第九話 兄弟
「赤鬼……?」
「俗にいう腐乱死体ってやつさ」
無表情で尾関が言う。
「おい波多、応援を呼べ。あと、そこの少年は家に送り届けておけ」
「わ、分かりました。うぇっ……」
波多の方はまだ体調が優れないようだ。
まぁ、無理もないだろう。腐乱死体なんて滅多に出くわすことがないからな。
何故、俺が平気そうに自我を保っているかって?
そういえば何故だろう。俺には特に不快に感じる臭いはしないんだよな。
「あなた……よく平気でいられますね」
鼻を摘まみながら波多が話しかけてきた。
「最初来たときは驚きましたがね」
「その冷静さが怖いよ……全く、どちらが警官かわからないや」
時折むせこみながらも、元来た道を歩いていった。
駐車場まで戻ると、さっきよりも多くのパトカーや消防車、救急車が止まっていた。
俺を見るたび嫌な顔をされる。
「とりあえず、今日は帰った方がいい。後日伺うと思うけど」
ため息をつきながら運転席に座り込み、家まで送ってくれた。
「お疲れ様、ちゃんと言い訳を考えておくんだぞ」
「は、はぁ……」
少しにやけながら彼は一礼し、そのまま去っていった。
家に帰るや否や、家族が心配そうな顔でこちらを見る。
だが、俺は無言で自室へと駆け上がっていった。
とにかく、一人にしてほしいんだ。許してくれ……。
自室に着くと、そのままベットへと倒れこむ。
言い訳って何だよ、さばとらについていって偶然見つけただけなんだって。
俺は殺してないぞ。殺してないからな。
第一、俺が死体遺棄やら殺人をしたという証拠はない。
だが、容疑で逮捕されたら……?
確実に戸籍に残っちゃうな。
……それは勘弁してほしいよ。結婚できなくなる確率が高まるじゃないか。
どうしよう、このままじゃ捕まるだろうな。
困り果てていると、部屋の戸を叩く音が聞こえた。
二つ返事で答えると、そこには弟がいた。
俺の弟の名前は隼という。
兄弟の中では末っ子だが、もう中三である。
俺より少し背が高く、バドミントン部の副部長をやってるとかやってないとか。あまりよく知らない。
あっ、背については何も触れないでくれ……頼む。170cm超えてないとか言えないから、ほんと。
「何があったんだ兄さん」
「うーん、厄介ごとだよ」
欠伸をしながらそういうと、弟は小さく息をついた。
「警察が来てたからそれぐらい知ってるよ」
「だろうな」
「母さんが言うには、死体を見つけて色々あったと」
「そうそう、大変だよ」
「兄さん……捕まっちゃうのか?」
その震えた声に、俺は事の大変さを改めて理解する。
「それは…ないと思うよ。多分」
「確証はないんだね」
「え……まぁ……あんなふうに扱われたらね」
言葉に苦しむ。
弟まで俺を問い詰めるとは思わなかったよ。
「でも、兄さんは何も悪いことしてないんだろ?」
「そう、なんだけどね。警察には疑われてる」
……数秒の沈黙が流れる。
先に口を開いたのは弟だった。
「何も悪いことをしてないと言い続ければ、信じてくれるよ」
自信無さげな声でそう言った後、部屋を去っていった。
「……何やってるんだろうな俺」
頬を伝う涙は、襟を滲ませる。
その色はまるで石榴石のような暗赤色を帯びていた。
「ははは、血が流れ出てるよ。このまま死ねないかな。死ねたら楽なのに」
手で少し掬うと、すぐに乾いて手に貼り付いた。
「あぁ、夢だけでいい。せめてこの気持ちを消し去ってくれよ」
枕に顔をうずめ、死んだように眠りについた。