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まさかのさかな やりなおし  作者: 岩岸佐季
第一章 海王のしっぽ
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コロニー

 あの日やってきたホンソメワケベラたちは、わしらの巣穴の周りに住処を構えたようで、すっかりここに居着いてしまった。

 クリーニング目当ての魚たちは毎日のように行列を作る。

 わしとエビさんとワケベラたちは、その魚たちをクリーニングするのが仕事じゃ。


 どういうわけか、連日、訪れる魚はその数を増しておる。

 この場所が魚たちの間で有名になってしまったのは、まず間違いないじゃろう。

 魚たちにも、「口コミ」というのがあるのか。それともニュース番組でも嗜むのだろうか。どういう伝手で情報が回ったのかはわからんが、まるで人気ラーメン店のような有様じゃ。


 もっとも、クリーナーの数が足りなくなることはない。

 客が増えるのに合わせるようにして、ホンソメワケベラもその数を増やしておるのじゃ。

 ワケベラだけではない。わしのように砂に潜るハゼや、大小さまざまなエビなど、ほかのクリーナー種もこの人気スポットに集まってくる。


「わしらのコロニー、ずいぶん、大きくなってしまったのう」


 何もなかったはずの海底に、今ではわしの巣穴を中心とした、魚の集合住宅ともいうべきものが形成されていた。 

 上から見るとまるで光の坩堝のようじゃ。色とりどりの魚がまぶしくひしめいておる。

 もはやそこらの珊瑚のコロニーと比べても遜色ないくらい、立派になってしまった。


「よう、青さん。どこに行っていたんだい」

「おはよう、長老。ちょっと散歩にのう」

「ずいぶん長いこと、姿が見えなかったが。また、迷子になっていたのではないか? あまり、一人で遠くに行っては、いかんぞ」

「心外じゃのう。これでもわしは道を覚えるのは得意なんじゃ」


 わしがコロニーを眺めておると、長老がにょろにょろやってきて、わしに話しかけてきた。

 長老はここ最近、忙しそうじゃ。このコロニーのまとめ役をしてくれておる。


「長老よ」

「なんだね」

「これ、いいのかのう? もしここに外敵が現れたら、ひとたまりもないような気がするんじゃが」


 この辺りは、もともとただの砂地じゃ。

 珊瑚のように、隠れるための水草が生えておるわけでもない。

 岩礁のように、身を潜めるための陰があるわけでもない。

 大型の魚にとっては格好の餌場となるじゃろう。


 そう説明すると、長老は笑った。


「ふふ。青さん。それは、お前さんたちがいれば、大丈夫だと思うぞ」

「わしがいれば?」

「毎日毎日、あれらの魚たちが、どうして、ここへやってくるのだと思うね?」

「そりゃあもちろん、体を掃除してほしいからじゃろう。ここには、これだけ多くのクリーナーがおるんじゃ」


 違う。と長老は言った。


「クリーナーの数が問題なのではない。ここには名医がいるのだ。だからそれを目当てに、みな、はるばるやって来るのさ」

「名医? 名医じゃと? どこにお医者様がおるんじゃ」

「青さんと、白さんだよ」

「わしと、エビさんじゃと!」

「そうとも。なにせもともと、ここに来る魚たちは、お前さんたちを目当てに集まってきたのだからな」


 まさか。

 わしには、医学の心得なぞない。せいぜい入院中に、注射と点滴を打たれたことがあるくらいじゃわい。

 いや、しかし、聞いたことはあるぞ。

 ある国の温泉にはドクターフィッシュと呼ばれる魚が棲んでいて、温泉に訪れた人の皮膚にすいつき、余計な角質を食べてくれるという。アトピーや乾癬といった皮膚病の治療や、美容などに効果があるとか。

 ドクター、つまり、医者じゃな。


「お前さんたちは、表面のダニやシラミだけではなく、うろこの隙間のカビやツリガネムシまで、丁寧に取ってくれるだろう。それほど熱心に仕事をしてくれるお医者さまは、めったにいない」

「そんなに褒められると、照れるわい」

「本当のことだよ。我々にとって、青さんと白さんは、かけがえのない存在なのさ」


 なるほど、わしらは掃除屋クリーナーではなく、魚界では医者ドクターだったというわけじゃ。驚きじゃの。


「だから、ここでは争いを起こしてはならない、というのが、みなの間では暗黙の了解となっておるのさ」

「しかし、これだけの餌場じゃぞ」

「禁を犯せばどうなるか、知らぬものなどいないさ。なにせ今では、ここら一帯の有力な魚は、ほとんどお二人の常連になってしまったからな。」


 なんと。

 言われてみればたしかに。

 少しずつだったから、気にせんかったが。ここのところ、大型の魚が増えた印象がある。

 このあたりのヌシさまたちじゃったとは。

 というか、わし、普通なら自分が食われるようなサイズでも、気にせずお手入れしておったんじゃのう。

 くわばら。

 まあ、長老のいう通りなら、わし自身に危害を加えようとするさかなはおらんのじゃろう。明日からも、安心して接客するとしよう。

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