金色の悪魔
長かったようで短かった夏休み。4軍と言う理由で、学校の雑用、補習として学校に来ることが多かったせいか、今年の夏休みはあっという間に過ぎた気がする。
「……そう言えば、秋に学校祭があるのよね」
学校の最寄り駅で合流した楠木と一緒に学校に向かい、学校に到着し、教室に向かって歩いていると、楠木がそう呟いた。
学校祭。勉強だらけの学校の中、唯一生徒が羽を伸ばせ、学校の行事の中で盛り上がる行事に入るだろう。自由川高校の学校祭はどのような事をするのかは知らないが。
「ヒロたちの中学って、どんなだったの?」
「俺の学校か? ほぼ一日中体育館に集まって、クラスの寸劇を見せられて終わりだったな」
欠伸が出るぐらいな、誰得な各クラスの寸劇、夏休みにあった優秀賞をもらった自由研究の発表など。中学の学校祭は、アニメで見るような盛大な事をしていなかった。
「まあそうよね。私の学校もそうだったわ。ほとんど記憶が無いし……」
楠木の学校も寝てしまうぐらい暇だったようだ。寝てしまうぐらい、退屈な学校祭にならなければいいんだが。
「……あっ、忘れてた!」
「どうした?」
急に大きな声を上げて、苦虫をかみつぶしたような顔をしている楠木。一体、何を思い出したのか。
「ヒロと会うのが楽しみ――じゃなくて、うっかり昼食を買うのを忘れていたわ……」
俺たち4軍は、購買で昼食を買う事も制限されているので、学校外で買う方がいい。パンの耳、おにぎりの海苔ぐらいしか売ってくれないからな……。
以前は、家の近くのコンビニで買っていたらしいが、最近は駅の中にある店で買った方が楽らしいので、俺と合流する前に、昼食を駅中の店で買っているようだ。
「……まだ、時間はあるわね。ヒロ、私、駅に戻って昼食買ってくるわ」
「おう。学校には遅刻するなよ」
「分かってるわよ」
そして踵を翻して、楠木は急いで駅にとんぼ返りしていった。
「楽しそうなので、私も楠木さんについて行っていきます~」
「……だろうな」
駅で食べ物を買うと思ったのか、菜摘のすぐ楠木のあとを追いかけて行った。菜摘のせいで、楠木が学校に遅刻しなければいいんだが。
一人になった俺は、見慣れた廊下を歩き、そして見飽きた1年2組の教室に入ると、教卓の上に座って、俺を見てバカにしたような口調で話す女子生徒に話しかけられた。
「松原君は、全然変わってな~い」
だが、こんな女子生徒、うちのクラスにいただろうか。夏休み明けでイメチェンした猪俣や、日下部、広瀬の顔ではない。そうなると、この女子は一体誰だ?
「松原君なら覚えているよね~。私、誰か分かる?」
猪俣は1軍の座に就き続ける為、このような品位を落とすような行動はしない。そもそも、俺に君付けで呼ばないし、見下すような目で、バカにしたような目で見ない。
日下部、広瀬が俺に話しかけてくる事も無い。俺に近寄ろうとはせず、意味も無く嫌っているようだ。
「……まさか、渡邊か?」
教室の一番後ろの席は、猪俣、日下部の荷物置き場になっていた。おそらく、猪俣たちすら忘れているであろう、登校拒否になっている渡邊の席だ。
だが、ふと見ると、机の上はきれいになっていて、2学期にしてはきれいすぎる通学用の鞄が置かれていた。
猪俣たちが夏休みの間、整理整頓したか、新しく鞄を買い替えたのかと思ったが、渡邊の席の周りには、猪俣たちの私物らしきものが、散乱して落ちていた。
それらの情報を踏まえて、別人と否定される覚悟で聞いてみると、その生徒は満面の笑みで笑った。
「そうそう。覚えてくれていて、すっごく嬉しいな~」
どこかで見た事のある顔だと思っていたが、まさか2学期になって初日。俺たちのクラスだけでやっていた、初期のスクールカースト制度の闇に葬られた幻の階級、唯一D軍に落とされて、登校拒否になっていた、渡邊が今日から復活していた。
どうやら渡邊は、登校拒否になっていた間は、非行に走っていたらしい。地毛であった黒い髪を止め、金髪に染めた渡邊。長い髪から覗かせる耳には洒落たピアスがぶら下がっている。それが証拠だ。
「ずいぶんと変わったな。金髪の方が、似合っているんじゃないのか?」
「ありがとー」
5ヶ月ぐらい登校拒否になっていたから、自分が忘れ去られているのが不安なのだろう。見た目は大分変わっても、まだ小心者のようで、こうやってやって来たクラスメイトに聞いて言うのだろう。
「もし忘れてたら、遊ばないといけなかったからさ~。やる手間が減った~」
気が付くと、ほかのクラスメイトは席に静かに座って、がくがくと震え、頬に痣を作っていた。
本気で頬を殴ったのか、それとも何かにぶつけられたのか。これが渡邊が言う遊びと言うのだろう。これは遊びではない、ただの暴力だ。
「……何事?」
ずっと扉の前で突っ立っていると、ひょっこり現れ、登校してきた木村が、教室の雰囲気に不思議そうに思い、俺に小さく話しかけてきた。
「あっ。スマホ花子だ~」
視界に入った木村を見た渡邊は、もはや猪俣たちすら呼ばなくなった、木村の悪口で呼びつけていた。
「私の事、覚えてる?」
渡邊の姿を見た木村は、少し驚いていたようだが、すぐにスマホを取り出して、素早く打ち込んだ。
『知りません』
見た目からなのか、それとも関わりたくないからか。渡邊を警戒した顔で、木村は即答で返答してしまった。
「知らないんだ~」
知らない、その単語を聞いた渡邊は、不気味な微笑みをしながら、教卓から降りて、隠していた金属バットを持って俺たちの方にやって来た。これは、渡邊を分からないと言った木村を、遊びとして殴ろうとしている。
「……マジでやるつもりかよ!」
どうなるか分かっていた俺は、すぐに渡邊の腕を掴んで阻止させようとした時、俺よりも早く、渡邊の腕を掴む生徒がいた。
「ここは教室ですよ? 野球したいなら、昼休みで遊びましょうよ」
渡邊を止めたのは、今登校してきた紫苑だった。にっこりとし顔でも、紫苑は決して渡邊の腕を離そうとしなかった。
「茉莉香ちゃん。大丈夫ですか?」
こくりと頷いた木村。紫苑のおかげで、これ以上の被害を出すことは防げたようだ。
「いい加減離してくんない? 痛いんだけど」
これ以上渡邊の腕を掴むのは危ない、暴れ出すと予想した紫苑は、すぐに渡邊を離した。
「あんた、誰? もしかして転校生か何かなの?」
「私は、高村紫苑と申しますっ! 6月ごろに転校してきたのですよ~」
渡邊が知る由もない。渡邊が学校に来ていない時に、紫苑は転校してきたんだ。
「そんなら、あんたは免除ね。私は渡邊って言うの。ちゃんと覚えてね~」
「渡邊さんですかっ! はい、しっかりと覚えましたよっ!」
一触即発が怒りそうだったのに、紫苑はいつもの感じで渡邊の名前を覚えていた。
「あっ、そうそう、あんたは何軍?」
「4軍ですよ?」
紫苑が4軍だと知ると、渡邊は急に紫苑をバカにしたような目で見ていた。
「ゴリラのような握力があるなら、そりゃ4軍だ~。マジウケる~」
「ご、ゴリラ……」
紫苑はショックを受け、白くなりかけて、放心状態になってしまった。この様子だと、しばらく紫苑は復活しないだろう。
「ねえ、松原君。私が学校サボっている間に、随分学校が変わったんだよね~」
俺に覚えてもらえていた事が嬉しかったのか、バカにした目で見るのは変わらないが、俺に話しかけていた。ここで渡邊の機嫌を損ねると、俺も殴られる可能性は大だ。
「そうだな。跡形も無く変わってしまったな」
「前はこのクラスだけ。それが今じゃ、カースト制度を全学年、全校生徒がやっている。4軍は奴隷。そして命令を背けば1軍からペナルティ。めっちゃ面白い事になってんじゃん」
渡邊がこんなに今の状況の事を理解しているのが意外だった。どこでこの情報を知ったのだろうか。
「そして、上に昇格したければ、上の奴に勝負を仕掛ける事が出来る。下の者に負けたら、その上の奴を奈落の底に落とす事が出来る」
嫌な顔をしている渡邊。これは良からぬ事を考えているに違いない。
「まずは、あんたで練習かな~。クズの木」
俺の背後の方を見る渡邊。そして俺の背後には、駅から急いで戻ってきた楠木がいた。ふらりとついて行った菜摘の相手もしながら戻ってきたせいか、少し疲れ切っているようだ。
「戻ってきたの? てっきり中退したと思ったわ」
楠木は、金髪の生徒が渡邊だと気付くと、思いっきり渡邊を警戒し、睨んでいた。
楠木が4軍になる前、楠木が2軍の頃だった時は、楠木と渡邊は仲が良かった。楠木が4軍に落ちると、渡邊は手の平を返して、1軍の猪俣たちに接近した。
「クズの木。いや、楠木紗良。私はあんたに下剋上勝負を申し込む」
スクールカースト制度が実行される前に不登校になっていたため、今のところ、渡邊は無所属。俺よりもスクールカースト制度の階位が低いと言う事になるらしい。そうなると、無所属の渡邊は、4軍の楠木に下剋上勝負になると言う事になる。
「実行委員長には許可は貰ってあるんだけど~? あとはクズの木の承認が必要なだけ~」
成敗、下剋上勝負には、勝負する互いの了承と、実行委員長の承認が必要となる。申請書の所には、あとは楠木の名前を書くだけ。楠木が名前を書き、それを実行委員長に提出すれば、勝負は承認される。
「いいわよ。私は、あんたには負ける気がしない。その勝負、受けてあげるわ」
楠木は、渡邊から申請書を取って、そして申請書に楠木、自分の名前を書き込んでいた。これで楠木と渡邊の下剋上勝負が承認されたことになる。
そして2学期開始早々、楠木と渡邊の下剋上勝負で、幕を開ける事になった。




