不器用なトップ
喫茶店を後にすると、今度こそ葛城はランジェリーショップに向かうと思っていたのだが。
「……寄り道するの好きだな」
菜摘のような、それとも野良猫のように、気ままにランジェリーショップに立ち寄る事は無く、全く関係の無い、有名な雑貨店に入って行き、そしてシンプルなデザインの収納ボックスを眺めていた。
「鼻息をそんなに荒くして、そんなに早く、私の下着を選びたいの?」
違う。早く用を済ませ、さっさと家に帰り、アニメ鑑賞をしたいからだ。
「それは断じてない。俺はただ、早く溜まったアニメを見たい――」
「そうなると松原君は、松宮さんの相手をしながら、アニメ鑑賞をするの?」
家に帰ったら、間違いなく菜摘の相手をしないといけない。菜摘も一緒になって、アニメを見ると思うが、マイペースクイーンの菜摘は、ふらっと部屋を出て行き、そして自分の家のように、家にあるお菓子を食べて戻ってくる。そして俺が怒る展開になる。つまり、ゆっくりとアニメは見られない。
そうなると、葛城と、こうやっていた方が正しいルートなのだろうか。
「私といた方が、松原君は一生忘れない日になると思うの。新しい下着で妄想した松原君が、自分の性欲に抑えられなくなると、私の制服を脱がして、そのまま私を押し倒して……」
俺ではなく、変な展開を妄想して、淡々と話す葛城を、近くにいた客は冷ややかな目で見ていた。俺も同類とは思われたくないので、このまま急いで帰ろうとしたが、すぐに葛城に見つかり、そして腕に関節技を決められながら、本来の目的、ランジェリーショップに到着した。
「ジュースをご馳走してくれたお礼に、少し過激な物なら着てもいいけど?」
この様子だと、葛城は俺が冗談で勧めた物でも、購入してしまいそうだ。その後、きっと俺に、今回買った下着で色仕掛けをして来ると考えられるので、今後の為にもしっかりと選ばないといけない。
「そんなに私の下着を選ぶのを渋ると言う事は、松原君はノーブラが好みなの?」
それは断じてないとは言えないが、ここで首を縦に振れば、俺は確実に変態の仲間入りしてしまうだろう。
「そんな性癖がある松原君には朗報な話」
「何だよ」
すると、葛城は俺に耳打ちしようと、自分の顔を、俺の顔に急接近した。
「私、寝る時は、すっぽんぽんで寝ているの」
「ぐっ……!」
ベッドの上で、葛城が全裸で寝ている光景を想像してしまったので、俺は鼻血が出そうになったが、何とか堪え、再び太っている時の塚本の、メイド服を着ている姿を想像して、邪念を消した。
「やっぱり男の子ね。松原君の、そう言う性欲むき出しの所、私は面白いから好き」
葛城は俺をからかい、そして笑いながら、ランジェリーショップに入って行こうとした時だった。
「娘、動くな。娘は人質じゃ」
白髪の男の老人が、葛城の背後からゆっくりと近づき、俺の方から見えない、小さな何かを葛城の背中に突き付けると、葛城の動きはぴたりと止まった。
「ストロベリーハウスの店員も出て来いっ!! 他の客も動くんじゃないぞっ!」
ストロベリーハウスと言うのは、今、葛城が入って行こうとしたランジェリーショップの店名だ。
ランジェリーショップの店員、そしてこの老人は大きな声で、周りの客も威嚇すると、老人は葛城の首元に、折り畳み傘を突きつけていた
「この娘がどうなってもいいかっ⁉ 下手な動きを見せたら、辺りは血の海じゃっ!」
マズい。この老人は相当興奮しており、これは下手に刺激したら、葛城の命が危ないかもしれない。
「お爺さん? 傘じゃなくて、せめて料理で使うナイフ、それかフォークは準備は出来なかったの? そっちの方が怖くて、私はちびっていたかもしれないのに」
「バカっ! それ以上刺激するなっ!」
葛城は、老人の人質になっていれも、折り畳み傘で脅している老人を煽っていた。
「は、刃物なんて持っていたら、職質されるじゃろうがっ!」
それだからと言って、普通折り畳み傘で脅すか? 初めて聞いたぞ。
「そんな事を恐れるなら、こんな間抜けなことをしなければいいのに。ねえ、お爺さん。私の見解だけど、お爺さんは、このお店に何か恨みでも――」
「黙れっ!」
やはり老人には火に油だったのか、葛城に煽られた老人は、葛城の頭に思いっきり折り畳み傘を叩きつけられていた。
「人質は黙って、ワシについて来いっ! 黙って人質になっているなら、娘には手を出さんっ!」
「……そう言われると、尚更煽りたくなってくる――いたっ!」
再び老人に折り畳み傘でぶたれている葛城。そして強引に葛城を人質に取って、ランジェリーショップの中に入って行った。
大きな男性ならともかく、相手は老人1人だ。数名の人と団結すれば、老人を取り押さえることが出来そうなんだが、誰も見なかったことにして、平常な状況に戻りずつあった。
本当に日本人は、自分だけが良いと言う考えを持っている。外国人には、外面を良くして、精一杯のおもてなしをするが、日本人にはおもてなしの心なんて無い。本当に薄情な国だ。
「……俺だけでも侵入して、葛城を救出するしかないか」
あまり大事になって、マスコミなど、学校に聴衆されるのはごめんだ。警察が来るのかは分からないが、警察が来る前に、俺がこの事態を終わらせよう。
「もっと迫力ある顔をしないと、店員さんは怖がらないわよ?」
「こ、こうかっ……⁉ こらっ! さっさと金を返さんかっ!!」
「もうちょっと、歯を出して威嚇した方がいいかも」
なーに、やってんだ。あの女は。
店の中は、店員と葛城、そして興奮している老人で一触即発になりかけていると思い、こっそりとランジェリーショップの中に入ると、人質であるはずの葛城が、老人の恐喝のアドバイスをしていた。
「腹から声を出して、それでギロッと目で睨む。例えるなら、歌舞伎役者のようにね。そうしたら、相手も怯むと思うわ」
「こらっ!! ワシはこの店で買った物で、酷い目に会ったんじゃっ!! 返金せんかっ!」
「そうそう。そんな感じ――」
俺は老人に気づかれないように、こっそりと横に立ち、犯罪を助長している葛城の頭を思いっきり叩いた。
「悪人に助言を言う余裕があるなら、少しは抵抗しろ」
「あら? 怖くなって、逃げたと思ったんだけど?」
相変わらず、俺を皮肉交じりの言葉で話す葛城だが、俺の顔を見た瞬間、一瞬だけ葛城は嬉しそうな顔をしていた。
「おい、爺さん。この店に返金を望んでいるようだが、何かあったのか?」
何よりも葛城の身、このお店の店員の安全第一だ。この状態を放置するのは良くないだろう。
更に興奮させて、この老人は暴れ出す覚悟で聞いたが、老人は落ち着いて、俺に言葉を返した。
「実はな、孫娘の誕生日プレゼントで、この店で孫に似合う下着を買って、プレゼントしたんじゃが、キモイと言われ、ワシは嫌われてしまった……。この落とし前、どうつけてくれるんじゃ⁉」
「「完全に、お前の八つ当たりじゃないかっ!!」」
俺どころか、対応していた女性の店員も、爺さんの話にツッコんでいた。
これは、誰が聞いても、爺さんの方が悪いと答えるだろう。孫娘の誕生日プレゼントに、下着をプレゼントする発想がおかしい。普通に小物とか、ケーキでいいだろ。
「こうやって、お店で店員を脅してお金を取り返したら、強盗と一緒よ。愛するお爺ちゃんが、強盗犯だと知ったら、孫娘さんはどう思うかしら? 更に嫌われるかもしれないわよ? 最悪、絶交とか?」
「そ、それだけは嫌じゃっ! 申し訳ないっ!」
ようやく葛城を解放し、そして老人は土下座をしていた。
「潔く謝るのは良い事だと思うわ。お爺さん、店員さんにもしっかり謝って、そして孫娘さんにもしっかりプレゼントの気持ちを伝える。それをちゃんとするなら、今回、私を人質に取った事は、水に流してあげる」
外向けのにっこりとした微笑みで、老人にそう伝えた後、葛城は咄嗟に俺の制服の袖をいきなり引っ張って、店の外に連れ出された。
「い、いきなり連れ出して、そういう事だ――」
そう聞こうとした瞬間、葛城は俺の胸に飛び込んできた。
「……お前は、本物のトップだな」
葛城は俺の制服をぎゅっと握り締め、そして体は凄く震えている中、俺は葛城の頭をゆっくりと撫でた。
ずっと皮肉交じりの言葉を言い、あの老人には恐喝のアドバイスをしていた。
だが本当は、いきなり脅されて怖い思いをし、そしてあの強気の態度、あえて相手を煽るような事を言うのは、自分の恐怖の感情を打ち消すためだったのだろう。不器用な奴だ。
本当は凛とした態度を取り、誰にも屈しないような、1軍のトップらしいオーラを身に纏っているが、本当は木村のような気弱な性格。本当は気弱な所を、他の奴ら、特に下剋上を狙っている渡邊に知られてしまったら、厄介だ。隠しておけるなら、隠しておきたい。
「……あ~あ。私の下着、買い損ねちゃったわね」
しばらく、俺の制服にしがみついた後、ずぐにいつもの凛とした葛城に戻り、再び胸を強調させるように腕を組んでいた。
「違うお店で買いましょうか。私に似合うブラを買ってくれるまで、今日は松原君を帰さないわ」
そしてスッキリしたのか、晴れやかな表情になり、俺の腕に関節技ではなく、菜摘のように、俺の腕に最近成長した胸を押し当て、違う店舗のファッションショップで、葛城の下着を買わされることになった。




