗き込むのはティスアちゃん。私より歳下の12歳なのに魔術がとても上手なすごい女の子。お薬にも詳しくて、今もヴォーダンを巣から一斉に追い出すための煙幕を調合中。巣に煙幕を充満させて一斉に追い出したヴォーダンをまとめて駆除するのが私達が予定している作戦だ。

 今日の私達の仕事は、とある村の近くに潜伏しているヴォーダンの巣の発見。そして可能ならそのヴォーダンの巣を駆除することだ。ヴォーダンは赤黒い体毛と背中の縞模様が特徴の狼によく似たモンスターで、容易く人間を噛み砕いてしまう、ポピュラーなモンスターである。



「思ってたより数も多いし、常識的に考えて香辛料マシマシね」

「胡椒そんなに入れちゃうんだ……」

「ヴォーダンの鼻と目にはよーく効くもんね。貴族どもの舌で転がされるより実用的に使われたほうが香辛料スパイスとしても幸せでしょ」



 テント内にむせる煙が立ち籠める。そういえば香水の臭いが染み付いた服のままテントに入ってしまった。またイラさんに怒られちゃう。



「ごめん。臭かったよね……急いで着替えてくるから」

「こっちの煙幕薬のがよっぽどキツイわよ。外で着替える気? テントで着替えなさい。常識的に考えて」

「俺は水を持ってクル。まだ事を起こすまで時間あるダロ」



 リョーが気を遣ってテントを少し離れてくれる。冒険者同士だし私は気にしないんだけど、リョーさんはそういう気遣いがとても上手。だからこそ男の人が苦手な私でも気軽にお話できるんだけどね。



「ソーラも今のうちに休んでおきなさいよ。ただでさえきっつい作戦控えてるんだし」

「うん。着替えたらご飯の準備するね。干した食料も水に戻さないとまた怒られちゃうし」

「……たまには私達に任せてもらってもいいのよ?」

「ううん。リーダーに怒られちゃうよ。これは私の仕事だから。ただでさえ攻撃はみんなに任せちゃってるし。……着替えたら仕事に戻るから心配しないで」

「私の心配はご飯の心配じゃないんだけど、常識的に考えて」



 ティスアちゃんに気を遣わせてしまった。また「仕事が遅い」ってイラさんに怒られてしまうかも。最低限だけ休んだら早く仕事に戻らないと。


 じっとり肌に吸い付く服を上着だけ脱いで、やっと一息――つこうとした矢先に、けたたましい獣の雄叫びが響いた。狼にも犬にも、また鳥のものにも聞こえる独特なヴォーダンの吠える声だ。それも複数。

 巣のヴォーダンが飛び起きた。つまり、誰かが襲われると私はすぐ理解できた。察した私は私は自分が上半身裸なのも忘れてテントを飛び出す。



「ソーラ! 上着!」

「誰か襲われてる! 巣の近くに誰かが入っちゃったんだ!」

「おい“ランタン”!! てめぇ何かしくったかァ!?」



 ティスアの焦った声とイラの怒声を背に一目散に巣の方向へと走っていく。途中でポーチから止血用の布を取り出して引き裂き、インスタントで胸当てを作り自分の胸に巻きつける。局部を隠そうとする羞恥心は一切なく、防護のため。ヴォーダンは胸を爪で切り裂き、動けなくした後に頭部を噛み砕く習性があるからだ。ヴォーダンは動物ではなく人を好んで襲う。寝ていたヴォーダンが一斉に反応するのは人の臭いに呼応したからだと推測は容易い。


 巣までの距離およそ500メートル。開けた視界の場所に一旦到着すると身を隠して目を凝らす。人より遠くをはっきり見ることができる私の目には、小さな男の子とその手を引っ張る女の子が走って逃げていて、その二人に群がるヴォーダンの群れがしっかり見えた。今にもヴォーダンの腕が届きそうな距離。駆けつけるだけじゃ間に合わない。一か八かでヴォーダンの足止めをしないと。

 イラさんの指示も待てない。「許可もなく使うな」とイラさんに言われているけど、『魔法』を使うしかない。お願いだから、逃げている二人が巻き込まれないようにと、心から強く願いながら。



「目を瞑って!!」



 ギリギリ声が届く距離に全速力で走り寄って、逃げている女の子と男の子に必死で声を届ける。幸いその声が届いたのかその場で伏せてくれた。あの位置なら大丈夫だと再三確認しながら。足を止めた二人にヴォーダンがその爪を振りかざそうとした直後のタイミングを狙う。



「『爆ぜる光』!」



 薄暗い森の空中に放たれた『光の玉』はそのまま爆ぜて、周囲に強烈な光を拡散させてヴォーダンの目を眩ませる。私が持つ『光を操る力』は斥候にとても向いていて、暗闇の中を視られるのも、人より遠くがはっきり見えるのもこの力の副作用みたいなもの。緊急時にはこのように光に形を持たせたり、留まらせたりすることができるのが私の能力だ。


 ヴォーダンが光の爆弾で一時的に視力を封じられている今なら女の子たちを救出できるはず。伏せていた二人に急いで駆け寄る。姉弟だろうか、男の子の方は脚を軽く怪我していて血が漏れている。この血の臭いにヴォーダンが反応したのだろうか。

 光に眼をやられている様子もない。しっかりと私の目を見てくれてやっと私の心が安堵する。疲労しているだけで重篤な状態ではなさそうだ。



「走れるね。――あっちに逃げて。モンスターはこっちに誘導するから」

「一緒に逃げよ! あいつらヴォーダンだよ!」



 女の子は私のことを心配してくれているみたい。だけど――



「大丈夫、私は冒険者で斥候。それに――かけっこなら、村で一番強かったから!」



 まだ不安そうな目を向ける女の子たちの背中を無理やり押してその場から逃げさせる。目が眩んで足を止めているヴォーダンが4頭。そして後ろから光に反応して一斉に押し寄せている8頭。巣に篭っていたヴォーダンが全員飛び出してきたなら好都合。逃げた女の子たちが残りのヴォーダンに襲われる心配はない。



「こっちだよ! 私とかけっこ勝負!」



 視力が回復してきた前衛ヴォーダン4頭と後衛の8頭を、光の球体を点滅させて誘導する。ヴォーダンは漏れ無く全員私の方へと群がっていく。この光の球体はヴォーダンを誘導しているだけじゃない。誘導しているのは後ろで追いかけてくれているであろうティスアたちと合流するための狼煙でもある。

 

 全速力で森の茂みを駆け抜け、ヴォーダンの猛攻を寸のところで避けながら。分も経たない内に拠点の近くまで誘導できたと思ったところで、巨大な槍の穂先が風を切り、ヴォーダンの頭部をひしゃげさせる音が聞こえた。



「あい、待たせたナ。ソーラ」

「ほんっと脚速いわよねソーラ。常識的に考えて。で、救助対象は?」

「先走ってごめんなさい! 襲われてた子供は反対方向に逃しました! ……あれ? イラさんは?」

「ソーラを真先に追いかけたんだけど……まぁどうせ――」



「“ランタン”はどこいったぁ……!! 俺の許可なく光らせるなと言っただろうがぁ……!!」



 「どうせソーラの目眩ましに巻き込まれたのだろう」というティスアの予想はイヤというほどドンピシャだったようで。私達の知らない間に目が眩んだまま地面を這って戻っていたらしい。

 イラさんの合流は遅れたけど、それでもリョーさんとティスアちゃんが強いから、ヴォーダンとの戦闘自体は特に問題なく進んでいた。はずだったんだけど――

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