コロニー
あの日やってきたホンソメワケベラたちは、わしらの巣穴の周りに住処を構えたようで、すっかりここに居着いてしまった。
クリーニング目当ての魚たちは毎日のように行列を作る。
わしとエビさんとワケベラたちは、その魚たちをクリーニングするのが仕事じゃ。
どういうわけか、連日、訪れる魚はその数を増しておる。
この場所が魚たちの間で有名になってしまったのは、まず間違いないじゃろう。
魚たちにも、「口コミ」というのがあるのか。それともニュース番組でも嗜むのだろうか。どういう伝手で情報が回ったのかはわからんが、まるで人気ラーメン店のような有様じゃ。
もっとも、クリーナーの数が足りなくなることはない。
客が増えるのに合わせるようにして、ホンソメワケベラもその数を増やしておるのじゃ。
ワケベラだけではない。わしのように砂に潜るハゼや、大小さまざまなエビなど、ほかのクリーナー種もこの人気スポットに集まってくる。
「わしらのコロニー、ずいぶん、大きくなってしまったのう」
何もなかったはずの海底に、今ではわしの巣穴を中心とした、魚の集合住宅ともいうべきものが形成されていた。
上から見るとまるで光の坩堝のようじゃ。色とりどりの魚がまぶしくひしめいておる。
もはやそこらの珊瑚のコロニーと比べても遜色ないくらい、立派になってしまった。
「よう、青さん。どこに行っていたんだい」
「おはよう、長老。ちょっと散歩にのう」
「ずいぶん長いこと、姿が見えなかったが。また、迷子になっていたのではないか? あまり、一人で遠くに行っては、いかんぞ」
「心外じゃのう。これでもわしは道を覚えるのは得意なんじゃ」
わしがコロニーを眺めておると、長老がにょろにょろやってきて、わしに話しかけてきた。
長老はここ最近、忙しそうじゃ。このコロニーのまとめ役をしてくれておる。
「長老よ」
「なんだね」
「これ、いいのかのう? もしここに外敵が現れたら、ひとたまりもないような気がするんじゃが」
この辺りは、もともとただの砂地じゃ。
珊瑚のように、隠れるための水草が生えておるわけでもない。
岩礁のように、身を潜めるための陰があるわけでもない。
大型の魚にとっては格好の餌場となるじゃろう。
そう説明すると、長老は笑った。
「ふふ。青さん。それは、お前さんたちがいれば、大丈夫だと思うぞ」
「わしがいれば?」
「毎日毎日、あれらの魚たちが、どうして、ここへやってくるのだと思うね?」
「そりゃあもちろん、体を掃除してほしいからじゃろう。ここには、これだけ多くのクリーナーがおるんじゃ」
違う。と長老は言った。
「クリーナーの数が問題なのではない。ここには名医がいるのだ。だからそれを目当てに、みな、はるばるやって来るのさ」
「名医? 名医じゃと? どこにお医者様がおるんじゃ」
「青さんと、白さんだよ」
「わしと、エビさんじゃと!」
「そうとも。なにせもともと、ここに来る魚たちは、お前さんたちを目当てに集まってきたのだからな」
まさか。
わしには、医学の心得なぞない。せいぜい入院中に、注射と点滴を打たれたことがあるくらいじゃわい。
いや、しかし、聞いたことはあるぞ。
ある国の温泉にはドクターフィッシュと呼ばれる魚が棲んでいて、温泉に訪れた人の皮膚にすいつき、余計な角質を食べてくれるという。アトピーや乾癬といった皮膚病の治療や、美容などに効果があるとか。
ドクター、つまり、医者じゃな。
「お前さんたちは、表面のダニやシラミだけではなく、うろこの隙間のカビやツリガネムシまで、丁寧に取ってくれるだろう。それほど熱心に仕事をしてくれるお医者さまは、めったにいない」
「そんなに褒められると、照れるわい」
「本当のことだよ。我々にとって、青さんと白さんは、かけがえのない存在なのさ」
なるほど、わしらは掃除屋ではなく、魚界では医者だったというわけじゃ。驚きじゃの。
「だから、ここでは争いを起こしてはならない、というのが、みなの間では暗黙の了解となっておるのさ」
「しかし、これだけの餌場じゃぞ」
「禁を犯せばどうなるか、知らぬものなどいないさ。なにせ今では、ここら一帯の有力な魚は、ほとんどお二人の常連になってしまったからな。」
なんと。
言われてみればたしかに。
少しずつだったから、気にせんかったが。ここのところ、大型の魚が増えた印象がある。
このあたりのヌシさまたちじゃったとは。
というか、わし、普通なら自分が食われるようなサイズでも、気にせずお手入れしておったんじゃのう。
くわばら。
まあ、長老のいう通りなら、わし自身に危害を加えようとする客はおらんのじゃろう。明日からも、安心して接客するとしよう。




