彩乃ルート第2話
12月3日(金)
「はぁ~」
時計を見ると、すでに正午を回っていた。
「よく・・・・寝てたね・・・」
「ん?ああ、なんか、寝すぎでボーっとする」
「・・・・・・」
・・・・。
・・・・・・。
彩乃と居るとこう言う沈黙の時間は多々ある。彩乃は、ただどこか一点を見つめ、俺はそんな彩乃を見て何を考えているのだろう?と思考する。何か話をしたほうがいいのかと思うのだが、何を話して良いのか分からないし、なにか話しづらい雰囲気もある。
だから俺は彩乃が口を開くまで黙っていることにしている。
・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・。
・。
・・・・・。
どれくらい時間がたっただろうか、この部屋には時計が無いのではっきりとは分からないが、15分位だろうか。
長い沈黙、このまま夕方になってしまうのではないかと感じるほどに。
・・・・・。
・・・・・。
「・・・・・・・・何にも・・・・聞いてくれないんだね・・・」
ここに来て、初めて彩乃が口を開いた。
「ん?何か聞いてほしいのか」
「・・・・・・・・・・。」
またか・・・・。
「聞いて・・・・くれるの?」
彩乃の顔は、悲しみであふれているように切ない顔をしている。
「俺でよければ聞くよ。力になってやれるか分かんないけどさ」
「うん・・・・・・でも、今はいいや・・・・・・誰か来たみたいだし・・」
「え?」
ピンポーン
玄関のチャイムが鳴った。
確かに誰か来た。しかし彩乃はチャイムが鳴る前にそれを知っていた。足音で解ったとか言われたらソレはそれで納得せざるをえないが、何かそう言う理屈的なものでは無い気がする。
「・・・・・出ないの・・・・居留守?」
「あ、ああ。出る」
玄関に向かいながら彩乃に先ほどの疑問を投げかける。
「でも、何で解ったんだ?誰か来たって?」
「・・・・そんな気がした・・・」
ガチャ。
「こんにちは」
見たことの無い女性がそこに立っていた。歳は20代前半だろうか。紫色っぽい髪色で、どことなく誰かに似ている・・・・。なかなか綺麗な人だ。
「うちの彩乃、来てる?」
え?
「あ、来てますけど。えっと、どちらさんで?」
とりあえず身元確認なぞをしてみたりする。大体の予想は付いてるけど。
「彩乃の姉よ」
ぁ、やっぱり。
「ふぅ~ん。君が尋希クン?」
俺の顔をまじまじと見た後でそう言った。
「はい、そうですけど、何か?」
にぱぁ
「いや、別にぃ。お邪魔するわよ」
奇妙な笑いの後に意味ありげな言葉を放ち、俺の家に入っていく。
「ちょ、ちょっと。」
バタン
「・・・・お客さん?」
「・・・・・久しぶりじゃない・・・彩乃」
ガバッ。
「お姉ちゃん・・・・・!」
――CG12――
俺が部屋の中に戻ると、なにやら難しいことになっているようだった。
彩乃は怪訝な目で姉を見て、その姉はニヤニヤと笑みを浮かべている。
なにか訳ありのようだ。
「まったく。しばらく帰ってこないと思ったら、彼氏の家にお泊り?お父さん心配してるわよ。」
しばらく家に帰ってない!?なにを言っているんだ?話が理解できない。
・・・・・あと俺は彼氏じゃない。
頭の中が回転している。思考がめぐって、何から話して良いのかわからない。
彩乃をほうを見るが、彩乃の視線は一点を見つめている。その先は自分の姉だ。
「・・・・なんで・・・・ここの場所分かったの・・・・・?」
彩乃がそう呟いた・・・・今にも消え去りそうな声で。
「女の勘」
「・・・・うそ・・・でしょ・・・」
「嘘よ」
当たり前だ。勘なんかで妹の場所がわかったら怖い。
「そんな事良いいから、早く帰るわよ」
「イヤ!」
彩乃は声を張り上げ、そう拒否した。あの彩乃がこんなに興奮する何か理由があるのだろうが。何ヶ月も連絡なしで家に帰ってないのは問題だろう。
だから俺は・・・・
「彩乃。今日はひとまず帰りな。話はまた今度聞いてやるから」
そう言う事にした。
「・・・・・・・・イヤ」
「なんか理由があんのかも知れないけどさ。家族の人も心配してるみたいだしさ。なっ」
「そぉよ。カレシの言う通り、みんな心配してるわよ」
いい加減否定しよう。
「あの、ちなみに俺彼氏じゃ・・・・・」
「解った・・・・」
俺の否定は、彩乃の声によってかき消された。まるで否定されるのを拒むかの様に。
「・・・・帰る・・・」
「そぉ。じゃ、行きましょ」
「またな」
「・・・・・・また・・・・・・・・・来てもいいの?」
「当たり前だろ」
「・・・・うん・・・・・」
悲しい目だ。今にも泣き出してしまいそうな、まるでこれから死ににでも行くかのような、そんな目で彩乃は俺を見つめていた。
部屋のドアが閉じるその瞬間まで・・・・・・。
「それじゃ。お邪魔したわね」
バタン。
少しして、玄関の扉が閉まる音がした。
あの悲しい目は何だったのだろうか。そんなに帰りたくないのか?それにしたってあの目は、まるでもう一生会えないような感じの・・・・・・。
「また、会えるよな・・・」
誰に問いかける訳でもなく。俺はそう呟いた。
・・・・・・。
・・・・・・・・。
・・・・・・。
外に目をやる。まだ日は高い。
「なんか落ち着かないし、どっか行くかな」
そう思い立ち。俺は準備を始める。
・・・・・・。
「うっし、行くか」
身支度を終え、家を出る。
ガチャ。
と、隣の部屋の扉も開き、中から見知った少女が顔を出した。
「あ、どうも、こんにちは」
里美ちゃんだった。
「お出かけ?」
昨日も同じような事を言ったような気がするが、ほかに言葉が思いつかなかった。
「はい。今日はちょっと部活の自主練習をしよかなって」
「部活?」
「はい、これです」
そう言って里美ちゃんは黒いケースを取り出す。また敬語になっているが、親しくなれば無くなるだろうと思い受け流すことにした。
「楽器?」
そういう知識が無いので、楽器としかいいようがない。
「はい、フルートです。私、吹奏楽部なので」
「へぇ。それでこれから練習か、関心だね」
ここで俺はある疑問を持った。
「今日休日だっけ?」
「いえ、今日は金曜日です」
「学校は?」
「ああ、えっと、昨日開校記念日で明日が休みなので、今日も休みなんです。4連休にしたらしくて。うちの学校、そういうこと多いらしくて。」
「そうなんだ」
田舎の学校なんてそんなもんだろう。
「はい。それで、川原にでも行って練習しようかなと思いまして。」
「そっか。あのさ、もしよかったら、俺も一緒に行っていいかな?」
「えっ?ほんとですか!?」
「迷惑でなければ、是非」
音楽でも聞けば、少しは気がまぎれるだろうと思い、俺はそう提案した。
「あ、でも私、人に聞いてもらえるような腕もないし・・・・お兄さんには、もっと上手になってから聞いてもらいたいです」
「そっか、じゃあ、楽しみにしてるね」
「は、はいっ!それじゃあ、行ってきますね」
「ああ、気をつけてね」
「はいっ!」
タッタッタッ
手を振りながら階段のほうへ駆けていく里美ちゃんを見送る。
「・・・・お兄さん、か。・・・・・悪くないな・・・・」
なにやら不謹慎な妄想をしながらたたずむ俺。傍から見ればただの変な人だろう・・・・もしくは変態・・・・。
「さてっ、俺はどうするかな」
ガチャ
またお隣さんのドアが開く。
「あら、尋希さん。こんにちは」
「あ、どうも。買い物、ですか?」
「はい、お気をつけて」
「はーい」
手を振りながら階段の方へ歩いていく沙耶さんを見送る。
・・・・さっきも似たようなことがあった気がする・・・・。
そして未だ家の前を動いていない俺・・・・。
「・・・・どうしようかな・・・俺・・・」
ピリリリリリ
!!!
ポケットの中の最新機器、携帯電話が唸りを上げている!!
この携帯電話というものは、受話器をとる前に、電話をかけている相手が誰なのかを画面に表示してくれると言う代物だ!!!(ついでに言うと今の電波はアンテナ一本だ!!)
・・・・・・って、そんな事だれでも知っている。そんなことより速く電話を取れ。
ピリリリリリ
そして電話はバイト先からだ・・・・嫌な予感がする。
ピッ
「もすもす」
恐る恐る電話に出る俺。
「あ、尋希か?私だ」
「瑠璃華先輩?どうかしましたか?」
電話の相手は瑠璃華先輩だった。
まぁ、話しの内容は大体分かってはいるが・・・・。
「悪いんだけどさ、これから店出られるか?」
そんなことだろうと思った。
「まぁ、大丈夫ですけど」
「わりぃな、今日すげぇ混んでてさ、人足らねぇんだ」
?
「・・・・今なんて?」
聞きなれない言葉を耳にしたような気がして、そう聞き返す。
「いや、今日は混んでるから人が足りないって言ったんだが」
???
混んでいる?
「またまたぁ。冗談でしょ?」
「それは来て見れば分かるだろう。とにかく頼んだぞ」
ピッ
プー、プー、プー
切れた。
「まぁ、確かに行ってみれば分かるか・・・」
俺は行き先をバイト先に決定し、そこに向かった。
・・・・・。
ガヤガヤガヤ
・・・・・・。
バタバタバタ
・・・・・・・。
「すいませ~ん。注文いいですかぁ」
「はーい、少々お待ちください」
・・・・・本当に混んでいる。
俺は目の前の光景を信じられないまま入り口にたたずむ。
「俺は今強烈な衝撃を全身に受けている!!!俺がここでバイトを始めて3年が経つ、その間に一日客が来ない日はあっても混んだ日は一日たりとも無かった!!それがどうだ!!この光景は!!!!フロアに店員が3人も!順番待ちをしている人の姿も見えるではないか!!」
「俺は夢を見ているのか!!」
タッタッタ
「いいからさっさと仕事に入れ!!」
バキィ
「ぬおぁ!!」
そんな事を入り口で叫んでいると正面からドロップキックを食らう。
「入り口で意味深な事叫ぶな!お客様に迷惑だろうが」
入り口でドロップキックをするのもどうかと思うが・・・・。
「すみませーん」
客席から、店員を呼ぶ声がする。
「あ、は~いただいまお伺いいたします」
「早く支度して来いよ!」
瑠璃華先輩は、そういい残し客席の方へと走っていった。
・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・。
・・・・・。
慌ただしい時間が終わり、店の中はいつもの静寂が戻った。
「ふぃ~、お疲れさん!」
「あっ、先輩、おつかれっス!」
「悪かったな、いきなり呼び出して」
「あ、いえ。何か貴重な体験できましたから、全然OKです!」
追加
「今日はもう客も来ないだろうから、お前上がっていいぞ」
「そうっスか?じゃあスンマセンけど、お先に失礼します」
「おう、またな」
そう言って店を出る。
「ん、もうこんな時間か・・・」
左腕についている時計を見ると、すでに時刻は午後7時を回っていた。
「一回帰って、飯でも食うか」
今日は金曜。茨蔓との夜・・・。
バルン!
ドルドルドルドル
自宅までの移動時間は20分。
夕飯を作る時間15分
食べる時間30分
シャワーを浴びて10分
髪を乾かして10分
30分暇して、トイレ行って準備して出発。
夜瀬のふもとまで山間を走って15分。
そこから歩いて展望台まで行って10分
到着予定時間10時50分!
・・・・・。
「完璧だ・・・・」
俺は一人納得し、自画自賛していた。
「よし!今回の任務は決まった、健闘を祈るぞ、俺!!」
自分自身に任務を与え自宅に向かって驀進する。
ドルドルドルドル
自宅前に到着。所要時間20分。
「よし、今の所予定に狂いはない」
大型自動二輪車を自宅マンション裏手にある駐輪場に収容し、出入り口に向かう。
ガー
俺がガラス張りの扉の前に立つと、扉は静かな音を立てて開いた。
自動ドアというやつだ。
俺が悠々とそこを通り抜けて、エレベーターに乗ろうとすると・・・
管理人さん「あ、尋希さんちょうどいいところに」
第一の刺客登場!その名も管理人さん!
「はい、何でしょうか?」
なるべく自然を装い、時間を最大限に利用する方法を模索する。
管理人さん「ちょうど今尋希のお部屋に向かおうとしていたんですよ」
「え?なんかあったんですか?」
管理人さん「これ、知り合いに頂いたんですけど、良かったらどうぞ」
そう言って管理人さんは紙袋を渡してくれた。
ガサガサ
「コーヒー?」
その中には、お中元などで貰うビン入りのインスタントコーヒーが数本入っていた。
管理人さん「はい、コーヒーはあまり飲まないので、悪くならないうちに飲んでもらえばと思いまして」
「あ、どうもありがとうございます」
管理人さん「いえいえ。それでは」
「あ、はい、どうもでした」
管理人さんと別れ、俺は改めてエレベーターーに乗り込む。
今のでのタイムロスは、多く見積もっても5分。
「大した問題じゃないな」
エレベーターは無事に止まった。
扉を抜け、自宅へと向かう。
「俺の予想だとそろそろ・・・」
???「キャー!」
うちの隣、秋里姉妹の部屋から悲鳴が聞こえる。
「!!!」
いきなりの悲鳴で、反射的にその扉を開けた。
「どうしました!?」
すると中から
里美「おにいさ~ん!!」
泣きながら里美ちゃんが飛びついてきた。
「ど、どうしたの!?」
里美「へ、部屋の中に変な生き物が~!!」
[へ?変な生き物?]
里美「はい!なんかこう、黒っぽくて、平べったくて、カサカサって感じで動くんですぅ」
「いや、それは俗に言うゴキブリではないですか?」
里美「えっ!!あれがですか!?ゴキブリってもっと怪獣みたいなものだと思ってました!」
「怪獣・・・・」
里美「と、とにかくなんとかしてもらえないですか?アレと同じ部屋に居ると思うと落ち着かないんですぅ!」
「いや、ゴキブリなんて居ないと思えば怖くないし!」
里美「居るんです!居たんです、この中に、確かに!!」
「ほら、あれだよ。ゴキブリだってさ、濁点取ってひらがなにすればそれなりに可愛いしさ!」
里美「だくてんを取って、ひらがな、ですか・・・・・・?」
「そうそう」
里美「こ、こきふり・・・・」
「そっ、さらに「ふ」を「ぷ」にかえれば!」
里美「こきぷり・・・」
「ほら!すっげー可愛い感じ!!」
里美「確かに、ちょっと可愛いかもです」
「ねっ!」
里美「で、でもだめです、怖いものは怖いです!」
「はぁ~、しょうがない。やるか」
里美「ほんとですか!」
「里美ちゃんみたいに可愛い子に泣きつかれたら断れないよ」
里美「そ、そんな、全然私なんて可愛くないですよ。彩乃さんとかの方が全然綺麗じゃないですか」
「へ、彩乃?」
彩乃、その名前を聞いて、押し殺していた気持ちがよみがえってきた。
心配。
「彩乃、どうしたかな?」
里美「え?彩乃さん、どうかしたんですか?」
「あ、いやなんでもないよ。それより今は、こきぷり退治だ!」
そして俺は、戦場へと足を踏み入れた。
里美「さ、さっきはその冷蔵庫辺りにいましたぁ」
少し離れた所から里美ちゃんが見守っていてくれている。
「フッフッフッ」
里美「どうしました?大丈夫ですかぁ」
「いや、久しぶりにこの緊張感を味わったら嬉しくなってね・・・」
里美「ぅえ?」
「ふっ、今こそ語ろう、この俺のもう一つの人生を!!」
里美「は、はい!!」
「俺のもう一つの人生が幕を開けたのは小学校一年の時だった!!入学してしばらくしたある日の掃除の時間、俺はそいつと初めて遭遇した!そうっ、ヤツだ!ヤツは教室の真ん中を悠々と横断していた。恐怖し、困惑するクラスメイト、初めての遭遇で警戒していた俺だったが、当時好きだった女の子にかっこいい所を見せようとして・・・・俺はヤツを素手で掴んで外にほうり投げた!!これで俺は英雄だ、そう思って振りかえった瞬間に浴びせられたつめたい目線、そして好きな女の子に言われた一言は「きたない」俺は愕然とした。そして極めつけに、次の日から俺のあだ名は「ゴキ男」になっていた・・・・・。そう、あの日から俺はゴキブリ専門のヒットマンとして生きてきた!!そして今、その真髄を見せる時がきたぁ!!!!」
カサッ
「ん!!」
里美「ひゃ!!い、今、カサッて、カサッて言いました!!」
「しっ!静に。奴らは音に敏感だ、警戒されないようにしないといけない。決して音を立てないでくれ」
コクッ。
里美ちゃんは無言で頷いた。
・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・。
「ゴクッ」
固唾を飲み込み。
緊迫した空気が、決戦の時が近いことを教える。
・・・・・・・・・・。
・・・・・・・。
カサカサカサ
出やがった!!
俺は手に持ったゴキブリ退治の最終兵器(丸めた新聞紙)を握り締めた!
「生きては帰さんぞ」
スパァァアァァン。
新聞紙が空を切った!
里美「!」
・・・・・・。
・・・・・・。
「フッ。たわいも無い」
カサッ
「もう一匹居たか」
・・・・。
沙耶「・・・・終わった?」
「うお!沙耶さん、いたんスか!?・」
いきなり隣の部屋から沙耶さんが現れた!
里美「お姉ちゃん真っ先に逃げちゃったから」
沙耶「どうもねぇ、足が5本以上ある生き物は苦手でねぇ」
「5本以上・・・じゃあカエルとかトカゲとかは平気なんですか?」
沙耶「ああ、どっちも嫌い」
里美「足関係ないね・・」
「まぁいいや、とりあえず俺のやることは終わったんで、帰りますね」
沙耶「うん、ありがとね」
里美「ほんとにありがとうでした」
「いえいえ、じゃあね」
そう言って俺は戦場を去った・・・・・・ゴキブリは、1匹居れば50匹居るってことは言わずにおこう・・・・。
「知らないほうが幸せなこともあるさ、きっとね」
自室に戻り時計を確認すると
「8時10分・・・・まぁ、何とかなるか」
準備をして夕食、シャワーをして身支度。
暇する時間はなくなったが、何とか予定通りの時間に出発できた。
ドルドルドルドルドル
何も無い夜道をただ駆け抜けて行く。
彩乃・・・・。
さっきの里美ちゃんとの会話から、ずっと頭の中にその名前がある。
「あいつ、どうしたかな・・・・・・」
最後にあってから、それほど時間が経っているわけではない・・・・・・でも、もうずっと長い間、顔を合わせてないような錯覚に陥る。
「明日にでも、電話してみるか」
そう片付け茨蔓との約束の場所に向かう。
夜瀬山ハイキングコース入り口。ここからは徒歩で登ることになる。
ザッ、
ザッ、
ザッ。
いつだったか、もう正確な日にちは思い出せない。
茨蔓と最初に出会った日。
確か寒い日だった。
ザッ、
ザッ、
ザッ。
何か一人になりたくて、夜の山を歩いてたらここを見つけたんだ。
ザッ、
ザッ、
ザッ。
真っ暗なこの道、最初はよく転んだりもしたけど、今では目をつむってでも歩けそうなほどになった。
ザッ、
ザッ、
ザッ。
俺はこの街が好きだ。
何も無いこの街が・・・。
何も無い、それは何でもあるより恵まれているんだと思う。
そんな気がする。
ザッ、
ザッ、
しばらく登ると、開けた場所に出る。
・・・・・。
約束の場所。
思い出の場所。
始まりの場所。
出会いの場所。
俺の中には、この場所を表す言葉が沢山ある。
でもそんな事どうでもいい。
取り敢えずここは、俺にとっての、
:CG文字
「大切な場所」
それだけ分かればいい。
「10時55分、あと5分だな」
茨蔓はいつも時間ぴったりに到着する。
一分のずれもなく。
・・・・・・・・・。
・・・・・・。
ここはずっと変わらぬまま、ここにあるだろうか。
いつか無くなってしまうのだろうか。
もしここが無くなったら、俺と茨蔓との時間も、無くなってしまうのだろうか。
永遠とは一瞬。
そんな言葉が頭に浮かんだ。
永遠に続くものなんてない、全てのものに終わりがある。
でも、この場所は永遠であってほしい。
この街の景色と共に、永遠に続いてほしいと、俺は思う。
ザッ、
ザッ。
足音が聞こえる。
11時59分45秒
どうやら茨蔓が来たようだ。
ザッ
ザッ
ザ。
茨蔓「ヒロくん、お待たせ」
「おう、今日も時間ぴったりだな」
茨蔓「うん」
この笑顔を見ていると、全てを忘れられるような気がする。
茨蔓「どうしたの?」
「えっ、なにが?」
茨蔓「ヒロくん、何か元気ないよ」
「そっ、そうかな」
茨蔓はいつもそうだ、俺が心配事を抱えてくるとすぐに指摘してくる。
茨蔓「何かあったの?」
こう言うときの茨蔓は、どこか頼もしく見える、なんというか、お姉さんっぽい感じ。
「いやさ、彩乃がさ、ちょっとね」
彩乃の事は、昔からよく話しているから茨蔓も知っている。
たぶん変なヤツだと思ってる・・・・・と思う。
茨蔓「彩乃ちゃん、どうかしたの?」
俺はこの前の出来事を細かく説明した。
・・・・・。
・・・・・・・・・。
茨蔓「彩乃ちゃん、きっとヒロくんの事待ってるよ」
「彩乃が、待ってる?」
茨蔓「うん。ヒロくんが助けに来るの、絶対待ってる!」
「助けにって、彩乃は家に帰っただけだぞ。助けるなんて」
茨蔓「だって、彩乃ちゃん帰りたくないって言ったんでしょ」
「ああ、まぁそうだけど」
茨蔓「じゃあ待ってる、絶対待ってる!!」
茨蔓は少しすねたような顔で断言した。
「そ、そうなのか・・・」
茨蔓「そうなの」
「そ、そうか」
何か、圧倒されてしまった。
茨蔓「私だったら・・・」
「え?」
茨蔓「私だったら、絶対待ってるもん」
「茨蔓・・・」
茨蔓「ねぇ、もし私が誰かに捕まったら、助けに来てくれる?」
「なに言ってんだよ。当たり前だろ」
茨蔓「ほんと?」
「ああ、ほんとだ」
茨蔓「ぜったい?」
「うん、絶対行く」
茨蔓「うん!約束ね」
「分かった、約束だ」
ギュ
茨蔓「約束のチューしよ」
茨蔓は俺に抱きつき、目を閉じ口を細めている。
「・・・・・。」
茨蔓「・・・・・・。」
何も言わない、こう言うとき言葉はいらないのだろう。
・・・・・・。
・・・・・・・。
俺達は今日も口付けを交わした。
そして俺達の間には、一つ約束が増えた。
茨蔓「じゃあ、またね」
「おう、また来週な」
茨蔓の後ろ姿を見守る。
その足取りは軽く、暗闇の中を思わせないテンポだった。
彼女はその目で、何か他のモノを見ているのだろうか。
「・・・・・・。赤外線カメラがついてるとか?」
暗闇でもすっきり見える~、って感じで。
・・・・・・・。
・・・。
「んな訳ないか」
・・・・・・・・・・。
「帰るか」
少し景色を見て、俺も帰路に着く。
自宅に戻り、テレビをつけるが、どうも頭に入ってこない。
彩乃の顔が頭に浮かんでいる。
別れ際に見せた、あの表情が・・・・。
「考えててもしょうがないし、今日は寝るかな。んで、明日朝一で電話だ。」
電気を消し、フトンに入る。
目をつむっても、眠れそうにない。
・・・・。
・・・・・・・・・。
何の音もしないまるでこの世界に俺しか居ないようだ。
無音の中にいると、耳鳴りが鳴る、キー、と言う音が耳の奥、頭の中から響いてくる。
それは、この暗闇で俺が生きているといえる唯一の証。
やがてそれさえも聞こえなくなっていく。
脳が落ちてきた。
明日の朝、俺は目をさますのかな・・・・・。
12月4日(土)
朝、憂鬱な朝、朝の憂鬱・・・・。
頭が上手く回転してくれない。
「何か・・・・忘れてる気がする・・・・・なんだっけか」
8時半。
「もっかい寝ようかな・・・」
ブィィィィン、ブィィィィン。
枕元でケータイが蠢いている。
ピッ
「目覚まし・・・・なんでこんな時間に」
だんだんと頭がはっきりしてきた。
「・・・・・・・あ!彩乃に電話だ」
ようやっと思い出し、体中を思考が駆け巡った。
「と、とりあえず一服しよう」
別に電話すること事態に何も緊張することはないのだが、昨日茨蔓の言葉と、彩乃の別れ際の顔が気になって、どうも電話しにくい・・・。
「よし!」
勢いをつけ、ケータイを手に取る。
ピッ、ピッ。
ポッ。
着信履歴欄から彩乃、を選択し、通話ボタンを押す。
・・・・・・。
・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・。
アナウンス「おかけになった電話は、電波の届かない所にあるか、電源が入っていないため、かかりません・・・・・・・おかけになった電話は、電波の届かない所にあるか、電源が入っていないため、かかりません・・・・・・・おかけになった電話は、電波の届かない所にあるか、電源が入っていな・・・・
ピッ
・・・・・。
「何でだよっ!!!」
ケータイをベッドに叩きつけ一人でキレる俺。
連絡が取れないと思うと、急に不安感が倍増してくる。
「どうすっかな・・・・」
考えてはみるもののなにも解決策が思いつかない。
それもそうだ。
家の住所も電話番号もわからないのだからどうしようもない。
「連絡、待つしかないかな」
早くも手詰まりな俺は、彩乃から連絡が来るまで待つことにした。
「ひょっこり現れるかもしれないしな」
なんとか俺は、独り言で自分を納得させた。
追加
その後、一日経ち、
二日経ち、
三日経って、
六日が過ぎたが彩乃からの連絡はなかった。
心配
そんな言葉では片付けられない。
不安?
なんか違う。
なんかこう、上手くいえないけど。
いてもたってもいられないっていうか
そんな感じ。
誰かの事を気にするって、こんな感じだったっけ・・・・。
何年も一人で生活していると、そんな事も忘れちまうもんなんかな・・・・。
でも、昔もこんな感じになった事あったっけな・・・・。
・・・・・・・。
・・。
・・・・・・。
・・・・・。
少なくとも、俺が覚えている記憶の中に、こんな感情は残っていない。
なんか、気持ち悪いな、これ・・・・・・。
12月10日
朝からボ~~~~~っとしながら、ケータイを眺めている。
現在時刻午後0時6分。
もうかれこれ3時間はこうしていることになる
「バイトないと、ほんとやることないな」
趣味でも見つければいいのだが、別に好きなこともない。
バイクは好きだが冬は寒くてあんまし乗りたくない。
「歳取ったな、俺・・・・・・・昔は冬だろうと雨降ってようとバイク乗ってたのにな・・・・」
ピンポーン
「!!」
ダッ
「彩乃!!」
ダッダッダッ
ガチャ
「彩乃!!」
ドアの先にいたのは彩乃ではなかった。
管理人さん「今、お暇ですか?」
管理人さんはニコッと微笑み、俺にそう問いかけてきた。
「え、あ、はい。暇・・・・ですけど」
何だか気が動転していて、大した言葉が出てこなかった。
「じゃあ、お買い物、付き合ってくれませんか?ちょっと男手が必要なので」
買い物・・・・・・まぁどうせやることもないし、家に居てもボーっとしてるだけなら・・・。
「いいですよ」
管理人さん「よかった!じゃあ、さっそく行きましょう」
「あ、ケータイとか、とッッ取ってきます」
一度部屋に戻り、ケータイと財布、それとタバコをポケットにしまい込む。
「お待たせしました」
管理人さん「いえいえ。それじゃ、行きましょうか」
管理人さんの車に乗り込み自宅マンションを離れる。
・・・・・・・。
・・・・・・・・・。
車と言う閉鎖空間、彩乃の事でいっぱいな俺には、気の利いた話題を見つけることは出来ない。
「めっきり寒くなりましたね」
管理人さん「そうねぇ」
・・・・。
そうじゃないだろ俺ぇ~!
自分につっこみを入れる。
管理人さん「彩乃さんと、何かあったんですか?」
「え!?」
管理人さん「さっき私が伺った時、名前を呼びながら出てきたから」
「・・・・・」
管理人さん「最近元気がなかったのも、そのせいですか?」
「・・・・分かりましたか?」
管理人さん「ええ。お仕事から帰ってきても、どこかボーっとしてましたし。私が声をかけても、通りすぎて行ってしまった事もありましたから」
あからさまじゃねーか・・・俺。
「すいません、何か心配かけちゃったみたいで」
管理人さん「いえ。・・・・・でも、尋希さんには、いつも元気な顔でいてほしいですね」
「あ・・・・・スンマセン」
管理人さん「・・・あんまり、考えすぎるのも、よくないですよ」
「・・・そうっスよね。わかってんスけど、どうも気になっちゃうっていうか」
管理人さん「じゃあ今日は、悩みなんて忘れられるくらい、働いてもらおうかな!」
「アハハ、お手柔らかに」
一時間くらい走った所で、車は止まった。
ジェスコ、年末感謝祭の文字が、デパートの屋上に掲げられている。
・・・・・・今日は、忙しくなりそうだ・・・・・。
両手に花・・・・いや、両手に買い物袋を持ち、管理人さんの後についていく。
本当についていくのがやっとだ。
「お、女の人って、タフですね」
足取りの軽い管理人さんに、そんな言葉を投げかけてみる。
管理人さん「そうですねぇ。ほしい物を手に入れるためなら、女はどんなことだって出来ますから」
その言葉、今の俺にはすげー良く分かる・・・・。
「ほんっとに、すげーな」
俺は夕日の中に、今日見てきた数多の英雄(バーゲンに来ていたおばちゃん)たちの姿を見ていた。
管理人さん「今日は本当にお疲れ様でした」
「いえこっちこそ、いい気分転換になりました。」
互いに挨拶を交わし、俺はその場を去ろうとした。
管理人さん「尋希さん」
後ろから、管理人さんに呼びかけられる。
「はい?」
管理人さん「悩んだ時は、一人で抱え込まないで、誰かに甘えても、いいんですよ」
「・・・・・・はい・・・・・・ありがとうございます」
部屋に戻った時には、すでに午後8時を過ぎていた。
「疲れた・・・・・・1時間くらい寝よう」
茨蔓に会いに行くまで多少時間がある、今日の疲れを考えて、一時間の仮眠をとることにした。
フトンに入るとスッと瞼が閉じてきた。
「ん、んん・・・・・何時だろう」
だいぶ熟睡した。
さっきまでのダルさは体から抜け、頭もすっきりしている。
「1時間でも、寝ると違うな」
グッと背伸びをし、ケータイの時計を確認すると
「22時40分・・・・・・・寝過ごした!!」
23時の約束。
「とばしても微妙だな」
とりあえず出発だ。
俺はバイクのキーを持ち、駐輪場へと向かった。
バルン!
ドルドルドルドル
ドルドルドルドル
・・・・・・・。
ヒロ君が助けに来るの、絶対待ってるよ・・・・。
・・・・・・・。
一人で抱え込まないで、誰かに甘えてもいいんですよ・・・・。
・・・・・。
そういえば瑠璃華先輩にも、元気出せーとか言ってダブルチョップ食らったな・・・。
「俺、何か情けねーな。みんな気使わせて、心配されて・・・・。しっかりしろよ俺・・・」
ドルドルドル
ドルドルドルドル
夜瀬山に着いた時刻は22時50分。
ハイキングコースを全速力で登り、なんとか11時に
「間に合った!やれば出来るじゃないか俺!」
茨蔓「疲れてるみたいだけど、大丈夫?」
一足違いで、茨蔓が到着した。
「いやさ、気がついたら時間ギリギリでさ、急いできたから」
茨蔓「遅れても大丈夫なのに」
「時間には厳しい男ですから」
茨蔓「昔は良く遅れてきたのに?」
「昔は足がなかったからだろ。だからバイク買ったんだし」
昔話に花が咲き、時間はあっという間に過ぎていく。
:昔話追加
茨蔓「ねえヒロくん」
「何だ」
話しが一段落したとき、茨蔓がそう口を開いた。
茨蔓「彩乃ちゃん、どうなったの?」
「ああ、電話してるんだけどさ。出ないから、連絡待つことにした」
茨蔓「お家には行ったの?」
「俺さ、あいつの家、知らないんだ・・・・」
茨蔓「誰か知ってそうな友達とかは?」
フルフル
俺は首を横に振った。
「良く考えるとさ。俺、あいつの事なんも知らないんだわ。仲良かった友達も、自宅の場所も、家族の事も・・・・・・・あいつの気持ちも・・・・・・なんも、さ」
茨蔓「ヒロくん・・・」
「そう考えるとさ、別に俺が首つっこむことでもないんじゃないかな、って思えてきてさ。何か悲しくてさ」
「結局・・・・あいつにとって、俺はどういう存在だったのかな?」
茨蔓「そうじゃないよ」
「え?」
茨蔓「彩乃ちゃんにとってなんて、今は関係ないと思う。」
茨蔓は、いつになく真剣な表情で話しはじめた。
茨蔓「大事なのは、ヒロくんがどうしたいかでしょう。相手の事を考えるのも大事だけど、そればっかり考えてたら、自分のやりたいこと・・・なんにも出来なくなっちゃうよ」
「自分のやりたいこと、か」
茨蔓「ヒロくんは、どうしたいの?」
「俺は・・・・・」
・・・・・。
・・・・・・・・。
「あの寂しそうな顔の訳がしりたい」
・・・・・・・・。
・・・・・・・・。
茨蔓「じゃあ、なんとかしなきゃ」
「どうすればいい?」
茨蔓「それはヒロくんが考えるの!」
「ハイ・・・」
そんな会話をして、茨蔓と別れた。
ドルドルドル
ドルドルドルドル。
「・・・・・・あっ!連絡網がどっかにあった気がする」
中学校のクラス名簿の存在を、ふと思い出した。
「あれがあれば、彩乃の家の電話番号が分かる!」
ドルドルドルドル。
ドルドルドルドル。
ハイスピードで自宅まで飛ばす。
がさがさ。
ごそごそ。
「えーっと。どこあったかなぁ」
ガサガサ。
ゴソゴソ。
「どっかにあった気がすんだよなぁ」
がさごそ。
ガサゴソ。
「あった!」
引き出しの奥の奥、放っておいたら一生発見されないような場所に、それはあった。
「もう3時だし、電話は明日だな」
俺はそう呟き、就寝の準備を始める。
12月11日(土)
ジリリリリ。
ジリリリリリ。
「ん、んあ」
ピッ。
ケータイの目覚ましを止め、何とか起き上がろうとするが、起きるのは体の一部だけだった。
「ああ~、ネムイ・・・」
いつもなら二度寝したいとか言っている所だが、今日の俺は違う!
「電話しなきゃ・・・・」
目を覚ますために顔を洗い、うがいをして、改めて寝室に戻る。
「よっしゃ。イッチョ電話だ」
昨夜発見した連絡網から日比谷 彩乃の名前を探し、電話番号を確認する。
ピポパポピ。
ケータイに、番号を直接入力する。
頼む、出てくれ!
ピッ。
何かに願いをかけてケータイのボタンを押す。
・・・・・・。
「・・・・・・・・・。」
プ、プ、プ、プ。
「・・・・・・・・・・・・」
プ、プ、プ、プ。
「・・・・・・・・・・」
アナウンス「おかけになった電話は、現在使われておりません。番号をお確かめになってから、おかけ直しください」
ピッ。
・・・・・・・。
・・・・・・・・。
「終わった、な。これで俺には何のあてもなし」
一人絶望に浸る。
「ほんとに、待つしかないか・・・・・・」
ピンポーン。
チャイムの音が響きわたる。
一瞬頭の中を彩乃の顔がよぎる。
「ハァ~、知ってるよ、もう引っかからないよ。どうせ期待させておいてドア開けたら期待はずれ~ってやつでしょ。ど~せ」
そんな独り言を言いながら玄関に向かい、ドアを開ける。
画面暗転
彩乃の姉「ちわっ!」
「あ、お!おねえさん!」
彩乃の姉「ん、アタシはあんたの姉じゃないけど」
「あ、いや。スンマセン」
彩乃の姉「鼎」
「え?」
鼎「名前よ、鼎」
「あ、はい」
鼎「今日はちょっと彩乃の事で話しあって来たんだけど。今、平気?」
「はい。大丈夫です、どうぞ」
リビングのテーブル、コーヒーを片手に話し始める鼎さん。
鼎「えっと。どっから話せばいいのかな」
「・・・・・。」
鼎「う~ん。とりあえず、アタシと彩乃が血繋がってないっていうのは知ってる?」
「いえ、知らないです」
鼎「そっか、じゃあそっからかな」
なにやら重い話しのようだ。
(まぁ、予想はついてたけど)
鼎「アタシの父親が再婚したのは5年前、アタシが高校生の時。いきなり女の人連れてきてさ、新しいお母さんだって言われたの。そしたらさ、その女の人の後ろにね、女の子がいたわけさ。いかにも人見知りで無口そうな・・・・・無愛想な子がさ」
「彩乃、ですか?」
鼎「そ。
様は彩乃は、母親の連れ子だったの。
それからすぐ式あげて、一緒に暮らすようになった。
父さん幸せそうだったから、アタシは別に良かったんだけどさ、彩乃のやつ、凄い寂しそうだった。
なんか、生き場所を探す猫みたいに、いつも独り家の中転々としてた。
たまに母親に甘えてみたりしてたんだけどさ。
新婚夫婦の仲には入れなかった。
母親が悪いわけじゃないよ。ただちょっと、だんなに夢中になりすぎてたけど。
それでさ、彩乃悟ったみたいに、独りで居るようになった。
もともとアタシや父さんとは口聞こうとしないしさ、母親はあんまり相手にしてくれないし。
ああ、家族ってこんなもんなのかなって、アタシも思ってた」
「こんなもん、って言うと?」
鼎「ん?なんかさ、それぞれが、独りって言うのかな、なんかバラバラって言うか。
結局、みんな自分が可愛いって言うか、そんな感じ」
「そんなの・・・・」
鼎「家族じゃない?」
「いや、そこまでは言いませんけど。
なんか、寂しいな、って」
鼎「そうね。
でも、そんな感じだったの。
しかも、それに拍車をかけるように母親が死んだ」
「死んだ!?なんでです・・・・・」
鼎「聞きたい?」
「そりゃ、聞きたいです」
鼎「ニュースでは婦女暴って言ってた」
「えっ、それってつまり・・・・・・」
鼎「言ってしまえばレイプかな・・・・」
「お母さんおいくつだったんですか?」
鼎「もう30過ぎ。
まぁ、女なら誰でも良かったんじゃない?」
「ひでぇな」
鼎「ほんとに酷かったらしいよ。詳しい事は聞かされなかったけど・・・」
「それで・・・」
鼎「そっ。」
「じゃあ、彩乃は・・・・」
鼎「それでその時、初めて彩乃の方から話しかけてきたの。
ここに居てもいいの?って。
ほんとに消えそうな声で」
「彩乃・・・」
鼎「その時思った。
この子はほんとに寂しいんだ、そばにいてあげなきゃ、ってね」
「・・・・・。」
鼎「でも、それもしてやれなかった」
「え、何でですか?」
鼎「父さんがね、おかしくなってさ。
放心状態ってヤツかな、いつもボーっとして、自分の妻の名前呼んでるんだ。
彩音、彩音、って」
どうやら母親の名前は彩音さんと言うらしい。
鼎「それでさ、仕事も行かなくなって、しょうがないからアタシが高校辞めて働き始めたわけ」
「それで、彩乃といられなくなったと」
コク
鼎さんは無言で頷き、話を進めた。
鼎「なるべく早く帰るようにしてたんだけど、家族3人の生活かかってるから、そうも行かなくなってきてね。
まぁ、そんな感じで1年経って、2年経って。
彩乃も高校に上がったころになると、だいぶ父さんも回復して、仕事もするようになった。
そこで終わればよかったんだけど、まだ終わらなかった」
「まだ、なにかあったんですか?」
鼎「うん。
彩乃がさ、似てきたんだ、母親に。
最初はちょっと似てきたなって思ったくらいだったんだけどね。
最近はそっくり。
もうなんか生き写しって感じで。
違う所は、髪型と・・・・・笑顔がない所くらい。
あの人は綺麗な長髪で、いつもニコニコしてる人だったから・・・・・・・」
「似てきたのが、いけないことなんですか?」
鼎「それ自体は別にいいんだけどさ。
やっと落ち着いたと思ってた父さんがさ、ある日突然彩乃の事、彩音って呼ぶわけさ。
彩音、お帰り。ずっとどこ行ってたんだ?寂しかった、って。
彩乃、どうすればいいのか分からなかったんでしょうね。
部屋に閉もって。
それでも父さん寄ってきて、挙句、家出した訳」
「それがこないだの事ですか」
鼎「そういうことさ。
これでウチの家庭問題の説明はおしまい」
「なんで」
鼎「ん?」
「なんでそんな所に、彩乃を連れ戻したんですか・・・・」
半分は自分への怒り。
もう半分はわからない。
なんともいえない感情が、俺の中へ流れ込んできた。
鼎「そうしないと、父さん話も聞いてくれないから」
「だからって」
鼎「3人で話しあえば、なんとかなると思ってた。
でも、無理だった。
お父さん、完全に彩乃のこと自分の妻だと思ってる」
「・・・・・」
鼎「何とか彩乃に・・・父さんにとっては彩音さんに、相手にされようと頑張ってるよ。
結局、父さんも寂しいんだと思うんだ。
可愛そうな人なんだと思う」
「でも、だからって彩乃がそんなんじゃいけない」
鼎「だからさ。
彩乃を、救ってあげて。
それが出来るのは、私じゃなくて、あなただと思う。
・・・・・一度でいいから、あの子の笑った顔が、見てみたい・・・・・」
「・・・・行きましょう。
彩乃の所へ」
鼎「え?」
「俺を彩乃の所へ連れて行ってください」
鼎「・・・・うん。」
こうして俺は、鼎さんと共に彩乃の家へと向かった。
彩乃を、暗闇の檻から救い出すために・・・・・。
人間は、誰かにすがっていなければ生きていけない。
家族に、恋人に、友達に・・・・・・・。
「彩乃は、誰にもすがれないでいたんですね」
鼎「だから君に、すがりたいんだよ」
「・・・・・・・俺に・・・・・」
鼎「そっ。
だって彩乃、寝言でアンタの名前呼んでたよ。
あっ、ハァ、ハァ、ヒロ~、って」
「えっ!?」
鼎「あっ、赤くなった!」
「ちょ、からかわないでくださいよ。
こんなときに」
鼎「まぁ、名前呼んでたのは確かだよ」
「・・・・彩乃・・・・」
車の中、彩乃の事ばかり考えている俺。
「あ、そういえば。一つ聞いていいですか?」
鼎「ん、なに?」
「最初に鼎さんがウチに来たとき、彩乃が驚いてた事。
なんで彩乃がウチにいるのが分かったのか、ってヤツです」
鼎「ああ、そのこと。
アンタの事は彩乃から何度か聞いてたし。
アタシ役場で働いてるから、名前が分かれば住所はばっちりだし。
んでアンタん所の管理人に聞いたらニコって笑って、彩乃ちゃんですか。
来てますよ、って言うから確定じゃん」
「あ、そっスか。
結構頑張って探したんスね」
鼎「まぁね。
あ、そろそろウチ着くから、心の準備でもしときな」
「あ、ハイ」
これから俺は、彩乃に会うことになる。
最初になんて声かけよう。
久しぶり、とかでいいのかな。
でもなんかさっきの話聞いちゃうとそんな明るく出来ないしな・・・・・。
「そういえば、彩乃は俺が来ること知ってるんですか?」
鼎「いいや。言ってない。ついでに父さんにも言ってない」
「それってまずいんじゃないですか?」
鼎「なんで?」
「だって、お父さんのほうからしてみれば俺は奥さんを奪いに来た愛人みたいなもんですよ」
鼎「じゃあ、やめる?
もうウチの前だけど」
そう言って車は歩みを止めた。
「・・・・・・・・・。
いえ、行きます。
彩乃に会いたいですから」
鼎「よく言ってくれたね。
ありがと」
俺は決意を決め、車を降りた。
外門の仕切りをくぐり、邸宅に目をやる。
さすが田舎の屋敷だけあって、敷地だけは無駄にでかい。
鼎「やたらに広いでしょ。
これ維持するのにだいぶ税金取られるのよ」
「はぁ」
鼎「でもまぁ、税務課のお偉い様方にちょっとおねだりすれば、払わなくていいからねぇ。
女っていいわよねぇ」
「・・・・・・・」
職権乱用。
「・・・女って、怖いっスね」
鼎「その 女 を、これから助けに行くんだけど」
「いや、まぁ・・・そっスね」
鼎「入るよ」
「あ、ハイ」
鼎さんに導かれ、家の中へと、足を踏み入れる。
ガラガラガラ
「おじゃましま~す」
若干泥棒の気分で、声が小さくなる。
鼎「こそこそしてないで、堂々としてればいいんだよ」
「いや、でも何か、緊張しちゃって」
鼎「大丈夫?そんなんで。」
さっきの決意はどこに行ったのやら。
緊張しまくりの俺に、心配そうな声で聞いてくる鼎さん。
鼎「しょうがないな」
ふわっと顔を近づけ、俺の頬を暖かい手で押さえてくれる鼎さん。
そして・・・。
鼎「ほら。しっかりしなさい。男の子でしょ」
安心する声で、そう囁いてくれた。
「・・・・あ、え、はい」
なんだかちょっと恥ずかしい。
鼎「どお、元気100倍かな?」
「はい、30倍くらいです」
鼎「あらら、じゃあもう少しサービスする?」
「いえ、結構です」
鼎「そっ、じゃあ行きましょ」
あっさりと言い残し、鼎さんは歩を進める。
・・・・・・・・。
・・。
無言で歩き続け、屋敷の最も奥の部屋の前で立ち止る。
「ここですか」
鼎「そ、ここが彩乃の部屋」
コンコン
鼎「彩乃、入るよ」
・・・・・・。
返事がない。
ガラッ
「・・・・・・・」
鼎「・・・・いない」
「トイレとかじゃないですか?」
鼎「いや、今通ってきたけど誰も入ってなかった」
「じゃあ買い物とか」
鼎「まさか・・・・」
ドタン!
「二階!!」
天井の向こうで、何かが倒れる音がした。
ダッ
鼎「やっぱ父さんの部屋か!」
鼎さんの言葉より早く、俺は走り出していた。
鼎「二階の左側、一番奥の部屋だ!」
後ろから鼎さんが場所を教えてくれた。
階段を登り、左にまがって、一番奥の部屋。
ガチャガチャ
「ちきしょ!鍵かかってやがる」
鼎「蹴り破れ」
後から来た鼎さんがそう叫んだ。
「ハイ!
ゥオラァ!」
バコン!
音を立てて、扉は内側に倒れた。
「!!!」
鼎「父さん、何してんの!!」
そこで見たもの。
無精ひげを生やした男が、嫌がる少女に覆いかぶさっていると言う悲惨な映像。
俺の中に一瞬、殺意が目覚めた。
抑えきれない激情と、それを抑えようとする理性と、おかしいほど冷静に、状況を分析する頭。
そんな状況の中で俺は。
ダッ
映像の中に、拳を握り走り出していた。
ゴスッ
そんな文字が似合うような音がした。
人が殴られる音・・・・。
俺は映像の中の男の顔に自分の拳をめり込ませた。
男は力なく倒れて行く。
その動きがはっきりと捉えられるほど、俺の五感は鋭くなっていた。
バタンッ
「アンタが今しようとしたことは、アンタの奥さんを殺した奴らがやったのとおなじ事だ!」
彩乃の父「あ、彩音はここに居る。僕の彩音は、ここに居るんだ!!」
グッ
再び拳を握る俺を、鼎さんが押さえつける。
鼎「もう、いいよ」
そう言われて、俺の体から血の気が引いた。
「っ!」
振り返り、震えている彩乃の方を見る。
「彩乃・・・」
彩乃「っ!」
「彩乃」
彩乃「来ないで!」
「俺だ、しっかりしろ!」
彩乃「イヤッ」
ガバッ
タッタッタッタ
「彩乃!」
彩乃は驚いたような声を上げ、そのまま部屋を出て行った。
「っくそ!」
俺も彩乃を追いかけて部屋を出る。
去り際に後ろを見た先には、さっき俺が撲った男を抱きしめている鼎さんが見えた気がした。
ハァ、
ハァ、
ハァ、
「あいつっ、どぉこ行ったよ、ちきしょう」
自分の体力の無さが嫌になる。
ゼェ、
ゼェ、
ゼェ、
「ハァ、ハァ。
っ、勢いで出てきたはいいが。
ハァ。
彩乃、どっち行ったよ?」
俺が家を出た時には彩乃の姿は無かった。
「はぁ~。
家を出た事はわかってんだよ。
でも、その後どっちいったかわかんねーんだよ。
ちきしょう、この野郎。
どうすんだ俺ぇ~」
道端で一人叫ぶが、当然答えは返ってこない。
「探すしかないか・・・」
俺は走った。
ただ闇雲に。
何かもっと効率的な探し方があるだろうに。
自分の家まで帰ればバイクがあるのに。
彩乃の家の車を借りることだって出来たろうに。
・・・。
それでも俺は、走っていた。
何故だか自分に問いかけても、答えはない。
でもなぜだか、走り続けた。
彩乃に会いたくて・・・・・・。
「彩乃・・・」
心の中で、何度も名前を呼んだ。
口に出して、何度も何度も叫んだ。
時間だけがただ過ぎて、体力も底をついた。
それでも走るしかなかった。
この街のどこかに居るであろう、彼女を思って・・・・。
いつしか日は落ちていた。
もう走る気力がない。
それでも歩いて、彩乃を探す。
いつも間にか、見知った所にたどり着いていた。
夜瀬山ハイキングコース。
「・・・・・・・・・・」
いつもなら、ここに来ると思い出すのは茨蔓の顔。
でも今日は違った。
「彩乃が、呼んでる・・・」
夢遊病者のように、ふらふらと歩き出す俺。
・・・・・・。
暗闇の中ただ闇雲に歩き回り、自分がどこを歩いているのかさえ理解できなくなっていく。
「ここは、どこだ・・・・・・・・?」
普段なら、決して迷う事などないこの道。
いつのまにかわき道にそれてしまったのだろうか。
「・・・・・」
何かおかしい・・・・。
12月だと言うのにむし暑い。
熱帯夜。
そんな言葉が似合うような感じ・・・・。
「どこだ、ここ・・・?」
改めて回りを見渡してみると明らかにおかしい。
いつも来ている森なのに、どこか違う・・。
暗い森。
星も見えない。
風も吹いていない。
時間の流れさえも感じられない。
まるで、どこか違う世界に迷い込んでしまったようだ。
「ここは、どこなんだ・・・」
さっきから同じ事を繰り返し口にする。
喉が渇いた。
俺は、再び歩き始めた。
「彩乃」
彩乃の声は聞こえない。
「おかしい」
俺は改めてそう思った。
歩いている自分の足が、地面をけっているはずなのに、その音が聞こえない。
確認のために地面を手で触ってみても、結果は同じだった。
音がない。
そう言えば、自分の声も、頭の中で響いているだけのような気がする。
ゴクッ
いよいよ恐怖を感じ、俺は唾を飲み込んだ。
よく目を凝らして、辺りを見渡してみる。
「ん?」
色が、無い。
暗くてよくわからなかったが、あたり一面、全てのものがモノクロだ。
色があるのは、自分の体だけ。
「どうなってんだ・・・・」
意味がわからない。
音のない、モノクロの世界。
この世界は、俺に何をさせたいんだ。
・・・・・。
・・・・・・・・。
何も聞こえない世界で、俺は一人歩く。
ハァ
ハァ
ハァ
「足が、重い」
ここに来てから何時間経っただろう。
そもそも時間と言う概念がここにあるのか?
俺はポケットに入っているケータイの存在に気づいた。
こんな森の中だ、当然のように電波はない。
画面右上に、20時43分と表示されている。
「今の時間を覚えておいて、また後で確認すればいい訳だな」
一人、行動を確認して、再び足を進める。
斜面になっているので、取りあえず上を目指して歩いているが、頂上と言うものが存在するのかさえ分らない場所だ、どう歩いても大差はないだろう。
「結構歩いたな・・・・今、何時だ?」
20時43分
先ほどと時間は変わらない。
「大方予想はついてたけど・・・・」
どうしたものか。
考えていてもはじまらない。
「歩くしかないか」
不思議なことに、大した疲れはない。
多少足は痛いが、眠気や疲労感といったものが感じられない。
「時間、か・・・・」
時間そのものが存在しないとなると、体にも影響が出ないのか。
わからんな。
ますますわからん。
いったい全体どうしたものか。
うだうだ考えながらひたすら歩いている俺。
・・・・・・・。
・・・・・・・・・・。
なんかもう、歩くのもめんどくさくなってきた。
ドサッっとその場にしゃがみ込む。
・・・・・・・・。
歌?
・・・・・・。
歌が聞こえる。
どこかで聞いたことのある歌。
音のない世界で響く、かすかな音色。
「行ってみるか・・・・・」
歌の聞こえる方向に歩いて行く。
不思議な感じだ。
こんなおかしな場所に居るというのに、俺は至って冷静でいられる。
それはきっと、この場所は、必然的に存在する場所だからだと思う。
その言葉の意味は、自分でもよくわからないが、言葉では表せない、説得力のようなものがこの場所にはある。
空が頭上に広がって、足元には地面がある。
それと同じような存在。
当たり前の場所、そんな感じだ。
・・・・・・・・。
・・・・・。
「この歌、なんだっけ」
確かに昔、この歌を聞いたことがある。
けど、いつどこで聞いたか思い出せない。
歩いているうちに、じょじょにはっきりと聞こえてくる。
やがて・・・・・。
「ここは・・・・・・」
見覚えのある風景が、そこに広がっていた。
「見晴らし台・・・・・」
夜瀬山の見晴らし台そのものだった。
ただひとつ違うところは、相変わらずの、モノクロの風景。
「あれ、歌が・・・・聞こえない」
さっきまで聞こえていた歌が、ここに来たとたんに聞こえなくなった。
まるで、俺をここに呼び寄せていたみたいだ。
「・・・・・・・・・。」
ゴクッ
「茨蔓・・・・・・」
そこに彼女は居た。
いつか見た風景と同じように、彼女はそこに、立っていた。
「あの歌・・・・・茨蔓と初めて会った時に聞いた歌」
茨蔓はこちらに気づかない。
ただじっと、街を見下ろしている。
まるで、尊い何かを見つめるように。
まるで、決して手に入らないものを、欲しがるかのように・・・・。
「茨蔓」
声をかけるが、反応はない。
俺は言葉を発しているつもりだが、それは本当に音になっているのか。
茨蔓に届いているのか。
・・・・・・。
茨蔓の元まで歩いていこうと思った。
「あ・・・」
足が動かない。
今までこの足で、ここまで歩いてきたはずなのに、ぴくりとも動こうとしない。
「茨蔓」
茨蔓「ヒロくん・・・・・」
よかった、聞こえたみたいだ。
茨蔓は、静かに振り向いた。
ゾクッ
まただ、いつかと同じ寒気。
茨蔓の笑顔が、とても悲しいものに見える。
茨蔓「ヒロくん、知ってる?」
「え?」
茨蔓「この世界はね、悲しみで出来てるんだよ」
「え?」
茨蔓「人は人に不干渉。自分が傷つくことを怖がって、他人が傷ついていても何もしようとしない」
「何を言ってるんだ・・・?」
茨蔓「自分を守るのに精一杯で、他人の事を 見ようとしない」
「・・・・・」
茨蔓「自分に都合の良いことにしか、耳を傾けない」
「・・・・・」
茨蔓「この世界は、たくさんの悲しみの声で、あふれているのにね」
「・・・・・・」
茨蔓「これが、世界の現実。ここが、本当の世界。自分以外のものに関心を持たなくてもいいように、存在すべての色を消し、都合のいい音を聞くためだけに、ほかの音をすべて消す。そんな、つまらない世界」
「・・・・・・・」
茨蔓「ねぇヒロくん。ヒロくんは何のために、こんなつまらない世界に生きているの?」
「え・・・・」
茨蔓「ヒロくんなら、わかる?自分がこの世界に生きる意味」
「そんな事分かってる人なんて、たぶん誰もいないと思う」
茨蔓「そうかな?」
「でも、だから、人は必死に生きるんだと思う。確かに、そんな事考えることもあるよ。何で俺ここにいるんだろうとか、何で働いてんだろうとか。でもさ、それが分らないから、がんばって生きてるんじゃないかな。自分が死ぬまでに、自分が生まれた意味を見つけたいから」
今はこんな答えしか出てこない。
確かに世界は醜いかもしれない。
楽しい時間なんて子供の時だけ、大人になってしまえば、思いっきり笑ったり、思いっきり泣いたり、怒ったり、そんな事もなくなって・・・・・回りより自分の事を考えるようになった。
明日なにして遊ぼうかとか、そんな事考えない。
明日も今日と同じ、明後日も今日と同じ、その次の日も、その次の日も、今日と同じ。
日に日に考えるのも嫌になる。
そんな毎日・・・・・・・。
昔はあんなに、明日になるのが楽しみだったのにな。
いつからだろう、こんな考えを持って毎日を過ごすようになったのは。
でも。
「でもね茨蔓。俺さ、今はやりたい事がある」
茨蔓「・・・・・・何?」
「人を、助けたい。今、俺の近くに、すごく寂しい思いをしている人がいるんだ。その人を助けてあげたいんだ」
茨蔓「そっか」
「ああ」
茨蔓「ねぇヒロくん。もう一つ聞いていい?」
「ん、なんだ?」
茨蔓「人は憎しみ合う生物だと思う?」
・・・・・。
少し考えた。
でも、答えはもう決まっている。
「いや、人は助け合う生物だと思うよ」
茨蔓「うん」
「じゃあ俺、そろそろ帰ろうと思うんだけど、どうすればいいかな?」
茨蔓「簡単。そこから飛び下りればいいんだよ」
そこというのは見晴らし台のある崖のことだ。
もちろんそんな所から飛び降りたら命の保証はないと思われる。
けどまぁこんな非常識な場所に迷い込んでるんだし、そう言うのもアリか。
「わかった」
茨蔓「ヒロくん、忘れないでね。ここが本当の世界。ヒロくんたちが見ているいつもの世界は、幻。この世界はいつも、その幻のすぐ近くに、存在しているから」
「・・・・・・。一応聞いておきたいんだけど・・・・ここは、俺が暮らしている世界とは違う場所なのか?」
茨蔓「・・・・・同じだけど、違う場所」
あいまいな答えだ。
「じゃあもう一つ聞いていい?」
茨蔓「何?」
「茨蔓は、なんでここに居る?茨蔓は、いつも俺と会ってる茨蔓と、同じ存在なの?」
茨蔓「私は、ちょっと特別だから・・・」
あまり答えになってないな。
今は知らなくていいという事なのか・・・・。
「ふぅ。そっか」
「見つかるといいね」
「ん?」
「ヒロくんの、生きる意味」
「ああ・・・・・。それじゃ」
「うん」
そして俺は、何の恐怖もなく、そこから飛び降りた。
:暗転
俺はまた、この場所を訪れるだろう。
この、音のない、モノクロの世界を。
なぜかわからないが、そんな気がする。
茨蔓「忘れないでね。この世界はいつも、すぐ近くに存在しているから」
ん、ここは。
回りを見渡してみる。
色はある。
「あ~、あ~~~」
声も普通に聞こえる。
「いつもの森か」
どうやら帰って来たらしい。
時計を確認する。
20時44分。
・・・・・・。
・・・・・。
「彩乃の所に行かなきゃ」
タッ
ハァ
ハァ
ハァ
人は誰かに縋ってないと生きられない。
「彩乃は、誰に縋っていたのかな・・・・・・・・」
一人で抱えこまないで、誰かに甘えてもいいんですよ。
「彩乃は、誰に甘えればいいのかな・・・・・・」
なにも、聞いてくれないんだね・・・・・・・。
彩乃、寂しかったんだな。
「ごめんな、気付いてやれなくて」
俺の頭の中を、走馬灯のように画像がめぐっている。
感情は、言葉にしないと伝わらない。
でも、言葉にしても、伝わらないかもしれない。
だから人は感情を言葉にしない。
自分の望む答えが返ってこないかもしれない・・・・。
相手は、自分の事を理解してくれないかも知れない・・・・・・・・・。
また、傷つくかもしれない・・・・・・・。
そんな事を考えると、人は言葉を発せられなくなる。
そして、自分の殻に閉じこもり、心に鍵をかける。
それはとても堅く閉ざされ、簡単には外れない。
人を信用しようとすると、また傷つく事考え、さらに鍵をかける。
そう言う悪循環で、人は自分の心を、堅く強固に閉じてしまう。
「俺はその鍵をはずしてやらないといけないんだ!」
「人は憎しみ合う生物。そんなの嘘だと思うから!」
見晴らし台についた時には、落ち着いていた息が、また上がっていた。
それを整えながら、彩乃の姿を探す。
先ほど訪れた場所とは、少し違う。
葉のすれる音や、木々の揺れる音、息を切らす自分の声。
すべてが耳に入ってくる。
これが世界だと、その時は思った。
ハァ、
ハァ、
ハァ、
何故彩乃がここに居ると思ったのか分からない。
ただ、彩乃が呼んだ気がしたから・・・・。
そんな根拠も何も無い理由で、俺はここに来た。
でも何故か確信がある。
ここは、特別な場所だから・・・・・。
・・・・・。
・・・・・・・・・。
耳を澄ますと、小枝の揺れ軋む音と共に、微かにすすり泣く声が聞こえる。
「彩乃」
そう囁きながら、声のする方向へと向かう。
そこに、彼女はいた。
太い木に寄りかかり、膝を抱え顔を伏せる、素足の少女が・・・・・・・。
「彩乃」
俺の声に反応し、彩乃は顔をあげた。
その目には涙が滲み、涙を浮かべた瞳からは、恐怖の色が消えていないのが分かる。
「彩乃」
もう一度、優しく呟く。
彩乃「・・・・・ヒロ・・・・・」
消えそうな、風の音にも負けてしまいそうな声が、彩乃の口から出てきた。
俺達は見つめあう。
音が消えたように、辺りは静まり返った・・・・・。
少しの沈黙の後、彩乃が静かに口を開いた。
彩乃「ヒロ・・・・・・人は寂しいとき・・・・・・どうすればいいの・・・?」
涙ぐんだ目で、彩乃は問いかけてきた。
その瞳を見て、俺はこの子を、守ってやりたいと思った。
「寂しいって、言えばいい」
彩乃「・・・人は悲しい時・・・・・・どうすればいいの・・・・・・?」
枯れた喉で、彩乃は訴えてきた。
その声を聞いて、俺はこの子を、抱きしめたいと思った。
「悲しいって気持ちを、伝えればいい」
彩乃「・・・・・・じゃあ・・・・・・泣きたい時は・・・・どうすればいい?」
その震えた声は、俺の心に、確かに届いた。
そして俺は、この子を・・・愛したいと思った。
「そばに居る人の胸で、声を出して泣けばいい」
彩乃「うっ、っく。ヒロっ・・・・・・」
人は悲しみを限界まで心に溜め込む。
人は辛さを極限まで心にしまい込む。
人は悲しみを目いっぱい我慢する。
そんなとき、それらを分かち合うことの出来る者がそばに居てやれば、その人は救われる。
俺は彩乃にとって、そんなヤツになってやれればいいと思ってる。
彩乃はしばらく泣きはらし、俺の胸の中で静かに息をしている。
「お姉さんから、彩乃のこといろいろ聞いたよ。
辛かったな」
乱れた髪を、優しく撫でてやると、彩乃恥ずかしそうに顔を伏せた。
「彩乃、なんか猫みたいだぞ」
彩乃「・・・・・・うにゃ~・・・」
何故だか、彩乃がとても愛おしい。
強く抱きしめれば砕けてしまいそうな体を、離したくない。
そう思った。
「ごめんな、気付いてやれなくて」
さっきの独り言を、本人に伝える。
フルフル
俺の胸の中で、首を横に振る。
彩乃「・・・・・いいよ・・・・・・今は・・・・・結構幸せ・・」
まだ少しかすれている声で、彩乃は呟いた。
「ごめんな・・・」
何故だか、俺の目からは涙が流れていた。
彩乃「泣き虫・・・・・・移っちゃった・・・・?」
彩乃が俺の目をみて、そう言った。
「うっ・・・・そうかもな」
かっこわりいな、俺。
彩乃「・・・・・泣き止むおまじない・・・・・・したげる・・」
そういって彩乃は俺の唇に、自分の唇を重ねた。
彩乃「次おまじないするときは・・・・・・・ヒロから・・・・・・してね」
「・・・・・ああ」
彩乃のやさしい声は、夜の山の中に、静かに溶けていった。
そして夜は更けていき、気が付くと彩乃は、静かに眠っていた。
「彩乃、彩乃」
彩乃「ん・・・・・・・ヒロ?」
「こんな所で寝たら風邪引くぞ」
彩乃「・・・・・・そだね」
「家まで、歩こ」
彩乃「・・・・・・・ヤダ」
「え?」
彩乃「・・・・・・・・おんぶして」
「え・・・いや・・・」
彩乃「だっこでもいいよ・・・・・・・・お姫様だっこ・・・・」
「歩けるんだろ」
彩乃「・・・・・・歩けない・・・」
「ったくもうしょうがねえなぁ。俺が疲れて死んでもしらねぇぞ」
すっとしゃがんで彩乃を背中に乗せようとする。
彩乃「・・・やっぱり歩く・・・・・」
「んあ、そうか」
彩乃「・・・・ヒロが死んじゃったら・・・・・・イヤ」
そう言って、彩乃は俺の先を歩いた。
「イヤ、別に死なないけどさ」
その呟きは、彩乃には聞こえてない。
「って、お前。
裸足じゃねーか」
彩乃の後を追い、無理に背負い上げる。
帰り道、彩乃は決して俺と目を合わせようとしなかった。
恥ずかしいのか、涙で腫れた目を見せたくなかったのか、他の理由があったのか。
その真意は分からない。
でも、お互いの顔を見なくても大丈夫。
お互いの鼓動は、聞こえているから。
彩乃「・・・・ヒロ」
彩乃が俺に話しかける。
「ん、なんだ?」
彩乃「・・・・・・・・・・アリガト・・・」
小さな声、それでもしっかりとした声で、彩乃はそう言った。
こうして、俺の異様に長い一日は終わった。
12月12日(日)
朝、いつもの朝。
そして隣には彩乃が・・・・・・。
「いない・・・・朝風呂か?」
テクテクテク
風呂場へと向かう。
「いない・・・・・トイレか?」
テクテクテク
トイレへと向かう。
「いない・・・・どこだ?」
テクテクテク
再び寝室へと戻る。
と、机の上に手紙らしきものが・・・・。
「気付けよ、俺」
お得意の一人つっこみをかまし、手紙を手に取る。
「なになに。電話あって家に帰る。バイバイ・・・・・っておい!」
一気に目を覚ます俺。
「え、いや。行くしかねぇだろオイ!」
早々に準備をして家を出る。
エスカレーターの前まで来て、ボタンを押す。
「あ!ヘルメット忘れた!」
慌てまくりな俺。
一度家に戻ってヘルメットを手に取る。
「良し。忘れ物ないな。
メット持った。
キー持った。
財布持った。
ケータイ持った。
あの日の思い出・・・・
持った!!
良し、オッケー」
持ち物確認をして、再度出発!
エレベーターはちょうどよくウチの階で到着した。
「よっしゃ。そう、わざわざ忘れ物とりに行ったのはこれが狙いだったんだよなぁ俺」
自分にそう問いかけ、エレベーターに乗り込む。
ブィィィィィ
エレベーターに乗ってる時間が非常にもったいない。
「これもアクセル回せば速くなるとかすればいいのにな」
勝手なことを言っているうちに、一階に到着した。
ドアが開き一回広間に出る。
カツカツカツ
無駄に大理石な床が音を立てる。
管理人室の前を横切ったとき・・・・
???「ヒ~ロキクン」
声をかけられた。
聞いたことのある声に振り返る。
鼎「お出かけ?」
「鼎さん!あ、彩乃は!彩乃はどうしました?」
鼎「え?聞いてないの?」
「な、なにをですか!?」
ガチャ
彩乃「ヒロ?」
管理人室のドアが開き、中から彩乃が顔を出した。
「あ、彩乃!」
バッ
彩乃の顔をみて、抱きしめた。
「良かった。心配したんだぞ」
彩乃「・・・・・・・ヒ、ヒロ・・・・・はずかし・・・」
鼎「あ~あ。
熱いねぇ、冬だってのに」
管理人さん「賑やかですね」
「あっ、管理人さん」
俺は我に返り、彩乃を解放した。
管理人さん「彼、来ましたよ」
管理人さんが、部屋の中に向かって声をかけた。
???「ハイ・・・」
そう言って出てきたのは、彩乃の義父親。
入れ替わりに、管理人さんが部屋へと戻っていく。
何を隠そう俺が昨日撲った人だ。
「え、お、ん、な、なんで!?」
鼎「さっきから暴走してるけど、ちゃんと説明したの?お父さんとアタシ話しして、彩乃がここに住む事になったって」
彩乃「・・・・・・・ちゃんと・・・・・手紙置いてきたよ・・・・・・電話あったから家帰るって・・・」
鼎「・・・・・・・」
「説明たんなすぎなんだよ!お前ん家まで行くところだったよ!」
彩乃「だって・・・・・・めんどくさかったから・・・・・・」
「そうかい」
呆れて言葉も出ない。
つーか俺抱きついたりして、メッチャ恥ずかしい人じゃん。
彩乃の父「尋希クン」
「あ、ハイ」
昨日とは打って変わって、目がはっきりしている。
彩乃の父「昨日君に撲られてやっと我に返りました。
私はまた過ちを犯す所でした。
ありがとう」
「あ、いえ。
昨日はスンマセンでした」
なんだよ、めちゃめちゃいい人そうじゃん。
真面目そうな人が、一番怖い。
案外間違ってないのかもな。
彩乃の父「それと、彩乃の事、よろしくお願いします」
「はい?」
彩乃の義父「昨日あの後鼎と話し合い決めました。
彩乃が私の事を、父親として見てくれるまで、距離を置こうと」
「それで、彩乃はここに住むと」
彩乃の父「はい。なのでそれまで、彩乃のそばに居てあげてください。
この子には、甘えられる人が必要なのです」
そう言って、頭を下げた。
「ちょ、止めてくださいよそんな。
そんな事頼まれなくても、俺は彩乃のそばに居てあげたいと思ってますから」
彩乃の義父「よろしくお願いします」
「それに、そういうのは彩乃本人が決めることです」
鼎「彩乃はどうしたい?」
優しい声で、鼎さんがそう聞いた。
彩乃「・・・・・・・・・・」
カツ、カツ
ギュ
彩乃は、一歩、また一歩俺に近づいて来て、服の裾を軽くつまんだ。
彩乃の義父「・・・・・・・・・・」
彩乃の義父は少し寂しそうな顔をしたが、何も言わなかった。
少し残酷な事をしたかもしれないという思いから、軽い罪悪感が芽生えた。
でも、今はこれでいいんだと、自分を納得させることにした。
鼎「それじゃ、お父さん。
行こっか」
彩乃の義父「ああ。
・・・・・それでは、また」
「あ、はい」
彩乃「・・・・・・電話・・・・・するね」
彩乃の義父「・・・ああ」
軽い挨拶を交わし、彩乃のお義父さんたちは去っていった。
二人の間に、無駄な言葉はいらないのだろう。
家でなんの話しをしたかは分からないが、二人が・・・・いや、三人が本当の家族になるのは、そう遠くは無いだろう。
そう感じる。
そして俺達も歩き始めた。
二人で・・・・。
・・・・・。
・・・・・・・・。
「そう言えば、お前の部屋ってどこなんだ?」
彩乃「・・・・・ヒロの部屋の・・・・・隣・・・」
「・・・・・・・ほぉ・・・・」
彩乃「毎晩・・・・そっちイクから・・・」
「あぁ、ハイハイ」
タッ
彩乃は少し走り、エレベータのボタンを中指でちょっと押した。
一階に居たエレベーターは、すぐに扉を開いた。
「まってくれよ~」
彩乃「・・・イヤ」
彩乃が入り、すぐに扉は閉じられた。
俺がボタンを押したときには時すでに遅し、上へ向けて発進しようとしていた。
窓越しに、彩乃が何か言おうとしている。
彩乃「・・・・ス・・・・キ・・・・」
―エンディングムービー
いつもの場所で、俺は茨蔓に、彩乃との事を大まかに説明した。
茨蔓「そんな事があったんだ」
「ああ、ありがとな。茨蔓の言葉があったから、出来たことだった」
茨蔓「ううん、違う。ヒロくんが自分で決断して、自分で行動した結果だよ。私は何にもしてない」
「そんなことないよ。もし、そうだとしても。ありがとうを、言わせてくれ」
茨蔓「う~ん。分かった」
「ありがと。あ、何かお礼しなきゃな」
茨蔓「ホント!じゃあ、約束、しよ!」
「ああ、いいよ。なんの約束?」
茨蔓「んとね、私がお願いした時にチューして!」
「ん、んん。まぁ、いいよ」
茨蔓「うん!じゃあ、約束!」
俺達の間に、また一つ約束が増えた。
結局あの世界での出来事は話さなかった。
あそこが何処なのか、あそこにいたのが本当に茨蔓だったのか。
今は、わからない。
でもいずれ、わかる時が来るのだろう。
そんな気がする。
・・・・。
・・・・・・・。
今日も、きれいな景色だ。
夜の灯火は、悲しみの光なのかもしれない。
幾多の人の悲しみが織りなす、悲しみの音色。
夜の山に届くかすかな旋律。
夜を想うたくさんの想いが作る歌が、聞こえるようだ。
街を見下ろし、俺はそう思う。
隣には茨蔓がいる。
いつまでこんな時間が続くかはわからない。
ずっとは続かない、それは分かってる。
でもしばらくは、この時間が続くと思う。
そんな気がする。
そして、またいつもの夜が終わる。
―次回予告