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駅ビル

 

「今日も一日、お疲れ様。松原君」

「……また変な話を持ってきたのか?」


 帰る前にトイレで用を足し、そして手を洗って男子トイレから出ると、出た所に廊下の壁に寄りかかって、俺を待っている1軍のトップ、葛城がいた。毎日のように放課後になると、スクールカーストの事で、俺の所にやって来るのは、勘弁してほしい。


「用が無かったら、こうやって松原君がトイレを済ませるまで、待っていないと思うけど?」

「……何の用だ?」


 このパターン。やはりスクールカースト制度についてだろう。おそらく、渡邊の動向とか、烏丸先輩が変な事を企んでいるとか、どこからか仕入れた情報についての相談だろう。


「松原君とデートしたいの」


 小悪魔的な微笑みをして、葛城は強引に俺の手首を掴み、強制的にどこかに連れて行かれそうになったが、俺は踏みとどまった。


「デートって、俺が知っているデートで良いのか?」

「言葉の通りだけど? 松原君と私の2人で、一緒にお出かけする。キャッキャウフフな展開になるかもしれない、男子高校生にとっては、憧れのシチュエーションね」


 葛城の事だ。きっと裏に何かあるに違いない。俺をからかい、そして公衆の面前で恥をかかせるに違いない。ここは誘いを断り、家でゆっくりと溜まったアニメを消化した方が吉だろう。


「断る――」

「断ると言うなら、これから全学年の女子は、紺、もしくは白のハイソックスで登校する。ニーソは禁止って命令を出すけど?」

「是非、お供にさせてください」


 そんな命令を出したら、俺が学校に来る目的がほぼ無くなってしまうだろう。楠木、そして他の女子のニーソ姿を見て、この過酷なスクールカースト制度を乗り切れている。それだけは絶対にやめて欲しいので、俺は本気で頭を下げてしまった。


「それじゃあ、恵比寿の方に向かいましょうか。はい、松原君の鞄」


 俺の反応を見て、クスクスと笑う葛城は、ちゃっかりと、俺の鞄を勝手に教室から持ってきていた。俺を恵比寿に連れて行って、葛城は何を考えているのか。全く葛城の考えが読めなかった。




 そして恵比寿にやって来た俺と葛城。

 地下鉄の方の恵比寿駅を出ると、葛城は駅ビルの方を見つめていた。


「松原君。私の悩みを聞いてくれる?」


 ビルを見つめたまま、急にしんみりとした顔をする葛城。何かスクールカースト制度のトップとしての悩みでもあるのだろうか。


「最近、ブラジャーがきつくなってきたの」

「……よくもまあ、そんな事を人ごみの中で言えるな」


 真剣な話かと思いきや、ただの葛城の胸の成長の話だった。この葛城の悩みを木村が聞いていたら、木村はしばらく立ち直れないだろう。


「誰かさんが、ラッキースケベで、私のおっぱいを鷲掴みにして、触っちゃうからかしら?」


 だから、こんな大勢いる中で、そんな事を言うな。駅の周辺で待ち合わせしている人たちが、俺たちを冷ややかな目で見ているんだが。


「……葛城の下着を、俺が選べって事か?」

「そういう事。合法でランジェリーショップに入れるの。ここで断ったら、男が廃るわよ?」


 決して、女物の下着に興味があるという訳ではないが、葛城が挑発してきたので、このまま逃げるのも癪なので、葛城と共に、駅ビルの中に入った。。


「いらっしゃいませ。2名様ですか?」


 ランジェリーショップに直行するかと思ったが、なぜか駅ビルの中にある、静かな喫茶店の中に、勝手に案内された。喫茶店に行くなんて、聞いていない。


「折角のデートなのよ? ゆっくりと楽しい放課後デートをしましょう」


 にっこりとした顔で、メニューを眺める葛城。俺はさっさと用を済ませ、葛城に満足してもらい、家に帰ってアニメ鑑賞をしたいんだが。


「決まった?」

「とっくの通り」


 そして葛城は店員を呼ぶ、呼び出しボタンを押した。そしてすぐに店員がやって来て、葛城が先に注文をしていた。


「モンブラン。それでキリマンジャロで、アイス。ミルク入り」


 店員に注文すると、葛城はドヤ顔で俺を見てきた。何だ? コーヒーが飲めると、俺に自慢したかったからか?


「ティラミス。飲み物はアメリカンでホット」


 パンケーキが目的の菜摘の付き添いで、喫茶店にはよく来ている。なのでメニューは入った時から決まっていた。


「はい、それではしばらくお待ち――」

「ごめんなさい。私のコーヒーもホットで。ミルクも砂糖は入れないで」


 俺がブラックでコーヒーを飲むと知ると、葛城も対抗して、注文を変え、ブラックコーヒーを飲むことにしていた。


「松原君の事だから、私はてっきりオレンジジュースでも頼むと思っていたわ」

「俺は小さいガキか?」


 ファミレスなら、ジュースとか頼むかもしれないが、こういった落ち着いた感じの喫茶店で、男性がオレンジジュースを飲んでいたら変だろう。


「それは、葛城が頼むべきじゃなかったのか? 葛城。お前、ブラックコーヒー飲めないだろ?」

「べ、別に。苦くて飲めないとか、そ、そういう事は無いわ。た、ただ、きょ、今日は気分で、気分でミルクを入れようと思っただけ」


 この様子だと、葛城は砂糖、ミルク無しでは、コーヒーを飲めないようだ。目を泳がせ、動揺しているようなので、俺の言葉は図星だったようだ。いつも凛とした態度を取っているが、不意を突かれるとボロが出てしまう。結構分かりやすい性格だ。


「待っている間、ちょっと松原君にお話があるの」


 最近成長した、胸を強調させるように腕を組んで、話し出す葛城。きっとこの葛城の仕草は、ワザとでやっているだろう。


「あなたのクラスの渡邊さん。随分暴れているようね」

「そうだな。近いうちに、2軍の人に下剋上勝負を仕掛けるらしい」


 今日も、やかましいぐらいに渡邊の手下と作戦会議をしていた。大きな声で話しているので、話の内容が嫌なぐらいに入って来る。大分、下剋上勝負に慣れて来たらしいので、近いうちに2軍の数人を倒し、そして2軍のトップに勝負すると言っていた。


「じわじわと来ているようだし、最終目的は私でしょうね」

「だろうな。覚悟はしておいた方がいいぞ」

「松原君に言われなくても分かってるわ」


 口では強がっているようだが、こうやって俺に自分の不安を打ち解けるのが、一番落ち着くことが出来るのだろう。


「何度も言うけど、私は1学年のトップなの。そう簡単には負けないわ」

「その意気があるなら、お前はどんな相手でも負けないだろうな」


 そう話し合っていると、注文したコーヒーが机に運ばれてきた。


「……飲まないのか?」


 俺は普通にコーヒーを飲んだが、葛城は湯気が立つコーヒーカップを見つめていた。まあ、ブラックコーヒーが飲めないからだろう。


「の、飲むわ……」


 コーヒーカップの取っ手を持ち、そしてこれでもかと言うぐらいに、息を吹きかけて冷まし、そして少しだけコーヒーを口の中に入れた。どうやら葛城は、猫舌と言う弱点もあるようだ。


「……うっ」


 そっとコーヒーカップを机に戻した後、口を押さえて、咳き込んでいた。

 これは自業自得だろう。俺と張り合うから、こうなったのだろう。


「……あ、あー。に、苦くてー、ほろ苦くてー、渋みがあってー、す、凄く美味しいー」


 葛城の目のハイライトが消えかけていたので、このまま無理して飲んでいたら、危険かもしれない。


「すみませ~ん。オレンジジュースを追加でお願いします~」


 俺は手をあげて、店員を呼んで、オレンジジュースを頼んだ。


「……コ、コーヒーが苦かったの? 女子の前だからと言って、見栄を張るから――」

「それはお前だろ」


 自分の負けを認めたくない、強がっている葛城の頭をチョップすると、葛城はキョトンとしていた。


「無理するな」

「……ごめんなさい」


 葛城のコーヒーを奪い、それを一気に飲み干した。残すのも勿体無いからだ。この店は、どうやってコーヒーを作っているかは知らないが、コーヒー豆から焙煎して作っているなら、残すのは非常に失礼だろう。


「……間接キスね」


 葛城が、ぼそりと言ったので、俺はむせてしまった。

 菜摘の間接キスなら、幼稚園の頃からある事なので、何も思わないが、葛城などの他の女子となると意識してしまう。


「い、意識しちゃった? 顔が真っ赤よ?」

「……お前も1回、鏡で見て来いよ」


 俺にそう指摘する葛城本人も、そっぽ向いていたが、チラチラと俺の方を見て、そして頬を赤くして、丁度来たオレンジジュースを飲んでいた。



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