文化祭3
時間が経てば、俺と菜摘は戻るのではないのだろうか。そう期待していたが、そんな事は起こらず、ただ単に時間が過ぎて行った。
朝の1時間ほど、体育館で生徒のみで、生徒会が考えた、欠伸が出るほどの暇な催しを見た後、俺たち生徒は、すぐに各クラスで出し物をする事になった。
「松宮――じゃなくて、ヒロ。あんたはこっちに来るの!」
「ヒロ君と、お話ししたいんだけどな~」
体育館から教室に戻る際、遠くでは、中身が菜摘の俺が、楠木に咎められている光景があった。菜摘は、こんな非現実的な状況でもマイペースだ。いつも通りに、自分のペースで過ごそうとしていた。あの光景を見ると、楠木にカミングアウトしておいて、正解だったのかもしれない。
「松宮菜摘。2組には、行かせない」
そして監視するように、俺の背後には、菜摘のクラスのトップ、斉藤がぴったりとついて来ていた。本当の菜摘なら、こんな状況でも安易に斉藤の監視をすり抜け、いつの間にか俺の横でパンを食べているだろう。
ずっと斉藤の視線を感じながら廊下を歩き、俺は菜摘のクラスに入り、クラス全員が揃ったところで、斉藤がみんなの前に立ち、指示を出した。
「1か月、この日のために準備をしてきた。辛い事や、大変な事、一部では意見が対立して、分裂しそうになった」
「それは、斉藤と、松宮の事だろ?」
一部の衝突と言うのは、斉藤と菜摘の事らしい。男子生徒の発言は図星だったのか、斉藤は、頬を膨らませて、じっと男子生徒を見ていた。さっき言っていた、どの役をするときに揉めた時の事だろう。
「……ま、まあ、私たちのクラスは、たくさんの困難を乗り越えたから、こんなにクオリティが高いお化け屋敷が出来た。他の学年にもお化け屋敷はあったけど、1年5組のお化け屋敷が1番だから! 私たちのお化け屋敷で、お客を恐怖のどん底に落としてやりましょう!」
「あんまり怖がらせると、誰も来なくなると思うけどな」
さっき発言した男子生徒が、再び斉藤に茶々を入れると、クラス中が笑い声が響いた。斉藤は頬を膨らませて、斉藤の反応を見て笑っているクラス中の生徒をじっと見ていた。
午前10時。各クラスで行う、地域住民に楽しんでもらう出し物の時間が始まった。
出し物の内容は自由。俺らのクラスのように、料理を提供するクラス、菜摘のクラスのようにお化け屋敷にするクラス。他に、適当に借りて来たDVDで上映会をするクラス。適当に作った作品で、個展を開くクラスもあるようだ。
「ひゃぁああああ!!」
「いやぁああああ!!」
菜摘たちのクラスの出し物のお化け屋敷。中は迷路状になっていて、中には細かな仕掛け、菜摘のクラスの演劇部がメイクした、再現度の高い、日本の妖怪たちの仮装で、中々の怖さとなっているようだ。興味本位で入っていた客が、次々と悲鳴を上げていた。
「……明日、大雪でも降るかも?」
「真面目に働いていら、おかしいのかなー?」
言われたとおりに、お客の首筋や頬にこんにゃくを当てていき、多くの人に悲鳴を上げさせた。真面目に仕事をして、お化け屋敷にそれなりに貢献し、クラスのトップも上機嫌になっているかと思いきや、再びおでこに手を置かれ、失礼な事を言われた。
「松宮菜摘がちゃんとしてくれたから、色んな人に楽しんでもらえた。約束通りに、私の家のお菓子はあげる」
「ありがとうございますー」
この話を聞いたら、菜摘は喜ぶだろう。今回は俺が真面目に働いたから貰えたんだ。貰ったら、俺の分も催促しようか。
「松宮菜摘。丁度お昼だから、あんたの好きなヒロ君に会いに行く前に、私とお昼を食べない?」
「それは無理かなー。今すぐ菜摘――じゃなくて、ヒロ君に会いに――」
昼の12時。俺たちの出し物はどうなっているのか。ずっと気になっていた。1秒でも早く様子を見に行きたいと思っていたが、なぜか斉藤は、凄く残念そうな顔をしていた。
「と、思ったけど、斉藤さんが奢ってくれるなら、行ってあげてもいいかなー?」
どうして斉藤は、菜摘に執拗に絡んでくるのか。この寂し気な表情で分かった。
斉藤は、ただ単に菜摘とお近づきになりたいだけのようだ。ここで断れば、更に菜摘に絡んでくる可能性もある。
菜摘は、俺以外に仲良くなろうとする所を見た事は無い。折角の機会だ、こんなマイペースな菜摘と仲良くなりたいと思った、変わった人が現れたなら、菜摘と仲良くなってもらおう。
「……じゃあ、早速食べに行こう!」
パーッと明るくなった斉藤。幼子のような、無垢な表情は、とても可愛らしかった。
菜摘の奴、どうして今まで斉藤と仲良くなろうとしなかったのだろうか。猪俣、中村とは違い、1軍の中では、すごく良い生徒だと思うんだが。
「はぁ~。美味しい~」
俺たちの学校の生徒が作り、何の変哲もないフランクフルト。それを俺の横で、凄く美味しそうに食べていた。
「松宮菜摘。口元にケチャップついてる」
俺もそれなりに腹が減っていたので、ガツガツと食べていたせいか、口にケチャップが付いていた。それを斉藤はティッシュを取り出して、俺の口元を拭いてくれた。
「こうやって、ちゃんと話を聞いてくれるのは、あんただけ」
「どう言う意味だ?」
「私、友達いないから」
出し物をする前、斉藤はクラスの前で、普通にみんなの士気を高めようとしていた。今まで、普通に仕切っている奴が、どうしてそんな状況になってしまっているのか。
「私、この辺の出身じゃない。春に北陸から来た」
「……北海道の辺り……かな?」
「場所が分からないぐらい、地味な所にある地域から、親の転勤で、東京に引っ越して来たの」
名前を言ってもピンとこない。斉藤が言っている、北陸という地域。あとで調べるとして、もう少し地理を勉強した方がよさそうだ。
「はよしね。そう言われたら、松宮菜摘はどうする?」
「何で死なないといけないのかな。そう思うなー」
どんな時に使う言葉か知らないが、気の短い人が聞いたら、まずキレられるだろう。心が繊細な人だったら、相当傷つく言葉だと思う。
「はやくしなさいって意味。変な制度が始まって、私はなぜか5組で、一番偉くなっていた。私がしっかりしないといけない。そう思って、みんなにあれこれ指示している時に、標準語だと思っていたその言葉が出て、私は一気にクラスの人には、疎遠され、田舎者として、軽蔑されるようになった」
東京の人に、その方言を言ってしまったら、確実に仲間外れにされる。俺も今聞いた時、びっくりした。
「けど、あんたは違った。あんたに指示を出した時、驚く事も、怒る事も無く、ただいつも通りにパンを食べていた」
いつも通り、マイペースの菜摘らしい行動だ。
「驚かないって事は、あんたも北陸の人なのかもって、仲良くなろうと思ったんだけど、意味が分からないって事は、あんたは違うって事なんだ。せっかく、仲良くなれると思ったのに……」
「仲良くなればいいと思うけどな」
ふと呟いた言葉に、斉藤は目を丸くしていた。
「仲良くなるのに、遠慮なんていらない。遠慮していたら、ずっと友達なんて出来ない。本当に仲良くなりたいなら、まずは自分の本性をさらけ出した方が、相手も心を開いてくれると思う」
仲良くなりたい人に、なぜ遠慮する必要があるのか。時と場合にもよるが、仲良くなりたいと思ったなら、遠慮せずに、まずは自分から行動をとるべきだろう。相手からの行動を待っていても、相手は動かない。まずは、自分から動くべきだと、俺は思う。
「そんなら、松宮菜摘には、地元の友達みたいに話すから」
「お、おう……」
さっそく実行に移すとは。そんなに、マイペースクイーンの菜摘と仲良くなりたいのか? まあ、俺があれこれと言える事ではないので、斉藤の意思を尊重しよう。
「私はクラスの代表だから、そろそろ教室に戻る。そしてあんたは、彼氏に早く会いに行く。あんたの大好きなヒロ君が、違う女に取られちゃうわよ?」
俺の前では見せない、菜摘も斉藤に何か話しているのだろうか。ここは、お互いのためにも、追及はしないでおこう。
「そんな事、させないよ」
皮肉交じりだが、斉藤は菜摘に気を遣っているのだろうと思って、俺は彼女の言葉を受け入れ、どうなっているのか分からない、俺のクラスに向かう事にした。




