第五話 想起
「ただいまー」
「あら、おかえり」
母が食器を洗いながら返事をする。
弟と妹は、ゲームをしているのでいつも返事をしてくれない。
……そういえば、猫もいないな。どうしたんだろう
猫を探しに二階の自室へと向かうと、俺のベットに堂々と寝っ転がっていた。
「全くもう、さばとらー、そこは俺の場所だって」
この名前は、妹がつけたものだ。
見た目の通り、さばとら柄であったかららしい。
ネーミングセンスはさておき、こうやって寝られるとなかなかどいてくれない。
下手にどかすと威嚇されるわ引っかかれるわ……面倒な猫である。
去勢したのに性格は丸くならないもんだな……。
「さばちゃんどいてよ、俺が寝れないだろ?」
お腹をモフモフしながら呼びかける。
しかし、全く動こうとしない。
「退かないと抱きつくぞー? ほれほれ」
肉球を触りだすと、さすがに嫌がって攻撃してくる。
素早い2連続パンチ。2回目は爪を出してくるので普通に痛い。
だが、それでもめげずに虐めていると、向こうが折れてベットから降りた。
完全にふてくされている。
「はぁ、やっと寝れるや」
布団にもぐり、今日のことを思い返す。
これは物心ついた時からの習慣だ。
……しかし、今日は色々な出来事があったな。
イケメン教師との会話で一時間目が潰れたことや、滅多に自分から過去を話すことなんてないのに話してしまったし。
岸辺と蜂ヶ峰が裏で繋がっている説だとか。
はー、思い返すだけで寝れそうにないな。
あっ、そういえば……。
二年ほど前に岸辺から魔除けのキーホルダーを貰ったな。
その時はまぁ、恋愛関係で色々ありましてね。
思い悩んでいた時に、誕生日プレゼントとして貰ったものだ。
岸辺曰く、「今、一番叶ってほしいことを明確に願えば叶えてくれるよ」とのことで。
半信半疑に『一ヶ月以内に嫌いな彼女を目の前から消してくれ』と願ったところ、二週間足らずでそれは叶った。
嫌いな彼女は精神疾患にかかり、それ以来学校には来ていない。
叶ったことに気付いたのか、岸辺が慌てて駆け寄ってきた。
なんか意味分からん事言ってたな。
「私のを解いた後にかけなおすなんて恐ろしいやつだ」とかなんとか。
俺は言ったとおりに願っただけだ、と言ったんだけど信じてくれなくて10分ぐらい怒られた。
ただ、なぜか怯えているようにも見えたな。
……不思議ちゃんとは思っていたけど、あの時だけはいつも以上に変だった。最初に会った時も俺の目を覗き込んではニヤニヤしてて変だとは思ったがな……。
後から聞いた話では、「俺の目が煙水晶みたいで綺麗だったから眺めてみた」という適当な返事であったが。
そうそう、アイツの変なところといえばまだある。
俺の名前だけなぜか名字で呼んでくれないんだ。他の人は苗字を呼び捨てで呼ぶんだけどね。
理由を聞いてみても、「その名前は言いたくないから」としか返してくれない。
そして、とても怪訝そうな顔をする。
過去に俺と同姓のやつにでも虐められたのかな?
あまり詮索するのもかわいそうなので、触れないでいる。
はぁ、明日ひょっこりと顔を出してくれればいいんだけどな。
もしかしたら、忌引きで休んでいるだけかもしれないし。
布団から顔を出し、岸辺から貰ったキーホルダーを手に取った。
謎の文字列と図形が黒字で書かれている。
「サミジ……ナ?」
円形に書かれた文字を読み上げるが、意味は解らない。
そうだ、これって願いを叶えるものだったよな。
ならば、『岸辺たちの居場所を教えてくれ』と願ったら叶えてくれるのだろうか。
あの時のように――
僕は枕元にキーホルダーを置き、そのまま深い眠りへとついた。