文化祭2
「ふわ~」
「ヒロ、寝不足?」
「夜中の2時起きだから~」
文化祭の当日。こんな大事な日に、俺と菜摘の中身が入れ替わってしまうハプニングが発生。俺の体で大きな欠伸をしているのが、菜摘。菜摘と楠木の後ろを歩き、ずっと菜摘の体で、菜摘の行動を監視しているのが、俺だ。
「ヒロ。もしかして、遠足とかの前の日は、寝られないタイプ?」
「それはヒロ君だよ――イタッ」
眠気のせいか、菜摘はもう俺の演技をするのを忘れているようだ。変な風にボロを出さないように、菜摘のポケットに入っていた、野球ボールを投げつけておいた。
菜摘のポケットはいろんな物が入っていた。手で探ってみると、ポケットには今日食べる予定のお菓子、野球ボールや、クリップ、木工用ボンドなど。よく分からない物まで入っていた。制服のポケットは小さいのに、どうやってこんなにたくさんの物を入れられるのだろうか。四次元になっているポケットじゃないよな?
「松宮。あんた、ヒロと何かあったの?」
菜摘が、怖い顔で、俺に野球ボールを投げて来たので、楠木は、俺と菜摘が喧嘩しているのだと、考えてしまったようだ。
「べ、別に喧嘩なんかしていないよー」
「楠木さん。私とヒロ君は、とっても仲が良いんだよ? 喧嘩なんて、一度もした事無いよ?」
せっかく菜摘の演技をして誤魔化そうとしたのに、マイペースな菜摘は、いつも通りの態度で、さらっと楠木に嘘をついて言い訳していた。
「……あんたら、何か私に隠してる?」
あからさまの変な態度が、楠木の疑念に持たせてしまったのか、足を止め、ジト目で、俺たちを見ていた。
「隠したって、ロクな事にならないわよ。正直に話した方が、あんたらもスッキリするんじゃない?」
「……びっくりして、腰を抜かすなよ」
楠木は、この非現実的な事を、信じてくれるはずだ。口調が悪い時もあるが、メイド喫茶で、世の男性に、笑顔でご奉仕するほど、根はすごく良い奴なんだ。笑って、信じてくれるだろう。
「俺と菜摘、入れ替わった」
「ふぁい?」
楠木は驚きすぎて、変な声が出ていた。
「信じられないかもしれないが、俺の体には菜摘。菜摘の体に、俺が入っている」
「ヒロ君の、話は本当だよ~」
そして菜摘は、俺の体で菓子パンを食べていた。いつの間に、菜摘のポケットから、菓子パンを取り出したのだろうか。
「事情は分かったわ。……けど、どうすんのよ」
俺が、いつもの菜摘の行動をやっているのが決め手になり、楠木は、この非現実的な事を信じてくれた様子だが、急に頭を抱えて、唸りだしていた。
「……松宮が、私たちの出店を指揮するなんて、もう負け確定よ」
「ちょっと酷いと思うな~」
楠木は、俺たちが入れ替わってショックを受けているより、文化祭が滅茶苦茶になる方が心配しているようだ。
このマイペースクイーンの菜摘が、俺たちが必死になって準備してきた出店を切り盛りしている姿は、俺も想像できない。
「……あの、アホ猪俣が、また変な事を言い出すのよ。……一番売り上げが少なかった店には、覚悟しておきなさいって。……絶対、ロクな事が起きないわよ」
楠木が言っている通り、猪俣は前に、クラスの売り上げに貢献出来なかった階位には、それ相応の覚悟をしておけと。
細かな内容は言わなかったが、召使い、パシリとして、永久に服従しろとか、そう言い出しそうなので、それを避けるために、俺たちは頑張ってきた。
「つまり、猪俣さんたちに、勝てばいいんだよね~?」
「勝算でもあるのか?」
菜摘は、どこか自信がある様子だ。俺の顔で、少しドヤ顔をしていたので、聞いてみると。
「みんな、裸エプロンで営業すれば――」
おかしな事を提案してきたので、即座に菜摘の頭を叩いて、菜摘を轟沈させた。
自分は着ないと分かっているから、そんなふざけた事が言えるだろう。料理を提供する前に、負けが確定する。男からは熱烈な支持はあると思うが、猪俣たちには、即ゴミを見るような目で見られるだろう。
「は、裸……エプロン……」
楠木は、想像してしまったのか、再び顔を真っ赤にして、頭から湯気を出して、気を失いかけていた。
「お、俺たちは、料理で勝負をするって決めただろ。衣装ではなく、料理で勝負だ」
「本当に、それで勝てるのかな~?」
そしてフラグを立てる菜摘。菓子パンを食べて、もぐもぐと今にも落ちそうな木の葉を見つめながら、不吉な事を言っていた。
そして学校に着き、俺は一瞬、自分のクラスに行きそうになったが、今は菜摘の体なので、菜摘のクラス、1年5組のクラスに向かった。
菜摘のクラスはお化け屋敷とか言っていた。なので、文化祭当日には、5組の教室はお化け屋敷と化していた。
別にお化けとかは怖くないが、内容を知らないので、少し警戒して教室には行ってみると。
「おい! 松宮が、チャイム前に入ってきたぞっ!」
菜摘の奴、いつも遅刻しているのかっ⁉ 入った瞬間、5組の生徒がざわついたんだが。
「くそっ……。松宮の、遅刻記録、59日で終わりかよ……。せめて100日遅刻してくれれば……」
「よっしゃ。俺がニアピンで勝ちだな。賭け、忘れていないよな?」
「……ほらよ」
扉の近くにいた生徒が、菜摘の遅刻の記録を賭けていたようで、泣く泣く、勝った男子生徒に、プリペイドカードを手渡していた。何か、悪いと思ってしまった。
「ま、松宮菜摘……」
その男子生徒のやり取りを見ていると、俺の前には、ツインテールの女子生徒が現れ、そして俺のおでこに手を当てていた。確か、この生徒は、前に菜摘を連れ戻そうとした――
「……熱じゃない」
どうやら、菜摘がチャイム前に来るのは、良くないようだ。これから、すぐに戻れとは言わないでおこう。
「どうした? もしかして、あんたが口癖のように言う、ヒロ君にフラれた?」
どこか嬉しそうに、菜摘に絡んでくる女子。この女子は、菜摘のクラスのトップ、斉藤英梨だっただろうか。俺たちのクラスで言うと、猪俣みたいな存在の生徒だ。斉藤が、俺たちのクラスのトップだったら、まだ良かったんだが。
「ふ、フラれていないよー。今日は、文化祭だから、楽しみで、つい早く着いちゃったんだよー」
「あんた、文化祭はどうでもいいから、ヒロ君と一緒にいたいな~。って、言ってなかった?」
俺の幼なじみの松宮菜摘。同じ病院で生まれ、同じ幼稚園に通い、同じ小中高と通って、ずっと傍にいたのに、全く菜摘の考えが読めない。
だが、この様子だと、菜摘は何かしらに俺で言い訳をしているようだ。全部、俺のせいにしておけば、何とか乗り切れるかもしれない。
「ひ、ヒロ君と、一緒に回れるからだよー? あー、いろんな所を回りたいなー」
「けど、それは、ちゃんと自分の仕事をしてから、あんたのヒロ君に会いに行きなさい」
彼氏彼女の関係に嫉妬しているのか、頬を膨らませてから、俺に何かが入った紙袋を渡した。
「こ、これは何かな?」
「松宮菜摘がどうしても、その役じゃないと、お化け屋敷に協力しないと言ったじゃない」
菜摘の奴、一体何の役をやりたいと言ったんだ? まだマシな、のっぺらぼうとか、ろくろ首の事を祈っておこう。
「こんにゃくで、客の首筋で驚かせる役。重要な役だから、仕事中にサボったら、もう二度と、私の家のお菓子はあげない」
そんな地味な役を、どうして菜摘はやりたいと言ったのか。
この役は、恐らく裏方の仕事。菜摘は、あっさりと抜け出すのは可能だと思ったから、この役を選んだのだろう。マイペースで、何も考えていなさそうだが、菜摘は、そう言ったところはしっかりと考えているようだ。
「さ、斉藤さん。私は、い、いつまでやっていればいいのかなー?」
「松宮菜摘。あんたは、本当に話を聞いていないわね」
意味が違うが、俺は本当に聞いていない。菜摘が、お化け屋敷でこんにゃくで驚かせることすら、初耳だった。
「松宮菜摘は、今日の午前中と、明日の午後。何度も言うけど、サボったら――」
「分かったから、何度も言うな――じゃなくて、分かりましたー」
あまりにしつこいので、素の俺が出てしまいそうになったが、すぐに作り笑いをして、何とか誤魔化した。
菜摘の奴も、結構苦労しているんだな……。




