悪役令嬢の第八歩:悪役令嬢、悪役の流儀
暑い日が続くが学園内は魔方陣による外気の調整で涼しい。私はシンシアの目の前にたち罵声を浴びせる日課を済ませたあとにノブリスと罵り合いの日課を行う。そしてキリがいい所で切り上げたあとに移動。テラスにいるシンシアが見える場所で単眼鏡を覗き込んで潜む。
「あら? ノブリスくん………どっか行ってるわね」
「銀姉さん。ノブリスが離れたのか?」
「そう、マルブス家の令嬢ね………あれ連れられてるわ」
「ちょっと俺も確認。なるほどな………」
ソーマも単眼鏡を取り出して確認する。最近は彼も毒されて来たのか私の真似をするようになった。
「銀姉、もっとよってくれ見えずらい」
「嘘つきなさい。障害物ないわ………」
「………くっつきたいだけ」
「あっそ。んっ……あれは………」
「銀姉。あの令嬢は誰ですか?」
「カントラ家」
「流石、銀姉………なんで分かるんだ?」
「令嬢の顔と家は全部覚えてる。一応、『殺せ』と命令がない限りはどうでもいいね」
「一生なくていいなそれ………いやぁ~お隣は物騒だなぁ~やめてくれよ。明日から雲隠れ」
「……一応あなたもリストアップしてるわよ」
「今日も生きてて幸せだ~」
「どうでもいいかなぁ~」と思う。 関係ないし。それよりも、カントラ家の令嬢がシンシアの胸ぐらを掴むのが見えた。
「あら?」
「物騒だな。銀姉」
「どうしたのかしら? 『ノブリス様に近付きすぎです』って文句言ってるわね」
「銀姉以外に………出てくるのか………」
「女の嫉妬は醜いわねぇ~」
「……それを言うか?」
「私は嫉妬ではないわ。可愛がりよ」
「シンシアに同情する。本当に……」
ソーマドールは私の話でクスクスと笑う。私は「なーにこいつ?」と「変になったのか?」と思いつつ。遠くから状況を見ていた。
「あっ………」
見ているとなんと、1発、2発。シンシアがビンタをされる。そして突き飛ばされて壁に叩きつけられた。それを見たあとに私は立ち上がる。
「『覚えておきなさい。あなたなんかにノブリス様は奪わせないわ』だって~………あっそ」
「銀姉? 楽しそうじゃないね」
「ええ、ちょっと。50歩100歩。ドングリの背比べ。目くそ鼻くそ。甲乙つけがたい」
「何を言ってるんだ?」
「……シンシアちゃんとこ行くわ」
「銀姉!? これ以上は可哀想だ。止めを刺しに行くのは……」
「じゃぁ~残れば?」
「……行くよ」
ソーマドールは「やれやれ」と言った感じで私の後ろについていく。
「最近あなた………『やめろ』を言わなくなったわね?」
「言ってやめるか?」
「や~めない。私になれただけのようね」
この男はついてくる。いつも、どこにでも。
*
学園内の昼過ぎに令嬢がコソコソとシンシアさんについて噂していた。俺は銀姉の後についていき、シンシアさんを見つける。スンスンと泣く乙女に銀姉は怒鳴らなかった。
「シンシア……」
「!?」
「……ふん。ブ細工な顔ね。これを貸してあげるわ。誰にやられたの?」
シンシアはビクビクと震えていた。彼女は泣きっ面に蜂と言う状況で怖がっているのを気の毒に思いながら俺はその光景を眺め続ける。
スッ
銀姉が取り出した銀色のハンカチを手渡され……ポカーンと顔を銀姉に向けた。
「シャーリーさん………私の名前……覚えて……」
「そんなことはどうでもいい……『誰にやられたか』を聞いているの」
銀姉は知っているが知らないように演じていた。「全く何……でそんなことをしているのかわからない」と俺は言葉を溢す。
「………えっと。ネル・カントラお姉さまです」
お姉さまと言うと高学年か目上の人になる。本来なら銀姉もお姉さん呼びだが。シャーリーお姉さんと言えば途端に牙を剥かれていたのでシンシアはさん付けにしていた。どっちにしろ可愛がられていた結果意味はないだろう。涙もハンカチを貰い、拭って今は止まっている。
「酷い人ね」
鏡を銀姉に見せてやりたい。「お前が言うのか」と示したい。
「まぁ、でも……その喧嘩、私に売って頂戴」
「えっ!?」
「!?」
俺は背筋が冷えた。その一言で飢えた狼を連想し何をするのか理解できた。「シンシアさん!! 狂犬に売ってはダメだ!! 餌をやってはいけない!!」を心で叫ぶ。声に出したいが、止められる故に出せない。
「シャーリーさん?」
「『はい』と言いなさい」
「は、はい……」
ダメだったようだ。銀姉は立ち上がって振り返り笑顔で髪を靡かせる。俺はその笑みが口が裂けているように見え、ビビってしまった。
「シャーリーさん?」
「……」
銀姉は無視をして歩き出す。俺は慌てて彼女を追いかけた。途中、親友に出会い。状況の説明を所望されるが銀姉は無言を貫き通し、おれが説明することになる。
*
上級生のよくたむろする場所の前で銀姉と共に顔を出す。流石上級生なのか取り巻きなのか、色んな生徒がカントラ家の令嬢を取り囲んでいた。
「悪役令嬢は二人も要らないと思いませんか?」
「……銀姉が二人なら要らないが。だからと言ってワザワザ彼女を探す必要はないだろ?」
「ソーマは甘いですね。見逃してあげるなんて」
「……いや。銀姉は何故?」
「しっ。黙って。あなたがすることは私を殺させないように止めに入って」
「!?」
「わかった?」
「……やめてくれよ。マジで」
銀姉が人差し指を剣に向けて「可愛くごめんね」といい。俺はため息を吐いた。「剣を抜いて止めろ」と言うのか。
「行ってくる」
銀姉が姿を晒して視線を集める。皆が何処から現れたのと周囲を見渡していた。気付かれない能力があるのだろう。そう、恐ろしほどに存在が希薄になるのだ。見た目は目立つ筈なのに。「能力者ではありそうだ」と思ったが、能力者だった。魔法ではない「生まれつきの能力」だと考察できる。
「ええっと、カントラ家のご令嬢は何処かしら?」
「……私だけど。あなた下級生の問題児ね」
カントラのご令嬢が椅子から立ち上がりガンをつけ合い俺は頭を押さえる。「アホか!? 相手を知らなすぎる!!」と剣の束を握る。
「あら? 中々の蛮勇ね………ふふ」
カントラ家の令嬢とエンカウント。
「な~に? 私になんのよう? 私の傘下になりたい?」
「カントラ家は大きいですもんね。私の家よりも……でも、そんなことはどうでもいいわね」
「何がいいたいの?」
「ノブリスさんが気になるため……ああ。数人いる婚約者でしたか……シンシアさんが目障りなんでしょ? ネル姉さま。構ってくれませんもんね」
「ええ、そうよ。あなたと一緒。彼女に彼を奪われた。あなたも嫌でしょ? あんな田舎者に格式高いオヴリュージュ家を奪われるなんて」
「別にいいですわ」
「?」
金髪クルクル巻きのネル姉さんは首を傾げる。昔の俺を見ているようだ。理解ができないのだ。わかるわけがない。
「わからない? あなたみたいな雑魚と組んでも無駄ですし。ノブリスさんはシンシアさんに相思相愛なの。あなたが喚いても今さら遅い、手遅れ。私はそれを知って嫌がらせをしてるのよ」
「はぁ? 相思相愛? 婚約者は私よ!! あなたは元婚約者でしょ、捨てられたのにうるさい!!」
「あら、捨てられずに忘れられたお姉さまの方が………惨めでは?」
「なにを!!」
「あらあら、図星。ノブリスさんもこんな心が醜い女よりシンシアさんを選ぶわね」
「あなたもでしょうが!! 下級生の癖に偉そうに!!」
バチ!!
銀姉の挑発に沸点が低いのか乗ってしまい。銀姉の頬を叩いた。驚くことに………全く銀姉は微動だにせず立ち続ける。俺は「ヒエッっ」と声が出てしまう。剣を一応は構えながら。
「つっ!?」
叩いた手を押さえるネル姉さん。「なんで叩いた方が痛がってるんだよ」と思う。
「はは、宣戦布告ね」
「……くぅ!! お父様に言いつけてやる!!」
「ええ、どうぞ……買いますわ」
銀姉が何かを手に構えた瞬間、俺は背後から手を押さえる。あっぶない。
「あら? だめなのね。今日はおいとまするわ」
「ふふふ。逃げるの問題児。お父様の威光だけで………情けない。監視つきなのにね」
「………ええ。情けないですわ~」
銀姉が俺に棒状のナイフを手渡し振り返って去る。
「……ネル・カルトラ姉さん。すいません」
「あなた、彼女の取り巻き? やめときなさい……私の元へ来ない?」
「………」
「あら、無視なのね~ふふ」
何も言うまい。本当に………愚かだ。
*
人気のないバラ園のガゼボと言う小さい6角形の小屋に銀姉と二人で時間を過ごす。今さっきの事を聞きだし、ニコニコと笑みを彼女は浮かべた。今さっきまであった頬のぶたれた赤い紅葉はなくて白い肌を称える。
「ああ!! 楽しかった~あんな挑発で簡単に手を出すなんてね~」
「ナイフで刺そうとしただろ………」
「首元に突き付けて、『覚悟はいいかしら?』と言おうとしただけよ」
「脅してるなぁ~」
「殴ったのはあっちが先よ」
「過剰防衛と言う言葉をご存知で?」
「あら~初めて聞いたわ~」
銀姉はクスクスと笑いながら背を伸ばす。スッキリした顔で物騒な事を言う。
「何人出てくるかしら?」
「マジでやるのか?」
「売られた喧嘩は買うまで。我が家は舐められたらそれまでよ………」
マジで物騒な家なのは知っていたが脳が筋肉じゃないのか。
「それに………『親に頼り過ぎる』と怒られるのよね……虎の威を狩る狐だってね~」
俺の勘違いだろうか。「虎の威を持ってる狼なのでは?」と思うのだが。そんなことを思いながらも、機嫌のいい銀姉といつも通り過ごした。
そして、次の日。夜は明けた。
*
「ごめんなしゃい………ぐすぐす……ごめん……」
「……」
学園の昼過ぎ。自由時間。いつもの人気のないバラ園で銀姉は足を組ながら座り腕を組んで目を閉じていた。俺は「なんでこうなったんだろう」と思い悩む。
「えっと……親は出てこないの?」
「ごめんなさな……い……許して……」
昨日のネル姉さんは芝生の上で正座し許しをこいている。顔は赤く腫れ上がり令嬢として大事な物を傷付けられていた。
「………」
「ぐすん……ぐすん……」
銀姉はため息を吐く。玩具を奪われたような顔で言葉を発する。
「もしかして……親の小指無かった?」
「すいません!! すいません!! なんでもします!! お願いします!!」
「……ああ。その顔の傷も親のせいね」
「すいません!! 知らなかったんです!! なにも!! ごめんなさいごめんなさい………だから………お願いします……」
滅茶苦茶震えて頭を下げていた。彼女の家が大きかったのではないのか。
「………わかりました。二つ言うことを聞きなさい」
「は、はい!!」
「一つ、シンシアちゃんに謝り許しを得ること」
「はい……」
素直にネル姉さんは返事をする。本当に昨日夜、何があったんだと俺は眺めながら気になった。
「二つ………ノブリスさんを諦めて婚約破棄して………新しい人を見つけて新しい恋愛をしなさい」
「えっ!?」
意外そうな声をネル姉さんは出して顔を涙でクシャクシャな顔を上げる。驚いた表情で銀姉を見つめ。銀姉は笑みを浮かべた。
「では、話は終わりました。去りなさい」
「は、はい。銀姉さま」
「ネル姉さん………姉さまはあなたで。私は銀と呼び捨てしてください」
「す、すいません」
どっちが立場は上かわからなくなりそうだ。そそくさと逃げるようにネル姉さんはその場を去った。俺はやっとの思いで口を開く。
「何があったんだろうか?」
「……あの家のご当主。昔に1回私たちの家に悪さしたのよきっと。でっ………利用とか色々で殺さなかったけど。それでも我が家のルールがある」
「なんですか?」
「指を何本か切り落とす。一目見て我が家に悪さを働いた事があることを示すために。聞いたことない? 小指がない人を?」
「……禁句」
「へぇ~他の家じゃそうなんだ。私の家は『指詰め』って言うのよ。知っておいて損はないわ」
「はぁ、おっそろしい」
俺は演技のように肩をすくめるだけにした。何となく察しがついていたし。今さら1つや2つなくなっても怖くはない。なれてしまった。
「それにしても。何故喧嘩を買ったんだ? それを聞いてなかった……」
「言ってない? 50歩100歩と」
「言ってたが……理由は言ってない」
「そう。手を出すだけは私の流儀に反するの。『手を出すのは覚悟がある奴だけ』とね。依頼なら関係ないけど」
「へぇ~なるほど。皆に言っておこう」
「銀狼に噛まれたく無ければ手を出すな」と俺は理解した。後日、シンシアとノブリスに伝えたのだった。あたらしい被害者が出ないよう願いながら。