悪役令嬢の第四歩:フラグはへし折る物(折れなかった)
悪役令嬢の僕の日課で、父親に報告の義務があった。なので僕は執務室の扉を叩き。中に入る。
トントン、ガチャ!!
チャキ!!
僕の眉間にボウガンの矢先が突き付けられる。
「今日のチェックリストです」
片手で紙を提出する。
「ああ……受け取ろう」
「………お父様。なんでボウガン突きつけるんですか?」
「気のせいだ。『お戯れだ』と思え」
「あら………そうだったのですね。だから……お父様を幻滅しなくてすみそう」
「なにがだ?」
「初心者みたいな事してます。わざとならいいですが。もし、忘れているなら愚かですよ?」
「だから、なんだと言っている」
「安全装置ついたままです」
「そんな、ことは………」
シュ
僕は顔を下げ射線を切り、素早く懐へ入って手首の中に仕込んだ小さな投擲用ナイフを向けた。一瞬だけ目線と思考を変えた隙を狙う。
「お父様。幻滅しました」
「………なれない事はしないことだったな」
「そうです。ボウガンを眉間に突き立てるのは恐怖を煽る上でいいでしょうが。私みたいな者は怖くないです。射線に立たなければいいのです。それに撃って外したら………それで終わり。魔法の力で威力の増した投擲ナイフを投げた方がいいですよ。小さく持ち運びも便利ですから」
だけど僕は知っている。このナイフでは父上の鍛えられた鋼に阻まれる事を。ご挨拶程度にしかならない。致命を取るなら武器不足だ。
「小型ボウガンをスカートの中に隠している癖にか?」
「良いもの開発したでしょ?」
「ああ。使えたよ」
「騒ぎになりましたもんね……」
「騒ぎになったのは死んだ奴が………不正まみれだった方が明るみになったのが理由だ」
「恨み買いすぎなら………強くなくっちゃ」
僕は「なぜこうも物騒な家に生まれたんだろ」と思いつつも感謝する。この家に生まれたお陰で余裕が生まれている。人間は「嫌われたくない」と思う生き物。嫌われたら敵になってしまうためだ。倒される事に恐怖する。いい顔をする。
目上にいい顔を。同じくらいの人にもいい顔を。目下の物には悪い顔を。そんなものだ。
だが、僕は「目上でも嫌われたっていい」と思っている。負けない自信がある。殺るなら殺れ。死んでも悔いは残らない。嫌がらせをするんだ、嫌がらせを受けもする。覚悟なくしてヒロインを立てる役はしていない。
「いい面だ。『男なら』とも思ったが。英雄、ひい婆ちゃんは女だった。銀髪のお前はきっと生まれ変わりだろう。銀髪鬼と恐れられていたよ」
「手が使えないけど、将の首を噛み切って絶命した人ですね」
「ああ、しかし。その勇敢さは私たちの家の模倣だ。分家もな。故に新しい鬼を期待している」
「お父様。聞きました。殺しあったのでしょう?」
「話し合いだ。分家からの養子は断ったぞ」
「あら? 今まで寝てましたけど? 安心するんです?」
最近になって動いている気分。ボーっとしていた夢見な気分だった。
「まぁ、『利用価値はある』と思っていたのさ。女だからな」
お父様は私の髪を撫でる。
「愛されてますわぁ~」
商品としてね。表彰かしら。
「ははは……知りすぎたるは滅ぶぞ。我が娘よ」
「覚悟の上。銀髪鬼の伝説は嘘ではないですよ」
僕は昔に聞かされている話を思い出していた。「夜に輝く銀髪を見たら死ぬ」と言う噂を。しかし、「迷信である」とも言われている。夜に見たものは居ないのだから。
「そうだな。お前を見て確信した。『伝説は生きている』とな。学園で悪さをしているようだが……」
「ええ、嫌がらせを少し」
「程々にな。一応は怒鳴っておこう」
父上が息を吸い吐き出す。
「バッカモーン!! お前は学園と言うのを知らな過ぎる」
「………」
「他の令嬢もいるんだ!! 迷惑をかけるな!! まったく」
「………」
「使用人にも聞こえただろう」
「ええ。五月蝿かったですしね。では、去ります。紙面で確認を」
僕は報告を済ませて部屋を出ようとした。その時。
「マクシミリアンのご子息と最近仲がいいらしいな」
声をかけられピタッと止まり言い放つ。
「友達なだけですわ」
「なんでもない」と伝える。
*
俺は今日もテラスで彼女と一緒である。不機嫌そうに肘をつく彼女。昨日の話を聞いていた。
「昨日、そういう話が出て不快です。付きまとわないでください」
「今、騒ぎになっているのは……ペルデル家か……お前の家が首謀でビックリだ。暗殺一家か……」
「次の家はマクシミリアンかしら?」
「知っても何もしない。親友ノブリスより、理由あって我が家は帝国の奴に対して正義感は薄い。それよりも………」
「なんですか?」
「友達としては認めてくれてるのだな」
「…………」
ぶっきら棒な表情だが、否定はしない。
「銀姉。最近思うんだが………ノブリスは王子として不出来では?」
ここで言う、王子とはヒロインとしてのシンシアとくっつくだろう男の事を指す。俺は悲しいことに学園で唯一この狂犬女の趣味を理解する男となってしまった。悲しいことに。
「親友を不出来と言うのですね」
「告白がまだ出来ていない。シンシアも気にしてはいるだろう。ヘタレで痒い」
「その痒さがいいのよ!? こう!! くっつくかな? くっつかないなぁ~というジリジリも楽しむべき」
「イライラする。スパッと決めるのが男だ」
「はぁ!? 貸したの読んだでしょ!? 何故そうなるの!?」
「貸したやつの中に、素早く好意に気が付いた王子の手際のいい物が好きだ。女々しい。それに……騎士だから」
「女々しいからいいんじゃない!!」
理解するが全然好みが違った。
「くぅ……これだから新参は」
「はぁ……これだから古参は」
「「……」」
「クスクス」
「ククク」
まぁ楽しい事には変わらない。
「今日の姫様の予定は?」
「二人でまたお茶を飲んでいる。黙ってな」
「甘すっぱい~」
「もやもやする」
「それよりも………ねぇ。親友とシンシアについてなんて話したの?」
「興味ないと。何故か怒られたがな。『魅力がないのかと馬鹿にするのか?』と」
「嫉妬しながら、貶されても怒るなんてかわいい。でも興味ないなんて嘘は信じない」
「興味ない」と言ったのは安心させるためだ。実際は少しは気になりはする。だが………それよりも。
「なによ。睨み付けて。キモい」
「……興味ないわけじゃない」
「!?」
銀姉の目が輝く。
「……だが。銀姉のが気になる」
銀姉の目から光が無くなる。
シャン!!
その瞬間、椅子から立ち上がり俺のもとへ駆け寄る。
「なんて? 言った?」
底冷えした声に俺は……背筋が冷える。
「銀姉のが……」
「忘れなさい。キモい。あなたはシンシアさんをノブリスさんと奪い合うの」
「残念だけど。銀姉。恋愛小説みたいな展開は珍しい。だから………『恋愛小説』なんだ。諦めろ」
「…………」
*
「残念だけど。銀姉。恋愛小説みたいな展開は珍しい。だから……『恋愛小説』なんだ。諦めろ」
「…………」
「銀姉?」
僕は思案する。上手くいかなかった事を悟った。何が間違いかを考えたとき。「先にソーマに出会ったのは間違いだったのではないか?」と思う。
「ソーマ。では、交渉しましょう。僕が勝ったら言うことを聞く。シンシアを寝取れ」
「……負けたら?」
「なんでも言うことを聞いてあげる」
まぁ負ける事はないけどね。ノブリスより雑魚だし。
「……」
「答えなさい」
「……ふん」
「ああ!? やる気ね?」
僕は椅子を蹴る。ソーマは立ち上がり剣を抜こうとするのを僕はその手を押さえナイフを突き立てた。やっぱ遅い。
「……銀姉。やっぱ変だな。『力で従えられる』と?」
「…………」
「……だから。興味がないんだって。どうやっても無理だ」
「…………うぅ。見たかったなぁ………」
僕はナイフを下ろし。蹴り飛ばした椅子を直して座る。そしてテーブルに顔をつけて気力を失った。
*
銀姉の動きはあまりに速かった。気付けばすでに喉元に致命の一撃一歩手前まで来ている。恐ろしいの一言だが。これだけの差があるという示しでもあった。
強い。気高い。ワガママを通せるだけの強さがある。
「……銀姉。やっぱ変だな。力で従えられると?」
「…………」
「……だから。興味がないんだって。どうやっても無理だ」
現に今はシンシアの事よりも気になる物がある。脅しでも無理なものは無理だ。仕方ない。
「…………うぅ。見たかったなぁ………」
「!?」
何処にでもいるような可愛らしい声で銀姉は落胆した。離れて椅子を戻してテーブルに屈服する。これだ……遠くから見れば狂犬のような危ない雰囲気だが。他人の恋愛が絡むと普通の少女になる。
そのギャップが違い過ぎるが。俺は……まぁそれが気になってしょうがない。
恋愛小説や学園にはいない。恐ろしいほどの女王気質から。乙女なような銀髪の美女。
害が無ければ興味がない訳がない。踏み込んだ結果、俺はそれが見えていた。
「銀姉……許してくれ。シンシアさんはちょっと」
「なに?」
「……胸が小さい」
「………………男ねぇ………本当に仕方ない人」
銀姉は納得してくれたようだった。
*
最近親友であるソーマドールがおかしい。ノブリスはそう思った。
「……ふむ。銀姉のオススメは本当に王道物ばかりだ。『悪役目指す』と言わなければ………」
教室で親友が片手に持って読んでいるのが恋愛小説であり。一人事で水銀毒のように危なっかしい狂った令嬢の渾名を口にする。無口だったこいつは最近、それを読みながら笑みを浮かべる。教室の中でも浮いていた彼だったが、色んな人に声をかけられたら話をするようになった。
「………」
持っている物が恋愛小説だが黒髪の美男子として絵になる。黒髪艶が美しい。だからこそ、ノブリスは彼と婚約したい女性が多いことを知っていた。騎士であり、腕もたち。黙っていればクールで喋りなれていないので無口だった。なのに最近では。
「あ、あの? その小説は?」
「……ああ。恋愛小説だね。最近、気になってるんだ。恋愛に」
「そ、そうですか」
「……君は……すまない名前を教えてほしい。綺麗な人」
優しく返答できるし、落ち着いた雰囲気を持っている。話しかけた令嬢は嬉しそうに「名前覚えられちゃった」とはしゃいでいた。
「ソーマ」
「……ん、なんだ? ノブリス」
「最近、明るくなった。あの令嬢が関係しているのか?」
「……ああ、そうだな。あの令嬢を相手にするんだ。普通の事は緊張しなくなったよ」
「そうか。『気を付けろ』と言った君が……シンシアと僕のために頑張っている事は知っている。ありがとう」
「……いいさ、今は好きで関わってるんだからな」
本当にこいつはどうしたと言うのだろうか。窓の外を眺めながらため息を吐いて。
「………確かめたい」
「何をだ? ソーマ」
「……俺自身の気持ちを」
本当におかしい。なんで笑っていられるんだと。