第三話 オッドアイ
「……しかし、岸辺さんが来ないのは不安だな」
「どうしてですか?」
「2年以上休まずに来ていた子が、いきなり断りも入れず1週間近く休んだら心配になるよ」
――岸辺恵未
彼女の顔を一目見たら忘れられないだろう。
右目は淡い茶色、左目は空のように透き通った青色である。
人間では珍しいオッドアイだ。約1万分の1の確率らしい。
すらっとした容姿でありつつ、胸もそれなりにある(大きいと思いたい)
その目のせいか、入学してすぐ先輩たちに『色盲のやつは工業来るな』と言われていて本人は困惑している様子であった。
出願前に必ず色盲のチェックを受けるので、もし色盲だったらそこで篩に落とされることを先輩たちは知っていたはずだ。
物珍しさからちょっかいかける迷惑な連中だな、とは思っていたが行動には移せなかった。
今でも自分は情けなかったと思っている。
その時、助けたのが枝野であった。
恰幅の良さからか、先輩たちは怯えて逃げてしまった。
それ以来、彼女は枝野のことを尊敬している。
いや、絶対付き合ってると思う。
彼女はAOでT大学の理工学部に行くことになってるし、彼もT大学に受験しようとしているからな。
俺でも少し羨ましく思える。まぁ、才能の差は努力じゃ埋まらないものだし仕方ない。
「多分大丈夫ですよ、何なら枝野に聞いてみては?」
「いや、君が聞いておいてくれ。君なら仲もいいだろうし、僕が生徒に深入りしてハラスメントと言われても嫌だからね」
やっぱり彼女を気に入っているんだな。
そんなに気になるなら自分から聞けばいいのに。
「おっと、もう時間か。あっという間でしたね」
先生は腕時計を見ながらそういった。
はぁ、やっと終わったよ。
次は現代文か……やっと寝れる。
「では、お気を付けて」
パソコンに向かって次の授業の準備をしている先生を尻目に、俺は教室から出た。現代文は、枝野と一緒だ。
2ー4の教室に行くと、枝野は手を振って俺を呼び寄せた。
「……なんだ」
「プログラミングに岸辺いなかったか?」
「俺しかいなかったよ」
それを聞いた彼は落胆していた。
「ここ1週間ぐらい連絡が取れないんだ」
「えっ」
彼なら何かしら知っていると思ったが、知らないとなると厄介だな。
小倉先生にどう説明しようか……。
「俺、嫌われちゃったかな」
「疑う節があるのか?」
「ない、と思う。けど、こんなことなかったからさ……」
涙声になりながらも彼は話し続ける。
「丁度さ、同じ日からずっと休んでる男子がいるじゃん……もしかしたら、そいつと逃げたんじゃないかって言ってるやつがいてさ……もう……」
今にも溢れそうなほどの涙を浮かべているが、必死に堪えていた。
「そんなことないだろう。アイツと接点なんてあったか?」
その休んでる男子というのは、『蜂ヶ峰崇人』という人物だ。
名前が珍しいから覚えていたが、逆にそれしか知らない。
「……分からない」
「だろ? あり得ないって」
適当に笑い誤魔化す。
「そうだよな、根暗なやつにわざわざすり寄らないし」
袖で涙を拭い、彼も笑って見せた。
また、始業のチャイムが鳴る。
席に付き、再び机に顔を伏せた。
「……ぞの、おい西園!」
「ん……?」
起き上がったと同時に東先生に頭を叩かれる。
「お前なぁ、寝てたら単位やらんぞ?」
「はいはい」
東先生は、なんか俺にだけ厳しい。
あの授業は聞いてるだけでも辛い。ラリホーでもかけてるんじゃないか?
マホカンタで跳ね返してやりたい。
罰として、教科書にある夏目漱石の「こころ」を全文読まされた。
簡単に言えば、先生の長い遺書が書かれた小説だ。
なんでこんなもの読まないといけないんだよ……。
適当に読んで終わって座ると、大きなあくびをした。