英雄少女の魔術講師 ~最強魔術師は、英雄に憧れる少女の教育係になりました~
キャラの会話テンポなどを意識して書いてみた習作です。
「緊急事態です」
少女が切羽詰まった様子で言い放った。
長い銀色の髪に、透き通るような白い肌。一見すると人形のように可愛らしい顔立ちの少女の名は――エクリス。白と黒を基調とした服は、一見するとメイド服のよう。
本来であれば豪華な屋敷にでも務めているか、あるいは屋敷のお嬢様がメイドの服を着て遊んでいるようにも見えるが、彼女のいる場所は割と狭い小部屋である。
「何だ、言ってみろ」
エクリスの言葉に返事をしたのは、ソファに寝そべる青年であった。仮眠を取るために、先ほどまで読んでいた小説をアイマスク代わりに顔に置いたばかり。
そこから見えるのは、少し長めの黒髪。白いシャツに黒いズボンというシンプルな服装をした青年の名はレイト・ラヴェルト。彼がこの小部屋の主であり、この小さな『魔術事務所』を経営する『魔術師』でもある。
「いいですか、落ち着いて聞いてくださいね……? 個人的には落ち着いている場合ではないんですけれど、とにかく緊急事態なんです」
「だから、何が緊急なんだ?」
「……冷蔵庫が、空っぽなんです」
「まあ、何も買ってなかったら空になるわな」
「どうしてそんなに落ち着いていられるんですかー!?」
ダンッと『何か』を叩くような音がする。おそらく、エクリスが冷蔵庫の扉を思いっきり閉めたのだろう。
そんな彼女の魂の叫びを聞き届けつつも、レイトはどこまでも冷静に答える。
「落ち着けと言ったのはお前だが?」
「落ち着いて聞いてくださいと言っただけですぅ! たった今、今日のお昼を作ろうと思って冷蔵庫を開けたんですよ。そうしたら……びっくりするくらい空じゃないですかっ」
「空なのは結構前からだっただろ。気付いてなかったわけじゃないよな」
「気付いています、気付いていますよ? だから、もう少し慌てるべきだというお話をしているんですっ。今日で、『お仕事』の依頼なしで何日目ですか?」
「……十日目か?」
「最後にやったお仕事はなんです?」
「……猫探しだな」
「月にわずかしかないお仕事が『ペットの猫探し』ですよ? こんなの一人だって生きていけません! いいですか、ここには二人の人間がいるんですよ? ツーマンですっ、ツーマン!」
「なんかそんな人面魚がどこかの国にいたよな」
「どこぞの人面魚の話なんてしていませんけど! 心配にならないんですか! お金も全くないっていうのに!」
「心配しなくても生きていけてるだろうが。確かに金はあまり……というかないが、昨日だって、お前なんか買ってきただろ、食材」
「買ってきました。とってもお安いもやしをたくさん。このままだと毎日もやし祭りですね。ふふっ、ダイエットにはいいかもしれません」
「なるほど、しばらくは生きていけそうだな」
「あははー、おかしいですね? 認識の相違でしょうか? 二人でもやしだけ食べて生きていけるとは私は思えないんですけどー?」
「認識の相違だな。もやしがあれば一か月は生きていけるぞ」
「一か月しか生きられてないじゃないですかっ! もっと健康的な生活を送りません!? 具体的にはもっと仕事に精を出して稼いで、たまには美味しいお肉とか食べてみたいんですっ! 贅沢言わないので、そこの角を曲がったお肉屋さんで売っているお肉が食べたいっ!」
「昔は『パンの一切れ』でも満足してただろ」
「昔は昔、今は今ですぅ! このままでは、二人揃って餓死します! 仕事をしましょう、仕事を! 馬車馬のように働いて稼いでくださいっ」
「そう言ってもな……」
ようやく、レイトが身体を起こした。
エクリスはレイトのことを睨むようにして見下ろしている。両手は腰に手を当てるようにして、怒りを体現したポーズをしていた。
「……お前はいつ見ても可愛いな」
「それを今言って誤魔化そうとしたんですか? それで誤魔化せると思ったんですか?」
「思った」
「な、なんて正直な――というか、私が『可愛い』って褒められたくらいで喜ぶって思われているのが何だか心外ですっ。そんな単純な子だと思っているんですか?」
「お前がそれくらい単純だったら、今日ももやしで生きていけたのにな。何も考えず、もやしだけ食って生きていける幸せな生活だったのに」
「それって幸せですか? 幸せというか大切な何かを全て捨て去っていません? それより、何か仕事をしないと本当に死んでしまいます。空腹でお腹と背中がくっ付きます」
「どんなに腹が減ってもそれはないから心配するな。先に腐って死体になるからな」
「そういう話はしてないんですけどっ! いい加減にしないと本当に怒りますよ……!?」
「……仕事はするさ。何か依頼が来たらな」
「言いましたね? 私は今、聞きましたよ。では、ポストを確認してくるので、どんな依頼だったとしても絶対に断らないでくださいね?」
随分と念押しをしてくるエクリス。彼女の言いたいことは分からなくもない。
レイトも冷静には答えているが、このままだと何日間、もやしで生きていくことになるか分からない。
魔術師――それは、『魔術協会』に正式に登録された者のみが名乗ることができる。
魔術師となるためには、二つの方法があった。
一つは、定められた教育機関を卒業し、魔術協会から認められること。基本的にはこれが正規の方法であり、現在魔術師として活動している多くの者は、『魔術学園』を卒業して魔術師としての道を歩み始めるわけだ。
そして、もう一つの方法は――他薦。すでに魔術協会に所属している魔術師で、かつ『魔術師として大成』している者からの推薦状。これが、三つ以上で魔術師としての登録をすることができる。
魔術学園を卒業しなかった者でも、そういうレアな存在がいるのだ。――レイトは、後者の方であった。
今より五年程前から、魔術師として活動をしている。
昔は『国』に仕えたこともあったのだが、今は小さな事務所を構えて極貧生活を送っていた。……確かに、このまま極貧生活を送っていては、生きていくこともままならないかもしれない。
「分かった。仮にポストに依頼が入っていたら、それを受けるとしよう」
「! 決まりですねっ。では、早速確認してきますからっ。絶対、絶対に受けてくださいよ! 絶対ですよ!?」
「……何かの前振りか?」
「そういうのはいいですから、とにかく受けてくださいねっ!」
足早に、エクリスが部屋を飛び出していく。
そんな都合よく仕事の依頼が来ているとも思えないが――
「見てくださいっ! 仕事の依頼が来ていましたっ!」
「……嘘だろ?」
バーンッと手紙を掲げて戻ってきたエクリスに、思わず突っ込みを入れてしまうレイト。
まさか、このタイミングで仕事の依頼がやってこようとは、思いもしなかったからだ。……何だか、少し嫌な予感がする。
「差出人は誰だ? 手紙で寄越すってことは、俺の知り合いか?」
「えっと……あ、そうですね。メルヴェル・ハーウィン――」
「断っておいてくれ」
「はや!? いや、ダメですよ。ポストに入っていたら絶対に受ける……そういう約束じゃないですかっ」
「メルヴェルさんの依頼は絶対に面倒だから」
メルヴェル・ハーウィン――かつて、共に仕事をしたことがある魔術師の女性だ。魔術師としては実力のある人だが、故に彼女の依頼ともなれば――普通ではない。
それに、レイトは極力……昔の知り合いと関わるつもりはなかったからだ。だが、
「ダメです。これは決定事項です。如何なる依頼内容であってもこれは受けてもらいます。レイトが『絶対に断らない』って言ったんですよ?」
「それを言ったのはお前だ」
「誰が言ったかなんてどうでもいいんですよっ! と、に、か、くっ! この依頼は絶対に受けてくださいっ! さあ、手紙を読んで!」
エクリスが強引に封筒を差し出してきた。レイトは嫌々ながらも、エクリスから受け取った封筒を開く。
中に入っているのは一枚の手紙だ。そこには、
『詳細は追って話す。まずはここへ来い』
そんなシンプルな言葉と共に、地図が一枚添えられていた。
その地図の示す場所は――『ラーヴェルト魔術学園』。
そして、手紙にはもう一つの文言があった。
『君には魔術の講師を依頼したいと思っている』
「よし、寝るか」
「あーっ! 手紙を破かないでくださいっ! この仕事は絶対受けてもらいますからねっ」
「嫌なんだ、こればっかりは、面倒だ」
「それっぽく言ってもダメですっ! この仕事さえ受ければ、もやし生活を避けられるんですから……っ!」
何故かエクリスと取っ組み合いになる始末だ。
全く乗り気にはならなかったが……どのみち仕事をしなければならないのは事実であった。
それに、これ以上拒否をしようものなら、エクリスがいよいよマジキレしかねい――こうして、レイトの新しい仕事が決まったのであった。
***
『ラーヴェルト魔術学園』――魔術の始祖の名を拝借したこの学園には、毎年多くの実力者達が国を問わずにやってくる。それも全ては、一流の『魔術師』を目指すためだ。
魔術師となるためには、『魔術協会』によって定められた魔術学園を卒業し、認定を受ける必要がある。
毎年、多くの子供達が魔術師を目指して、魔術学園と入学してくるのだ。
そんな魔術学園の中でも、名門中の名門と言えるのが、このラーヴェルト魔術学園だと言えるだろうレイトもまた、かつては魔術師になるために、魔術学園に通ったことがある。
ラーヴェルト魔術学園があるのは、『ルヴリス王国』の王都近郊だ。周辺各国と比較しても『大国』に位置づけられるルヴリスは、ここ数十年は他国とも戦争状態になったことはない平和な国であった。
故に、他国からも生徒達が安心して集まって来られる、というところもある。
だが、それ以上に――このルヴリスの地では、多くの魔術師達が生まれ、名を上げてきた。いわば、魔術大国とも言えるのである。
その領内である魔術学園の学園長室に、レイトとエクリスの姿はあった。対面に座るのは、レイトに仕事を依頼した張本人だ。
「よく来てくれた。正直、君は来ないかと思っていたけれどね」
長い黒髪を結び、黒縁の眼鏡を掛けた女性――メルヴェル・ハーウィンはそう言い放った。
せっかく足を運んだというのに、出会い頭からそんな言葉を掛けられ、レイトは露骨に顔をしかめる。
「来ないと思ったのなら依頼しなければいいだろうに――いっ!?」
「あはは、すみません。せっかくご依頼いただいたのに。ちょっとレイトは空腹で機嫌が悪くて……」
ズドンッと一発、レイトの足を思いっきり踏み込んだのは、隣に座るエクリスだ。
ちらりと彼女の方を見ると、笑顔なのに笑っていない。……どうやら、下手な発言をすることすら許されていないようだ。
空腹で機嫌が悪いのはお前だろ、と言ってやりたい。
実際、ここに来るまでに食べたのはもやし弁当のみ――悲しいことに、レイト達の食生活は逼迫している。
故に、レイトも嫌々ながら、仕事の詳細を聞きに来たわけだ。
エクリスの言葉を受けて、メルヴェルは頷いて答える。
「なに、構わないさ。レイトのことだから、そろそろもやし生活でも送っているのではないかと思っていたが……元気そうだな」
「そ、そうなんです。元気すぎてもっといっぱい仕事して稼いでほしいくらいなんですっ。だから、魔術講師でも掃除当番でも何でもしますから、ここで働かせてくださいっ!」
「そうだな。魔術講師よりは掃除当番の方がいいかもしれん」
キッと、頭を下げたエクリスから睨まれる。同調したはずだったのだが……。
そんな様子を見てか、くすりとメルヴェルが笑みを浮かべて言う。
「ふふっ、レイトに任せたい仕事はそんな誰でもできるような仕事ではないさ」
「掃除当番が誰にでもできるなんて思うなよ。どこもかしこも綺麗にするのは大変なんだぞ」
「レイト、今は『体験談』を話している場合ではないです。――それで、改めて本題に戻しますと、魔術講師を依頼したい、とか」
「ああ、その通りだ。実はつい最近の話なのだけれど、魔術講師が辞めてしまって、人で不足なんだ」
「それなら自分で教えればいいだろう。お前が直接教えた方が生徒のためにもなる」
「私の立場も考えてくれ。私はこの学園の学園長になったんだ――魔術を教える立場ではなく、『管理』をする立場なんだよ」
「……随分と偉くなったもんだ。俺とは大違いだな」
「君こそ、望めばそれこそ相応の『地位』は得られるだろうに。何なら、この仕事を終えた暁には私の方から斡旋しようか?」
「いらないさ。……まあ、いわゆる非常勤の講師って認識でいいのか?」
「足りない人手を補うものだからね。期間は……三か月ってところか」
「三か月……」
メルヴェルの言葉を復唱するように、エクリスが呟いた。何やら考えているようだ――おそらく、お金のことだろう。
「ちなみに、非常勤ですと通常の何割カットくらいでしょうか?」
「いきなり具体的な話に持っていくな」
「レイトは黙っていてください。私はメルヴェルさんとお話をしているんです」
遂にレイトは蚊帳の外にされてしまう。小さく嘆息をして、話を黙って聞くことにした。
「基本的には三割カットだが、なんと今回は全額支給だ」
「全額……!?」
「しかも、エクリス――君をレイトの講師補助員として雇うことにしよう。これで合わせて、二人分の給料を支給する。聞いて驚けよ。我が校の給料は宮仕えと変わらないどころか、部署によってはそちらより上だ。優秀な講師には、それ相応の対価を支払うのがモットーなのでね」
「やらせていただきます。いえ、やらせてくださいっ。何でもしますから!」
目を輝かせて答えるエクリス。何でもすると言うが、やることは魔術講師だ。
だが、今の話に何の疑問も持たずに受けようとするが、何と言うか彼女らしい。
「ちょっといいか」
「ダメです」
「即答するな。……まあ、聞けって。実際に仕事を受けるのは俺だ――俺に意見をする権利だってあるはずだろ?」
「むっ、それはそうですが……今のお話のどこに不服が? 三か月でも『いきなりもやし生活』を避けられる上に、上手くいけば売名――こほん、名を上げることだってできるんですよ?」
売名、などとよからぬ言葉を吐こうとしたエクリスに突っ込みを入れることはなく、レイトは答える。
「上手い話には裏があると言うだろう。たった三か月とはいえ、二人分の給料を全額支給だなんて、破格だとは思わないか?」
「そうですか? レイトと私のことを真っ当に評価していただけて嬉しい限りですっ」
「その通りだ、レイト。君は『相変わらず』疑り深いな。私が君に『何か』を隠して依頼をしていると?」
「魔術師っていうのはそういうもんだろ? お互いに手の内は明かさない。いざという時、敵同士になったら困るからな」
「まあ、君らしい考えではあるな」
「そう教わってきたからな」
「ふむ、なるほど……」
レイトの言葉を聞くと、納得したように頷いて椅子にもたれ掛かるメルヴェル。天井を見上げて、何やら意味ありげに考え込む。
やはり、何か隠し事があって、仕事の依頼をしてきたのだろうか。
「講師寮は完備。食事については朝昼晩、食堂の利用が可能だ。週に二日の休みもあるし、時間外の手当てもつく。その上、我が校の講師であると非常勤でも融通の利く店がいくつかある」
「!?」
メルヴェルの言葉に大きく反応したのはエクリス。
何か裏があるのでは、というレイトの問いに対して、『条件を追加』して揉み消そうとしてきた。彼女はレイトの問いに答えるのではなく、エクリスの方を攻略しようとしている。
ただでさえ、受ける気満々のエクリスがそんな『破格』な条件を持ち出されたら、
「レイト、もう問答はなしです。住む場所もただで提供してくれて、その上食事までいただけるんです。これはもう絶対に受けるしかありません。あなたが断っても、私一人で何としてでも受ける所存です」
「……お前は正式には魔術師じゃないだろうが」
「関係ありませんっ。たとえ身分を隠蔽したとしても、これほどの仕事を受けない理由がありますか!?」
「その通りだ、レイト。私は昔から君のことは高く評価している――それこそ、お互いに『魔術師として』仕事をしてきた仲じゃないか。エクリスのことだってある……君が、魔術師として真っ当に働く道を見つけるのは、いい機会だと思うけれどね」
「メルヴェルさんの言う通りです。今こそ、魔術師として光の道を歩みましょう。魔術師なのにもやしだけを食ってかろうじて生きる闇の生活を生きる必要は全くありませんっ」
「大半の理由がそれだろうが……」
……しかし、確かに条件が破格なのは事実だ。
それに、今は仕事もない以上――受けない理由はない。最悪は、この学園を辞めたという魔術講師のように、辞めて逃げるという手もなくはない。
そう考えると、一先ずは仕事を受けてしまってもいいかと、レイトも考えた。
「……分かった。とりあえず、この仕事を受けるとしよう。魔術講師をすればいいんだな?」
「ああ、助かるよ。レイト」
「ふ、ふふっ、これで一か月もやし生活からの餓死をしなくて済みます……。本当に、ようやく真っ当な人間らしい生活を送ることができそうで、私は感激しています……っ」
「つらい生活を送っていたんだな、エクリス……」
「ええ、それはもう……。レイトが全然仕事を取ってきてくれないので、魔術事務所はもう火の車。いっそ田舎で静かに畑でも耕した方がいい生活を送れるかもしれないレベルでした」
「田舎を舐めるな、田舎を。人間関係だって大変だろうし、素人が浅い知識で畑の野菜を育てられると思うなよ」
「舐めているわけではありませんっ。でも、これでようやく真っ当な生活を送れますね……っ」
しみじみとした表情で、涙まで流しそうな様子のエクリス。……むしろ、今までの生活にどれだけ不満があったのだろうか。
「では、早速明日から担任講師を務めてもらうクラスの情報を渡しておこう」
「……んん? 担任講師?」
「ん、そうだが」
「そうだが、じゃない。魔術講師、だよな?」
「あははっ、非常勤だからと言って、仕事が魔術講師だけだと誰が言ったかな? 給料を普通に出すのだから、普通に仕事はしてもらうに決まっているだろう」
騙された――わけでもなく、メルヴェルの言うことは至極当然のことであり、レイトにとっては反論の余地もないことであった。
ウキウキとした様子のエクリスと、ため息を吐いて肩を落とすレイト。これから共に働く二人は、全く対照的な様子を見せていた。
***
特に荷物も持たないレイトとエクリスは、その日のうちに講師寮の部屋を借り受けて、早速明日から仕事をすることになった。
このスピード感でやらせられるのは、メルヴェルらしいと言える……そう、レイトは感じていた。もらった資料に目を通して確認をする。
やはり、有数な魔術学園というだけあって、生徒はいずれも粒揃いであった。
「まだ資料を確認しているんですか? そろそろ生徒達の顔くらい覚えてほしいです」
「……まだ資料をもらってほんの数時間なんだが?」
風呂から上がってきたエクリスの一言に、素直に事実で答えるレイト。講師寮の部屋の一室を借り受けたために、レイトとエクリスは同じ部屋で過ごすことになる。……その点については、魔術事務所でも似たような生活を送っているために、気にすることはなかった。
むしろ、寮の部屋の時点でレイトの暮らしている事務所よりも広い。そこが最も悲しい事実でもある。
「私は生徒の名前、もう全員覚えましたよー?」
「さすがは優秀なエクリスさんは違うなー。尊敬するよー」
「全然尊敬の念が感じられないんですけど?」
「尊敬してないからな」
「直球すぎません!? 覚えたことは少しくらい褒めてください。あなたの補助の役割を果たすために頑張っているというのに……」
「なら、こっちに来い。頭を撫でてやるから」
資料に目を通しながら、レイトは適当に答えた。スッとレイトの前にエクリスが立つと、期待した表情で頭を差し出してくる。
「……何をしてるんだ?」
「頭を撫でてくれるんですよね?」
本気にする奴がいるか――そう思ったが、尻尾があれば間違いなく振っているような素振りを見せられては、仕方ない。
レイトはそっとエクリスの髪を撫でてやる。
「お前はよく頑張ってるぞ」
「ふふっ、ですよね。ですよね? 仕事も取ってきたお役立ち美少女助手とはまさに私のこと――へぶっ」
「すまん、調子に乗ったのを見てつい叩いた」
決してイラついたわけではない、と言おうと思ったが、イラついたから叩いたのは事実である。頭を押さえて座り込むエクリス。
そんな彼女から視線を外して、レイトは再び資料に目を通す。特に気になるのは――二人の少女だ。
「ルーセリア・クロイナーデとフィル・クロイナーデ、か」
同じ姓の少女が二人。クロイナーデは、『ルヴリス王国』の貴族であり、魔術師としても名門で知られる。
ルーセリアもフィルもそれぞれ、クラスでの成績はワンツーフィニッシュと、優秀な生徒の揃う教室で、名門通りの実力を見せていると言えるだろう。
彼女達は双子かと思ったが――資料に添付された彼女達の顔は、似ていなかった。
もちろん、姉妹だからと言って似ているとは言わない。
しかし、髪の色から瞳の色まで……全てが異なっている。
姉のルーセリアの方は赤褐色の髪に赤色の瞳――クロイナーデ家の特徴だ。
他方、フィル・クロイナーデの髪色は銀髪。目の色は灰色だ。彼女は養子、というところだろうか。
成績一位はフィルの方で、ルーセリアは二位となっている――つまり、実力で言えば、養子であるフィルの方が上ということになるだろう。
たとえばそれが、姉妹の関係の亀裂になっていなければよいのだが……。
「……さっきから、その二人のことばかり見ていますね。確かに可愛い子達ですけど」
「別に可愛いから見てるわけじゃない。俺を何だと思ってる?」
「女子生徒の写真を真剣に見つめる変態……でしょうか」
「もう一発叩くぞ」
「ぼ、暴力反対ですっ。まあまあ痛かったんですからねっ!?」
サッとエクリスがレイトから距離を取った。
ふぅ、と小さくレイトはため息を吐く。明日から学園の講師として、彼女達と接するのだ。
「さて、どうなるかね……」
こればかりは、明日にならなければ分からない――だが、今できることはある。
レイトは再び資料に目を通すことにした。
***
早朝から、『ラーヴェルト魔術学園』の校舎へと向かう生徒の姿はちらほら見えた。
この学園では部活動も認められている。おそらくは、朝練に向かう生徒だろう。
そんな時間に、レイトとエクリスは校舎に向かう必要があった。講師の朝は早く、早朝会議が毎週行われている。
レイトとエクリスはそこで軽い自己紹介をして、講師の一員として正式に働くこととなった。
人手不足なのは確からしく、講師達は皆、一様にレイトとエクリスのことを歓迎してくれる。
あるいは、学園長であるメルヴェルの依頼によってやってきた魔術師と、すでに知られているからかもしれない。
少なくとも、彼女がこの学園で一番の地位であることは間違いないのだから。
そして、その時間はすぐにやってくる。始業を知らせる鐘の音を聞いて、レイトとエクリスは二人並んで教室へと向かっていた。
「緊張していますか?」
「まだ十代の子供の前に出て、緊張するほど若くないんでね」
「レイトだってまだ二十歳になったばかりじゃないですか」
「十の位が違えばそれだけ色々変わってくるんだよ。そう言えば、お前はまだ十七歳だったか?」
「まあ、『大体』それくらいですね。ふふっ、歳が近い分、生徒達との感性も近いかもしれませんね?」
「少しは期待してるぜ、エクリス先生」
「期待に答えちゃいます、レイト先生」
お互いにそう呼び合って、笑みを浮かべる。生徒の前では先生と呼び合うことになるのなら、少しは慣れておかなければならないだろう。
そんな話をしていると、担当する教室の前へと到着した。
すでに、生徒達は新しい担任講師がやってくることは知っているようで、教室の中ではひそひそと話している声が聞こえる。
レイトは臆することもなく、ガラリと扉を開いた。
講堂型の教室内にいるのは、二十名の生徒達。一斉に、生徒の視線がレイトに注がれる。
レイトは真っ直ぐ、教壇の前に立った。その隣に、エクリスが並ぶ。
「あー、もうすでに知っていると思うが……今日から君達の担任になるレイト・ラヴェルトだ。魔術の授業を中心に受け持つことになる。こっちは助手のエクリス――先生」
「エクリスです。皆さん、よろしくお願いしますね」
エクリスが笑顔を向ける。男女含めて、エクリスの笑顔に対する反応は上々だ。
しかし、その中で反応が悪い生徒は二人――
(ルーセリアとフィルか……)
ルーセリアの座席は一番前方の窓際。フィルはそこから二列後ろ。
ルーセリアはこちらを刺すような視線を送り、露骨に良い感情を抱いていないというのが伝わってくる。かたや、フィルの方は無関心――まず、こちらの方を見ていない。
クラスの優等生二人が、講師に対する態度がよろしくない状況だ。……とはいえ、特別絡んでくるという形ではないのなら、まずは問題ない――
「レイト先生、でしたっけ?」
……と思ったが、前列に座るルーセリアが口を開いた。フィルの方は何も言ってこない雰囲気であったが、やはりルーセリアの方が問題か。
前情報でもらっているところによると、彼女はかなり気が強いらしい。
実際、レイトに向けられている視線はかなり厳しいものだ。少なくとも、彼女がレイトに対して良い印象を持っているとは思えない。
「ああ、そうだ。君はルーセリア・クロイナーデだな」
「……ええ、アタシのことはご存知ですか?」
「クロイナーデ家のご息女だということは分かっているが」
「それならば、話は早いですね。先日、お辞めになった魔術講師は……魔術師として腕の立つ方でした。なので、アタシは授業を受ける気にはなったんです。ですが……アタシはあなたことを知らないんです。無名の魔術師が、どうしてこの『ラーヴェルト魔術学園』に? それも、魔術講師だなんて」
挑発的な言葉だが、ルーセリアの言うことは確かに正しい。
この魔術学園において――魔術講師を務める者は、生徒達も知っていて当然のレベルの魔術師なのだろう。
つまりは、レイトのような『無名』はルーセリアから見れば『魔術の講義』を受ける価値があるかどうか分からない……そういうことだ。もう少し、言い方はどうにかならないかと思うが。
「それはつまり、俺の魔術師としての実力が見たい……そういうことか?」
「お話が早くて助かります。あなたが魔術講師として相応しいかどうか――」
「見定めたいってか? いいぞ、だったらそこから全力で魔術を打ち込んでこい」
「なっ!?」
ルーセリアがその場で立ち上がり、驚きに目を見開いた。
クラスメート達も同様にざわつく。……教室の後ろで外を眺めていたフィルも、さすがにこちらの方を見た。悪くはない反応だ。
「……ここから打ち込め、なんておかしなこと言わないでください。壁ごと教室が吹き飛びますよ?」
「だから、やってみろって言ってるんだ。それで俺が防げなければ――俺は『お前を挑発してやらせた』ってことで、懲戒処分になるかもしれないぜ?」
「……また突拍子もないことを」
レイトの言葉を聞いて、ぽつりとエクリスが呟いた。呆れ返った様子だが、生徒達の前では仮面を被り続けるつもりらしい。
あくまで笑顔のまま、状況を見守っている。
「……なるほど。レイト先生は、アタシの魔法を見たこともないのに、そこで受け切れる自信がある、と。そういうことですね?」
「一々確認しなくていい。そう言ってるんだから、さっさと打ち込んでこい」
「……っ! 後悔しても知らないわよ……っ!」
ルーセリアの口調が変わり、彼女が構えた。
近くに座っていた生徒達が慌てて立ち上がり、ルーセリアから距離を取る。
空中に浮かび上がるのは『術式』。魔術を発動するのに必要な式を描き、魔力を流し込むことで発動するのが魔術である。
術式を描き込む速度は早い――すでに、魔術の発動準備を終えていた。
「魔術学園に通う生徒が、上級魔術を覚えていないと思ったの?」
メラメラと燃え上がる不死鳥を象った魔術――《フェニクス・バーン》。狙った相手を燃やし尽くすまで、追いかけるのをやめないという魔術だ。
おそらくは、これが彼女の使える最大の魔術なのだろう。
『紅蓮のクロイナーデ』――家の名の通り、彼女も同じく火の魔術については実力が伴っているようだ。
レイトは静かに彼女を見据えた。
「この魔術は、当たれば火傷では済まないかもしれないわ」
「なんだ、俺の心配でもしてるのか? それなら何度も言ってるだろ。『早く打ち込んでこい』」
繰り返しの挑発。ようやく、ルーセリアがレイトに向かって魔術を放つ。
「……そう。それじゃあ遠慮なく――ぶっ放すわよっ!」
ルーセリアが手をかざすと、その命令に従って『不死鳥』が動き出した。
メラメラと燃える身体で、真っ直ぐレイトの方へと向かってくる。
レイトのことを対象としている以上、教室から逃げ出しても直撃するまで追いかけてくるだろう。そういう魔術であるということは、レイトもよく理解している。
故に、レイトの行う行動は単純なものだった。
「ふっ」
一呼吸。真っ直ぐ飛翔してきた不死鳥を、拳を振るうことで打ち消した。
ただ、右手を振るっただけで、不死鳥は簡単に消え失せたのだ。
その光景を見て、呆気にとられる生徒達。だが、一番驚いた表情を見せるのは――ルーセリアだ。
「……は?」
「よし、君の魔術は防いだから、俺の勝ちでいいな。それじゃあ、ルーセリアと逃げた奴らは席に着け」
レイトは何事もなかったかのようにそう言い放った。
だが、生徒達はざわついたまま。そんな中、口を開いたのはルーセリアだ。
「ま、待ちなさいよっ!」
「まだ何かあるのか?」
「何かって、あるに決まってるでしょ!? 何をしたのよっ!?」
「何をしたか、なんて分かり切ったことを聞くのか? 君の魔術を、俺が掻き消した――ただ、それだけだぞ」
「そ、それだけって……」
動揺した様子を見せるルーセリア。
レイトがやったことは、至極単純にルーセリアの放った魔術に対して、それよりも『質の高い魔力』を拳に纏わせて打ち消しただけだ。
つまり、彼女の放った魔術の威力を、上回れば打ち消すことなんて難しい話ではない。
もちろん、それが簡単にできるのは――レイトだからこそと言えるが。
無名のレイトに、そんなことが可能なのかとルーセリアは驚いているのだろう。
レイトは淡々とした口調で言い放つ。
「勘違いしているようだが、俺は確かに君達からすれば無名の魔術師かもしれない。だが、『魔術師』であることには違いない。君達はこれから『魔術師』を目指す身で、俺はそんな君達が目指す場所に、すでに辿り着いているんだ。もちろん、ここがゴールだなんて言わないが――少なくとも、簡単に俺に勝てるだなんて思わないことだ。分かったら、席に着け」
「……っ!」
明らかに激昂した様子を見せたルーセリアだったが、やがて大きく息を吐くと、座り込んで黙る。相変わらず攻撃的な視線のままだが、指示に従ったということは、納得はしてくれたようだ。
(……ふぅ、一先ずは何とかなったな)
そう考えながら、ちらりとエクリスの方を見る。
彼女はじと目でレイトのことを見ていた。
小声で、エクリスに声をかける。
「……お前も何か言いたいことがあるのか?」
「レイトの基準で魔術師を語らない方がいいと思います。普通に考えて、魔術を拳で打ち消せる魔術師なんて、早々いないですからね?」
「まあ、この場を納める方便みたいなもんだ。それが普通できるかどうかなんていうのは、今話すようなことでもない」
「……後悔しても知りませんからね?」
「後悔なんてしないさ」
どちらかと言えば、この場を納められずにルーセリアに文句を言われる方が大変だろう。
実際、今の一連の流れで少なくとも、生徒達はレイトのことを認めているようだった。
肝心のルーセリアはどうか分からないが。……それと、もう一人。
(フィルの方は、もう俺には興味なしか)
いつの間にか、視線を逸らして窓の外を見ているフィル。
成績で言えば、高いのはフィルの方で――彼女の方は特にレイトに突っかかってくるようなことはない。むしろ、ひたすらに無関心を貫こうとしているように見えた。……干渉してこないのであれば、それはそれで構わないのだが。
「さて……じゃあ、一限目は丁度、俺が担当する魔術の授業だったな。このまま、授業を始めるとするか」
「はーい、皆さん! ではでは、授業の準備をしてくださいねっ」
ようやく、フォローするようにエクリスが口を開いた。
生徒達もその言葉に従って、授業の準備を始める。
こうして、レイトとエクリスの初めての授業が始まったのだった。
***
レイトとエクリスにとっての、講師としての初めての一日は、すんなりと終わった。
放課後、廊下で二人並んで窓の外を眺めながら、話をする。
「思ったほど大変そうではないな、魔術講師」
「まだ一日目じゃないですか。それに、担任講師としての仕事はこれからですよ」
「随分と知った風な口を利くじゃないか。お前は誰かに教えたこともないだろうに」
「むっ、私だって補助の立場であっても、『先生』として働くつもりなんですぅ。心のない講師に代わって、生徒の悩みに答える天使のような存在になる予定ですから」
「誰が心のない講師だ」
「レイトのこととは言っていませんよー?」
「俺のこととも聞いていないが」
「うぐっ、確かに……!」
エクリスが顔をひきつらせた。小さくため息を吐いて、レイトは視線を下の方へと向ける。
「全く――ん?」
視線の先に入るのは、校舎裏に広がる森だ。
そこには人気はほとんど感じられなかったが、奥の方でわずかに『魔力の流れ』が感じられる。誰かが、魔術を行使しているのだろう。
「エクリス、あそこで誰か魔術の稽古をしているみたいだが、誰か分かるか?」
「へ、森の中ですか? ちょっと待ってくださいね」
エクリスが森の方へと視線を向ける――目を細めて、しばらく見つめると、
「あれは……ルーセリアさんではないですかね?」
その名前を、彼女は口にした。
「……やっぱりそうか。クロイナーデ家の天才令嬢が、隠れて一人で特訓とはな」
「いいじゃないですか、特訓。むしろ、ただ天才と呼ばれるだけじゃないって感じで」
「まあ、俺からすれば天才なんて存在しないからな。誰しも、そこに努力が介することになる。何もせずして、得られる才などありはしないさ」
「今のなんか、ちょっと先生っぽい言葉してますねっ。せっかくだから、その言葉をルーセリアさんにかけてきてあげたらどうですか?」
「……それに何の意味がある。隠れて稽古しているんだ。特に、今朝みたいなことがあって、俺に稽古をしているところなんて見られたくはないだろう」
「逆ですよ、逆! 少なくとも、ルーセリアさんはレイトに実力があることが分かっているんですから。ここは講師として、教えられることがあれば教えてあげるべきですっ」
「別にそんなことはしなくてもいいと思うんだが」
「何のための講師ですか? 臨時とはいえ、お仕事の手抜きはダメですよー?」
「……意外と講師職って面倒なんだな」
エクリスの言葉を聞いて、レイトはまたため息を吐いた。
彼女は先に講師室へと戻り、その結果を報告しろ、とだけ言い残して去っていった。
レイトは一人、森の中で修行を続けるルーセリアの元へと向かう。
人気は感じられないが、きちんと手入れがされているのが分かる。
ひょっとしたら、授業でもこの森林地帯は使っているのかもしれない。
たとえば、魔術師ならば森の中での戦闘というのも考えられるからだ。
レイトは森の中を進んでいくと、目を瞑って集中するルーセリアの姿が見えた。
「すぅ……」
小さく息を吸うと、彼女の掌に魔力が集中していくのが分かる。
基本的な『魔力操作』についての訓練だ――これをどれだけ早くできるかで魔術を行使する速度が変わり、集約させる量で威力も変わってくる。
火の魔術に限れば、すでに授業で習うレベルを超えている彼女だからこそ、そういう訓練をしているのだろう。
しばし、彼女は魔力操作の訓練を続け、やがて集中が途切れたように大きく息を吐き出す。
「はあっ、はっ……」
「いい集中力だな」
「――っ!?」
レイトが声をかけると、ルーセリアは動揺した様子を見せた。
頬が紅潮し、何やら言い淀んでいる姿を見せる。……朝の態度とは大違いで、レイトの方も少し驚いてしまった。
やがて、彼女は落ち着き払った様子で口を開く。
「……何かご用ですか?」
「別に用というほどじゃないが、隠れて稽古してる姿を褒めに来た」
「随分と直球で物を言いますね……? 隠れているって思ったのなら、放っておいてほしいんですけど」
ルーセリアの言うことはもっともだが、かといって「その通りだな」と引き下がってしまっては、せっかくここまで来た意味もない。
「まあ、そう言うな。俺は君のことを褒めてるんだからな」
「……それは、ありがとうございます。それと、その……今朝は、申し訳ないことをしました」
素直に謝罪の言葉を述べるルーセリアに、またレイトは驚いてしまう。
正直、ここに来たことだけでも怒ってくるかと思ったが――どうやら、彼女に対する考えを改めなければならないようだ。
「構わないさ。むしろ、君の言い分の方がここでは正しいからな。俺にみたいな『無名』の魔術師に教わりたいと思うやつは、少ないだろう」
「……確かに、アタシは先生のことを知りません。だからこそ、不思議なんです。あなたは、何者なんですか?」
「何者も何もないさ。一応、詳しい自己紹介をしておくか? 普段は貧乏生活を送る魔術師で、今回は臨時講師として学園に雇われた身だ。まあ、しばらくすれば真っ当に有名な魔術師が君達の面倒を見てくれるだろうさ」
「貧乏生活って……。先生はあの時、アタシ達と魔術師では明確に実力の差がある――そう言いましたよね?」
「ああ、言ったな」
「けれど、アタシの魔術を打ち消せる魔術師なんて――そうそういないんですよ。アタシだって、入学前から魔術師とは関わり合いがあったんですから。先生は、何者なんですか?」
再度、ルーセリアが問いかけてくる。
……先ほど、エクリスが言っていたことを思い出す。
――後悔しても知りませんからね?
なるほど、確かにこう問い詰められると少し答えに困るものだ。
「魔術師を目指すならこれくらいはできた方がいいって意味さ。俺が貧乏魔術師なのに変わりはない」
「……答える気はないってことですね」
「答えるも何もないんだが……じゃあ、俺からも質問をしてもいいか?」
「何ですか?」
「どうして、こんなところで隠れて稽古をしてるんだ? 別に悪いこととは言わないが、君は十分に実力があるだろう。それこそ、君くらいの実力なら……妹さんと一緒に稽古をした方がいいんじゃないか?」
「それは――できません。アタシとあの子は、ライバルですから」
「ライバル?」
「はい。あの子はクラス一位で、アタシは二位。同じルーセリア家だから比較されるのは分かっています。でも、アタシはいつかあの子より上になって、一位になって見せます」
「クロイナーデの家の確執ってやつか?」
「そんなことは、アタシは気にしません。アタシが目指すのは、あくまで『英雄』になることですから」
「英雄だって……? そんなものに憧れているのか?」
思わず、レイトはそう言い放った。
ルーセリアの視線が、わずかに鋭くなる。
だが、言葉を荒げるようなことはなく、あくまで冷静に答える。
「『そんなもの』なんて言い方は、やめてください。アタシにとっては、大事な夢なんです。以前、アタシを助けてくれた魔術師みたいに、アタシは誰かを助けられる魔術師になりたいんです」
ルーセリアは、はっきりとした口調で言い放った。
それが、包み隠さない彼女の本心なのだろう。
子供の頃に魔術師に救われて、その存在に憧れる――それは、ごく自然な夢の話だ。
レイトだって、かつては同じ『夢』を見たのだから。
「……なるほどな」
「笑いますか?」
「笑わないさ。ただ、一つだけ忠告はしておく。英雄なんてものは、望んでなるものじゃない。その道がどれだけ過酷で残酷だったとしても、君はその道を目指す覚悟があるか?」
「もちろんです。そのために、アタシはここにいるんですから」
ルーセリアの答えには、迷いなどない。
その迷いのない言葉も、かつての自分と重なるところがあった。
レイトは天を仰いで、小さくため息を吐く。
魔術の名門の家柄に生まれ、その名に恥じぬ実力を持っているにも拘わらず、なおも上を目指し、英雄に憧れる少女――生い立ちはまるでレイトと似ても似つかないが……その姿は、かつての自分を見ているかのようだ。
「君の話は分かった。それなら、俺は君のことを応援するさ」
「っ! あ、ありがとうございます――って、こんな話、誰にもしたことないんですけど、どうしてあなたに……」
「いいんじゃないか。俺は君の担任講師だからな」
「そんなの説明になっていませんし。結局、先生が何者なのかは分からないですし……」
「俺が何者かなんて重要なことじゃない――と言いたいところだが、まあ、これから教えてもらうのに気になるところではあるか。じゃあ、サービスで一つだけ教えてやるよ」
レイトはルーセリアに背を向けて、去り際に一言だけ残していく。
「昔は、『英雄』なんて呼ばれ方をした魔術師だ。信頼はしてくれてもいいぜ」
「え……!? ちょっと、どういうことですか!?」
「おっと、それ以上の答えはなしだ。これより先を知りたかったら、もっと君が成長してからだな。それくらいの面倒は見てやるさ」
それが今、レイトがルーセリアに対して答えられることだった。
彼女にとってその言葉がプラスになるか分からないが、一先ずこれでエクリスに言われた通りの目的は達成できたと言えるだろう。
***
「なるほど――思った以上に講師らしいことができましたね? まあ、話を聞く限りではなんか『教育係』みたいな感じになってますけど」
「……どの目線で言ってるんだ、お前は」
講師室へと戻ると、そんなエクリスの言葉にレイトは突っ込みを入れた。
彼女はと言うと、呑気にコーヒーを飲んで待ち構えていたのだ。少し突いてやりたい気分にもなる。
「いいじゃないですか。『英雄を目指す少女』に道を示す――魔術講師として、それができれば、魔術師としても箔が付きますよ」
「俺は別に、魔術師として箔を付けたいとは思ってない」
「またそんなこと言って――そうですね。では、私も少しだけ、本音でお話をさせていただきます」
「おう、なんだ。言ってみろ」
「私は、もう一度レイトに魔術師として本格的に活動してほしいと思っています。かつて、私を『救ってくれた英雄』であるあなたなら、それができると思っているから」
――思った以上に真面目な言葉に、レイトは思わず、目を見開いてエクリスの方を見た。
彼女の表情は真剣で、その表情を見て……今の状況についても理解できてしまった。
「……俺が魔術講師になるように仕向けたのは、そのためか?」
「はい。あなたが魔術師として活動をするつもりがないことは、一緒にいれば分かります。それが、私が原因なのだとしたら――」
「お前のせいじゃない。ただ、俺にやる気がなくなっただけだ」
レイトはそうはっきりと答える。
かつては魔術師として活躍した――もう、三年近く前の話だ。
戦って戦って、それでも得られるものは何もなかった。
レイトは魔術師として『最強』であったが、強さなど所詮は何の役にも立たないと、若くして悟ってしまったのだ。
「……それでも、私はあなたに魔術師であってほしいので……だから、あなたを補助します。ここで、講師として」
「俺のことなんてどうでもいいが、そうだな。ここには魔術師を目指す生徒がたくさんいる。そいつらのために、短くてもできることはやっていくつもりはあるさ」
「っ! はい、そうしましょうっ!」
「そのために、お前には馬車馬のように働いてもらわないとな」
「もちろん――って、それは私の台詞なんですけど!?」
レイトの言葉を聞いて、エクリスが突っ込みを入れる。
そして、お互いに笑みを浮かべた。……彼女望んだ答えからはまだ遠いものなのかもしれないが、多少はレイトの中にも変化があった。
ルーセリア――英雄を目指す彼女が、自分と同じ道を辿らないようにすること。そのために、教えてやれることは教えてやる。
それが、英雄に憧れる少女の教育係となったレイトの役目だからだ。
学園ラノベなネタを書いてみたいと思いまして書いてみました!
ヒロインがちょっとテンション高めな感じだとテンポよく書ける感じがしますね。




