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十神統べる世界にて  作者: 月野 雀
1/3

亡国の王、剣となる。

その昔、


創世神が去ったことにより荒廃したこの世界に、十の柱の神が現れた。


神々はこの世界の命あるものを憐れみ、それぞれの力でもって助けることにした。


世界を整えた神々は、この世界の空に天空の地を創り暮らすこととしたが、地上の道しるべとして、それぞれ代理となる“神使”を選び、つかわすこととした。

選ばれた神使は代替わりを迎えるまでそれぞれの神の神殿を住まいとし、己が選んだ“剣”と“盾”を従え、地上の導となった。


世界の名を、“十神界”という。



01:神使サムラ



長らく空席であった翼神の神使が唐突に現れたという一報に、戦神の神使ガレンシアは眉根を寄せた。


ガレンシアは数百年前に神使に選ばれた娘である。元は戦神の神殿の神官であった。今でこそ戦神子と呼ばれる女傑だが、翼神の先代神使が亡くなった時は位を拝命して五十年ほど。どのような神使となるか模索していた時期であった。


「サラ王女、それは確かなことか?」

「あら、お疑いになりますの? 戦神子」


微笑んだのはガレンシアの“盾”であり、またこの戦神神殿のある嵐ノ国の王女サラ。大人しそうな外見とは裏腹に、国随一の魔術の使い手である。


「そういうわけじゃあないが…。だが、その情報はどこから? 翼神神殿のある土地は、どこかの国というわけではないだろう」

「ええ。五年前、光ノ国が滅ぼしてしまいましたから。当時の国王のご遺体は見つかっていませんけれど、国王が存命でも民が誰一人いないでは、国の形には戻らないでしょう」

「…ロイド=アンディアス王か。大陸一の剣士と名高い彼だ。生きていてほしいものだが。話がずれたな。ならば、どこからの情報だ?」


王の二十歳の祝いの席を思い出し呟いたが、ガレンシアはすぐに話を戻した。サラ王女は頷いて言う。


「旅の商人からの情報です。東シェルタの民が大移動をしていたので、どこに行くのかと尋ねたところ、翼神の神使の申し出を受け、かの神殿領地に作られた神殿集落に暮らすと」

「はぁ⁉︎ あの放浪の民が? 創世神の置き土産が、十神の一柱、翼神の神殿に?」

「信仰者になるわけではなく、集落に間借りするそうです。借り賃を払うから関係は対等とかなんとか」

「…神使がそれを、申し出たってことたよな?」

「東シェルタの代表はアランという名の青年ですが、神使のことについて聞かれると」

「おう」

「『なかなか面白い奴だ』と満面の笑みだったそうです」


ガレンシアは絶句し、しばらく室内にはなんの音もしなかった。



白髪に金色の目。それがシェルタの民と呼ばれる彼らの特徴である。


創世神が世界に残していったヒトであり、十神が訪れるまで荒廃した世界の中、自力で生き抜いていた。彼らは十神の加護を望まなかったことから、今もなお定住する土地がなく、放浪の民として世界中を彷徨っている。


相次ぐ迫害から集団は幾度も分裂していった。最大の集まりは南シェルタ、最小の集まりは北シェルタとなる。


特段特徴のなかった東シェルタの民が、おそらく初の定住する土地を持つシェルタの民となった。


「おい、なんだこの広さ」


東シェルタの代表、シェルタ・アランは、地図で示された枠に顔を引きつらせた。


「後々必要かなと」


シェルタの民達とは対照的な、黒い髪に黒い目の少年が言う。服は青い神官服で、首には赤い宝珠がさげられている。


彼の名はサムラ。翼神により選ばれつかわされた、新たな神使である。


「みんなの家に、畑、機織小屋とか諸々。集会所は勝手に造ったけど、後はそちらで相談すると良いと思う。大工さんは呼べる。相談にものってくれる」

「…そうか、土地に住むってそういうことか」

「テント、便利で良いけど。どうせなら使って」

「わかった。ありがとな、いろいろと用意してくれて」

「これも仕事。それに、人が増えるのは嬉しい」


少し微笑んだサムラとの出会いは少し前。シェルタの民を奴隷として売ろうとする盗賊を、サムラとその“盾”が捕らえた時のことだ。


あの時は、まさか神殿の土地に暮らすことになるとは思ってもみなかったことである。


「にしても、本当に他の集まりはガキばっかりなんだな」

「会った?」

「水車小屋の奴らと、あとタレンって奴が頭の連中」

「お隣さん同士、仲良く。助けてもらうこと多いと思うけど、どうぞよろしく」

「ああ、こちらこそ」


サムラには神殿の立て直しをはじめとして、山ほどやることがある。土地を提供してもらっているのだから、何か手伝えればと東シェルタの民達は皆思っている。


良い隣人になれるだろうという確信が現実となるのは、そう遠くない未来のことだ。



02: “盾”リーファ



アランと打ち合わせを終えたサムラは、神殿に戻った。翼神の神殿が持つ領地神域は、他の神殿と比べてもかなり広い。今後は神殿と神殿集落間の道も整え、馬車も増やす必要があるだろう。


「…人手、足りないなぁ」


資金面は幸いにも潤沢である。かつて翼神の神殿と深い繋がりのあった、今はなき小国が、国教として信仰してくれていたことが大きい。神使不在であった期間も、その国の歴代の王達は一定額を寄進してくれていたのだ。留守を守る神官達はいつか必要な時のためと、必要経費以外は一切手をつけなかったらしい。


サムラが神使となった時点で神官一名と用心棒一名。残された神官は恐ろしい額になった資金をひた隠し、待っていてくれていたわけである。

深刻なのは資金よりも人手のほうだ。神殿も手入れや改築が必要だし、神殿集落も設備が足りない。小国が滅ぼされていることから、近くの国に助力を求めることも難しい。というより距離がかなり離れている。


「サムラ様。おかえりなさいませ」

「ただいま」


現れた青年、リーファに短く返す。金髪碧眼に尖った耳。エルフの里から離れ、用心棒としてこの神殿に暮らしていた彼は、現在サムラの“盾”である。エルフと言えば弓のイメージが強いのだが、リーファが使うのは今も抱えている錆の浮いた剣。それに適当に布を巻いて持ち運んでいる。


「ああ、また森を突っ切ってこられたのですね。木の葉がついておりますよ」

「道の整備が必要だね。獣道と変わらない」

「シェルタの方達が手伝ってくれることでしょう。ゆっくり進めていきましょう。一度に全ては難しいですから」


やわらかく笑うリーファに頷き、サムラは自室のある神殿の奥へと進んでいく。


「タレンの体調は?」

「もうすっかり良いと、ご本人は仰っていました。神官殿の見立てでは、やはり定期的に医者にかかった方が良いだろうと」

「無茶しいだものね。お医者かぁ。通院を考えるなら、やっぱりタレンだけ町に暮らしてもらった方が良いかなぁ」

「タレン殿のが嫌がるのではないかと。孤児院の子供達の保護者を自認されていますから」

「だよね」


置いて行かれた孤児院の子供達は十数人。その中でも年上の三人が、まだ幼い子供達の面倒を見ていた。その代表がタレンという少年だ。兄貴肌で頑張り屋なのだが、身体が弱い。孤児院の子供達が神殿集落に来たきっかけも、倒れたタレンを医者に見せようとしていた子供達とサムラが出会ったからだった。


「常駐してくれるお医者さんを探そう。あと、そろそろ他の神使に挨拶にも行かないと」

「まぁ、通達の義務は実はないそうですが、そうですね。アンディアシア国がまだあれば、そうするよう勧められていたでしょうし」

「五年前になくなった、よくしてくれていた国?」

「ええ。私自身はアンディアシア国が滅んでからここに居着きましたので、王にお会いしたことはありません。しかし、今も神殿に多くの土地や資金があるのは、彼の国があったからこそと聞いています」

「最後の王様は、どんな人だったのかな」

「大陸一の剣士であり、いついかなる時も民のことを思う方だったと」


会ってみたかったなと、サムラは思った。翼神の神使がいないにも関わらず、助けてくれていた理由はなんだったのだろうか。もちろん、国教というのも理由だったのだろうけれど。


「…あれ?」

「サムラ様?」

「…リーファ、お客さんだ。暴れてる人がいるから、行ってくるね」



03:ギルド《ヴェルミリオン》



「お姉ちゃん、薪このくらいでいいかな?」

「ねえ、茸あった!」

「神使様、茸汁好きかな」


アリカは子供達の問いに一つ一つ返しながら、空を見上げた。晴天だったのに、雨雲が広がりつつある。


「そろそろお家に帰りましょうか。雨が降りそうだわ」

「神殿に戻るんじゃないの?」

「レックスがいるから、神殿のお手伝いは大丈夫よ。それより、今日はアランさん達がお引越しでしょう? 雨になったらお手伝いが必要よ」

「そっか‼︎」

「荷物運ぶの、手伝う!」

「ええ、だから急ぎましょうね」


子供達と集落の方に歩き出す。サムラが集落近くの道は歩きやすくしてくれたから、子供でも安心だ。


しかし、その日に限っては“安全”ではなかった。


「うおっ」

「きゃあ⁉︎」


いきなり男が飛び出してきた。否、男だけではない。老若男女、しかも服装からして様々な職業の人々が次々に飛び出す。子供を咄嗟に背後に庇ったアリカに、眼帯をした男が顔色を変えた。


「人がいたのか! すまん、お嬢ちゃん達、逃げてくれ‼︎」

「だ、誰ですかあなた達は‼︎ ここが、翼神様の神殿、その領地だと知ってのことなら」

「神殿⁉︎ 」

「総代、来たよ!」

「ちっ。てめぇら、この子達は死んでも守れ‼︎」


アリカ達の盾になるように、集団が陣形を組む。そして次の瞬間、木々の間から人が飛んできた。


「旦那‼︎」


地面に背中から叩きつけられたのは、仮面をつけた赤髪の男。血まみれだが、すぐに立ち上がり武器を構えた。ツインブレードと言っただろうか。


「…その子達は」

「ローアン、逃げる方向をまずった。ここは翼神神殿の神域と、その領地だ」


ローアンと呼ばれた男が息を飲んだ。状況は掴めないながらも、アリカはその空気から彼らがここに来たことを申し訳なく思っていることはわかった。


「…来るぞ」


木々をへし折り、現れたのは、巨人だった。大きな斧を持ち、集団を睨みつけている。大の大人三人分ほどの背丈がある。


「お、お姉ちゃん」

「こわいよぉ」

「…大丈夫よ。お姉ちゃんがいるからね」


敵を見極めなくてはならない。アリカは巨人が言葉を発するのを待った。


「…よくもやってくれたなぁ? 人間。おかげで左腕が使えぬわ」

「…以前のように追いかえせないということは、俺の腕も鈍ったものだ」

「ぬかせ。神使の“剣”相手に互角の時点で、ぬしは化け物並よ」


アリカは驚いた。神使の“剣”。サムラにはまだいない、神使の“盾”の対となる従者。つまりこの集団は、神使に追われているのだ。


「人が増えておるなぁ。そこの娘、なぜそこにいる」

「…こちらから問い返させて頂きます。ここは翼神神殿の領地。なぜこの土地で、争われているのですか」

「ふん。神使もいない神殿の領地に、なんの意味があるか。こやつらを狩るのは我が神使の命よ。恐れ多くも、神使に苦情を申し立てた罪人ゆえな」

「不必要な戦いについて意見したことが、なぜ罪になる!」


総代と呼ばれていた眼帯の男が吠える。しかし、アリカにとっては追われる理由は気にならなくなっていた。


「撤回しなさい」

「ぬ?」

「翼神の神殿に、神使様はいらっしゃいます。いないと言って、この場所に意味がないと言ったことを、撤回しなさい‼︎」


アリカの言葉に驚いたのは、巨人だけではなかった。集団も、仮面の男も、驚いていた。


「娘、貴様ここに神使がいるというのか。数百年放置され、もはや翼神はいないとさえ言われているというのに!」

「翼神様はお選びになりました。嘘だと思うのなら、神殿に使いを寄越すといいわ。そして神使様の許可なく、この土地で争うことは許されない。今すぐ、お帰りになられることね」


最後は忠告だった。そも、神使の従者が他の神殿領地で争うことは禁止されている。許可がいることなのだ。サムラの存在を知らない時点で、許可をとっているはずがない。


「…娘、どうやらその首、いらぬらしいな」

「…おいおい、あんた本気かよ」


集団の一人が呆れてつぶやく。この“剣”、争いを止めるどころか、アリカも狙いに加えたらしい。


「…お姉ちゃん」

「…みんなは神殿に走って。お姉ちゃんは」

「でも、上に」

「え、上?」


雨雲が広がっている。ポツポツと雨が降り始めている。そしてその薄暗い空に、明るい青の人影があった。


「あ」


ぐんぐんと近づいてきた人影は、集団と巨人の間に音もなく着地した。黒髪が風に揺れ、神官服の裾がはためく。


「…空から、人?」

「…まさ、か」

「サムラ様!」


ざわめく集団をよそに、嬉しそうに読んだのは子供達だった。


「遅くなってごめんね。それからはじめまして。おれの名前はサムラ。翼神の神使です」


巨人を前にしても怯むことなく、サムラが言った。


「…本当にいたのか」

「ええ。それで、貴方は何のご用ですか」

「そこなギルドの連中を引き渡せ。我が神使が裁く」


あまりに尊大な物言いだったが、サムラは淡々と返した。


「では、そちらの神使からの正式な書面を」

「なんだと?」

「“翼の下に来るモノの助け”、それが翼神様の方針。ここに逃げ込んだのなら、この人達はおれが守る人達です」


その言葉を聞いた途端、巨人が斧を振り下ろした。悲鳴があがる。しかしその斧を、ツインブレードが弾き返した。


「貴様!」

「…この方に手出しはさせない」

「良かろう。おぬしから殺してくれる‼︎」


再び斧が振り上げられる。しかし、それが振り下ろされることはなかった。色とりどりの布が、“剣”に勢いよく巻きついたのである。


「サムラ、これ何事だ?」


森のいたるところから、白髪金目の人々が出てきた。その手からは、半透明の布のようなものが伸びている。


「…シェルタの民?」

「おう、新入りか? 怪我してるやつもいるじゃねぇか」

「あ、アランさん! この人、神使様を斬ろうとしたんです‼︎」


アリカは巨人を指差して言った。アランの顔がしかめっ面になり、巨人をにらむ。


「うちの地主になにしやがる。悪いが容赦しねぇぞ。おい、追いかえせ‼︎」


応、とシェルタの民が応じる。もうそここらは一瞬のことだった。布にがんじがらめにされた巨人は、どんな魔術によるものなのか、空高く放り投げられてしまったのである。


「…強い」

「さすが、自力で荒野に生きてた人達だわな」


集団がホッとしている中、仮面の男ががくりと膝をついた。


「ローアン!」

「大丈夫?」


総代が駆け寄るより早く、隣に膝をついたサムラが支えた。


「アリカ、子供達と神殿に行ってくれるかな。寝床とお湯と、あとお医者さん呼びに行かないと」

「わかりました!」

「うちの薬師を寄こそう」


アリカ達が走り出した。そしてアランの言葉に、シェルタの民の一人が集落の方へ走って行った。


「あ、あの、神使様」

「うん? あ、皆さんもとりあえず神殿に」

「俺たちはギルド《ヴェルミリオン》という。俺は総代のギルバレス。うちに医者がいるから、治療は任せてもらいたい」

「なら、その方がいい」


ギルドメンバーの一人がローアンを背負い、サムラが先導して神殿へ向かうことになった。



04:神殿



「…ギル、なんか至れり尽くせりだね」

「…俺に言うな」


ローアンの治療は仲間の医師と神殿の神官、シェルタの民の薬師が付きっきりになっている。ギルドの面々は神殿の一角にいくつか部屋を用意され、風呂から夕食まで全て済ませたあとである。


「失礼します」

「わ、わ、神使様⁉︎」


入ってきたサムラに、全員硬直する。ギルドの面々にとって神使はおっかない存在である。無用な争いを起こすことに苦言をていしたことが原因で追われているのだから当然だ。


「落ち着いたかなと、気になって」

「い、いや、どうも」

「あ、ローアンさんの治療は終わった。しばらく安静にしてれば大丈夫」

「良かった。安心しました」

「うん、だから交渉に来たんだけど」


へ、とギルバレスは目を点にした。


「お医者の人から聞いた。光神の神使の凶行に苦言をていしたら、追われるようになったって」

「…はい。軽率なことをしました」

「最近の光神の神使の話は、おれも聞いてるよ。それでね、良ければギルド全体で、神殿集落に暮らさない?」

「…え?」

「うちに逃げてきたんだから、守るよ。神殿集落なら安全だし、集落から仕事に行ってくれるなら後ろ盾っぽいこともできるよ。神殿からも依頼出したいしね。人手不足なんだ。お医者さんは本当に助かった」

「ま、待ってください。そこまでは」

「迷惑なら引き止めないよ。でもいてくれると嬉しい。とりあえず、仲間の人が完治するまで、ゆっくりして行って。返事はその時に聞くね」

「は、はい」


サムラはそれだけ言って、部屋から出て行った。残された面々は思わぬ申し出に呆然としていた。



夜中になって、ギルバレスはローアンの部屋を訪ねた。やはり、起きていた。個室だからか、いつもつけたままの仮面を外している。金の瞳が、窓の外を見ていた。


「…陛下、お加減は」

「…陛下はよせ」


まだ二十代半ば。しかしその声は苦悩に満ちている。かつてアンディアシア国という小国があった。翼神の神殿と関わりの深いその国は、もうこの世に存在しない。その国の最後の王が、ローアン。本当の名を、ロイド=アンディアスという。


「…嬉しいのか、悲しいのか、よくわからん」

「だろうな」

「だが、やはり嬉しいのだと思う」


光ノ国に吸収されることを拒んだことで、アンディアシアは滅ぼされた。翼神の神殿を襲い、その領地を差し出せということからして受け入れられなかった。この場所は民の祈りの場であったのだ。


「…ローアン、ロイド王に戻る気はないのか。あの神使様なら、力を貸してくれると思うが」

「民のいない国など、なんの意味がある」

「…そうだな。いつも、そう言っていたな。ローアン、神使様からギルドごと神殿集落に来ないかと誘いがあった」

「…」

「全員で話し合ってるが、俺たちのことは気にしなくていい。あんたは、自分の心に従え」


ローアンにとって、翼神の神殿は思い入れのある場所だ。そして神使は待ち望んでいた存在だ。残りたいと思っていることは見ているだけでわかった。


「…わかった」



ギルドの医者の診察を受け、その医者から話を聞いたシェルタの民の薬師が調合した薬を飲んで、タレンはようやく庭を散歩する許可を得た。


「あ、おはようタレン」

「サムラ。おはよう」


いつもと同じく眠そうな神使に、タレンはほっと息を吐いた。最近は忙しそうで、顔を見るのは久しぶりだった。


「お医者さんから聞いたよ。気をつければ大丈夫だってね」

「ああ。にっがい薬飲まされた。予防薬だとよ」


咳の発作は辛い。予防できるならこしたことはないが、あの苦さは閉口する。


「良い薬ほど苦いんだよ」

「なんだそりゃ」

「おれの故郷の言葉。散歩するの?」

「ああ、ちょっと歩きたい」


当たり前のようにタレンと並んで歩き出す神使は、シェルタの民の引っ越し具合やら、神殿にいるギルドの話を始める。シェルタの民の代表には会ったし、ギルドの医者から経緯は詳しく聞いているのだが、タレンはきちんと耳を傾ける。


「そいつ、そんなに強いのか」

「うん、とても強い。人のままで“剣”と渡り合った」

「“剣”になってくれっていわねぇの?」


タレンが聞くと、サムラはぴたりと動きを止め、目を瞬かせた。


「…そっか、そういうこと出来るんだった」

「そっかじゃねぇよ。むしろそれ優先事項の一つだろ」


“盾”と“剣”は対になって初めて本来の力を発揮できるようになっている。リーファだけでは万全の守りとはいかないのだ。サムラの仕事を減らすためにも、必須事項である。


「まぁ、強いってだけで選ぶのはどうなのかなとは思うけどよ。でも、お前は結構気に入ってるよな」

「…タレンはどうして、おれが気づかないおれのことを気がつくんだろう?」

「お前がものすごく鈍いだけだろ」


どうしたいか答えを得ているのに、本当に気がついていないという事がサムラには度々ある。リーファはサムラの意にそうことを良しとしているから、根掘り葉掘り聞いて意見することはしない。


今はタレンが真似事をしているが、可能なら“剣”になるヒトにしてもらいたいことだ。ただの人間が不老長命の神使に寄り添い続けることなどできないのだから。



サムラの訪問を受け、ローアンは仮面の下で緊張していた。どんな形でも良いから、この場所に残りたいと思う。だが、果たして了承は得られるだろうかと心配だった。


「ローアン、で良いんだよね?」

「…はい」

「まずは、あの時庇ってくれてありがとう」

「いえ」

「“剣”相手に渡り合える腕の持ち主だって聞いた。実際に斧を弾くの見たしね」


サムラが、真剣な顔でローアンを見つめてくる。


「ローアン。君はおれの“剣”になってくれる気はないかな」


予想だにしなかった言葉に、ローアンは完全に思考が止まった。サムラは先を急がせることなく、とつとつと話す。


「翼神の神使が代替わりすると、昔は翼神神殿か、アンディアシア国の中から従者を選ぶことが習わしだったらしいんだけど、翼神神殿はいかんせん人手不足でね。数百年の神使不在に加えて、五年前には大恩あるアンディアシア国も戦争で滅ぼされてしまった。今のおれには“盾”しかいないんだ」

「…シェルタの若者は」

「シェルタ・アラン? シェルタの民は創世神の民だもの。彼らがここにいるのは、神殿集落のほうの土地を貸したからだよ。大家と店子みたいなもん」

「…何処から来たかもわからぬ、大罪人かもしれない相手を、従者にするというのですか」


国を守れず、民を救えず、多くに生かされ、逃がされ、拾われて。本当なら自分の命を差し出して守るべきものに、彼は守られたのだった。だから、ロイド=アンディアスは死ねなかった。


アンディアシア国の危機を知り駆けつけてくれたギルドに身を寄せ、ひたすら戦いに身を投じた。せめて助けられた恩を返したかった。


しかし、今目の前に、翼神の神使がいる。


祖父も、父も、神使が再び現れることを信じていた。ロイドも、兄弟姉妹も、そして民もそれを信じていた。その日を心待ちにして、穏やかな気持ちで翼神神殿を訪れていた。そして、ここに神使がいる。


もう残り火のようになってしまった、暖かな記憶の象徴が、手を差し伸べている。


「それを言ったら、おれも同じ。どこから来たかも定かでない神使に、これからずっと付き合う気はあるかな」

「…ええ、神使サムラ。この俺で良いのなら、幾千幾万も、あなたの“剣”として、どこへ向かうことになろうとも、必ず傍に」


そう返すと、周囲が光りだした。それはロイド=アンディアスの右手に集まると、手の甲に翼神の印を刻み込む。それを確認して、ロイドは仮面を外した。


「ローアンと今は名乗っていますが、名はロイド=アンディアス・アンディアシア。アンディアシア国の最後の王でありましたが、もう昔のこと」

「…え?」

「どうかこのまま、ローアンと呼んでください」

「…うわぁ、こんなことってあるんだ。わかった。おれはあなたをローアンと呼ぶよ。でも、そうだな。おれのことはサムラで良いし、かしこまった口調はやめてほしい。多分、あなたとはそのほうが良いと思う」


神使に対してそれはどうなのかと思ったが、望まれるならそのほうが良いのだろう。ローアンは頷いた。


「わかった」

「さぁ、怪我も治っただろうし、まずは“盾”に会いに行こう。リーファって言うんだ」


差し出された手を取り、ローアンはベッドから降りた。



数百年の不在を経て現れた神使サムラと、その従者、そして神殿集落の存在はすぐに広く知られるようになる。


そしてそれが、大きなうねりへと繋がることを、まだ誰も知らなかった。






































設定



神使サムラ

日本人。15歳。のんびり屋。


リーファ

エルフ。数百歳。サムラが実年齢と外見がイコールなため、翼神神殿において最年長。そのため、わりと誰に対しても保護者みたくなる。


ローアン

元王様。20歳代。ロイド=アンディアス・アンディアシア。側近に逃がされ、怪我で死にかけているところを、以前会ったことのあるギルドに助けられる。強い。


神使ガレンシア

女性。スレンダー美女。物理で殴る系。

現在最年長の神使。戦神の神使の“剣”は代が変わっても固定で、しかも外に出られないため、実質的に従者は“盾”だけ。シェルタの民の引っ越しが完全に済んだ後に訪ねてくる。先輩神使。


サラ王女

女性。魔術師。神使の“盾”。大昔にガレンシアに選ばれ今に至る。魔術師としては国一番。王家には名前だけ残ってる。“剣”こと“水晶窟の勇者”が洞窟から出られないので、二倍働いている。


シェルタ・アラン

男性。東シェルタ代表。店子。偶然サムラと出会い、いろいろあって全員で神殿集落に暮らすことに。あくまで土地を借りてるだけであり、翼神を信仰しているわけではない。シェルタの民は集団でなら神使の従者相手でも勝てる。


タレン、アリカ、レックス

孤児院の子供達。年長者。三人とも16歳。大人がいなくなったため、幼少の子らを3人で面倒を見ていた。レックスは現在神官見習いとして、アリカと子供達は神殿手伝いとして働く。タレンは療養中だが、後に神殿集落のまとめ役を担う。


ギルドの代表

男性。ギルバレス。槍使い。ギルドの代表として個性豊かなメンバーをまとめる。ギルドの面々はローアンの正体を知っている。ギルバレスの兄が光神の神使であり、ギルバレスの妻子は兄のせいで亡くなっている。ギルドは神殿集落に移ることになるが、後にそれを知った光神の神使が訪ねてくることに…。


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