第八話 赤鬼
「そういえば、その死体ってどこにあったの?」
「あぁ……それが――」
これまでの経緯を話す。
「……さばとらについていったらその死体が?」
「そうなんだよ。だから怖くて……」
「そういう時はね、こうした方がいいわ」
おもむろにスマホを取り出し、電話をかけている。
「誰にかけてるの?」
「警察よ、彼らが来れば手っ取り早いじゃない。あーもしもし」
け、警察……!?
さっきもそんなことを言ってたけど、誰がこんな話を信じてくれるんだ。
『事件ですか? 事故ですか?』
「えーっと、事件になるのかな? 息子が死体を見たらしいんです」
『通報する何分前のことですか?』
「どれぐらいだろう……ねぇ正輝、何分前に見たの?」
いきなり話を振られ困惑する。
そんな、正確な時間なんて見てないよ……。
「えー、1時間ぐらいかな」
「1時間前だそうです。えぇ」
『番地は分かりますか?』
「ば、番地?」
母がこちらを見やる。
そんなことを聞かれてもわからない、と目で訴える。
「ごめんなさいね……ちょっと離れた山奥としか言いようが……」
『近くに建物はありますか?』
「建物……」
首を横に振る。
というより、俺が説明した方が早いんじゃ・・・
「なかったそうです。あっ、都道33号沿いだと思うわ」
余計なことを言いやがって……。
まぁ、合ってはいるけどさ。
都道33号とは、東京と山梨を繋げる道のこと。山梨では県道33号になる。
さばとらを遊ばせたところは、そこの近くを流れる秋川という所だ。
一応、俺の住んでいるところは東京である。
こんなド田舎で東京と名乗っていいか微妙だが……。
「今? 家にいます。名前は西園由子です。息子は正輝です。住所は、あきる野市 五日市町……はい、分かりましたー」
そうして電話を切る。
「家に来るって」
「はぁ……また説明しないといけないのか」
あやふやに話すと俺が犯人みたいだよな。
でも、そうとしか言い様がないし……、いっか。
*
しばらくすると、警察がこちらへやって来た。
「通報された方ですか?」
「えぇ」
「わたくし、五日市警察署の尾関と申します」
白髪混じりの膨よかな中年男性だ。
正直、警察官っぽくない。
「で、この方が死体を見たという息子さん?」
「は、はい」
「では、ここで立ち話もなんですし、車へどうぞ」
運転席にいる警察官に一礼し、パトカーに乗り込んだ。
「いきなりで悪いが、その死体はどこで見つけたんだい?」
「それが……鳥居の先としか言い様がなくて……」
「鳥居ねぇ」
助手席に座った若い男がポケットから地図を取りだし、神社を探している。
「この辺の神社だと阿伎留神社しか思い付きませんね。しかし、ここは観光地ですし……」
「俺が見た鳥居はもっと檜原寄りでした」
「檜原? あの辺に神社なんかありましたっけ?」
道沿いを見てみるが、神社らしきものはない。
すると、尾関がこう言った。
「それ、道祖神じゃないか? あの辺は多い」
「あー、そんなものもありましたね。ちょっと走らせてみましょう。一応だけど、そこの君、本当のことを言っているよね?」
「えっ……もちろんですよ。嘘の通報したら捕まりますし」
「まぁ、そうですよね」
笑いながらシートベルトを着けるよう指示される。
「ちなみに、どんな感じの鳥居か覚えているか?」
「そうですね……バリケードらしき物がありました」
「ほう、そんなところに入ろうとするとはまだまだ若いねぇ。ははは」
それは誉めているのか?
……気にしたら負けなような気がする。
「とりあえず33号を直進しよう。見つけたらすぐに言うんだぞ」
5分ほどで遊ばせた川のところへ出た。
「あっ、多分この辺です」
「川の駐車場に止めるか」
そのまま駐車場へ止め、車を降りる。
休日ということもあり、自家用車が多くあるせいでパトカーがより目立って見える。
記憶を便りに道を進むと、その鳥居はあった。
「ここか。ずいぶんと寂れたものだ」
バリケードを掻い潜り、山奥へと進む。
俺が先導していくと、文句を言いながらも死体の近くへたどり着いた。
さっき来た時より短かったような気がする。
「あそこです」
黒い塊のところを指差す。
「あー、一応言っていたことは本当だったんだね。おじさん、ここで殺されちゃうかと思ったよ」
本当コイツは警察官なのか?
冗談が全然笑えないって……。
「波多ちゃん、初めての死体……見てみる?」
「え、あぁ……。もう嫌な予感しかしない臭いがするのですが」
先ほどまで運転していたのは「波多」というのか
そういえば、彼は自己紹介してなかったな
物怖じせずに尾関は死体に近づいていく。
「晩秋だというのに臭いがキツいね。あの少年がピンピンしているのが不思議でならんな」
波多はへっぴり腰になりながら着いていっている。
「お、尾関さん……。何も装備しなくて良いんですか?」
「見るだけなら大丈夫だ」
死体がもろに見える場所まで来た。
「だ、ダメ……うぐっ」
波多がその場で口を押えながら吐き出した。
俺は特に何も感じない。
臭いなんて何もしないじゃないか。
「ほう、こりゃ凄い。赤鬼だね。それも、二人だ」