雑学
俺は、楠木の弟、飛翔に騙されて、楠木の家の裏にある物置小屋の中に、一緒に付いてきた木村と共に閉じ込められた。
所詮、小学生が咄嗟に思いついた作戦だ。扉には基本、裏から鍵が開けられるようになっている物だ。鍵を開錠して、さっさと出てしまおう。
物置小屋の中は暗いので、辺りがよく見えない。手探りで鍵のある場所を見つけようとしたら、何か柔らかい物が指先に当たった。
「……私のお腹」
「す、すまん……!」
どうやら、木村のお腹を触ってしまったので、すぐに指先を離して、再び手探りで鍵を探すと、柔らかい物に当たった。
「……私の太もも」
また木村の体の一部に触ってしまったようだ。もう少し触っていたい――ではなく、すぐに木村の太ももから指先を離すと。
「……明かりならある。……ちゃんと探して」
スマホにライトの機能があることを忘れていた。これ以上木村の体を触ってしまうと、木村に嫌われてしまいそうなので、木村の行動はファインプレーだ。
「……」
スマホのライト機能で明るくなったことによって知ったが、嫌われると言うより、これ以上木村の体に障ってしまうと、木村の気が持たないようだ。木村の顔はタコみたいに真っ赤だった。
そしてようやく鍵の在りかが分かり、早速鍵を解除しようとしたが、見ると鍵が閉まっていなかった。なら、すぐに脱出できると思って、扉に開けようとしたが。
「……どうしたの?」
「あの野郎……!」
どうやら表側から扉を棒のようなもので固定し、出られなくしているようだ。物置小屋の扉は、横に動かす引き戸。外側から固定してしまったら、出る事は困難だろう。
「こうなったら、楠木に電話して、助けに来てもらう――」
ポケットから携帯を取り出し、楠木の助けを求めようとした時、一緒に閉じ込められた木村は、俺の制服の袖を掴んだ。
「……もう少し、この空間にいたい」
そして木村は背後から俺に抱き着いてきた。
木村は、菜摘や楠木、紫苑のように積極的に俺と絡んでくる事は無い。菜摘たちがいない、俺と木村しかいない、この空間。邪魔者がいない、ゆっくりと俺と話せる瞬間だと思い、こうやって俺をドキッとさせるような、大胆な行動で、俺をこの物置小屋から出せないようにしているのだろう。
「……正義君は人気者だから、すぐに誰かが助けに来てくれる。……焦らず、気長に助けを待とう?」
「……仕方ないな」
木村の上目遣いに負けてしまい、俺は携帯をポケットにしまい、誰かが来ることを待つことにした。
開かない扉に寄りかかって、俺は誰かが来ることを待つことに。すぐに楠木が飛翔を問い詰めて、俺らを助けに来てくれるだろう。
「……あげる」
そして俺の横に座って、俺に飴玉をくれた。
「……何か、前にもあったな」
「……松宮さんが、成敗勝負をしている時以来」
あれは、菜摘が法田と成敗勝負をしている時だった。少し薄暗く、雨がザーザーと降っている放課後で、あの時も、このように二人で並んで座って話をしていたんだ。
「……」
スマホのライトで辺りを照らしているので、木村の表情がはっきりと分かる。木村は頬を赤くしている。本当に木村は、俺の傍にいるだけで嬉しいようだ。
「……話をするか」
「……うん」
と言っても、木村と何を話したらいいのか。BL系の話をしてしまうと、木村が興奮して暴れ出す可能性が大だ。BLの話は止めておき、俺が知っている雑学でも話しておくか。
「知ってるか? 日頃見慣れている電柱って、中までぎっしりとコンクリートで詰められていると思っているだろ? 実は、中は空洞らしい」
「……知ってる」
この事実は、意外と知らない人が多いのだが、木村はご存じだった。
「……なら、エベレストって言う、世界一高い山があるよな? 実は登るだけにも金がかかって――」
「……数百万円払わないといけない」
これも知っているのか……! 情報収集が得意のようなので、木村は俺が知っている雑学は全て知っていそうだ。
「……もっと」
しかし、木村はまだ俺の雑学を聞きたいとお願いしてきた。木村が知らなささそうな雑学なんてあるのだろうか……?
「……爪の根元にある、白い部分の名前はネイルマトリックス」
「……知ってる」
木村に雑学を話すのは、無意味のようだ。話のネタが尽きた時、楠木や紫苑に今話した雑学を話すと、興味を持って聞いてくれるんだが……。
「……じゃあ私も。……正義君と同じで、爪の話。……爪で一番早く伸びるのは中指。……一番遅いのは、親指」
「……知らなかった」
そんな事までは、流石の俺も知らない。俺よりも雑学は詳しいのかもしれない。
「……私の勝ち」
「いつから、雑学勝負になったんだ~?」
鼻息を鳴らして、ドヤ顔になっていた。どうだ、と言う感じの、ドヤ顔になっても、木村の顔も可愛らしかった。
「……やっぱり、こうやって二人っきりと正義君と話すのが、一番楽しい」
木村は、あまり感情を表情に出さない女子だ。こうやって俺にだけ感情を露わに、俺にだけ笑ってくれるのは、菜摘や楠木、紫苑といるよりも嬉しいと思った。
「……って、どうした」
そして木村は、俺の腕に抱き着いて、そして俺の腕に頬を擦りつけていた。
「……正義君。……今度は、私の家に招待してあげる」
「そう言えば、木村の家はどこだ?」
俺と菜摘は代々木。楠木は吉祥寺。紫苑は下北沢。みんな近くに住んでいるようだが、俺は木村がどこに住んでいるのかは知らなった。
「……横浜」
「鶴見とか、中華街の辺りか?」
「……緑区。……長津田辺り」
どこだ……? あまり横浜は行かない、と言うか、俺たちオタクにはあまり馴染みのないエリアなので、横浜市緑区と言われても、ぱっとしない。
「……それでも来る?」
「木村が良いなら、俺は行かせてもらう――」
俺がそう言っている最中だった。物置小屋の扉が急に開かれたので、俺と木村は後ろに倒れこんだ。
「飛翔が失礼な事、勝手に2人をこの物置小屋に閉じ込めた事は、姉の私が、飛翔の代わりに謝る」
俺の目先には、にこにこしながらこめかみを引きつかせた楠木が仁王立ちで立っていた。
「ねえ、ヒロ。ま、まさかだと思うけど……。き、木村と密室で、い、い……」
「あんな所やこんな所。木村さんの胸や足を触って、ヒロ君の部屋にあるエロ本みたいに、イチャイチャしていたのかな~?」
怒りよりも、イチャイチャと言うのが恥ずかしいのか、楠木がもじもじし始めると、代わりに、微かに目を開け、にっこりしながら怒っている菜摘が、俺の顔を鷲掴みにした。
「私は、とっても優しい幼なじみだから、正直に話せば、許してあげるかな~?」
「……優しい幼なじみなら、俺にアイアンクローはしないだろ」
この様子だと、菜摘は俺が例え正直に話しても、菜摘は俺にアイアンクローは決して止めないであろう。
「……止めて」
見ていられなくなったのか、木村は菜摘を突き飛ばして、俺を助け出した。
「……正義君の気持ちを考えない、幼なじみは嫌われるよ」
尻餅をつかせた菜摘に、木村は睨み付けるように見つめ、そう忠告すると、菜摘はにっこりとした顔のまま、木村の方に歩み寄った。
「それが木村さんの方だと思うな~?」
そして木村の唇に菜摘の指を置いて黙らせる、本家の『ずっと菜摘のターン』を繰り出していた。
「私とヒロ君はずっと一緒だよ。出会って間もない木村さんこそ、ヒロ君の何が分かるの? ちょっとヒロ君にキスをしたからと言って、ヒロ君のすべてを分かり切ったとは思わないで欲しいな~」
菜摘は木村を黙らせたまま、今度は俺の方に目線を向けた。
「私は木村さんとは仲良くしたいと思っている。下手に争いたくないから、あまり私を怒らせない方がいいと思うな~。その方が、木村さんやヒロ君の為にもなると思うから」
にっこりとしたまま木村にそう忠告する菜摘。だが、目は微かに開けて、木村に敵意を露わにしている証拠だ。
気持ちが収まったのか、菜摘はすぐにいつものやんわりとした顔に戻り、そして俺の横に立って、俺の腕にくっついてきた。
「ヒロ君。楠木さんの家に、どら焼きが隠してあったから、一緒に食べようか~」
「どうして知っているのよっ⁉」
楠木の反応を見る限り、楠木の家のどこかにどら焼きが隠してあるようだ。少しは、俺がエロ本の隠し場所がバレた時の気持ちが分かってくれただろう。
「……どうした?」
菜摘がどら焼きの味を想像して、涎を垂らして隙が出来た瞬間、木村は俺に手招きをしていたので、こっそりと木村のところに行くと、頭を下げて欲しそうに手を下に降っていたので、俺は木村の身長に合わせてしゃがむと、木村は耳打ちしてきた。
「……私の家の事、忘れないで」
きっと木村が俺を家に招待する事だろう。小さく木村に相槌を打ち、そして楠木に迷惑をかけている菜摘の頭を叩いて、菜摘を轟沈させた。




