渡邊の企み
そして昼休み。楠木は渡邊の下剋上勝負の為、最初に行われる演説をしに、放送室に向かおうとしたが。
「どこに行くんですか~? もしかして、お腹痛くなってきたから、うんこしてくるとか?」
渡邊に背後から肩を掴まれた楠木。しかし、楠木は渡邊の方に振り返る事は無く、そのまま渡邊に話しかけていた。
「どっかのバカと、間抜けな勝負をしに行くために決まっているでしょ」
「確かに間抜けよねー。こんな事して、何の得があるんだろうー」
渡邊もこのスクールカースト制度の反対派のようだ。今までの行動から見ていると、渡邊はこの制度に賛成しているのだと思っていた。
「何、企んでるの?」
意外な事を言った渡邊が、楠木も不審に思ったらしく、渡邊の方に振り向き、そう聞いていた。
「企んでない。そう言ったら、嘘になるねー」
渡邊は指をパチンとさせて、誰かを呼び出すような仕草をすると、俺らの教室に2人の素行が悪そうな男子生徒が、スクールカースト制度の実行委員長、小さな榊原先輩を拘束して入ってきた。
「ねえ、実行委員長さん~」
「な、何……」
この状況のせいか、榊原先輩は泣き出しそうだった。
だが、この光景は、男性に両腕を掴まれている、あの有名な囚われた宇宙人の写真のようだ。こんな危機的な状況だと言うのに、何て失礼な事を想像してしまったのか。
「この光景、何だか捕まった宇宙人――」
「お前は黙ってろ……!」
突然俺の横にやって来た菜摘も、俺と同じ事を想像したらしい。場の空気を更に悪くしないように、俺は菜摘の口を両手で塞いで黙らせた。
「私さ~。演説とか、選挙、そんなかったるい勝負なんかしたくないからさ~。勝負を変えさせていただきますよ~」
渡邊は、拘束されている榊原先輩の顎を持ち上げて、先輩にも関わらず、榊原先輩をバカにしたような目で見下していた。
「演説と選挙、小テスト勝負は全て無くしてさ~。勝負を仕掛けた人が、自由に勝負内容を決められる。それに変更ね~」
「……あんた、何の勝負をする気?」
勝負内容を勝負を仕掛けた人が、自由に決められるとなると、渡邊は自分に有利な勝負を仕掛けてくるだろう。楠木はそう思ってか、渡邊から距離を置こうとしたが、
「体力勝負。それで懐かしいシャトルラン勝負でどう?」
シャトルラン。その懐かしい競技を聞いた楠木は、一瞬呆気に取られていたが。
「いいわよ。その勝負、受ける」
楠木が渡邊を睨むと、渡邊も睨み返す。因縁の対決の前に、互いに火花を散らしていた。
「……試験的になら、承認する」
ほぼ脅されたからだと思うが、榊原先輩は今回の特別ルールを承認した。
そして勝負する2人は、再び体操服に着替え、そして体育館にて勝負を行うことになった。俺たちも野次馬と言うか、観客と言う感じで、体育館のステージの方で勝負の行く末を見届ける事にした。
シャトルラン。小学校や中学生の時、体力測定の時にやった人も多いはず。体育館の端から端まで、どこか不快に感じる、ドレミファソラシドの音階内に、間に合わせて走る競技。
最初はゆっくりなペースで、余裕で走っていることが出来るが、段々と早くなっていく。最初は『余裕しょ~』とか言っているいきり立っている奴が、最初の方で脱落する。
「勝負は1回だけ~。そっちの方が、真剣にやるでしょ~?」
「そうね。さっさと終わる方がありがたいから」
楠木と渡邊が再び火花を散らしていると、二人の間に成敗、下剋上勝負には常連の放送委員。以前コミケの時にもお世話になった内田先輩がマイクを片手に二人に話しかけていた。
「お二人ともっ! 準備は出来たでしょうか!? それでは早速勝負に移りましょう~!」
学校祭のような、チャームポイントのポニーテールの髪をぴょんぴょんと揺らして、そしてあのテンションの高い姿で進行を始め、そして勝負が始まった。
最初はゆっくりなスピード。楠木も渡邊も余裕そうに走っていた。最初の方は強歩でも、ゆっくりに走っても、他人と話しながら走っても間に合うぐらいだ。
「遅すぎて、こうやってお話が出来ちゃうわね~。何なら、出会った時の思い出話でもしない?」
「……」
渡邊は話しかけるが、楠木は黙って、黙々と体育館の端から端まで強歩で歩いていた。
「折角の勝負なんだし、もっと楽しくやろうよ~」
「……」
「あっ、そっか~。学校より、淫乱なバイトの方が楽しいんだっけ~」
例え、楠木を動揺させるような事を言っても、楠木は黙って走っていた。
ゆっくりなメロディーから、徐々にメロディーは早くなっていき、そして強歩、早歩きでは追いつくことが出来なくなっていた。
「……はぁ。……はぁ」
楠木も大分息が切れて、苦しそうにし始めているが、楠木よりももっと苦しそうにしている人がいた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
楠木の集中力を無くそうと言う作戦だったのだろう。自ら考えた作戦が、自分の首を絞めるような結果になり、今は渡邊が苦しそうに走っていた。
「……楠木さんの勝ち」
「そうですよ~。紗良ちゃん~! もう少しですよ~!」
俺と一緒に楠木の勝負を見に来た木村と紫苑。渡邊の様子を見て、もう楠木が勝つと予想しているのだが。
「……嫌な予感しかしない」
俺は、勝負が始まった瞬間から胸騒ぎがしていた。
渡邊は、この勝負に勝つために、クッキーに下剤を入れたり、体育の時間に事故を装って、楠木を怪我させようとしてきた卑劣な奴だ。このまま、渡邊が黙って負けるとは思えなかった。
「マジかよー! 体育館使われてんじゃねぇかよー!」
そう思っていると、体育館の入り口の所には、この勝負を知らずに入ってきた、数名の男子が大きな声で叫んでいた。一人がバスケットボールを持っているようなので、昼休みに体育館でバスケで遊ぶつもりだったのだろう。
「どうする?」
「……諦めるか?」
男子グループは諦めムードだったので、このまま体育館を出て行くと思っていた。
「……は、はくしょん!」
やはり、このまま渡邊が負けるとは無いようだ。
ワザとらしい渡邊のくしゃみが合図だった。バスケットボールを持っていた男子生徒が、楠木の頭部に狙いを付けて、勢いよく投げつけていた。これも渡邊が仕組んだ妨害だ。
「ナイスパス」
男子生徒が投げたボールは、入り口付近にいた葛城に止められていた。
こういった勝負事には、絶対に姿を見せると思っていたのだが、俺とは離れて観戦していたようだ。1学年のトップと、1学年の最底辺が一緒に観戦しているのが、他の生徒におかしいと思われるのを避ける為だろう。
「あなたたちは、渡邊さんの差し金ね? これは勝負を妨害したとして、実行委員長に報告させてもらう――」
渡邊の妨害を阻止出来たと思って、俺も安心し切っていたところだった。
「く、楠木さんっ⁉ 楠木さん、どうしましたかっ!?」
さっきまで普通に走っていた楠木は、苦しそうにその場にお腹を押さえて蹲っていた。その様子を見た内田先輩が、楠木の元に駆け寄っていた。
やられた……。
今の妨害はフェイク。そして今までの妨害も、俺たちを油断させるための囮の妨害だったのだろう。
この勝負があったため、楠木は早弁で昼食を済ませていた。もしかすると、体育で更衣室で移動していた時、渡邊が昼食、水筒の中に良からぬ物をこっそり仕組んだのだろう。そこまでして、楠木に勝ちたいのかと思い、俺は憤りを覚えた。
「だ、誰か先生を呼んできてください!!」
内田先輩の呼びかけに、紫苑が名乗り出て、そして先生を呼びに行った。
「はい~。私の勝利~」
渡邊は楠木の状況に関係なく、メロディー内に走り終え、そしてニコニコした顔で自分の勝利を喜んでいた。
「……勝負は無効」
未だに男子生徒に拘束されている榊原先輩は、今回の勝負は無効だと言ったのだが。
「健康管理も、勝負の内だと思うんだけどな~。周りからのプレッシャーに耐えられなかって、お腹が痛くなったんじゃないの~?」
じりじりと榊原先輩の方に近づき。
「もう一度確認するけど、今回の勝負は、私の勝ちだよね~」
「……もう一度言う。……今回の勝負は――」
「勝ちだよね?」
榊原先輩に圧をかけ、そして渡邊の態度に臆した榊原先輩は、顔を俯かせ、小さく呟いた。
「……貴方の……勝ち」
そしてスクールカースト制度の実行委員長が、渡邊の勝利を事実上認めてしまったので、この勝負は無所属の渡邊の勝利になってしまった。
「……えっと。……今回の下剋上勝負は、渡邊さんの勝利です。……おめでとうございます」
全く今回の勝負に納得していない内田先輩。ごにょごにょと言って、今回の最悪な勝負を締めていた。
勝負の幕が降ろされると、俺もすぐに蹲っている楠木の元に駆け寄った。
「楠木。大丈夫か?」
「……ヒロの顔見たら、少し治ったかも」
そう言っている楠木だが、脂汗を流し、表情を歪めていた。
「あ~余裕だった~。練習には丁度いい相手だったな~」
謹慎覚悟で、今すぐにでも、愉快そうに笑う渡邊をぶん殴りたい気持ちだったが、俺はやって来た先生と共に、楠木に連れそう事にした。




