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妖精が見た世界


 ある靴屋に、雑巾みたいな服ばかり着ている主人がいた。

 小屋もまた貧相で、風が吹けば飛ばされてしまいそうな壁に、どうにか雨を凌げる屋根を被せただけだった。

 きっと靴屋を始めた当時は通りでいちばんよくできた小屋だっただろうに、その面影はもうどこにも残っていない。


 主人の頭は雪を積もらせたように真っ白で、主人が口を開かずとも日々の苦労を物語っていた。ただ、一日中作業台に向かい狭い部屋に籠っているせいで、その雪は少しずつ濁ってきている。


 濁ってきたのは髪だけでなく、目や言葉も同様である。

 革を裁断するまでは良いのだが、仮縫いとなると針に糸を通せない。

 ここのところすっかり靴が売れなくなってしまったので、主人は作業台に革を並べ、翌朝お祈りを済ませた後に縫おうと、その日は寝ることにした。


 気が乗らないというのもあったが、そもそも主人にはもう革を買う金すらなかったのだ。残された一組の革を、せっかくだから良い仕上がりにしたかった。



 朝、お祈りを済ませた主人が部屋に向かうと、台の上には一つも悪い縫い目のない、革で作られたとは思えないほど美しい靴が一足置かれていた。

 初めはどうしたものかと腕を組んでいた主人だったが、偶然朝一で訪れた貴族の婦人がその靴を大変気に入り、二足分の値で買っていった。

 喜んだ主人はその金で二組の革を買い、次は自分の手で靴を作ろうと思った。

 しかし、もう一度あの美しい靴を見たかった主人は、革を裁断して台に並べ寝ることにした。



 あくる朝、お祈りも忘れ部屋に現れた主人は、まるで腕試しでもしようと作られたかのような美しい靴が二足、台の上にあるのを見つけた。

 そのあまりの出来の良さに感嘆のため息を漏らしていると、昨日の婦人の娘だろうか、どこか顔立ちの似ている若い女が訪ねてきた。


 するとどうだろう、女も靴を大変気に入り、今度は四足分の値で二足を買っていった。

 主人は食事のこともすっかり頭から抜け落ち、そのまま四組の革を買ってくると型に合わせて切り、作業台だけでは足りず床にまで広げて眠りについた。



 日が昇る前に目を覚ました男が部屋へ向かうと、そこには言うまでもなく靴が四足並んでいる。さあ今日はどんな客が来るのだろうと主人が待っていると、昨日訪れた女を一回り縮めたような、まだあどけなさの残る少女が訪ねてきた。


「まあ、お母様とお姉様の話すとおりね! 素晴らしい出来だわ! これならお父様も気に入ってくださるわ」


 文句のつけようもない出来だった靴に少女が倍の値を払ったので、主人は八組の革を買い、切りもせず部屋に広げて次の朝を待った。



 主人が部屋へ向かうと、そこには七足の靴と一組の革があった。

 ふとその傍らに目をやると、二人の小人が針と糸を握ったまま横になっていた。いや、その背を見るに、翅があるから妖精だろうか。

 靴よりも美しいその姿を目に焼き付けようと、主人は妖精たちに顔を寄せる。


「君たちが靴を縫ってくれていたのかい」


 いくら手慣れた妖精とはいえ、一晩で八足の靴を仕上げるのは厳しかったのだろう。疲れて寝入ってしまったらしい。


「なんて可憐で美しいんだ。それに───」


 すやすやと寝息を立てる小さな妖精に、主人はそっと手を伸ばす。

 傷つけてしまわぬよう、細心の注意を払いながら。


「今回の獲物はとても美味そうだ。それも二匹」


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