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第一話 心中

倒行逆施:道理に逆らって事をなすこと。よこがみやぶり。

――Weblio辞書

"ねぇ、心中って美しいものなのかしら?"


 少女は隣にいた少年に語り掛けた。


 "決して美しいものではない。外見も、内面も。"


 少女は軽く微笑んだ。


 "おかしな人ね。私たちは心中しに来たのに"


 夕闇に包み込まれた山中が、彼らを死に誘おうとしている。


 枯葉に包まれたその場所は、誰も足を踏み入れないような寂れた地であった。


 手には一粒の錠剤。


 きっと、これを飲んだら死ぬのだろう。


 "虚無の世界かぁ……楽しみだね"


 "あぁ"


 目を逸らし、強張った顔つきで震えながらそう言った。



 ……彼女は彼に本当は死にたくないのではないかと猜疑心を抱く。


 もしそうならば、この薬は偽薬プラセボ

 

 死ねないのは困る。彼女は全てを投げうってして成し遂げなければならないことがあるからだ。


 一呼吸おいて、彼女は悪戯に笑いながら哲学的なことを述べた。


 これは、彼といつも話しているような厭世主義者ペシミストの戯言である。


 "人間って、どうしてこう哀れなモノだろう?"


 "仕方がないさ。人間は自分の哀れさに気づくことなんてできないのだから"


 "それじゃあ私たちは人間じゃないのね"


 "逆に、いつから人間だと思っていたんだ? ヒトではあるが、僕たちは人間と呼べるほど不完全ではないからね"


 少年は少女を抱き寄せると、頭から背中にかけ撫でていた。


 "……死にたくないの?"


 "いや、これでいいよ。互いに愛され、幸せに逝けるのなら……"


 耳元で囁かれたその言葉に、心地よさを感じる。


 もう逢えないというのに幸せだなんて、矛盾しているように思う。


 でも、彼らにとってはそれが『愛情』であるのだろうか。


 常人には理解しがたいものである。


 "大好きだ……"


 "私も、大好きだよ"


 ぎゅっと強く抱きしめると、慣れたように互いの舌を絡ませた。


 とろりとした唾液が絡みつき、だんだんと感度が増していっている。


 けれど、襲おうとはしなかった。ただ、彼らは愛を確かめただけである。


 "こんなに温かくなっちゃてるね……"


 "それは、貴方も一緒じゃない"


 照れつつも、彼らは満足げであった。


 これが、本当に死に際の恋人たちなのか。



 "それじゃあ、死のうか"


 "えぇ、死にましょう"



 一旦抱くのを止め、カバンから水を取り出した。




 "一緒に、逝こう"




 少年が甘い声で合図をした。


 同時に、二人は薬を流し込む。


 そしてまだ熱い身を寄せ合うと、最後にこう言った。




 "愛してるよ、恵未"


 "もちろん愛してますよ、崇人"



 そのまま山は、漆黒の闇へと包まれた。


 彼女が望んだ一筋の希望を残したまま――


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