文化祭1
「ヒロ君。朝だよ~」
「……まだ、日が昇ってないぞ」
朝の4時。マイペースな菜摘が、真っ暗な中、俺を起こしに来た。
「……今日、何の日か分かっているよな?」
「えっと……。学校祭だっけ?」
「……分かっているなら、寝かせてくれ」
今日は土曜日。だが、いつもの土曜日ではない。今日から土日の2日間、自由川高校の学校祭が始まる。世間が休みの中、俺たちの学校の生徒は、学校に行かないといけない。どこの部活にも入っていない俺らには、迷惑な行事だ。
「中途半端に寝る方が、かえって眠くなると思うんだけどな~?」
「……誰かさんが、早く起こさなければ、中途半端に寝る事にならなかったんだが?」
だが、菜摘の言う通り、ここで1、2時間程度寝ても、また起きた時が辛いだろう。まだ寝足りないが、家を出る時間まで、起きていた方がいいかもしれない。
「ヒロ君。どこに行くの?」
「トイレ」
「それじゃあ、私も行くよ~」
幼なじみの女子と、一緒に家のトイレに行くなんて、おかしな話だ。だが、何としても、菜摘はついて来るだろう。トイレまで入って来る事は無いと思うので、返事をせずに部屋を出て、階段を降りようとした時。
「ヒロ君っ!」
あまり大声を出さない菜摘が、珍しく大声を出して、俺の名前を呼んだ。反応せずに、部屋を出た事が、気に入らなかったのだろうか。
「菜摘。まだ、おふくろたちが寝ているんだ。大きな声を出すな――」
菜摘を注意しようと、後ろを振り向いた時、俺の目には、階段を踏み外して、落ちそうになっている、青ざめた顔をした菜摘がいた。
「っ!」
菜摘が怪我しないように、俺も咄嗟に、菜摘を抱きかかえて受け止めようとしたが、菜摘の落ちるスピードを受け止めることは出来ず、菜摘を抱きかかえたまま、家の階段から転げ落ちた。
「正義っ⁉ 正義っ⁉ 大丈夫?」
しばらく気を失っていたのか、意識を取り戻して、目を覚ますと、飛び起きたおふくろが、心配そうに、俺の体を揺すっていた。
「……俺は、平気だが」
「あっ、菜摘ちゃんっ! 大丈夫、どこも痛くない?」
……ん? ……菜摘?
「その様子なら、大丈夫そうね……。よかった……」
俺のキョトンとした顔を見て、おふくろは安心したのか、再び寝転がっている、俺の体を揺すって――って、ちょっと待てっ!
「あら? 菜摘ちゃん、忘れ物?」
おふくろに構わず、俺はすぐに洗面所に向かい、俺は洗面所にある鏡を見てみると。
「……菜摘」
そこには、紛れもない、ひきつった顔をした菜摘が立っていた。手を動かしてみると、鏡に映った菜摘は、俺が動かした手を動かして、まだ夢を見ているのかと思い、頬をつねってみると、凄く痛かった。
首全体を覆うような、鬱陶しく感じる、さらさらとした菜摘の髪。
前方から、何か重い物でも抱きかかえている様な重みを感じる、菜摘の成長した胸。
下は、ずっと風呂上がりのパンツ一丁のような、解放感を感じる、菜摘の下半身。恐らく、短くスカートを穿いているからだろう。
「……入れ替わったのか?」
こんな漫画のような、非現実的な事が起きるのだろうか。階段から転げ落ちた拍子に、俺と菜摘の中身が入れ替わってしまったようだ。
「じゃあ俺の体の中に……!」
まさかと思い、俺はさっきまで倒れていた廊下に戻ってみると、まだおふくろは、俺の体を揺すっていた。まさか、打ち所が悪く、菜摘は重症なんじゃないよな――
「……もう。……ヒロ君ったら、大胆なんだから」
どうやら、あれだけ派手に転んでも、マイペースの俺の幼なじみは、とってもいい夢を見ているようだ。俺の体、菜摘は無事でよかったが、どうやったら、派手に転げ落ちた後、そんないい夢が見られるのだろうか。
「おふくろ――じゃなくて、おばさん。ヒロ君が寝ぼけて、ここで寝ているようだから、私が、ヒロ君をベッドに寝かせて来るよー」
実の親に、おばさんと言うのは違和感がある。だが、ここで俺の体に、菜摘の心が入っていることがバレてしまったら、話はややこしくなるだろう。ここは、おふくろたちには黙っておいた方がいいだろう。
「それじゃあ、お願いね~。一線は越えちゃ、ダメだからね~」
おふくろにツッコみたいところだが、菜摘の姿で突っ込んでしまったら、話がややこしくなるだろう。
「……おい、起きろ」
おふくろが部屋に戻ると、まだ夢の中にいる菜摘をチョップで起こすと、俺の体はむくりと起きて、大きな欠伸をした後、表情はのほほんとした表情になっていた。
「……こんな所に、鏡なんてあったっけ~?」
「菜摘。自分の胸を触ってみろ」
そう言うと、菜摘は俺の体をペタペタと触ると、菜摘の動きが止まったと思うと、菜摘は俺の顔をじっと見てくると。
「つまり、お互いに触りたい放題って事かな?」
変な風に、この状況を理解してしまった菜摘の頭を叩いた。動揺するかと思いきや、この幼なじみは、どうしてそんな事を、すぐに思いつくのか。この先が思いやられる。
「おい。早く電車に乗らないと遅れるぞ」
「もうちょっと待ってほしいな~」
周りから見ると、俺がマイペースに道端にある自動販売機の飲み物に悩んでいて、それをまだかと思って、イライラしている菜摘がいる光景だ。家を出た途端、この調子なので、この先は不安しかない。
まだ夢を見ているのか。そう思って家を出る前に、菜摘に頬をつねってもらったが、相変わらず痛みを感じるだけだ。
「菜摘。さっき説明した事、覚えているよな?」
家を出る前に、これからどうしないといけないのか。いろいろと説明したので、途中に欠伸をしていた菜摘がしっかりと覚えているのか、一応聞いてみると。
「えっと……。ゲームは一日30分だったような~」
「そんな話、一切していないぞ」
マイペースに、自販機で買ったお汁粉を飲んでいるので、更にこの先が思いやられる。
「菜摘は、俺の物真似をして、出店、成敗、下剋上勝負をこなして、この一日を乗り切る。分かったか?」
「ヒロ君の為なら、頑張ってみるね~」
「俺のために頑張ってみるなら、早く足を動かしてくれないか?」
「お汁粉飲むまで待ってほしいな~」
俺の体になっても、菜摘はマイペースな性格を貫いている。菜摘は、いつも何かを口に入れている。もし戻れたら、俺の体重がどうなっている事だろうか。更にこの先が不安になってきた。
菜摘が、お汁粉を飲み干すのに10分かかり、ようやく電車に乗ったと思ったら、いつも通り、駅で乗り換える時にも、菜摘は迷子になり、人ごみをかき分けて、自分を捜し出して、学校の最寄り駅に降りた時には、俺はもうすでに疲れていた。
「おっはー。ヒロ」
疲れた顔で改札口を出ると、いつも通りに券売機の近くで、楠木が待っていてくれた。ここからは、菜摘が俺になり切ってくれるのを祈るのみ。
「楠木」
「ひゃ、ひゃい!」
「おはよう」
いきなり、俺ではない、別の人物になっているんだが。挨拶を返すのに、どうしてあごクイで挨拶を返すのか。普段から菜摘は、俺をどう言った光景で見ているのだろうか。
「今日からの学校祭、一緒に頑張ろうな」
「も、もももももも勿論っ! さ、紗良、頑張っちゃいます~!」
あごクイから、今度は頭をポンポンをする。普段の俺なら絶対に言わない、やらない事をして、楠木は嬉しさのあまりに、メイド喫茶の楠木になりかけていた。
「こんな感じで、頑張っていくね~」
楠木が顔を赤くして、頭から煙を出して昇天しかけている隙に、菜摘は、今の行動で自信が付いたのか、薄っすらと微笑んでいた。
「……嫌な感じしかしない」
中身が菜摘の、この俺の微笑みを信用してはいけない。菜摘の事だ、どこかでボロを出すに違いないので、この演技だけで安心せず、ずっと監視するしかないようだ。




