人狼抗争事件③
魔国側の動きが早い、私はそう考える。族長など支持形態はピラミッドであり、そして今の状況は「魔王が出てくる事でもない」事件だろうと考えていた。しかし、全く状況は違っていた。ソーマはマクシミリアンとして知り得た情報をくれる。
魔王は「帝国とドンパチする気持ちもなく、また人狼に『大義名分』を与えた負い目がある。そして、恩人の国である帝国を少なからず維持したい旨」である事を教えてくれた。
結論から言うと大事になっている。「女王陛下を誘い出すために打ち込んだ楔」と私は考えた。
「お母様のアホ。『何を』考えているのかわからない、あまりにもリスクが高すぎるし意味を感じない。相手が『わからない』。一騎当千の化け物相手に勝つなんて無理無理。暗殺なんて無理。知ってる? 魔王は白い鎧でも問題ない理由は『暗殺』されないからなんだよ? ヤバいよねぇ。あのクソババア。喧嘩するなら相手を選べクソババア。何を考えてるんだか」
「実母なのにか?」
「育児放棄」
「そりゃすまない」
「私は育児放棄は絶対にしない。いい娘に育たない。最悪な幼少期だった。今、凄くいい感じなのは正直に言うと……いえ。関係ないわね。最悪な女よ」
過去の生まれ変わりの前の記憶が私を感情豊かな性格を生む。
「それはお前の評価。俺の評価は……そうじゃなくて」
私はソーマの口に手をやる。
「そういう甘い言葉は今はいらない」
「お嬢様、申し訳ありませんでした。お許しになにか、挽回の機会を」
「では、一緒に来てほしい。『魔王との謁見』」
手が震える。身が震える。本能が告げる一世一代の状況だ。しかし、私は頑張らなくてはいけない。生き延びなければならない。
「怖い?」
「怖いよ。私が殺す事になるんだから」
「殺させないぞ」
「ええ、殺させない。ファリは」
二人の意見は一致する。そして、ソーマは目を丸くする。
「誰の名前?」
「秘密」
「待て、銀姉。俺は認めない。名前は二人で決めよう」
「却下」
「それにもっと格好いい名前が」
「ネファリウスというのは魔王の名前です。カッコ悪い?」
「最悪だ」
「いいんじゃない。名前ぐらい」
「いや、名前と言うのは大切でだから」
「そんなことよりも、謁見準備しましょう。生き残った仲間になる人狼を集める。私が生きてる事を遠吠えで示す」
私はソーマの嫌そうな顔に満足し、震えが止まるのだった。やることはやるつもりだ。
*
夜間、銀姉は屋根の上で待機。銀色の髪がなびき月明かりに照らされている。遠吠えは非常に危険な行為だ。何故なら敵に居場所を示すのだから。
「銀姉、『やめろ』と言ってもやめないよな」
「やめません」
「じゃぁ、どうぞ」
「ソーマ」
「何か?」
「ありがとう」
「………」
俺は口を押さえた。そして、目を細めてにらみつける。
「甘いのはいらないんじゃなかったんか?」
「死ぬ前に言っとくぐらい必要でしょ」
「銀姉、やめろよ。縁起悪い」
「縁起悪くない。戦場なんだから」
彼女はそのまま大きく息を吸い遠くへ向けて遠吠えをする。耳が生えて尻尾をピンと伸ばしながら月に向かって吠えた。
帰ってくる声はなく。ただ静かに遠吠えが響く。
「さぁ、私はココにいると伝えた。鬼が出るか蛇が出るか」
「狼だ」
「残念、矢じりね」
目の前に矢が飛び、俺はそれを盾で防ぐ。数本の矢に混じって投げられたナイフを彼女は口に咥えている。咥えた衝撃で後ろに倒れたあとにナイフを振り落とし笑顔で空を見ている。
「ふふふ、はははははは」
狂気を孕んだ笑いに俺は溜息を吐く。
「もっと穏便に進んで欲しい」
「残念ね、私、今ね。たかぶちゃった。ふふふははははははは。さぁ会いに行きましょう『歴代最強のたった一人で世界を変えてしまった化け物』に」
「恐れ多い」
「マクシミリアンなら、絶対に会う機会あるからね。本当に運がいい。『敵になってない』。逆に恩を売ってる。運がいいね」
「マクシミリアン、運がいいかもな。ほら、狼がやってくるから迎え討つぞ」
「楽しいね。ああ、楽しい。だから、横取りされたくないなぁ」
「……本調子」
「うん、機嫌良くなった。血が見たい」
彼女は立ち上がり、唾のない剣を抜く。俺も盾を構え直し、屋根から降りた。その瞬間、霧が生まれて人型の姿が写る。人狼が目の前で舌を出す。俺の後ろに彼女が長い毛を見せびらかす。
「下っ端じゃん」
「お気に召さなかったか?」
「サラダ」
本当に彼女は歪んでいる。
✽
謁見、遠い地で覇を持つ魔王との話し合いを私はマクシミリアン経由で貰えた。この機会はきっと「今生で一回しかないだろう」と思える。会えるだけ奇跡、空高い聖域に住まう人。魔国を1代で変えさせた化け物の親玉。
そんな方がわざわざ私のために時間を設けてくれている。
「ソーマ、もしものときはお願い」
「もしもか。どんな事?」
「私が爪を伸ばしたとき、私が狂って勝とうとしたときは抑えて」
「何故? 敵わないのに戦おうとする」
「窮鼠猫を嚙む。圧倒的すぎると恐怖で歪む」
「なるほど」
私はノック後にマクシミリアンが用意したと思われる宿部屋へ入った。空気は思いの外軽く。目の前の女性は人形のような精巧な顔と長く少し跳ねた金髪。左右違う色の瞳に、あまり高価とも言えない旅服を着ていた。初めて見る美少女のようで美女の王に言葉を失う。隣のマクシミリアン女王のような雰囲気もあるが、そんな人が驚いた表情で言葉を漏らした。
「驚いた……隔世遺伝と言う言葉がありますが……ここまで『銀髪鬼』に似ているなんて。では、二人とも席にどうぞ」
「覚醒遺伝」と言う言葉に私は思い出すのはお祖母。苛烈であり、家族想いだが、実子をも平等に扱い。育児放棄した者である。怨恨生むキッカケの一人である。
「いえ、私はこの床でよろしいです」
「銀姉と同じく……床で」
私たちは床に正座し、背筋を真っ直ぐにして王を見上げた。私たち人狼は彼女の下に居るべき存在であり、反抗の意思はない。いきなりの行動にマクシミリアン女王と顔見合わせて困惑した人情味ある素振りを見せた。柔らかい人相に豊かな感情をお持ちな人である。嘘偽らない表情だ。
マクシミリアン女王が私たちを紹介してくれる。
「ネファリウス、彼女らは説明した通り。今の事件の首謀者の娘と私の遠い孫です。名はソーマとシャーリと言います。銀色の髪で銀と名乗ってます」
「シャーリーと申します。この度、親族の不始末……誠に申し訳ありません」
土下座、頭を垂れてクソババアの代わりに頭を下げる。どんな言葉をかけられるかを待っていると質問が投げかけられた。
「ネファリウスと聞いて反応を示したけど……ご存知で?」
「はい、重々承知の上です」
私は王の冒険譚を読んでいる。読んでいるからこそ尊敬し、畏怖し、恐怖し、許しを乞う。敵国内で荒らしている事を。
「問います。もう、これは非常に悪い状況です。なので私が来ているのです。おわかりですね?」
わかっているからこそ、頭を下げている。これは確認の質問である。
「はい、我が一族の狼藉……英魔国内にも響いておいでなのでしょう」
質問の回答から、王が困った表情になる。悪い状況を詰問するような表情ではなく。「何を言えばいいのか?」と悩む表情だ。空気は軽い。
「魔国内にはなにも響かず。故に知らないかのような平穏であり、逆に好機とする勢力もあるでしょう」
「……」
私は言葉を咀嚼する。「英魔国内は関係ない」「敵対してるから好都合」と思っているらしい。確かに戦術的にはいい時期だ。
「なら、何故……私が来たのか。それは『帝国王には恩義があり、彼の地を荒らす賊を始末するために』と言えば納得するでしょうか? もっと早く、もっと速く。事態を知れば取れた手段も多かったでしょうが……遠い地、我々の影響も最低限のみである故にマクシミリアン女王の護衛で単独乗り込んだのです」
非常に強い信念のある言葉に私は魅せられる。普通ではない事を私情でマクシミリアン女王も動かして行っているのだ。狂っている。狂っているからこそ面白い。
「なので情報がほしい。『決着』をつける相手を教えてほしい。まだ古いルールの世界なのだから」
「……」
弱肉強食のルールを言っているのだろう。その通りだ。まだ、弱肉強食の世界である。
「全ての首謀者は私の母上です。故に身内の不始末は私が行います。上納金、指を集め、謝罪に向かいます故、この度はお待ちください」
「親族殺しの罪を若いもんに背負わせるわけに行きません。却下です」
私はその言葉に怒りが湧く。後ろのソーマが少し警戒しだしたが私は拳を握り落ち着かせる。クソババアを庇った事や、クソババアを知らない憤り、親殺しという世間体の話をしに来たわけじゃない。逆に私は語気を強めて問う。
「私には無理と思いですか?」
「若輩すぎる。一人の小娘で解決するには難しい難局です。それに……母親殺しはあなたの世界では最悪な罪でしょう」
この女王は優しすぎる。罰を与えない。しかし、逆に悔しく思った。同じ小娘のような容姿なのに母親殺しのルールさえも知っている。そして、若輩と罵った。私の名誉を履き違えている。
拳を握る強さが強まり、私は立ち上がった。そして、小指を咥える。
私は覚悟を示すと同時に罰を自分で受けさせる。女王の優しさに甘えるわけにはいかない。私の獲物を横取りさせない。母親殺しなんて気にするほど、クソババアになにも良いことをされていない。
ブチブチブチ!!
咥えた指を噛みちぎり、ペッと机に飛ばす。手や口には血が滲み、ポタポタと傷口から血が流れて床を濡らす。唐突な行動に呆気を取られる女王たちに私は言い放つ。覚悟を口にする。
「タマ!! とったりますよ!! たとえそれが、母親でもね!!」
沈黙。私は小指を失い、刀を握れる力を失う。女王陛下はそんな覚悟の示し方に動揺しながらもここを治める必要が生まれた女王陛下は静かに言う。
「わかった、そこの君。手当てしに行きなさい」
私の勢い勝ちである。「わかった」と言う言葉は「全部の事をあなたに任せる」と同じと解釈出来る。
私の行動に驚いたソーマがハンカチを出して肩を叩き、指を隠すように布を当ててくれる。滲む血を私は見ながら、額の汗が溢れた。タンカを切った私は知らず知らずに緊張していたのだろう。部屋を出た瞬間に全身から汗が出た。
「銀姉、大丈夫か? 指が」
「指一本で『全部殺っていい』お墨付きをいただけるのだから安い。ただ、生きた心地しなかった」
「同じく。治療するから手を見せてくれ」
ソーマが回復魔法で止血し、骨が見える小指にハンカチを結ぶ。私は笑いながら舌を出して血をなめた。
「クソババア、娘の指。この痛みを味あわせた事を後悔させてやる」
「逆恨みじゃん。魔王様は許してくれそうだったが?」
「許してくれそうでも、獲物は横取りされてた。それはダメ。私がすべてに決着つける」
これは人狼の問題だ。人狼で片付けてその後に仲裁してもらえる方がいい。
「銀姉、覚悟見させてもらったよ。何も言うまい」
「ありがとう、ソーマ。行くよ『英魔国女王への反逆者粛清』へ。大義名分は私にあり」
「うまいもんだな。小指一本にしては」
「でしょう、『女王陛下は優しすぎる』。だからこそ、強く打診した。折れるでしょうと」
「でも、緊張した」
「そう、血糊を泳いで来た筈なのに。『優しすぎる』」
「それは何故だと思う? 銀姉」
ソーマは賢い。しかし、問いかけるのは私のが賢いからだろう。
「私はそれは『余裕』の現れと思う。『貧すれば鈍する』と言う言葉は本当に凄い。見せつけられたわね『圧倒的、豊かな王』に」
「なるほどなぁ。何処で学ぶんだよそんな事を」
「独学」
私は「もしかしてお溢れを貰える縁が出来たのでは?」と高笑いしたくなるのをこらえながら、その場を立ち去るのだった。




