第六話:メイドさんと露天風呂
最近、『着衣がしめ縄一丁とか裸エプロンどころじゃねーな』とか考え始めた俺である。
全裸にネクタイだけの紳士と言うのは、ちょっぴりハイレベル過ぎる気がする。
しかし、巨大な樹木の俺に似合う服というなら。
『しめ縄』以外には無いだろう。
……電飾?
いやいや。今は地球の聖なる人の誕生日シーズンでもないのだし。
まあ、とにかく服の話だった。
俺の姿をした人間型ボディを生やして、それに着せる、とか……。
いや、いやいや、そんな解決策は絶対に取りたくない。あくまで、俺の本体はこの大樹なのだ。
……メイドさんが『ぽっと出男』にご奉仕するシーンを、延々と見続ける羽目になってしまうだろう。
それはあれだ、困る。
メイド好きの俺に、MTR(メイドさん取られ)の趣味はないのである。
そのメイドさんと言えば。俺は彼女の生まれた年を紀元として、『メイドさん歴』を定めていた。
もちろん、浮遊島の暦の基準として活用している。
……よく考えたら、メイドさんのお誕生日には、俺がデコトラばりの電飾を着て祝ってやるのも悪くないかも知れない。
メリーメイドさんマス。
良い響きだ。
そして、今年はメイドさん歴14年。つまり、彼女は14才になった。色づき始める果実の年頃だ。
あの社殿を改築した年から、何事もなくすでに十年が経っている。メイドさんの外見は変わっていないし、はっきりした『自我』もまだない。しかし、彼女は触手面でも制御ソフト面でも、大きな進化を遂げている。
ハード面では頑丈さ、筋力や持久力がとんでもないことになってきた。
筋肉状に編んだ触手の進化で、とてつもない瞬発力も生み出せる。
今や、ぴょんとジャンプするだけで、ロングスカートを優雅に翻し、約18メイドさん(単位)はある俺の本体の天辺に飛び乗ることも可能なのだ。
なお、俺本体の中のメイドさん制御ソフトは、人間的ボディを起点にして魔法を使うことが出来る。
つまり、魔法を使えるメイドさん。
本格的に魔法少女属性まで付いてしまった。
当初の『普通の人間』というコンセプトは何処へやら……かなり人間離れしてきた気もするけれど、彼女が怪我をしないことのほうが重要だ。
どうせなら。
大体何でも出来るスーパーメイドさんを目指して、頑張ってもらいたいと思っている。
そんな訳で、最近のメイドさんには、改めて『お掃除』のお仕事を頼んでいる。
汚れていなければお掃除してはならない、という理由もない気がしてきたのだ。
柔軟な触手の俺は、考えを改めたのである。
今日も早速、社殿の畳張りの部屋を『生きたモップ』と『水魔法』でごしごしとお掃除してもらう。
乱暴なやり方だが、俺の触手製の畳は濡れても擦っても傷んだりはしない。
ごしごし。
あっ、そこ、いい……。
この作業は、畳状触手への水やりを兼ねて、お風呂で背中を流してもらうようなものだ。
俺自身、めちゃくちゃ気持ち良くなってしまう。
そして、せっせとお仕事をするメイドさんの足元で、素足に踏まれる畳になった俺。
浮遊島一の幸せ者か。
上を見ると、『生きたメイド服』の構造上仕方なくだが、室内にいる彼女は下着を穿いていない。
ここが天国か……。
とまあこんな風に、今のメイドさんは半自動的な行動を取らせても、大分スムーズに動けるようになってきた。
もう、自力で歯磨きをさせたら勢い余ってすべすべほっぺを突き破る、なんてことも無くなったのだ。
どじっ子メイドさんは卒業である。
ここ暫くは畑のお仕事だけでなく、俺の本体の近くにある木々や、芝生のお手入れも手伝ってもらっている。
大自然(偽)にご奉仕するお仕事だ。
なんだろう。メイドさんと言うよりは、庭師?
林業?
巫女さん?
ドルイド?
メイドさんとは一体……。
たぶんきっと、メイドオブオールワークスというやつなのだろう。
さて、とにかく。14才と言えば多感な年頃だ。
俺は様式美として、彼女のメイド服のデザインを、少しゴスっぽい感じに寄せてみた。ついでに、意味もなく右腕に包帯を巻いてやる。
封印されし触手が疼く……!
まあ、来年には止めさせるつもりだけれども。一緒に封印されし触手でうにょうにょするのが、存外楽しかったりもする。
やはりメイドさんは可愛い。
……目は死体よりも死んでいるが。
最近の進歩を報告しよう。
浮遊島の様相は、大きく変わった。
俺本体の周囲にある触手は、既に『森』と呼んでも差し支えないほどに成長している。
険しい森の中、分け入るとぽつんとある神社。そして、堂々と存在を主張する巨大な俺本体の姿が、良い感じのそれっぽい雰囲気を醸し出している。
そして、昨年には地中の掌握も大体完了した。
この島を、『浮遊魔法』で操縦出来るようにもなった。……出番はなかったが。
外からの危険はやってこなかったので、浮遊島の進路を変える必要もなかった。
なお、雲の海の下の探査には、まだ着手していない。
島ごと降下させるつもりなども、今のところない。
じっくりと足場を固めているのだ。
この島の外の未知の世界から、どんな危険がやって来るかも解らない。防衛戦力もまた必要だろう。
しかし。俺の体積が以前の何十倍にも増えているので、その辺は割と気楽に考えている。
思考や演算の能力は、以前とは比べものにならないほどに増加した。それを受けて水魔法に浮遊魔法、雷魔法などの諸技術も出来ることが増えたし、触手の力の把握も進んできた。
俺という存在はやはり、己の存在自体を魔法的な何かで成り立たせているらしい。
かといって魔力が無くなれば死ぬ、という訳でもないようだ。
そこは幸いである。
――魔力。
魔法を使う時に消費されるエネルギーを、俺は勝手に『魔力』と呼んでいる。ところで、それよりももっと根元的な、『存在の力』と呼べるような何かがあるらしい……ということが判明している。
こっち方の不思議パワーこそが、俺を成り立たせている様子なのである。
メイドさんの首の後ろに繋がっている触手も、たんに電源やリモコンのコードと言うよりかは、デバイスを認識するUSBケーブル(電源バイパス付き)に近い感じなのだ。
俺はそこを通じてメイドさんをメイドさんとして認識し、メイドさん自身も自分を認識し。
本体からの栄養を吸い、同時に操作信号を受け取るのだ。
因みに、俺が『栄養』と呼ぶものは、メイドさんの劣化した部分を更新したり改造したりする素材のことだ。
俺の触手は、石や砂を取り込んでの合成や形成、そしてある程度の変質を行える。
これも魔法的な手段なので、普通の物理現象よりも、ずっとファジーで大胆な加工法になる。
俺はこれを『土魔法』と仮称している。
ただし、『土魔法』で度を越えた変質をさせて出来たもの、例えば植物的な素材は、俺の体から切り離したとたん、一日も持たずに崩れてしまう。先ほどのUSBケーブルの例で言うと、『デバイスが存在しません』的なあれだろう。
俺が作った品物は、鉱物インゴットや『土』などを除いて、俺というローカルネットワーク的なシステムの中でのみ、維持されている様子なのである。
なお、以前に『光合成をしている』と俺は言った。
空気中から、炭素や水素などを取得することも出来る。だが、この技術も今は精々土を作るか、あの水源地で見付けたような魔法の結晶を作るくらいしか活用方法はない。
触手粘液の活用こそが、技術的ブレイクスルーになるだろう。
そんな気がしたので、今はその方面での『繊維』を開発中だ。メイド服のバリエーションも、随時増やしてゆきたいところである。
魔法の結晶について言えば。
以前の推測の通りに、この大きな島を浮かせる威力の『浮遊魔法』の結晶の発見に成功した。
それらは、意外でもないところにあった。
島の底部である。
結晶が板のようになり、縦横無尽に伸び、見た感じ雪の結晶のような幾何学模様を構成していたのである。
地球で見られる鉱石とは、ずいぶん様子が違うので、人工的な何かの介在も疑える。
しかし、俺自身が浮遊結晶の合成を試しているうちに、結晶の規模を大きくすれば、自然と似たような構造体が形作られてゆくことを確認した。
……まあ、何者かがこの性質を活用してこうなるように作った、という可能性は消えないけれども。
この浮遊島が自然物である可能性が高くなった、とだけは言えるだろう。
そして、一つとんでもないことが解った。
前々から『俺、なんか光合成みたいなことをしてるな』とは思っていたのだが……。
これがやはりというか、普通の植物の光合成とは根本的に異なっていたのである。
なんと、俺の触手は――『光そのもの』を取り込んでいた。
おまけに、光については増幅や蓄積、熱量の調整までの操作が出来る。
俺は、これを『光魔法』と仮称することにした。
……これが『この島の気温が氷点下にならない理由』だろうか?
砂に光の魔法結晶が含まれているとか?
データの蓄積がないので、結論は出せない。
何となく違うと思うが、さておき。
日中に浮遊島中の触手から太陽光を集めておき、夜に俺自身をライトアップしたりも出来るようになった。
今日も夕方になったので、俺は大樹である本体のところどころを、ぽつぽつと光らせてみる。
幻想的な光景である。
メイドさんもたまに発光している。
無意味に輝くメイドさんが、素敵に無敵だ。
この『光魔法』は、様々な応用が効くようだった。
例えば。
貯めた光から、『熱』を取り出して水や物を温めることも出来る。そこで俺はこれを用い、社殿の裏手に一つの施設を完成させた。
念願の『露天風呂』である。
温泉じゃないのが寂しいので、お湯は地中の深いところで沸かしてから、地上へと吹き出させる方式にした。
そこは鬱蒼とした触手の森と、柔らかな光を放つ触手提灯に囲まれている。
ごつごつした岩が庭園のように並び、檜風の触手による縁取りが立派な、風情のある露天風呂だ。
秘湯『触手温泉』。
効能:くっころ気持ちいい。
……今後、一日のお仕事を終えたメイドさんには、水浴びの代わりにこちらに入ってもらうことにする。
脱衣場では、まず編み上げブーツごと、下半身から脱いでいってもらう。
つるんとした白いお尻、その前のすべすべのお腹、少し下の薄い毛の生えたところが露になっていった。
……とても綺麗だ。
黒いスカートをたくしあげて、ニコニコと微笑むメイドさんが可愛い。
次は、そのスカートとエプロンごと、上半身の服を脱いでもらう。
もちろん右腕の包帯も取るのだ。
これらの服が、首の後ろの蔓の分岐点で彼女自身と繋がっているのは、前と変わらない。
しかし。
『生きたメイド服』。
今ではきちんと脱げるし、おまけに畳んで置ける。脱いだ服がごちゃごちゃになったり、蔓が絡まったりして大変だったのも昔の話だ。
バージョンアップを繰り返し、蔓の繋げ方や、開閉部の構造を最適化した結果。
俺は、中のメイドさんを無理なく取り出せるようになっていた。
メイドさんが進化してゆくのと同じように、『生きたメイド服』もまた進化しているのである。
さて。
メイドさんには、頭のホワイトプリムだけを残して全裸になってもらった。これを取ったらもうメイドさんじゃなくて、ただの女の子になってしまうので、注意が必要だ。
『お風呂に入る女の子』ではなく、『お風呂に入るメイドさん』というのが必要なのである。
少し細めではあるが、均整の取れた肢体が美しい。
……『生まれたままの姿』?
否、いな。彼女はメイド服を着たままの姿で生まれてきた、生粋のメイドさんなのだ。
とにかく。
掛け湯をしてから、ちゃぽんと音をたてて、メイドさんが足の先からお湯に入る。
触手提灯の仄かな明かりの中、温かいお湯につかっている彼女の触手の働きが、うねうねと活性化してゆく。
白い肌が、微かに赤みを帯びてゆく。
彼女の体に人間の血は流れていないけれど、その代わりに、赤い触手粘液が皮膚の下を循環している。そのおかげで、彼女は青白い顔色にはならないのだ。
こうして、お風呂で触手の代謝や粘液分泌の働きが活性化すれば、彼女もますます綺麗になってくれることだろう。
女の子と言えば、お風呂が好きなはず。
俺は、彼女専用の触手回路のうちに、入浴に対する『快楽』の信号粘液が分泌されていることを確認している。
触手温泉。
お気に召してくれたようで、何よりである。
――実はこれこそが、今年で14才になったメイドさんへの、俺からの誕生日プレゼントなのだ。
死んだような目で、温泉を楽しむメイドさん。
電飾は準備していなかったので、来年に回し、今夜は大触手パーティーを開催しようと思う。
メイドさんも、日々の経験の蓄積で、少しずつ人間らしさを獲得して行っている。
それは、とても喜ばしいことだろう。
メイドさんというのは、職業である。
いつかは彼女の望むものを、彼女の働きに応じて与えてやれるようになったら良い……と、俺は思う。
そのほうが、よりいっそう人間らしく暮らして行けるだろうからだ。
お風呂上がりの触手ミルクをちゅうちゅうと吸うメイドさんを眺めながら、大樹の俺はそんな風に思い、深い幸せを感じつつ。
ぞわぞわ、うにょうにょと枝葉を揺らすのだった。